ハロウィン特別ストーリー
ハロウィン仕様の特別ストーリーです。
時間軸が謎です。秋ということになってますが、本編はまだ春です。
アギ視点です。
うだるような暑さが過ぎ、だんだんと肌寒さを覚えてくる秋の季節。ラディス王国の王都では、毎年恒例のハロウィン祭りが開催されていた。開催期間は三日間で、その間は街中がハロウィン一色になる。いたるところにかぼちゃの装飾品が飾られ、少し怖さも演出しながらも子供がメインのお祭りとあって可愛さが強調されるデザインのものが圧倒的に多く人気だ。
ラディス王国では、成人を迎える十八歳から大人となるので十七歳までの子供達が思い思いに街を練り歩き、「とりっく おあ とりーと」の合言葉で大人達からお菓子をねだる。異世界の言葉でお菓子をくれないといたずらしちゃうぞ! という意味らしい。この祭りを持ち込んだのも異世界人だった。
ラディス王国は、原因は解明されていないが異世界人が降り立つ確率の高い土地だ。長い歴史の中で、異世界人はそれなりの数がこの世界にやって来ている。ほとんどがなにかしら特殊な能力を持っていて、彼らが勇者や聖女に選ばれることも多々あったようだ。そんな彼らが持ち込んだ文化が、この国に広く根付くのも自然の流れだっただろう。異世界発祥の言葉も使われているくらいだ。
俺はうーんと背筋を伸ばして、椅子の背もたれにだらしなく寄りかかった。
机の上には散らかった書類やら本やらが乱雑に置かれていて、いつの間にか誰かが持ってきてくれていたらしいお菓子とジュースが端っこにおいやられていた。俺に気を使ってくれて、音もたてずまったく邪魔もせず入退室できるのはエルフレドくらいだろう。どうせあったかい飲み物を持ってきても冷ましてしまうことを考慮してジュースになっている。しかも俺の好きなリンゴのやつ。
今日もうっかり徹夜して魔導書を漁ったり、研究資料を確認したり、レポート書いたりしてて、いつそれが置かれたのか記憶にないのだ。
俺は、レポートをまとめてファイルに収めるとそれを抱えて部屋を出た。
ここは、王立学校の魔道研究科が使っている研究棟だ。成績がBランク以上の生徒に与えられるライセンスがあれば、自由に研究室が使用できる。俺はSランクなので、使い放題だし、わがままもそれなりに通る。好きなことを好きなだけしようと思ったらいつの間にかここまで来てしまっていた。もっと小さい頃は、ご近所でも有名な奇行ばかりとる子供という認識で、それは今も変わっちゃいないんだろうが、能力を認められたからそういうのも受け入れてくれる場所が出来た。
エルフレドは王立学校の卒業生で、成績は振るわなかったみたいだが元生徒ということと、俺のお願いで研究棟での出入りは比較的自由になっており、心配性の彼はいつもギルドにいない時は様子を見にやって来る。エルフレドがいなかったら、もし俺が突然死しても誰も気づかないだろうな。
学校を出る為に、本棟へ入ると正面玄関には王立学校生徒の活躍を表彰したものや、卒業後に活躍した生徒の偉業などが飾られた場所がある。いつもはまったく気にしていなかったが、ちゃんと確認すれば知っている人のものがあった。
レオおじさんって、本当に優秀だったんだな。
学科は、歴史学の専攻だったみたいだが、魔導書の解読とか研究も手掛けていたらしい。賞も結構とっている。資料室にレオおじさんの書いたレポートが残っていたので読んだが、夢中になりすぎて一週間、授業を無断欠席して怒られた。興味深い上に面白い。俺の知らないことはまだまだあると思い知らされた。今度、あのレポートの件でレオおじさんと話したいけど、あのギルドも有名になって忙しくなったから、なかなか難しそうで残念だ。
