〇4 助けに行こうか!
私達がすべての準備を整え終わったのは、三日後の夜だった。
暁の獅子のギルドには、私とルークとリーナのレオルドを除いた暁の獅子メンバー。そして蒼天の刃所属であるアギ君、マスターのエルフレドさん。紅の賛歌からはセルビアさんとマスターのバルザンさんだ。
騎士団からはベルナール様、ランディさんが来ている。
居間の奥で、エティシャさんとシャーリーが静かに座って固唾をのんでいた。
「皆さん、お集まりいただきありがとうございます。今回は緊急事態ということもあり、各ギルドへ応援を要請させていただきました。ご協力に感謝致します」
私は感謝を述べると頭を下げた。
今回は、迅速な対応が一番重要だった。遅れれば遅れるほど後手に回る。だから人数の少ない私達は、いくつかのギルドに声をかけ、応援をお願いしたのだ。快く引き受けてくれたのは、蒼天の刃のマスター、エルフレドさんと紅の賛歌のマスター、バルザンさんだった。アギ君とセルビアさんとは特に仲がいいので、精力的に力添えを貰えた。
「困ったときはお互い様だからね。仕事もうまい具合に分散できたし、レオルド殿もなにも無責任にすべて放り投げて出て行ったわけではなかったようだから」
「そうだなぁ。まあ、奴にしてはお粗末だが……嫁さんの一大事とあっちゃあ、殴り飛ばすこともできんな。嬢ちゃんは後で拳骨でもくれてやるといい」
エルフレドさんとバルザンさんが力強くそう言ってくれて、私はほっと息を吐いた。
「皆さんのおかげで、無事に準備を整え終えることができました。これから私達、暁の獅子はメンバーを至急回収し、聖教会からの重大依頼を遂行します」
「こちらも司教様から応援要請は入っているんだ。俺達への依頼は、主に各地の情報収集と、王都の警護で王国騎士団との連携をお願いされてるね」
そう、司教様は私達には現場へ行って、調査をしてくるよう依頼したけど他のギルドには別に違う依頼を出していたようだ。王国全体としてもかなりの警戒レベルに達しているのだろう。
ベルナール様が頷いた。
「俺達第一部隊は王都中心部の警護にあたる。騎士団とギルドの仲介は天馬のジオ殿だったな?」
「ええそうです。ジオさんが仲介となって連携を補佐してくれる手筈になっています。他、こちらからは数名伝達に走らせますので、名簿を渡しておきますね」
「あ、それ自分が管理します。騎士団側の伝達まとめ係は自分なんで」
エルフレドさんが提出してきた名簿を、ランディさんが受け取る。
「しっかし、王国各地で不可思議な事件が起きてるとはいえ、王都ではあまり目立った動きはないんだろう? 地方に巡回を増やした方がいいんじゃねぇーのか?」
バルザンさんが、騎士団の動きに違和感を感じてか、そう投げかけるとベルナール様が難しい顔をした。
「どうも、そう話は簡単ではなさそうなんですよ」
ベルナール様は、同世代のエルフレドさんにはため口のようだが、バルザンさんには敬語で話すようだ。
「影の情報から、どうやら王都にも不審な動きがあるようです。ギルド大会でのこともありますし、地方に目をやり過ぎると、手痛いしっぺ返しをもらうことになりそうなんですよ」
「あーったく、魔人だの悪人だの、人型の方が面倒だな。レアモンスター狩りが恋しいぜ」
「それは分かる! 頭使うの、あたし苦手なんだよね。街中だと存分に斧も振るえないしなぁ」
「いやいや、お前はちったあ頭使えや。癖の強いレアモンスターも馬鹿のひとつ覚えみたいに斧でぶっ叩きやがって、何度死にかけてんだてめぇは」
自身もあまり頭で戦うタイプではなさそうなバルザンさんですら、セルビアさんの脳筋な戦い方には一言も二事もあるようだ。
「魔人か……。俺、魔人なんてはじめて見たけど、相当ヤバイよね。特にラクリスを騙ってた魔人……ジャックだっけ? 他にも女の子がいたけど、俺はあっちの方が異質で怖かったな」
アギ君が思い出したのか、苦い顔をする。
ギルド大会の裏側で起こっていたことの顛末は、後にベルナール様から聞いている。私もラクリスと戦ったときに、彼が魔人であることは分かっていた。なんとなく察してはいたけど、やはりラクリスに化けていたのは、ジャックだったらしい。バルザンさん達やベルナール様達が対峙したけど、結局駆け付けた司教様とイヴァース副団長によって追い払えたようだ。
「でもさー、なんで魔人が王国で自由に動き回れてるんだろう? 結界とか、そういうのあるんだよね?」
もっともな疑問をセルビアさんが口にした。
「そこのところは、まったく見当がついていない状況だ。クウェイス辺境伯に問い合わせたが、国境沿いにある結界を抜けたような痕跡は見つかっていないそうだ」
魔人は、魔王と共に復活を遂げる。だから魔人が王国に入る機会があるとすれば、クウェイス領の国境沿いにある結界を通り抜けるほかない。だから魔人が国に入るならば、そこになんらかの異常がなくてはおかしいのだ。他に魔王領は帝国領にも隣接しているが、帝国との国境線でも同じような結界がある。もし帝国に魔人が侵入したのならば、外国であろうとも情報は上がるはずなのだ。
今のところそういうのもない。
「……もしも、その魔人が、王国内で生まれていたら……話は別な気がするけどね」
ぼそりとアギ君がそんなことを呟いた。
ありえない……とは誰も言い切れない。魔人の生態は謎な部分が多すぎるから。
「とにかく、今はできることをするだけだろう。それじゃ、俺は割り当てられた騎士隊との会合に行くけど……」
