書籍化記念特別ストーリー
書籍化決定しました!
読んでくださっている方々のおかげです! 本当にありがとうございます。
記念に特別ストーリーを書きましたので、お楽しみください。
「アルネア遺跡の調査に行って欲しい」
そう、ベルナール様に依頼されたのはギルド大会から少したった後のこと。急激に上昇した知名度のおかげで連日、悲鳴をあげながらなだれ込む依頼を処理していたのだが、昔から付き合いのある、情報を主に取り扱う空を駆ける天馬のギルドマスター、ジオさんから手ほどきを受け、自分のところで出来ることと他に分担するところを振り分けて効率良く仕事をする方法を学びつつ、なんとか忙しい日々を乗り切っていた。
『緊急で依頼したい』ということで、王国騎士であり第一部隊隊長も勤めるベルナール様からの直接依頼だし、きっと重要なものなのだろうと優先的に予定に入れた。ちょうどいいことに他の依頼が落ち着いてきたこともあって、ギルドとしての負担も少ない。
ベルナール様は、ご自身も忙しい身でありながらもギルドを訪ねて依頼内容を話してくれた。
簡単にまとめれば遺跡の調査だ。王都より南東の方角にある森にアルネア遺跡という古代文明の遺物がある。王都からそう遠くない遺跡で、景観の良さから観光地の一つにもなっている場所である。定期的に魔物の討伐依頼もあって、危険な魔物はいない。専門の調査団も何度か派遣されているのでそれほど今では新たな情報も得られない遺跡であるはずだ。
けれども近頃その遺跡の地下に不穏な影が目撃されているのだという。なので念のためにギルドへ依頼しに来たらしい。うちに持ってきた理由としては遺跡や歴史に詳しく古代語が読めるレオルドがいるのと、どうもその影の情報に瘴気の発生を感じさせるものがあるのだそう。なので聖女の私が最適だろうという判断だったようだ。
私が聖女となったのは十四歳の時。未だになんで私が聖女なのか分からないが、聖女としての力は発現しているので間違いではないらしい。
色々あって勇者とは折り合いが悪く、最終的に勇者パーティーから偽物聖女扱いされて解雇されたんだけど、まあ別にどうでもいい。私は念願だったギルドを作れたし、集った仲間は素敵な人達ばかりだ。勇者パーティーにいた頃なんかより、はるかに幸せである。
アルネア遺跡は近場だし、魔物退治としての難易度も低い。レオルドも乗り気だったし、瘴気関連なら私も放っておけない。ということで、さっそく準備して全員で出向くことにした。依頼も増えたし、本当なら受付を一人残したいところなんだけど、調査には私とレオルドは必須。ルークもうちでは唯一の剣士。残りはリーナになるが一人で受付をするには心配だ。人員の確保はしなくてはならないが、まだピンと来る人もいない。そう、ジオさんに相談したところ天馬ギルドから助っ人を手配してくれた。ジオさんの部下なので信頼も厚く、安心してギルドのお留守番をお願いした。
ベルナール様から必要経費は落ちるので馬車に乗ってアルネア遺跡を目指す。
ゆったり馬車に揺られて、皆とおしゃべりしていると、ここ数日の目の回る忙しさから少し解放されてのびのびとできた。
アルネア遺跡のある森には、馬車で二時間ほどの距離。観光地だけあって遺跡までの道は舗装されており、案内板もある。舗装されている道を外れると一般人には少々危険があるので、そういう注意書きもあちこちにあった。遺跡に不穏な噂がある為か、遺跡の内部どころか周辺まで立ち入り禁止になっていて、観光客の姿はない。
自分達以外の人がいない、少し寂しい中でも私達はその景色に目を奪われた。
「はあ……見事ねぇ」
遺跡を囲むように広がる森は、春真っ盛りのこの時期、たくさんのライラノールの花を咲かせる。この花を見に、今の時期はいつもより多くの観光客が訪れるのだ。
お花見という、ライラノールの木の下でパーティーなんかをして楽しむのが王都民の春の恒例行事である。
「ここでお花見できたら良かったんだけどね」
「今は、依頼を片付けるのが先だな」
ルークも真面目なセリフを言いつつも残念そうだ。
「ま、もう少し忙しい時期が過ぎたら花が散る前に楽しむとしようじゃないか」