にしても……。
ちらりと、レオおじさんの紹介が書いてある場所を見た。そこには笑顔でトロフィーを持つ若い頃のレオおじさんと思わしき男性が写った写真があったのだが。
もはや別人じゃない? 今の半分くらいしかないじゃん(筋肉量的な意味で)。
穏やかそうな、おっとりとした雰囲気は変わらないが体はほっそりとしており、今よりだいぶ研究者っぽく見える。いくつの時の写真なんだろうかと、探してみたらどうやら十七歳の時のやつらしい。十七歳であのレポート書けるのか……俺も精進しないとな。
気合を入れつつ、校舎を抜けて校門も出ると、異様な雰囲気に包まれた街が出迎えた。色んな所にかぼちゃのランタンが飾り付けられ、お菓子籠を持った売り子が歩いている。
ああ、そういえば今日からハロウィンなんだっけ。
お祭りの存在自体は知っているが、参加したことはなかった。生まれは王都じゃないし、王立に入ってからはずっと図書室や資料室、研究室に入りびたりでいつの間にか過ぎているようなイベントだった。
今回もまあ、参加はしないだろう。ただでたくさん大人からお菓子が貰える日だと喜ぶ子供は多いが、俺は別にお菓子が好きなわけじゃないし、遊んでる暇があるなら一つでも多くの魔導書が読みたいタイプだ。さっさとギルドの自室に帰ってひと眠りして、ギルドの仕事しよう。
そう、浮き立つ街の人達の横を通り過ぎていく。風と相性がいいからか、人が作る風の流れを感じられるので人とぶつかるということは、あまりない。すいすいと大通りを抜けていくと--見知った顔を見つけた。真剣な表情でじぃーっと目の前の露店で売られているお菓子の山を見詰めていた。そのまま通り過ぎようかなとも思ったが、世話になっている人でもあったので、一声かけておこうと近づいた。
「よ、姉ちゃん。買い物?」
「あれ、アギ君。そう、ハロウィンのね」
声をかけて振り返ったのは、長い黒髪をおさげにした少々地味な印象を持つ姿の女性だった。彼女の名は、シア。ギルド大会で知り合ってから色々と交流を持っている『暁の獅子』というギルドのマスターだ。大人しくて優しそうな見た目に騙されると痛い目にあうタイプの癖のある人だが、俺は面白いので好きである。
「ずいぶんと真剣に見てたみたいだけど?」
「お菓子をねぇー、どのくらい買っておけばいいのかなって。私、子供側で参加したことは何回かあるんだけど、大人側になるのは初めてなのよ」
「そっか、でも別に手あたりしだい知らない子供が訪ねてくるわけじゃないだろ? 予想はできるんじゃないの?」
「実は私、かなり子供の知り合い多いのよ。ざっと数えても百単位よ」
「はあ? なんでそんなにいるの……」
「聖教会の孤児院へ慰問行ってるし、病院の出産の手伝いもしているし、子供の診療も手伝ってる」
「い、忙しいんだな」
「聖女だからね。顔は知られてないけど能力は貴重だから、やれることはやってんのよ」
なるほどなーと、俺は相槌を打った。子供の面倒をみるのは得意そうだったけど、結構色々と慈善活動も積極的らしい。
「となると本当に予想つけづらいな」
「そうなのよ。一室埋まるくらいは用意したけど、不安なのよね。子供達がせっかく遊びに来てもお菓子が品切れじゃかわいそうでしょ?」
「一室……」
は、さすがに多いんじゃないだろうかと思ったが姉ちゃん的にはまだ不安らしい。
