◇37 おっさんホラー系ぜんぜんダメだから
決勝第一試合、リーナVSチュリーの戦いが始まった。
双方、契約した魔物と共に戦う魔物使い。魔物使いの特徴として、その右腕にはまった黄金の腕輪。腕輪には六枚の花弁が彫られている。そしてよくよく見ると薄く他にも花の形をしたマークがあるのだが、これは腕輪の持ち主のスペックを現しており、一人で契約、使役できる魔物の限界数を示す。
以前、リーナに見せてもらった時に確かめられた数は、六体。これは平均より多い数だ。普通は四体までのことが多い。
私はチュリーのスペックをこっそり覗くことにした。聖女の力なら、腕輪が見えなくてもだいたいのスペックが判別可能だ。試合前に力を使い過ぎるのもよくないので、限定的にして彼女の魔物使いとしての項目だけ見る。
それによると、彼女の限界魔物契約数は----10!?
かなり多い。少なくとも私が知りえる中でトップの数だ。
そうなると、契約できる魔物自体のスペックは総じて低くなるものだけど……。
魔物使いの魔力にも限界というものがある。あまりにも高スペックの魔物と契約するとそれだけでキャパシティを越えることになってしまうのだ。だから契約できる魔物の数が多くとも、考えて契約しないと弱い魔物としか契約できなくなってしまう可能性が出る。
リーナの場合は、限界数六体で最初の契約魔物が、ぷちすらいむの『のん』ちゃんだ。正直、ぷちすらいむのスペックは最低のFである。特訓の成果で、ぷちすらいむとしては、かなり高性能な能力を発揮してはいるけど、もともと備わっている能力値の差は明らかで、それは育てれば育てるほど顕著になってくる。
だからこそ魔物使いは強くなってくると魔物の選別なんかもはじめるんだけど。
……リーナは、そういうことできなさそうなタイプだ。
と、そんなことを今、考えてる場合じゃない。
「天使--えーっと、リーナちゃんって呼んでもいい?」
「いいです。りーなは、あなたのことをちゅりーさんとおよびしてもいいです?」
「チュリーさん、なんて礼儀正しくてお堅い子ね! チュリーちゃんでも、ちゅちゅちゃんでも、なんならおねーさんでもいいよ?」
リーナはちょっとぷくっと頬を膨らませた。
「……ちゅりーさん」
「あは! 可愛くない!」
呼び名なんてなんでもいい、的な感覚で言っているがチュリーは、リーナが自分の言っていることに従わなかったのが気に入らなかったらしい。笑顔だけど、酷薄な印象がのぞく顔に背筋が震える。
「いじめがいがありそうだけど、チュリーあんまり夜更かししたくないんだ。残念だけど」
チュリーの腕輪が彼女の魔力に反応し、輝きを放つ。
「チュリーのお気に入りの子で、さっさと泣いて帰ってね!」
チュリーの前に召喚されたのは、漆黒の闇のオーラを纏った人形。可愛らしい白黒調のゴスロリドレスを纏った美しい顔の魔人形で、体は不死の人形、その中に生前非業の死を遂げた死者の魂が彷徨ってとり憑いた魔物とされている。
廃村とか、無人の館とか……そういうホラーなところに沸く典型的な魔物だけど、不死系の魔物はテイムしにくい。もともと彷徨う魂と意思疎通することが難しいこともあって、契約が困難な為だ。しかし不死ゆえに、契約できればかなりの戦力になる。主な使い道は囮か、先兵。普通なら瀕死になるような場面でも時間がたてば自己再生するから、無理もきく。
無茶な使い方をするらしい、チュリー向けの魔物だろう。
「不死の子ってね、本当に可愛いんだよ。チュリーの為に尽くしてくれるの。体がボロボロになって、あちこちとれちゃっても、痛いとも酷いとも言わないの。死なないし、健気だし、意思疎通はできないけど鞭さえあれば、言うこともちゃんと聞くんだよ。ほら」
チュリーが装備していた黒い鞭がうなり、魔人形の背を打った。小柄な美少女が振るったとは思えない威力があるのか、魔人形の口から黒い液体が飛び散り、綺麗なドレスが破れる。
自身の魔物に手荒いとは聞いていたけど、いざ目の前にするとチュリーという外見の可愛さと相まって酷く不自然な光景に映る。
リーナの腕の中におさまったままだった、のんちゃんがぶにゅっと潰れた。リーナが思わず力を込めてしまったんだろう。のんちゃんは、心配そうにリーナを見上げた。
リーナはどうする気だろう。
アギ君の話が本当なら、リーナが優勢になったとしても精神的な負担でこちらが追い込まれる可能性が高い。
私とレオルドの心配そうな視線に気が付いたのか、リーナが少しだけこっちを見て、それから顔を強張らせながらも、ゆっくりとチュリーを見た。
「りーなは、きずつけません」
「……はあ?」
リーナは深く息を吸って吐く。
「ほんとうのしんけんしょうぶは、ちがいます。ちゅりーさんと、せるびあさんは、ぜんぜんちがうのです」
「あの筋肉おねーさんと一緒にされてもねぇ」
白けた様子で、チュリーが鞭を地面に叩きつけた。
「戦わずに棄権なの? わずかな楽しみもくれないの? ほんっと、可愛くないなぁ」
「いいえ、きけんはしません。りーなは、りーなのたたかいをするのです! --のんちゃん」
『でばんですのー!』
呼ばれて、のんちゃんがリーナの腕から飛び出した。