「りーなもがんばります!」
レオルドとリーナの笑顔に頷いて、遺跡の中に入るまでお花見の算段をしたりしながら観光地を少しばかり楽しんだ。遺跡の中は、不思議な文様や古の人が描いたとされる絵なんかも彫られていて、色々な考察がされている。
「アルネア遺跡は女神がこの大陸に降り立ったのと同じ時代に作られたと言われている。この大陸は大昔、悪魔に支配されていて人間達は苦境に立たされていた。それを救ったのが天から舞い降りたラメラスの女神。ラメラスの女神は光の槍を持って、悪魔と戦い滅ぼして、大陸に人間の世を築き上げた」
レオルドが丁寧に教えてくれた。
聖教会の教典にも同じことが書かれている。アルネア遺跡以外にも大陸に点在する遺跡に、これと同じような意味ととれる文章や絵が残っており、一番大陸に浸透している逸話だろう。
「あのこわいひとは、あるべなさんです?」
「そうだ。ほら、もうほとんど色褪せてて分かりづらいが、白い髪と赤い目なんだ。悪魔はそういう姿をしていたらしい。見た目の形は人間とあまり変わらなかったらしいが、驚異的な身体能力と魔力を持っていたそうだ。寿命も俺達人間よりずっと長いって話だな」
古代、大陸を支配し恐怖の象徴となっていた悪魔。字の読み方は普通、悪魔と読むのだが、聖教会ではこれを悪魔と読むよう教える。起源は、ラメラスの女神が唯一、滅ぼすことのできなかった始祖の悪魔の名が『アルベナ』だったからだと言われる。だから総称して『アルベナ』なのだ。
現在において、悪魔は存在しない。本当に古代にいたのかどうかも定かではない。しかしそういう話が根強く残っているのは確かで、宗教色が強い場所によっては白い髪や赤い目を持つ人間は迫害の対象になってきた。はっきりとした原因は分からないが、病によって髪が白く変色し、赤い目になってしまう者が一定数報告されている。姿が伝え聞く悪魔と類似することから悪魔病と呼ばれ、発症すると体内の魔力が暴走し、一時的に強大な魔力を生むが、時がたつにつれて一気に枯渇し、命を落とす。悪魔病を発症するのは子供が多く、患った者は大抵が成人を迎える前に死んでしまう恐ろしい病でもあった。
古代の神秘に触れ、レオルドのうんちくを聞きながら奥へと進んでいくと地下へと続く階段が現れた。ここからが調査対象だ、観光気分はしまって慎重に歩みを進めていく。
ベルナール様から貰った遺跡内の構造が描かれた紙を見ても、それほど大きな遺跡ではない。地下は三階までで、隅々まで探索しても一時間程度で終わるだろう。遺跡は発掘がほぼ終了しているので物もほとんど置かれていないから、隠れる場所も乏しい。
「ふうぃっ!?」
急にリーナが変な声を出して抱きついてきた。
「ど、どうしたの?」
「し、しろいおばけさんが……」
リーナは前を指さしたが、私の目には何も映らない。ちらりとルークを見れば、彼は首を振った。ルークにも見えないらしい。次にレオルドに目をやると、どこか考えている様子だった。
「んー、なんかいるとは思う。リーナも怖がってるし良い奴じゃないな。シア、浄化できるか?」
「うへー……」
リーナは生まれつき不思議な力がある。人が持つオーラが見えるのだ。オーラは人間が無意識に発しているもので、そのオーラの色や特性からリーナはその人がどんな人物なのか予想をつけられる。そしてそういう特異な能力があるからか、目に見えないものに対する認識度が高い。レオルドもリーナほどではないが、分かる方であるらしい。私も強いやつならなんとなく感じるが、ルークはまったくそういうのとは無縁だ。
浄化の力は対象が見えなくても効果があるので、リーナが示す方向に向かって浄化魔法を使った。光の粒が舞い上がり、周囲を清涼な空気に換えていく。
「どう?」
「はい、いなくなりました!」
それは良かった。私は、お化けの類は苦手なんだ。物理で倒せないから。
ゾンビとかなら大丈夫なんだけどな。物理で倒せるから。
次の部屋に進むと--。
「--トラップ!」
異様な気配に素早く気付いて、防御魔法を展開し。
「リーナ!」
「まかせてくださいです! のんちゃん、攻撃形態『吸収』!」
「あいです!」