「予算は……最近の稼ぎでなんとかなるけど、場所ももうないしなぁ。どうしようかなぁ」
それでさっきから真剣に悩んでいたのか。
「場所なら俺がなんとかできるよ」
「え、本当?」
「うん俺、空間魔法使えるから。姉ちゃんのギルド内に入口作って突っ込んどきゃいいんじゃない?」
「助かるアギ君! さすが天才、頼りになる! --お姉さん! このお菓子、袋に詰められるだけ詰めてくださーい!」
「はい、まいどありがとうござい--でかい!?」
俺の申し出に喜んだ姉ちゃんが店員さんに渡した袋が予想外にでかかった。
買い占める気なの? 姉ちゃん……。
姉ちゃんが一人で持って帰るには大きすぎる上に重いと思ったので、その場で遠距離のギルドに繋げて転送した。ギルドの場所は分かってるから簡単だ。
「ありがとう、アギ君! ハロウィンでうちに来たらお菓子、秘密でサービスしちゃうね!」
「え、あ……」
テンション高めで手を振りながら俺の返事も聞かずに姉ちゃんは行ってしまった。
参加する気ないって、言いそびれた。
再び歩き出すと、次はルーク兄ちゃんとレオおじさんを発見した。今日は知り合いによく会う日だ。
「こんちわ、ルーク兄ちゃん、レオおじさん」
「よう、アギ」
「アギも買い物か?」
「ううん、ギルドに帰るとこ。二人は、買い物?」
二人が立ち止まっていた先にあったのは、衣装を売っている露店だった。
「ああ、リーナに着せる衣装を見繕いにな」
「マスターに任せると悲惨な未来しか見えないから、衣装係を決死の覚悟でもぎ取った」
レオおじさんが遠い目をしている。壮絶な戦いでもあったんだろうか。ギルド大会でも姉ちゃんのセンスは俺には理解できなかったし、面白いとは思うけど実際には着たくないようなセンスの服を選んでたからな。リーナなら文句も言わずに着そうだけど。レオおじさん達としてはそれは絶対阻止の方向らしい。
「俺、ハロウィンって初めてだから楽しみなんだよな」
ルーク兄ちゃんが少し羨ましそうに子供達を眺めた。そういえば、ルーク兄ちゃんは浮浪者で路地を彷徨う子供だったらしいから、こういうイベントはただ遠くで眺めているだけのものだったんだろうな。
レオおじさんが優しい顔をした。
「だからさ、ルーク。お前もリーナと一緒に子供側で参加しろって。一度は体験しといた方がいいぞ、こういうのは。お前、七五三も成人式もやってないだろう」
「いいって、さすがにこの体型で子供側は無理だし……恥ずかしい」
「ははは、じゃあ後でこっそり俺とシアにとりっくおあとりーとしろ、お菓子やるから」
「……シアが喜々として俺にハロウィン衣装着せて写真とってニヤニヤするところまで簡単に想像できるから嫌だ」
俺も想像できた。姉ちゃんなら絶対やる。
溜息を吐きながらもルーク兄ちゃんは嬉しそうだ。一緒にハロウィンを楽しめる相手がいるのはいいことだ。俺には両親もいるし、祖父母とも仲良しで親戚も面倒なのはそんなにいない。
俺のせいで迷惑はかけまくってるけど見放されたことがないから、ルーク兄ちゃんの気持ちは本当の部分では分かんないけど、想像はなんとなくできる。ルーク兄ちゃんが幸せそうならいっかなって。
「アギ、シアがなんかいっぱいお菓子用意してたから、うちに来るといいぞ」
「マスター、張り切ってたからいっぱい貰えるだろ」
「え、あ……」
二人もテンション高めで衣装選びに熱中し始めてしまったので、また言い損ねた。気分を害してしまうのもなんなのでそのままその場を離れた。
俺、そんなにハロウィンに参加して楽しむように見えんのかな?
