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☆9 地獄に堕ちろ!(パートⅡ)

「リーナ、痛い?」


 私の問いにリーナは首を振る。でもその表情は晴れない。

 そっと私は痛々しい痣の上に手をかざし、呪文を唱えた。


「ヒール」


 温かな光の雨が痣に降り注ぎ包み込んでいく。光はやがて霧散、そこにあった痛ましい痣は跡形もなくなっていた。うん、これでよし。だけど……痣の数が多いから一回では治しきれない。それにリーナには悪いがこれが虐待の証拠になる。騎士に直で行くのが憚られるなら一度、聖教会に相談に行ってもいいだろう。とはいっても王都の聖教会の司教はものすごい問題人物ではあるのだが。


「ごめんね、リーナ。もっとたくさん綺麗に消してあげたいんだけど……」

「いいえ……おねーさんはすごいです。ぴかぴかしてあったかです……」


 とても嬉しそうににっこり笑うリーナに私はぎゅっと抱きしめる。

 終わったら絶対に全部綺麗に治療しよう。そう心に決める。


 しかしこれはリーナのお母さんに、しっかりと『ごあいさつ』しなければならないなとルークと頷き合った。




 朝ごはんを食べてから、準備をし先に王宮へ向かう。

 徒歩で行こうと思ったが小さなリーナがいるので贅沢に馬車に乗ることにした。


「す、すごいです! うまさんのはこです!」

「馬車は初めて?」

「はい!」


 ステップが高いのでルークがはしゃぐリーナを抱っこしてあげて乗り込む。早く流れる景色にリーナは興奮しっぱなしだ。なんて可愛い、大天使か。

 繁華街、貴族街を抜けて王宮へ辿り着くと周囲の雰囲気はがらりと荘厳な空気に変わる。

 はしゃいでいたリーナもすっかりその空気にあてられたのか静かになっていた。

 これから騎士に会うとも伝えているし、緊張しているのだろう。


 私はジオから貰った紹介状を門番に見せて、中に通してもらう。

 後は王宮騎士の人に会って、紹介状を渡し順調に行けば後日副団長から時間を指定されるはずだ。

 私達は案内されるままに城の中を歩く。私はもう慣れているが、ルークとリーナは緊張しすぎてカチコチだ。壁に触るのも怖いのか真ん中を歩いている。

 騎士が詰めている王宮の東側の一角の部屋に案内され、そこで少し待つように言われた。

 私はふっかふかのソファーに腰を降ろして使用人が淹れてくれた紅茶とクッキーを楽しむが、二人はのんびりする気にはなれないようでソファーにすら座れずぽつんと立っている。

 リーナはルークのズボンをずっと握りっぱなしだった。


 なんとも可愛く初々しい姿である。

 でもちょっと気の毒だった。


 しばらく待つと、誰かが部屋の中に入って来た。取次の騎士の人だろうと思って扉に目をやると、予想外の人物がいて驚いた。

 高い身長に鍛え抜かれた筋肉の立派な体躯を持った黒髪オールバックの強面の男、非戦闘時だからかトレードマークの黒い鎧は外しているが威圧感のある黒の騎士隊服を纏っているのでこれでも十分迫力がある。

 鋭い三白眼の瞳が室内にいる私達を順番に見回した。

 ルークは背筋をぴんと伸ばし、リーナは固くルークのズボンを握りしめたまま彼の背後に隠れる。そして最後に目が合った私は、慌てて立ち上がって軽くお辞儀をした。


「ご無沙汰しております、イヴァース様」

「ああ、久しぶりだな聖女シア」

「あはは……、もう聖女ではありませんが」


 苦笑交じりにそう言うと、イヴァースは苦虫をかみつぶしたような顔をした。


「話は国王陛下から少し聞いている。詳しい話が聞きたいと思っていたところだ……とりあえず全員かけなさい」


 私はルークとリーナに声をかけ、ソファーに座っていいよーと促す。

 戸惑う二人の背を押して、ようやく座らせると私はイヴァースに問いかける。


「あの、お忙しいと伺っていましたのでご本人がおいでになるとは思いませんでした」

「シアとの面会となれば是が非でも参上しよう。まあ、なにちょうど時間が空いたのでな。気にしなくてもいい。あなたと話したいことは山とあるのでな」


 そう言われて、彼の聞きたいこと、聖女解雇の経緯を話した。

 話し終わると、これまで静かに聞いていたイヴァースは、額に青筋を浮かべてドンとテーブルを強打した。


「あんのクズ勇者! 地獄に堕ちろ!」


 あれ、この反応前にも見たな。

 さすが常識人同士、言う事も一緒だ。

 ルークとリーナが強打にびびった。私はこの怒声も慣れている。勇者がここにいた時から問題児だったから。当初からちやほやされていた勇者に対して叱ったり注意したりしていたのはイヴァースだけだ。勇者を更生させようと頑張っていたが、その努力は泡と消えた。