リーナは若干八歳にして魔物使いとなった天使のように可愛らしい幼女である。しかしその外見からは想像もできないほど彼女は勇敢で強い子なのだ。
相棒のぷちすらいむの『のんちゃん』は、リーナの魔力石を得て変形し、天井から降ってきた槍や弓矢、投石などを体を広げてすべて吸収した。
「お見事!」
「えへへ」
リーナとのんの活躍でこちらは無傷。
「だけど変ね。観光地になってる遺跡でトラップなんて」
影の正体はもしかしたら知恵のある存在なのかもしれない。
直接的な危険にさらされて、さらに緊張感を持ちながら先へと足を進めた。
地下二階でも色んなトラップがあり、レオルドの筋肉魔法が火を噴いた。レオルドはそのガタイのイイ見た目に反して、インテリ系の魔導士でもある。はじめて会った時は、彼のその見た目詐欺っぷりに驚愕したものだ。あと、すごいドジっ子なので。
「おっさん! トラップ全部丁寧に踏まないでくれ!」
「おっさんだって踏みたくて踏んでるわけじゃないんだーー!」
自分で踏んで、責任もって自分で処理していた。
ルークもレオルドに文句を言いつつも、私とリーナをかばいながら剣を振るった。ルークは元々、王都の路上をふらふらする浮浪者だった。ギルドに最初に加入した青年であり、剣の才能に秀でた優しい男である。最初は栄養不足から高身長なのにぜんぜん筋肉も脂肪もなくてガリガリで、いっぱい食べる彼の姿が可愛くて仕方がなかった。今でも私の料理を美味しそうにモリモリ食べる姿は心地よいのだが、修業のかいあってなかなかたくましい体つきになり、顔つきも精悍さが出た。仲間の成長は嬉しいが、ちょっと残念なような寂しいような、である。
贅沢な悩みだな。
私達は、出会った頃に比べれば互いのことも分かってきて連携もうまくとれるようになったし、個々の技量も上がった。様々なトラップはあったが、大した怪我をすることもなく最深部へと辿り着いた。
少しじめっとした暗い雰囲気だ。けれどリーナの様子を見るに目に見えない変なものはいないようだ。
けれど目に見える変なのはいた。
……三人ほど。
「フハハハハ、よくぞここまで来たな聖女一行!」
「この遺跡の平和を守りたければ、あたし達を倒してみせなさい!」
「……あ? え、俺もなんか言え? --ごほん、まあ頑張れ」
顔に紙袋をかぶった変な三人組だ。目と口の部分に穴が空いているので視界もあるし声も聞こえる。それにしても雑い。正体まったく隠してない。変装するならもっと入念にお願いしたかった。
一人は、圧力すごい恐怖オーラを私の目にすら隠せてないし、もう一人は明らかにオネェだし、やる気のない三人目は、顔が見えないのにイケメンであるのが丸わかりだ。
ってか、三人とも衣装変えてないし!
「わーすごいです! まんなかのくろいひと、おーらがつよすぎて、おばけさんたちがにげてます! あ、ころんじゃいました。あわてなくていーとおもいますよー」
黒い男の圧は、目に見えないもの達にも多大なる影響を及ぼすようだ。さすが過ぎて苦手なお化けさんに祈りを捧げずにはいられない。
「えーっと……司教様、ジュリアス様、ベルナール様--なにやってんです?」
「違うぞ聖女! 俺は紙袋の黒い人だ!」
「そのまんま! ネーミングセンスもへったくれもない!」
「シア、落ち着け」
「どうやって!? っていうか、この依頼したのベルナール様ですよね!? 説明!」
なにがどうなって、聖教会の所属司教にして王都の大聖堂の主と、王宮騎士のジュリアス様、王国騎士部隊長のベルナール様がそろって雑な仮装で待ち受けていたのか。
詳しいことを聞こうとしたが、そんな私の眼前で風圧が地面を抉った。
「--え!?」
咄嗟にルークが襟を後ろに引っ張ってくれなかったらちょっと危なかった。前髪がちりりとする。
「油断してんなよぉ!? こちとら久しぶりに暴れられるから、もう楽しみで楽しみで仕方なかったんだ。その能天気な脳みそにトラウマ級の思い出をプレゼントしてやるから、相手しろやあ!」
司教様!? 司教様! ちょ、聖教会の聖人のセリフじゃないんですけど!? 普段から聖人の欠片も見当たらないけど、一応それっぽく大人しくしてるじゃないですか、どうした!
