☆8 ぶたないで
少し痛々しい表現があります。
今日はもう遅いのでいったんリーナをうちに泊めることにした。
「こんやはどうぞよろしくおねがいします」
リーナは持参していた寝巻を着て、ベッドの上で向かい合い三つ指をついて頭を下げた。
初夜の夫婦じゃないんだから……。
リーナはどこでこんなことを――うんぬん。
彼女は寝袋まで持参していたのだが、さすがにベッドあるのに床で寝ろなどと言えるわけもないし、小さい子を一人部屋にするのも気が引けたので一緒に寝ることにしたのだ。
「さあさあ、もう寝よ。明日はリーナのお母さんを探しにいかないと。あ、でもその前にちょっと王宮に寄っていいかな?」
「おうきゅーですか?」
「そう、ルークの剣の先生をお願いしにいくの」
「わかりました、おにーさんのせんせー、リーナもおねがいします」
にこーっと笑うリーナはまるで大天使。
ふふふ、これならあの強面の副団長でも落ちるだろう。彼は可愛いものに滅法弱いのだ。
「リーナ、その人は騎士なんだけどリーナの事情については秘密にしてあげるから大丈夫よ」
「みゅ……きしなのですか? はい……リーナはおねーさんをしんじています」
「ありがとう、じゃ寝よう」
「おやすみなさいです」
子供の体温を傍に感じながら、私はうとうとを微睡む。
孤児院にいたころはこうして年下の子供達と一緒に寝たものだが、懐かしい。
そう思いながら、すっかり寝入ると本日の夢は決定した。
朝の目覚めはすっきりだ。
まだ隣ですやすや寝ているリーナを起こさないようにそっと起きると身支度を整え朝食を作り始める。しばらくするとルークがやってきて、そのすぐ後にリーナが起きてきた。
小さいのに一人で起きられるとは感心だ。
「おはよう、ルーク、リーナ」
「ふわあ、はよう……」
「……」
ルークはまだ眠そうに席に着いたが、リーナはぽかんとしたまま突っ立っている。
「リーナ? どうかした?」
「あ、えっとあの……すみませんです!!」
勢いづいたスライディング土下座がさく裂した。
だからリーナ、君はどこでそんな――うんぬん。
「ごはんのじゅんびにおくれるなんてとんだしったいです! でもおねがいです、ぶたないでください。おひるごはんはとてもおいしいものをつくりますからっ」
「り、リーナ!? ちょっと、落ち着いて! 大丈夫よ、そんなことでぶったりしないから」
私はそんなに怖い人間に見えるのだろうか。ちょっとショックだ。
リーナはそろりと顔を上げて私を窺い見る。
「……ぶたないのですか?」
「しないしない。ほら、床に手をつけたんだから手を洗って席についたついた!」
私がお皿をテーブルに並べている間、茫然としているリーナを抱えてルークが洗面台で手を洗わせる。リーナの背丈では届かないから支えてやる必要があるのだ。
「石鹸つけて、よーく洗えよ」
「はい……です」
言われた通りしっかりと石鹸をつけて手を洗いタオルで拭いたリーナはそろっとルークを見上げた。ルークはそれに答えて笑顔を浮かべる。
「上手にできたな。えらいえらい」
そう言ってリーナの頭を撫で、それを見た私もリーナの頭を撫でた。
ルークばっかりずるいからね。
「えらいえらい」
子供は褒めてのばす主義。
可愛い子にはなでなで量倍増で。
リーナはちょっと苦しそうにしていたが、徐々に頬を赤く染めて俯いた。
「リーナ、こんなにえらいえらいされたのは、はじめてです」
「そうなの? お母さんにしてもらわない?」
リーナくらいしっかりした子ならいっぱい褒められそうだけど。
そう思っていると、リーナはしおれた声を出した。
「リーナはわるいこなので、いつもしかられます。たくさんたくさんぶたれるので、いつもどうやっていいこでいるか、かんがえるのです」
その言葉に私とルークは顔を見合わせた。
嫌な予感がする。
昨日は一人で入れると言い切ったのでリーナを一人でお風呂に入れた。だから見なかった。
「ちょっとごめんね、リーナ」
リーナの長そでをまくる。
その服の中に隠された腕には――――。
「酷い」
無数の痣が刻み込まれていた。