姉ちゃん達は、なんだか参加して当たり前みたいな感じで言ってくる。両親ですら、昔から俺がどういう子供か知っていたからハロウィンに限らず子供が好きそうなイベントにも参加を促したりはしなかった。
変な子。奇才。天才。
周囲の評価は、嫌いかすごいか。
嫌われれば徹底的に嫌われるし、すごいと思われれば遠巻きに見られて憧れられる。好きなことを自由にしているのだから、可愛くない子供である自覚はあるし、とっつきにくいと思われても仕方ない。実際、付き合いは悪い方だ。友達もできなかったけど、それで不便に思うことがなかった。
なんだかモヤモヤした心境のまま、いつの間にかギルドに辿り着いていた。さっさとシャワー浴びて寝ちゃおう。そう思って、扉を開けて中に入ると。
「お帰り、アギ」
「ただいまー」
エルフレドが奥から声をかけてくれた。ハロウィンの時は子供好きの彼らしく仕事を休んで訪問してくる子供達の為にお菓子を用意している。ギルド内からもどこからか甘い匂いがした。このおこぼれを後で少し貰うのが俺のいつものハロウィンだ。ギルド内部も色んな場所がすでにハロウィン仕様となっていた。
「あれ?」
いつもならすぐにこっちまでやって来て、うがいと手洗いを強要するのにやって来ない。不思議に思って奥の客間に顔を出すと、なるほど客が来ていた。それもよく知った顔の小さな客。
「アギおにーさん、おじゃましてます」
「のー」
リーナとぷちすらいむの『のん』だ。
「いらっしゃい。どうしたんだ? 勉強の約束はしてないよな?」
「はい、きょうはアギおにーさんをおさそいにきました!」
「お誘い?」
見当がつかなくて、首を傾げるとリーナは立ち上がってスカートを整えた。そして綺麗に膝を折り、額を床に--。
「うわーー!? なにやってんの!?」
「いせかいの、おねがいすたいるです!」
「違うんじゃない!? たぶんそれ、謝罪スタイル!」
確か、土下座っていうやつ。
リーナは時々、どこで覚えてきたんだよソレっていうのをやることがある。心臓に悪い。エルフレドも顔を真っ青にして今にも倒れそうだ。俺はリーナを立たせてやると、ソファに座らせて自分も向かい側に座るとエルフレドが用意してくれたお茶とお菓子を勧めた。
「あんなことしなくても、お願いくらいできることなら叶えるけど? ってか最初、お誘いって言ってなかったか?」
「おさそいというか、おねがいというか……」
もじもじしてる。言いにくいことか?
「あ、あのアギおにーさん……あしたは、おひまですか?」
「明日? レポートがあるかな。資料整理も終わってないし」
「じゃ、じゃあ……あさっては?」
「さあ? でもいつも通り、研究室で魔導書の解析してると思う」
そう答えるとリーナの顔がみるみるうちに泣きそうになった。まるで絶望に打ちひしがれているかのようだ。どうした。
「馬鹿! アギの馬鹿! なんてこと言うんだっ。大丈夫だよ、リーナちゃん! アギは暇だから! もう、すごく眠くなるくらい暇だからね!」
なぜかエルフレドが慌てる。
「え? なに?」
「なにじゃない! お兄さんは悲しいぞ、アギ。そこは用事があったとしても暇を作って付き合う気概を見せろー!」
怒られた。
暇を作って付き合うって……あれ?
「もしかして、ハロウィン一緒に行くってこと?」
リーナがこくこく頷いた。力が入っているのか腕の中でのんが変形している。
「近所の子はどうしたんだ? 友達いるだろ?」
「おさそいにいったのですが、みんなよやくがはいってました……。はろうぃんは、ふたりひとくみであるくのだそうで……」
そういえばそうだった。前に見かけた子供達は二人一組だったな。小さい子二人の場合は年長の子供が付き添うこともあるみたいだけど。
「りーなひとりでは、さんかできません……。おねーさんも、りーなひとりだとしんぱいだと」
「なるほど、それで俺ね」
リーナは学校に行っていないから、それほど知り合いも友達もいないだろう。近所の子が全滅なら、その数少ない子供の知り合いを頼るしかなくなる。となると俺になるわけだ。十三、もうすぐ四になるし、年長の保護者も必要ない。姉ちゃん達も俺なら安心だろう。
「あの、あの……だめならいいのです。あきらめます」
ぶにゅーっとのんがさらに変形する。
行きたいんだろうなー。めっちゃ行きたいんだろうなー。
「んー、まあいいよ。レポートもそんな急ぎじゃないし」
「いいですか!?」
ぱあっと明るい顔になったリーナに頬が緩む。可愛い。
姉ちゃん達に、お菓子を貰いに来いと言われてしまったようなものだし、リーナの保護者ってことなら祭りの参加も苦ではない。