明らかに自称『紙袋の黒い人』、司教様は私を狙っている。咄嗟に仲間を確認したが、『紙袋オネェ』ジュリアス様はレオルド、『紙袋イケメン』はルークと対峙している。
リーナは。
「あ、しきょーさま!」
「紙袋の黒い人だ」
まだ言うか。
「しきょーさまですー!」
めっちゃ殺気放ってる『紙袋の黒い人』に可愛いタックルをするリーナ。まさかとは思うけど、リーナに攻撃したりしないでしょうね。少し心配したが、ひょいと彼はリーナを片腕で抱き上げた。
「大人しくしてろ」
「はい!」
リーナが満面の笑顔で背景にお花まで見える。ご機嫌だ。おっかない人なのにリーナは懐いているんだよなぁ。
私と司教様の付き合いは、四年ほどになる。孤児だった私を引き取り、聖女として面倒を見ている。といっても放任主義なので世話をされた覚えはまったくない。世話をした方の記憶が圧倒的に多い。後見人になってくれているので文句は言わないけど。養父は別にいたが、死別しているので実質、司教様が父親代わりみたいなものだった。口が裂けてもお父さんなどとは言いたくも思いたくもないけど。
「おらっ!」
司教様の拳が唸る。風圧だけで大怪我しそうな威力が体を襲い、全力の防御魔法で守る。司教様は元大海賊だ。なぜ聖教会とも聖人としての人格とも程遠い人が司教様なのかは知らない。聖教会のトップである教皇様が乱心したのではないかと疑うような人事である。理由はまったく見当がつかないが、大海賊の頭として海を荒らしていたのは事実で、その戦闘能力は恐ろしく高い。騎士団で一番の実力者であるイヴァース副団長も司教様には勝てないらしい。そうなると私が目にしてきた中で、間違いなく最強のお人だ。得意な獲物は魔法剣らしいが司教となったことで光ものが持てず、もっぱら荒事には鈍器か素手て対処しているようだ。
素手で剣も魔法もものともしないのだから、どこまで強いのかはかりしれない。
「あ、ちょっと司教様。あんまり本気出さないでくださいよ。遺跡が壊れますし、本来の意図とも外れますから」
紙袋イケメンが苦言を漏らした。そしてもう隠す気はないらしい。司教様って言ってるよ。
「おらおら! 守ってばっかじゃ倒せねぇーぞ! 一発くらいかましやがれ小娘! それでもシリウスの娘か!」
「あーもう!」
聞いちゃいねぇ。
生涯唯一の父親と思っている養父、シリウスさんの名前が出たら引き下がるわけにはいかないじゃないか。お望み通り一発くらいもらってくださいよ司教様!
全身に強化魔法をかける。
聖女を守護する役目を持つ聖獣カピバラ様を召喚してもいいんだけど、こんな場面で呼んだら小言をもらいそうだ。それになんとしても司教様を殴りたい。殴らせろ。
転送魔法も発動し、一気に間合いを詰めた。転送魔法は適正なくて数歩先くらいしか移動できないし、魔力の消費も激しいので普段はやらないが、自分より格上と戦う場面では活躍することがある。
「せいっ!」
思いっきり顔をぶん殴った。近くにリーナがいるが、司教様がリーナを落とすとも思えないので全力で叩き込んだ。
……あれ。
司教様の顔をぶん殴れたことに一番驚いたのは私だ。殴るつもりだったし、全力だったけど当たるとは思ってなかった。
まあ、当たったけど司教様はぐらりとも揺らがなかったが。
「おお、痛ぇ、痛ぇ。さすがその殺気のこもった『てめぇ一発顔殴らせろや』って顔は父親譲りだなぁ」
「えぇ? シリウスさんは笑顔の素敵な人ですよ。司教様と違って紳士的ですし、優しいですし」
「あーはいはい、ファザコン、ファザコン」
司教様は満足したのか、その場に腰を下ろして座った。
「司教様? なんか少しおかしいですよ……って、臭い! 司教様、お酒臭い!」
恐ろしい殺気のせいで気づかなかったが、司教様の周りから酒気がする。それもかなり濃い。これは相当飲んでいる。
「酔っ払いか!!」
道理でおかしいと思った。
「あら、もう終わりなの?」
「ほら、だから言ったじゃないですか。茶番は茶番なりにちゃんとしてくださいって」
レオルドやルークと遊んでいた二人が、溜息を吐きながら司教様のところへ集まった。やれやれと顔の紙袋をとった。現れたのは想像通りの顔だ。
「説明を要求します」
じとーっと不満げな視線を送れば、美貌の騎士様であるベルナール様が笑顔で答えた。