「ゆ、勇者ってもっとこう品行方正なイメージあったが……」


 ルークがぼそりと言う。


「良く知らない一般市民はそうよね。でもあれは一生出会わなくていい人間だわ。関わり合いにならないのが一番」

「そうなのか……がっかりな奴なんだな。っていうかお前、聖女だったんだな」

「元ですが」

「勇者は王城のテラスで大々的にお披露目してたが、聖女は出てこなかったから知らなかった。街では聖女は慎ましやかだと噂になっていたぞ」

「ははははは」


 乾いた笑いが出る。

 その王宮テラスの勇者お披露目会に私もちゃんといたんだよ。

 ただ、勇者が隣りに私がいるのが邪魔だから後ろで花吹雪でもまいてろと言うので、へいへいと下がっていただけだ。勇者は目立ちたがりなので、聖女という存在に自分が注目を一身に浴びられなくなるのが嫌だったんだろう。


「はあ……だが、そんながっかりなクズ野郎でも才だけは見事なんだ。現状奴以上の戦士が聖剣に認められない限り、勇者を辞めさせることもできん。頭が痛い問題だ」


 そう頭を抱えるイヴァースに私はあれ? と思った。

 そうだ、そうだよ。見たじゃないか、勇者以上の剣の才を持つ人間を。

 思いついた私はイヴァースにそっと耳打ちする。


「その問題、もしかしたら解決できるかもしれませんよ?」

「は? どういうことだ?」

「私の見立てではルークが剣士としてSランクまで育ちます」

「なに!?」


 ガタッと思いっきり音を立ててイヴァースが立ち上がった。


「あ? なんだ……?」


 注目を浴びるルークがきょとんとする。


「彼が聖剣に選ばれる可能性は……?」

「聖剣が勇者を選ぶ基準が不明ですからなんとも言えませんが、ゼロではないかと」


 悩み始めたイヴァースに私はくるりと踵を返してルークを見た。


「ルークは努力の天才! いつかは強くてでっかい男になる! ね、ルーク」


 え? え? と混乱しているルークに必死にアイコンタクトを送った。


『イヴァース様に売り込みにきたんでしょーが! 先生紹介してもらわないと訓練が始められないわよ!』


 意図をようやく汲み取ったのかルークが立ち上がり、深々とイヴァースに頭を下げる。


「俺、シアにとても恩義を感じているんです。浮浪者だった俺に居場所をくれた。だから俺にそんな力があるのなら、いやなくたって強くなってギルドの……家族の力になりたいんです!」


 真剣な必死の声に、イヴァースはじっと赤髪の頭を下げたルークを見下ろした。

 そして私はひそかにまた感激していた。

 ちゃんとギルドの一員、家族としてそんなに思っててくれたなんて……。不覚にも泣きそうだ。

 イヴァースはそんな様子の私も見て、そして最後はうんと頷いた。


「いいだろう。シアには勇者関連で迷惑をかけているしな、少しでも力になりたいと思っている。だが、ゆえに半端な師はつけない。それでもいいか?」

「はい!」

「うむ……ならばよい。だが、そうだな」


 そっとルークの細い腕を掴む。


「まずはこの骨と皮しかないガリガリの体をなんとかすることからだな。これでは鍛えても筋肉にならんし、怪我をする。シア、こいつにしっかり飯を食わせてやれ」

「わかりました!」

「師の手配の方はやっておこう。後で鳩便で知らせる。俺も時間があれば鍛えてやろう」

「え!? 本当ですか!?」


 願ってもいないことになって私は声をあげた。


「ああ、誰よりも厳しくなってしまうと思うが」

「望むところです!」


 ルークが意気込むとイヴァースは嬉しそうに頷いた。


 話も区切りがついたところで騎士の人がイヴァースを呼びに来たので彼はやれやれと立ち上がる。これで解散かなと、思ったがイヴァースは去り際に言った。


「そういえば、そこの小さな少女はどうしたんだ?」


 ぎくりと身が縮こまる。

 リーナ一人で留守番させるわけにもいかないので連れてきたが、やっぱり聞かれるか。

 私はにっこり笑顔を浮かべる。


「うちの初めてのお客さんなんです。なんでもいなくなった猫を探しているとか」

「そうか、早く見つかるといいな」


 彼は少々ぎこちないが穏やかな笑顔を浮かべてリーナを見詰めた。

 リーナはルークと私の影に隠れていたが、ちょっとだけ顔を出す。


「あ、ありがとうです……」

「ああ」


 そうしてイヴァースは去り、私達はほっと胸を撫で下ろすのだった。

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