「じゃあリーナ、明後日でいいか?」
「はいです!」
「街を歩くのは夕方からだよな?」
「はい、とりっくおあとりーとのじかんは、夕方からです」
夕日が赤く染まる時間帯から夜の十時頃までがとりっくおあとりーとの時間と決まっている。その間に、大人はお菓子を用意し、子供達を迎えるのだ。
「そろそろ暗くなるし、ギルドまで送ってくか。マスター、ちょっと出る」
「うん、リーナちゃんをよろしく。じゃ、俺も出かけるね」
「え? どっか行くの?」
エルフレドは、満面の笑顔で答えた。
「なに言ってんの! アギの衣装用意しないといけないだろう! ランスーー、留守番よろしく!」
ギルドに残っていたのだろう仲間に大声で留守番を頼むと、エルフレドはスキップしながら出て行った。
「……なにあれ」
子供とはいえ男の衣装を買いに行くのに、なんであんな楽しそうなんだろう。レオおじさん達はリーナの衣装を探してたから分かるけど。
隣から小さく笑い声が聞こえたので見れば、リーナがニコニコしていた。
「どうした?」
「いーえ」
リーナがどうしてそんなに笑顔なのか分からなくて、結局その理由はギルドへ送り届けても教えて貰えなかった。
--ハロウィン三日目。最終日。
約束通り、俺はリーナとハロウィンへ行く為に準備をした。ギルドの連中がすごい笑顔なのが不気味だった。いつもなら「可愛くないぞー!」と言って遠慮なく突っかかってくるのに今日はない。
それどころか。
「可愛い」
「うん、可愛い」
「でも絶妙にかっこよさもある」
「腹が立つ」
「でも可愛い」
エルフレドが買ってきた衣装を着ただけだ。鏡に映して自分で見てみてもそんなに代わり映えしたようには見えない。エルフレドが買ってきた衣装は、いわゆる仮装用で『狼男』のものだ。だから、狼のつけ耳と尻尾、ハロウィンぽい黒の少し破れがあるダークな衣装だ。この破れは古く見えるようにわざとされているものだろう。
「白いカーテンお化けでいいって言ったのに」
「なにを言うか! そんな雑な仮装で外に出てみろ、笑われるぞ。アギだけなら別になにもいわないけど、リーナちゃんが笑われるのはダメ、絶対」
などと力説され、結局狼男になった。ハロウィンの男の子衣装としては定番でそんなに目立たないとも言われたので、じゃあいっかと諦めた。
お菓子を入れる用の籠を持たされ、ギルドメンバーに見送られる。外に出ればすでに陽は傾き、赤く染まり始めている。ハロウィン衣装に身を飾った子供達がちらほらと歩き始めているのが見えた。もう少しすれば、この通りはお菓子を求める子供達でいっぱいになるのだろう。
通り過ぎる子供達を見れば、なるほど男の子は俺と同じような狼男の仮装をしている子が多い。それか吸血鬼とか、変わり種になるとミイラとかゾンビっぽいのもいる。女の子の方は、ほとんどテーマに違いはなさそうで、見かけた全員が魔女っ子衣装だった。流行りなのか、それが定番なのか。
リーナはどんなんだろうな。
と、考えながらギルドへ迎えに行った。
「はっぴーハロウィン! アギ君、待ってたー!」
パンパンパン!
と、豪快に出迎えてくれたのは姉ちゃんだ。誕生日でもないのにクラッカー鳴らされたの、はじめてなんだけど。
「うわあぁぁ、ちょ、アギ君、可愛い、可愛いっ! 待って、ちょっと待って! カメラ! ねえ、ルーク、カメラ持ってきて! 買ったでしょ、この間奮発して魔導士協会の開発部から脅し取ったブツ!」
……聞いちゃいけない単語が聞こえた気がしたので、聞かなかったふりをした。魔導士協会の開発部からってまだ未発表のやつとかじゃないの? ねえ……。
「アギおにーさん」
リーナの声がしたので、振り返ると。
「ど、どーでしょうか?」
----うん。
「天使かな」
「え? まじょっこですよ?」
間違えた。
黒の三角帽子に、ふりふりの夜空みたいなドレス衣装で、街で見かけた女の子達が着ていたものとデザインはそれほど違わない。黒の生地にキラキラと星がちりばめられているデザインは、どこか姉ちゃんの聖女ローブと似ていて、レオおじさん達が選んだものだろうとはっきり分かる。
黒い衣装にリーナの綺麗な金髪と白い肌、大きな青い瞳が互いに引き立て合うようにして輝くので、正直直視できない。
「アギおにーさん? りーな、おかしいです?」
「ううん、おかしくない。ただ少し待って。お兄ちゃん、今、全力で脳内に平常心命令下してるから」
リーナの魔女っ子衣装の威力、半端ない。
これ、姉ちゃん倒れなかったのかな?
