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〇3 どこのバカ領主です?

 シャーリー・バーンズと名乗った少女は、鼻水を啜った。

 その名には、聞き覚えがあり過ぎるほどある。家名といい、シャーリーという名前といい、間違えるはずはない。


「もしかして、レオルドの娘さん?」


 シャーリーは、小さく頷いた。

 これは本当に、どういう状況なんだ。ルークを振り返る。


「俺もさっぱりなんだ。老師のところから帰る途中でリーナとアギと会って一緒にギルドに戻ったんだが、おっさんは飛び出して行くわ、小さい女の子は泣きじゃくって話が聞けないわで」

「たしか、レオルドの娘さんは母親のサラさんと一緒に故郷の村に戻っていたはずよね?」


 詳しい場所は知らないが、近郊でないのは知っている。馬車を乗り継いで七日はかかり、転送陣を乗り継いでも最短、王都からだと三日くらいかかるのだと。

 シャーリーは、見た目からおそらくリーナと同じくらいだ。リーナはしっかりしているけれど、この年で長距離での一人移動は難しいはず。同行している保護者がいると思うのだけど。


「ねえ、シャーリー。あなた一人で来たわけじゃないでしょう? 誰か大人と来なかった?」

「……うん、おばーちゃんと」

「おばーちゃん?」

「えっと、パパのママ?」


 つまりは、レオルドのお母さんと一緒に来たということか。


「おばーちゃんは? 一緒じゃないの?」

「おばーちゃん、まいご……」


 ……うん、シャーリー……たぶん迷子なのは君の方だと思うよ。

 でも迷子になりながらも、この子は父親の居場所を探し当てたのか。


「どうしてここにパパがいると思ったの?」

「においがしたの。パパのにおい」

「……レオルドってそんな匂うっけ?」

「さあ? 気にしたことねぇーな」


 私とルークは首を傾げた。レオルドは年齢的に、もう立派なおじさんなので加齢臭とかを若干気にし始めているお年頃だ。結構、臭いエチケット的なことには気を付けている感じがする。私は、匂いにはそこそこ敏感な方だけど、特にレオルドをクサイと思ったことはない。クサイといえば、最初に出会った時のルークの方がよっぽど気になった。


「りーなも、ないです。レオおじさんのあとの、おふろへいきです」


 といってもレオルドは気を使って一番最後に入るけど。汗をかいた時は、シャワーで済ますから私もリーナも、お年頃の娘みたいな『パパの後のお風呂嫌!』とは言ったことがない。実はちょっと言ってみたい憧れはあるけどね。大聖堂にいた頃は、女性と男性は別だったし、シリウスさんの後のお風呂でも絶対に気にしない自信はある。司教様の場合は、ふざけてもそんなこと言ったら風呂に沈められそうなので言えない。


「あー、あれじゃない? 魔力臭」


 アギ君が、思い当たったらしい言葉を口にした。


「魔力臭って、あれでしょ? 個人個人で魔力の匂いが違うんだっていう俗説」

「そう。姉ちゃんの言う通り俗説だけど、あながち間違ってないんじゃないかって研究者の間でも時々話題になるよ。ただ、魔力の匂いを嗅ぐことができる人間がほとんどいないってだけの話」


 アギ君によれば、嘘か誠か、魔力の匂いを嗅ぎ分けられる人間が稀にだがいるらしい。実験結果として、複数人を魔力の匂いだけで当てられた。ただ、その実験が正規のものでないのと、正しいという証明ができなかったことで、いまだに魔力臭というものは一般的には俗説扱いだ。


「シャーリーは、それが分かるのかな? ねぇ、シャーリー、パパの匂いってどんなの?」

「パパは、おひさま」


 ほほう。それっぽい。


「じゃあ、こっちの緑のお兄ちゃんは?」

「んーと……なつのにおい」


 アギ君は夏の匂い。どんな匂いだ?


「こっちの女の子は?」

「えーと、えーと……はちみつのにおい」


 リーナは、ハチミツ。甘いのかな。

 ルークは魔力がないから……。


「私はどんなの?」

「おねーさんは……うーん、あんまりかいだことない、においかも」


 えー、気になる。

 しかし、やはりシャーリーは魔力の匂いを嗅ぎ分けられているのだろうか。だとしたら魔導士学会としては貴重な人材かもしれない。


「はあ、姉ちゃん俺も色々気になるし、できることならとことん魔力臭について聞いてみたいけど、それより今はレオおじさんのことだろ。それと祖母ちゃん、どこ行ったんだよ」

「それもそうだ。とりあえず詳しい話はレオルドのお母さんが知ってそうだし、探しましょう」


 手分けして、レオルドのお母さんを探すことになった。だけど、シャーリーを一人で残せないので私とリーナがお留守番して、ルークと、ギルドメンバーじゃないけどアギ君が協力してくれた。他にもエルフレドさんとか知り合いに頼んで人数を増やし捜索した。

 その甲斐あって、レオルドのお母さんはすぐに見つかった。六十歳手前だという女性だったが、実年齢より童顔のせいか若く見える。穏やかな面差しに、レオルドとの共通点が感じられた。しかし、その表情は暗く陰り、疲れている様子でげっそりとしてしまっていた。