「まあ、労いだ」
「労い?」
首を傾げると、代わりにジュリアス様が答えてくれた。
「シアちゃん達、ギルド大会で優勝して忙しくなったでしょ? あんまりにもてんてこ舞いだったみたいだし、慣れないことをすれば疲れも増えるじゃない? だから、頑張ってるあなた達にあたし達でなにかやれないかしらって」
ぽかんと間抜け顔になってしまった。
たしかに忙しかったし、疲れを感じる間もなくて、もしかしたらこのまま働きづめになっていたらどこかで倒れたかもしれない。その前にベルナール様達が手を差し伸べてくれたようだ。
「えっと、でも好待遇過ぎません? うちは一般ギルドですし、まだまだ半人前ですし……その司教様まで連れ出して」
今は酔っ払いなのでいいかもしれないが、素面になったら殺される案件なのでは。
「大丈夫だ。司教様の許可は得ている。まあ、素面でこんな茶番ができるかと決行前に大量に酒を飲んでいたが」
「結局酔えなくて、自分で泥酔魔法かけて強制的に酔っ払いになってたけど」
「うわぁ……」
そうだった。司教様って酒豪なんだった。
「ベルナール様、ジュリアス様、ご心配をおかけしたようですみません。それとありがとうございました」
どうも説明を聞くと、二人が私達に気を使ってくれたことのようだったので、ここは素直にお礼を言うことにした。
「そんなかしこまることじゃないのよ。こっちだってなんのメリットもないわけじゃないもの」
「え?」
「なんでここで足止めをしたと思っている。さあ、地上に戻ろうか」
ベルナール様に笑顔で言われて、私達はお互いに顔を見合わせてしまった。
酔っ払い司教様はジュリアス様に担がれて、私達は遺跡の外に出た。
すると。
「ええええ!?」
桃色の花を満開に咲かせたライラノールの木の下でパーティーをはじめている大勢の人間がいたのだ。その面々は、騎士団や魔導士、他に見覚えのあるよそのギルドの人達、ご近所さん達までいた。
「シアちゃーん!」
「ライラさん達まで!?」
「いやぁ、騎士の人にお花見に誘われたんだよ」
ギルドの一階で雑貨店を営んでいるご夫婦、ライラさんとエドさんが真っ先に気が付いて話しかけてくれた。
「レオおじさーん! リーナも楽しんでるか」
「アギじゃないか」
「アギおにーさん!」
暴風の魔導士こと天才少年、アギ君もいた。よく見ればレオルドの師匠であるバルザンさんの姿もある。本当に色々な知り合いが勢ぞろいしていた。
「花見をするぞ、と誘ったら思いのほかたくさんの人が来てくれてな。--ほら、シア。君の周りはこんなにも賑やかになったな」
隣でベルナール様がこっそりそんなことを言った。
最初は、ひとりぼっちからはじまった。
そこから少しずつ、少しずつ集まって。私は、ひとりぼっちじゃなくなった。たくさん失ったけれど、それ以上にたくさんのものが溢れるほどここにある。
「シア、行こうぜ!」
「おねーさん、おはなきれーです!」
「マスター、ほらうまそうな飯がなくなりそうだぞ」
ルークが、リーナが、レオルドが、それぞれ笑顔を浮かべて手を差し出してくる。
背中が軽く押された。
優しいベルナール様の手に感謝しながら、私は走り出した。
「手が多すぎて選べない!」
贅沢な。
本当に、贅沢な----時間が私に訪れた。
その夜は、盛大な宴が催された。
日頃の疲れなんて一気に吹っ飛ぶほど楽しかった。
けれど参加者は後に語る。
「うぷっ、もうシアちゃんとはお酒飲まない……」
「いつの間にかつぶれてた。記憶がない」
「二日酔いだ。こんなひどい二日酔いはじめてなんだけど」
「すげー、シアねーちゃんって底なしじゃん! レオおじさんは、情けないな」
「うげろろろろろ」
「レオルドが吐いた! 誰か、桶!」
「ダメだ、誰も動けない……」
「ぐっ、騎士として訓練を受けているのに……まさかの」
「ベルナール隊長……自分も、もうダメかもしれないっす……」
真っ青な顔をした彼らに私はニッコリ笑った。
「酒盛り最高!!」
「あー、朝から飲む酒はうめぇなー」
「じゅーす、おいしいです」
宴の次の日の朝、立つことができたのは私と司教様、未成年のリーナとアギ君だけだった。
「「「あの二人、まだ飲んでる!!」」」
また一つ、私に不名誉な伝説が加わったが、それを私が知ることはたぶん、ない。