「お待たせー! アギ君、一枚撮ろう! いや、できれば、やってよろしいなら百枚くらいとっていい?」
「やだ、一枚」
百枚なんて撮ってたら、ハロウィンが終わる。
残念そうな顔をしながら、姉ちゃんがカメラを構えた。やはり開発途中なのか、デザインがダサくて武骨ででかく重そうで、カメラを下からレオおじさんが支えて、レンズの位置が高くなるから姉ちゃんは四つん這いになったルーク兄ちゃんの背中に乗って構えている。
……絵面が凄すぎて、笑いそう。
「リーナも入って入って! ああ、揃うと二倍可愛い。相乗効果で百倍くらい可愛い」
計算がおかしいけど、突っ込んだら負けだ。
姉ちゃんは約束通り一枚だけ撮って、ルーク兄ちゃんから降りた。カメラからはしばらくすると音をたてて紙が出てくる。そこにはさっき撮った俺とリーナの姿があった。
「へえ、すごいな。すぐに写真になって出てくるんだ--って姉ちゃん!?」
出てきた写真を見るなり、姉ちゃんが倒れた。
「シア、しっかりしろ! 可愛すぎて気絶は、今日もう二回目だぞ!」
よく見れば姉ちゃんは、とても幸せそうな顔で気絶していた。
通常運転だった。
俺とリーナは、レオおじさん達に見送られてギルドを出た。姉ちゃんは、たぶんほっといても大丈夫だ。ルーク兄ちゃんが雑にソファに放り投げてたし。
すっかり暗くなってきた街は、ハロウィン本番を告げるように賑やかになってきている。人も多くなっていたので、はぐれないようにリーナと手を繋いだ。リーナの手は子供らしくぽかぽか温かい。逆に俺の手って冷たいからリーナが冷えないかどうか心配だ。
「リーナ、どっか行く場所とか決めてるの?」
「はい、さいしょは、だいせーどーへいきます」
大聖堂か。まあ、定番だな。聖教会の神官達が、毎年お菓子を配ってると聞いた。慈善活動の一つで、子供なら誰にでも配っているはず。
ここからだと歩いていくのは大変だし時間もかかるので、馬車を利用する。この日は、馬車も特別仕様でかぼちゃのランタンで飾り付けられ、子供ならタダで乗ることができる。
大聖堂へ行くと、多くの子供達で混雑していた。
「みゅ……しきょーさま、どこでしょう……」
どうやらリーナは司教様に会いに来たようだ。だが、人が多すぎて、どこに誰がいるのかなんて分からな……いや。
「リーナ、たぶんこっち」
風の流れを読んで、ぶつからないようにリーナを誘導しつつ人込みを抜けると、そこだけぽっかりと子供がいなかった。いたのは、可愛いうさぎの着ぐるみを着た誰かだ。
可愛いのは、うさぎの着ぐるみのデザインであって、その着ぐるみを着た誰かは、ものすごい威圧感と殺気を放っていた。
……この人、中身絶対に司教様だろ。
「しきょーさま!」
リーナにも分かったのか、果敢にタックルしていった。
「ぐふっ!」
着ぐるみからくぐもった声が聞こえた。
「しきょーさま、きょうはとってもかわいいです!」
可愛いかなぁ……。
「……司教様じゃねぇ。うさぎさんだ」
そんな威圧感と殺気に塗れたうさぎさん、見たことないよ。
突っ込んだら殺されそうな気がしたので、黙っていることにした。
「しきょーさま! とりっくおあとりーと!」