「はじめまして、息子がお世話になっております。レオルドの母のエティシャと申します」


 レオルドのお母さん、エティシャさんが深くお辞儀をした。


「こちらこそ、レオルドにはいつも助けられています。あ、あのどうぞ椅子にお座りください」


 足元がふらつくので、気が気じゃない。エティシャさんは、申し訳なさそうに感謝を述べながら、椅子に座ってくれた。ルークとリーナが素早い身のこなしで、お茶とお菓子を出す。だけどエティシャさんは、どれにも手をつけず、暗い表情のままだ。

 シャーリーは、おばあちゃんに再会できて安心したのかエティシャさんの近くにあるソファに大人しく座っている。


「あの、それで一体なにがあったんですか?」

「それは……その、こちらの問題でもありますし……ギルドの方々にご迷惑は」

「迷惑にはならないです。レオルドはうちの大事なギルドの家族ですから、このままじゃなにも納得できませんし」

「……そ、そうですね。すみません……」


 優しい人なんだろうと見ていれば分かるが、少し気が弱いのかもしれない。なのになにかあっても自分で抱え過ぎて人に相談できず自滅するタイプに思えた。ここは強引でも強めでいこう。


「レオルドになにかあったのでしたら、こちらは全力をあげて問題解決のサポートをする所存です。気など使わず、どうか教えてください」

「……嗚呼……ありがとうございます。正直、私も夫もどうしたらいいのかと途方に暮れていたのです」


 エティシャさんは、涙をこらえながら一通の手紙をテーブルに出した。差出人も宛名もない。真っ白な便箋だった。中には手紙が入っているように見える。


「中を見ても?」


 エティシャさんは頷いた。私は、手紙の中身を見させてもらった。そこには、事務的な文字列が並び、感情のこもらないその文章には、信じがたいことが書かれていた。


「……なんですか、これ」

「お読みになった通りです」

「こんなバカなことないですよ。アレハンドル村に謀反の疑いがあって、強制捜査に反発した村長を捕縛。そのうえ村長の娘であるサラさんも拘束して、なんで次がサラさんと領主息子との結婚通告なんです?」


 はっきり言って、意味が分からない。

 なんらかのきっかけで、アレハンドル村に謀反の疑いがかけられたのだとして、反発した村長が一時捕縛は分かるけど、なんでサラさんまで? そしてなんで、次の文章がサラさんの再婚?


「実は昔から、領主の息子であるダミアンは、器量も気立ても良いサラに求婚していたんです。縁談も強引に進められていたことも。ですが、サラは息子を追って王都に押しかけ女房をして、強行突破したので……その話も自然消滅していたのです……」


 これは……頭の痛くなる話の予感がする。


「そ、それで……領主息子は未だにサラさんを諦めきれず、レオルドと一時離縁したのを好機とみて、アホみたいな手を使ってきたと?」

「アホ……いえ、そうですね。でもアホで済まされない手です。下手をすると村が消えてしまいます」


 金と権力のあるアホとバカは、なによりも厄介な時がある。

 やっぱり、頭痛いやつだった。


「それ、どこのバカ領主です?」

「……ラミリス伯爵です」


 ----あー、それもう今日一日で腐るほど聞いた名前だわ。王国のお偉いさん方が、そろって唾吐きかけたそうにしてた名前ですわ。

 親子そろって問題児とか、どうなってんの!


「えー、嫌な予感がしますが、レオルドの故郷であるアレハンドル村ってもしや……」

「……はい。ラミリス伯爵領になります」

「ですよね……。ってことは、もしかして……。エティシャさん、お聞きしたいんですが村やその周辺で奇妙なことは起こってませんか? たとえば--眠ったまま目を覚まさない、とか」


 私の言葉に、エティシャさんは驚いた顔をした。


「よく、ご存じですね。ええ、村でも数人が眠ったまま目を覚まさない症状に見舞われているのです。その中に、息子の幼馴染もいて……。私、息子に伝えなければとシャーリーとここまで参ったのですが、ちゃんと説明できるか心配で、手紙にしたためて鞄に入れておいたのです。最終的にシャーリーが鞄を持つと言うのでそのままに……」


 で、その状況が事細かに書かれた紙をシャーリーから見せられたレオルドが、血相変えて出て行ってしまったと。そう繋がるのか。


「ねえ、おばーちゃん。……シャーリー、ママにあえる? パパもいっしょにいられるんだよね?」


 ふと、シャーリーがエティシャさんに不安そうに問いかけた。エティシャさんは、言葉に詰まり涙をハンカチで拭いながら、気休めの「大丈夫よ」を言うしかなかった。


 私は、その光景に胸を痛めながらも立ち上がった。行動は早い方がいい。レオルドは頭が良いし普段は冷静だ。だけどサラさんや娘のこととなると熱くなるところがある。現に、レオルドは私達に相談もせずに勝手に飛び出してしまっているのだ。いつもの彼なら絶対にやらない。


「ルーク、地方への馬車乗り場洗って。十中八九、行き先はラミリス領だろうけど念の為よ。どのルートで乗って行ったか、到着予定時刻はいつかの情報が欲しい」

「分かった!」


 ルークが急いで出ていく。


「兄ちゃん一人じゃ足りないだろ。俺もやるよ」

「ありがとアギ君。頼んだ」


 アギ君も続いて出ていく。


「私とリーナは、ジオさんに相談に行くわよ。ギルドに残ってる仕事の仕分けと、出発の手筈を早急に整えないと!」

「はいです!」

「エティシャさん、シャーリーとギルドで待っててください。必ず、助けますから!」


 エティシャさんは、その言葉にシャーリーを抱きしめて頷いた。

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