エルフレドさんがちらりと、アギ君を見た。
「ん、はいはい了解。俺は姉ちゃん達と行くわ」
「え? アギ君が?」
「どう考えても人数足りないじゃん。蒼天の刃は、そこそこ人いるし、王都警護や情報収集に全員が動く必要ないんだよ。他のギルドからも助っ人いるんだし」
それはそうだけど。
エルフレドさんを見れば、彼はにっこりと優しく笑ってくれた。
「ぜひ、うちの天才魔導士を連れて行ってくれ。きっと役に立つから」
「エルフレドさんがいいのでしたら、こちらは大助かりですけど」
道中なにもないとも限らない。レオルドがいない以上、魔法攻撃力が高いアギ君がいるのはとても助かるし、彼は頭もいい。年齢を加味しても助っ人人材としては勿体ないくらいだ。
「それでは皆さん、ご武運を!」
それぞれがそれぞれの仕事へと動き出す。
私は残ったギルドのメンバーと、助っ人のアギ君に向かって真っすぐ視線を投げた。
「なかなか難易度の高い依頼だけど、全力で挑みましょう。そんで、レオルドを助けに行こうか!」
私の声に、皆は気合を入れて「おー!」と腕を振り上げてくれた。
その様子に、静かに見守っていたエティシャさんは、涙を浮かべながら微笑んでいた。
「レオおじさんは、東通りの地方行き馬車に乗ったみたいだ。乗合所のおばちゃんが覚えててさ、目立つガタイだったし、ここに自分のことを聞きに来たやつがいたら言伝をして欲しいって頼まれてたみたい」
「言伝?」
「そ、『勝手に飛び出して悪い。責任は後からとるから、今は行かせて欲しい。無事に戻る』だって」
レオルドらしい言伝だ。
だけど気に入らない。
「助けて欲しいとは、言わないのね」
「そうだよね。仲間なら頼ってもよさそうだけど。レオおじさんって借金とかの下りもあんじゃん? これ以上は迷惑かけらんないとか思ったのかもな」
「けどやっぱ、それってなんかモヤモヤすんな。俺達、頼りになんねぇーのかなって」
アギ君の言葉も分かるが、ルークの言いたいことも分かる。
「りーな、レオおじさんがいやっていっても、いきたいです!」
リーナの言葉が、今ここにいる全員の総意だろう。
「アギ君、レオルドの使ったルートは調べられた?」
「うん、ばっちり。途中で三つの中継点を通るルートだな。リオネラ、ルーブスト、ヘクサ方面だ。レオおじさん、そんなにお金持ってなかっただろうしルーブストにある転送陣は使えないと思う。そうなると順調に行けば、七日でラミリス領に着く」
「そう……もうあれから三日経ってるから、レオルドはもう行程の半分くらいってところね。私達も同じルートで行くわ」
「それだと全然間に合わないんじゃないか?」
ルークが地図を広げながら首を傾げた。
「このルート、先回りできるような馬車はないんだよ兄ちゃん。レオおじさんに追い付くには、別の手段を使うしかない、だよな?」
「そうね。ケチってる場合じゃないもの、私達はルーブストに着いたらそこから転送陣で一気にラミリス領に飛ぶ」
「転送陣って、そこそこ高いよな……? 距離しだいでは大変なことにならないか?」
「だ、だだだ大丈夫よ。借金しない程度よ。もしヤバそうなら司教様に請求するもん」
「司教様に請求すんのも怖いな……」
背に腹は代えられないんだよぉ!!
なんてことがありながら、私達はヘクサ方面へ向かう馬車に乗った。時間外だが、騎士団のはからいで特別便を出して貰えた。
「エティシャさん、レオルドのことは心配しないでください。サラさんも無事に助け出してきます」
「はい……よろしくお願いします」
深々とエティシャさんは、頭を下げた。隣でぎゅっとエティシャさんの手を握ってシャーリーは私の顔を見上げる。
「シャーリー……いきたい」
「……ごめんね、シャーリー。連れてはいけないの」
「なんで? シャーリーちいさいから? でも、そっちのこも、ちいさいよ?」
シャーリーは私より先にルークに抱っこされて馬車に乗ったリーナを見た。
リーナがよくて、シャーリーがダメな理由を説明するのは難しい。本来なら、リーナほどの年の子を危険な場所に連れて行くのは心が痛む。けれどリーナはギルドの一員で、危険に対抗できる力を得ることができた。
でも、あなたには力がないから連れて行けない。というのは、シャーリーを傷つけるような気がした。私が言い淀んでいると。
「しゃーりーちゃん」
リーナがひょっこりと顔を出した。
「てをだしてください」
「? はい」
リーナは差し出されたシャーリーの手を取った。
「しゃーりーちゃんのきもちは、りーながもっていきます。ぱぱとままをたすける、ちからにします。りーなは、そのほうほうをおしえてもらったのです」
「……そのほうほうをしってるから、リーナちゃんは、パパとママをたすけにいけるの?」
「そうです」
「じゃあ、シャーリーにもおしえて」
「はい、きっとおしえます。でも、いまはじかんがありません。ぱぱとままをたすけるには、いそがなくてはいけないです」
リーナとシャーリーはしばらく見つめ合った。
そして。
「パパとママを、おねがいします」
ぺこりと頭を下げたシャーリーにリーナは笑顔で「はい!」と応えると、シャーリーは泣きそうな笑顔で顔を上げて手を振った。
年を聞けば、シャーリーはリーナの一つ上だそうだ。出会って間もないのに仲のいい友達のように手を振り合う二人に私は頬が緩んだ。
馬車は走り出す。
向かうは、東の先、ラミリス領へ!