「…………」
しきょ……じゃない、うさぎさんは沈黙したまま。
ざばーーーー。
「きゃあー、おかしのあめです。うもれちゃいますー」
うさぎさんは、大量のお菓子をリーナにプレゼントした。大籠を全部ひっくり返すという、とても雑な感じで。
「しきょ、じゃないうさぎさん! ダメですよ、贔屓しちゃ!」
慌てた神官がストップをかけた。止めなかったら、うさぎさん、大籠二個目をひっくり返すところだった。俺はリーナをお菓子の山から救出する。
「うるせぇ、俺のとこに誰もこねぇんだからなん籠やってもいいだろうが」
「ダメです。っていうか、こんなにたくさん持って帰れませんよ!」
おっかない司教様に意見をする人をはじめて見た。この人が補佐の人かな。
「聞けよ、補佐君。俺はな、前のハロウィンの時にちゃんとお菓子用意してたんだぜ? なのによ、あのくそ憎たらしい小娘ときたら、シリウスからお菓子貰って満足してそのまま寝やがった。別に俺は待ってなかったけどな! ああ、全然!」
「……あの、なんかすみません……」
そっと補佐官が下がった。
若干、威圧感と殺気が薄れたうさぎさんは、結局用意していた自分の配る分である五籠分をリーナに雑にプレゼントした。
俺、司教様のそういう肝心なところでデリカシーにかける行動するトコがダメなんだと思う。
リーナにプレゼントされたお菓子は俺の空間魔法でいったん収納しておいた。
次に向かったのは、貴族街だった。
リーナって貴族に知り合いがいるのか? と、少し緊張しながらついていくと。
「いらっしゃい、リーナちゃん」
めちゃくちゃ美形のお兄さんが出てきた。
ものすごく立派なお屋敷で、心臓が飛び出そうだったのにお兄さんが美形すぎて、変な汗出てきた。
「兄上、出迎えは俺がやるって言ってるのに」
うわあ、もう一人、超美形出てきた!
っていうか、このイケメンのお兄さん、騎士王子様じゃん!
「きしおーじさま、ししゃくさま、とりっくおあとりーと!」
笑顔でリーナがお決まりのセリフを言うと、二人のイケメンがお菓子以上に甘そうな笑顔で大量のお菓子をくれた。
「リーナちゃん、魔女っ子可愛いね」
「ああ、その黒と星のデザインはシアとおそろいだな」
わーい、この人達、司教様と違って完璧だよ。お菓子の渡し方も褒め方もスマートすぎて眩しい。
「ほら、アギ君も」
騎士王子様は、俺にまでお菓子をくれるようだ。
「え? いいんですか?」
「いいもなにも、そういう日だろ。ほらほら」
ニコニコと輝かしい笑顔を向けられて、ドキドキしながらも口にした。
「と、とりっくおあとりーと」
「はい、どうぞ」
籠いっぱいにお菓子を貰ってしまった。
お菓子は特に好きじゃないのに、なんだかちょっと嬉しい気分だ。
「ふふ、こうしていると思い出すな。三年前はシアにお菓子をあげてたのに、あいつももう渡す側なんだな」
「ああ、そういえば騎士王子様はシア姉ちゃんの護衛やってたんでしたっけ?」
「そうそう、あの頃はもうちょっと今より抜けててな。『とりっくおあとりーと! ベルナール様、お菓子をください、そしてイタズラさせてください』って言ってきた」
イタズラしたいだけじゃん!!