「意味わかんなーい。でも、そんなよわっちいぷちすらいむちゃんじゃ、チュリーの可愛いお人形ちゃんに勝てないよ」
もう一度、鞭うたれた魔人形は、なんともいえない悲鳴をあげながらリーナとのんちゃんに向かっていく。
「のんちゃん、防御形態≪捕縛≫!」
のんちゃんの体が変形し、魔人形の体に絡みつく。魔人形はなんとか脱出しようともがくけれど、スライムの特性上、力を入れれば入れるほどはまっていくことになる。
「ああん、もう! なにやってるのよ。そんな最底辺の魔物に後れをとらないで、チュリーに恥をかかせる気!?」
チュリーは何度も魔人形に向かって鞭を奮った。のんちゃんにもあたっているが、不定形であるのんちゃんには、打撃系武器はききにくい。しかしダメージをくらわないわけではないので、リーナは歯を食いしばった。のんちゃんも怯んだりはしない。
なるほど、のんちゃんで相手の動きさえ封じられれば相手の魔物を傷つけずにすむ。けど、拘束技はずっと発動できないし、チュリーをダウンか場外にしない限り勝負もつかない。時間がたてばたつほど、リーナが不利だ。
リーナは緊張した面持ちで前に進んだ。
魔人形の目の前まで来ると、頑張って笑顔を作る。
「きこえて……いますよ。だいじょうぶです、りーなにはずっときこえています」
その言葉に目の錯覚かもしれないが、魔人形が反応したように感じた。
「きがついたら、りーなには、ひとのおーらとか、そこにはいないなにかのこえとか、きこえてました。おかーさんは、きみわるがって、きらってました。りーなも……こわくて、いやでした。でも、いまは、きこえることにかんしゃしています。あなたの、ほんとうのきもち、おしえてくれて、ありがとうです」
『--ア、アアァ』
リーナが人の内面のオーラが見えることは知っていたけど……。声なき者の声も聞くことができたんだ。そういえば、時々、なにもないところをじぃっとリーナが見ていた時があったけどあれって……。
うん、気にしないでおこう。私、ホラーだけは苦手なの。
リーナには聞こえたらしい、魔人形に宿る死者の魂の声に、魔人形は人形の身でありながら涙のようなものを流した。ドス黒く、綺麗なものじゃなかったけれど死者の魂の嘆きが見えるようで胸が痛む。
人形に宿る魂は、この世に未練を残し、死んでいったものだ。多くが意思すら失って、衝動のままに行動する魔物と化すが、リーナにはその魂自体に訴えかけるなにかがあるのかもしれない。
「しばられて、くるしかったですね。でも、もういいと、りーなはおもいます。きこえますか? ずっとたかいところから、あなたをよんでいるこえがあります。もうずっときっと、あなたをまってますよ?」
魔人形は導かれるように天を仰いだ。もう暗く、夜のとばりが降りているが、瞬く星々がまるで魔人形を呼んでいるような錯覚に陥る。
それは魔人形にとっても同じだったのか、すぅっとその体からなにかが抜けるように人形の体ががくんと落ちた。それから朽ちるように灰となって風にさらわれていった。
予想していなかった展開に、会場は唖然とし、自分の魔物が成仏してしまったチュリーもまた唖然としていた。
「リーナが霊的な能力が高いことはおっさんも気づいてたが……」
「ああ、レオルドも分かる方なんだっけ?」
「そうそう、まあおっさんホラー系ぜんぜんダメだから、鈍感なルークと悪いものまったく寄せ付けない強力な守護霊ついてるシアがめちゃくちゃ羨ましいが」
え? そうなの? 私の守護霊って誰だろう。
疑問が顔に出ていたのか、レオルドがちょっと脇を見てから。
「イケメンじゃねぇーかな。はっきりとは見えないけど」
なにそれ、ぜひお会いしたい。
先祖? ご先祖様?
ホラーはダメだけど、私を守ってくれている存在まで怖がったりはしない。孤児だから先祖代々のお墓の場所を知らないのが残念だ。
「--はあ!? ちょっと、なに人の魔物勝手に成仏させてんのよ!?」
ようやく事態を飲み込めたチュリーが、頭に血をのぼらせ顔を赤くしながら叫んだ。
「かえりたいひとを、しばりつけるのは、よくないです。だれだって、たいせつなひとのいる、あたたかいばしょに、かえりたいです」
「うるさい! あれはチュリーのものよ! 人のものをとるのってよくないよね!?」
もう頭に来た! とチュリーは、呪文を唱えはじめた。召喚に呪文を要する魔物はかなり高レアリティ、高スペックの魔物である可能性が高い。
「もうチュリー知らない! リーナちゃんなんて、バラバラになっちゃえばいいんだ!」
癇癪を起した子供のような言動で、なのに呪文は完璧な彼女の高い能力を示すかのようにその魔物は召喚された。最初に感じたのは、大きな羽が羽ばたいた衝撃で生まれた強い風。ついで聞こえたのは、鼓膜を揺らす大きな咆哮。
魔力を感じられる人間は、すぐさま身の竦む思いをしただろう。聖女の力をもってしても、完全には防ぎきれない圧倒的な悪意を持った痛烈な魔力。
「う、嘘でしょ……」
会場の人間すべてが思ったであろう、ギルド大会に現れるべきではない魔人を除外すれば最悪といっていいほどの存在。
「ブラック・ドラゴン--!」
大陸でも多くが恐れる、魔物の頂点にして最大級の災厄ともいわれる破壊者。
それが、今、リングの上に降り立った。