お菓子もイタズラもどちらも手にしたいなんて、さすが姉ちゃん。
「歪みない笑顔だったから、歪みない笑顔で応えた。見合わない取引には応じないので、シアがイタズラするなら俺もやり返すがどうする?」
……なんでこの人、スマートにカッコイイのに姉ちゃんが絡むとこうなるんだろう。不思議だ。
その後、色んな場所でリーナはお菓子を貰った。俺も色々貰えた。お祭りとかそんなに好きじゃなかったはずなのに、意外にも時間を無駄にしたとは思わなかった。
夜も更けてきて、周り疲れたのかリーナも少しウトウトしはじめている。そろそろ帰ろうかと、切り出そうとしたところで、リーナはふっと路地を見た。人通りのある大きな路地から細い場所へ続く路地で、暗くて静かだ。こういうところは、貧民層がうろつくから治安はよろしくない。
「リーナ、どうした?」
「あ、いえ……」
路地から目を離さないのに、リーナは申し訳なさそうな声を出す。
「いいよ、別に気を使わなくても」
「……おばけさんが」
「ああ……」
リーナは、人には見えないものが見える。俺は……まあ、それなりに。トラウマもあるし、得意な方じゃないけど。
「気にすることないんじゃない? ハロウィンだし、ふわっと来ただけだよきっと」
「はい……」
うつむいて、リーナはぎゅっと手を握る力を強めた。俺はそのまま引っ張るようにリーナを連れて行く。姉ちゃんが言ってた。時々、リーナに思わせぶりな態度をとってリーナをそっち側に引きずり込もうとするやつがいるって。姉ちゃんは聖属性の強い力を持ってるから、見えてなくてもその力で守れるけど、俺はどっちもない。
しばらく歩いてもリーナが元気にならないので、俺は途中の露店でジュースを買って椅子に座らせた。
「あげる」
「あの……」
「あげる」
「……はい」
リーナは静かにジュースを飲んだ。お祭りの音は賑やかだけど、リーナの顔は沈んだままだ。あの路地でいったいなにを見たんだろう。見えないことがもどかしい。
「リーナ、今日はお祭りだ。だから、そんな顔でギルドに帰したくないんだけど」
「……」
「俺が、姉ちゃんに怒られるだろ。姉ちゃん怒ると怖いんだからな」
リーナはじーっと地面を見ていた。
そして。
「おかーさんが……いました」
「……え?」
「おかーさん、に……みえました。でも、たぶんちがうとおもいます。おかーさんは、あんなにやさしいかおでりーなにわらいかけません」
思わず黙ってしまった。リーナの事情は少しは知っている。母親がよくない人で、犯罪も犯してて、最後は何者かに殺された。おそらくは口封じで。
俺にはわかんないんだ。そんな辛い目にあったことないから。だから、俺は本当に恵まれてるんだと思い知らされた。こんな変な子供でも、居場所も学ぶ場所も認められる場所もあった。
「ちがうって、おもって。でも、もしかしてって、おもって。りーなに、ちょっとでもあいにきてくれたのかなって、すこしだけ、すこしだけ……おもって」
泣くかなって思った。泣いてしまったら、姉ちゃんに怒られる覚悟を決めようと思った。気持ちは全部理解できないから、うまく慰められる自信はない。
でも、リーナは泣かなかった。
「でも、どっちにしても、りーなはいけないんです。いっちゃだめってあったかいほうがよぶのです」
それは死者の冷たさと、生者の温かさの差なんだろうか。
「アギおにーさんが、てをにぎってくれているので」
「俺、手は冷たいと思うけど」
「いいえ、つめたいけど、あったかいですよ」
首を傾げた。リーナはよくわからないことを言うことも多い。それはそれで面白いし、探求心もくすぐられて楽しいけど。
「じゃあ、ほらこのまま手を握って帰ろう。リーナの家はあのギルドだろ」
「はい!」
ようやく笑顔が戻った。リーナにとって母親とのことはずっと重いままで年月を過ごしていくんだろう。どうにかするには遅すぎて、その相手ももういないんだから。
ハロウィンの夜は、不思議な夜だ。
生者と死者が入り混じる日らしい。
だから子供達は、二人一組なんだ。どっちかがどこかへ連れ去られそうになっても、片方が引き戻せるように。
俺は一度だけ、後ろを振り返った。
俺には、霊感なんてもんは存在しない。
だけど、見えた気がした。
リーナと同じ金色の髪に、気の強そうな目元の青い瞳の美しい女性。
それは話に聞いていたような、狂った女の顔ではなくて。
静かにこちらを見つめる青い瞳は、俺の視線に気づくと、背を向けて溶けるように人込みに消えて行った。
ハロウィン、ハロウィン。
生者と死者が、出会う場所。
お互いに手を握り合って。
連れて行かれないように。
迷わないように。
さあ、お帰り。
甘いお菓子を持って、あったかい家に。




