☆7 ふつつかものですが
少女は私達が帰って来たのに気が付くと、膝に埋めていた顔をぱっと上げてこちらを見た。
まだ幼い、推定6、7歳ほどの金色の髪の可愛らしい少女だった。少女は私とルークを交互に見てからささっと立ち上がり、スカートの皺を伸ばしてちょんとお辞儀する。
「はじめまして、おねーさん、おにーさん。えーっと、ここはぎるどなのですよね?」
ちょっと不安そうな少女に。
「ええ、そうだけど」
と、できるだけ優しく返した。まあ、簡易な小さいプレートに書かれているだけなのでちゃんとやっているのか不安だったんだろう。
少女はほっと息を吐いた。
「ぎるどにたのみたいことがあってきました」
そう言うと、肩にかけていた小さな白い鞄から一枚の紙を取り出して私に差し出す。
「えーっと……?」
戸惑っているがとりあえず私は渡された紙を見て見た。
……うーん。まるかいてちょん。まるかいてちょん。
三本毛のなにかがそこには描かれている。なにかな、これ。
「ひとさがしをおねがいするのです」
人相書きだったらしい。斬新な人相書きだ。
とりあえず、どこが目で口なのか、そこから知りたい。
「ほーしゅーは、おかねがないのでこれでおねがいしたいのです」
小さな手が差し出され、手のひらが開かれる。その上には飴玉が三つ。
ギルドの依頼の報酬が、飴玉というのは聞いたことがないけれど……。
どうしたものかと、ルークと視線を交わしていると。
「たりませんか? じゃあ、これとこれも……」
次々に鞄からチョコレートやこんぺいとうなども出てくる。
「あ、このおさかなのおにぎりはリーナのきちょーなごはんなので……」
海苔の巻かれた三角おにぎりはささっと奥に押し込めた。
「うんと、あのねリーナちゃん……でいいのかな?」
「はい、リーナです。まだほーしゅーたりませんか? さがしてもらえませんか?」
大きく丸い青の瞳がうるうるしてきて良心が猛烈に痛む。ギルドの規則的には依頼者が未成年でもかまわないことになっているが、こんな小さい子は想定外だ。
「探すのはいいんだけど、リーナちゃんは一人でここに来たの? お父さんやお母さんは?」
「リーナはひとりできました。おとーさんはしりません。おかーさんは、これです」
と、リーナは先ほど渡して来た紙を指さした。
えー、これにはまるかいてちょん。の探し人しか描かれておりませんが。まさか。
「リーナの探し人はお母さんなのか?」
ルークが高い背をかがめてリーナに視線を合わせながら聞いた。子供の扱いに慣れているのか、声音も若干柔らかくなっている。
「はい、おかーさんはゆくえふめいとなったのです」
私はルークと顔を見合わせる。
「これはちょっとまずい状況なんじゃないかしら?」
「だな、この案件、ギルドというより騎士団に行った方が――」
「きしはだめなのです!!」
先ほどまで落ち着いて話していたリーナが急に声を荒げたので私達は面食らった。
「おかーさん、いってました。きしにみつかったらころされる……だからなにがあってもおかーさんのことはきしにいってはだめって、リーナはやくそくしたのです」
それは一体全体どういうことなのか。
謎が謎を呼び、頭が混乱してきた。
リーナのお母さんはなにか事情があって騎士を避けている?
そしてなにかがあって娘を置いて消えた?
そしてリーナが母親を心配して騎士団ではなくギルドに依頼をしてきた……と。
今の状況をまとめるとこんな感じだ。
「たくさんのぎるどにおねがいをしましたが、ほーしゅーがおかしではだめだといわれました。きしだんにいこうといわれてしまいました。でもリーナはやくそくをやぶりたくありません。おねがいです、おねーさん。ここがさいごのと――とりで、そうとりでなのです! おねがいします」
そう言うと次に、リーナがとった行動は。
驚愕の――土下座!?
「リーナちゃん!? 汚れるよ!? っていうかどこで覚えたのそれ!」
私が悲鳴を上げていると、ルークがさっとリーナの脇を持ち上げて立ち上がらせた。俯くリーナは半べそをかいている。
「おねがいします、おかーさんをさがしてください。ほーしゅーがだめならリーナのしゅっせばらいでおねがいします。おはなのまちでがんばりますから」
しゅっせばらい、おはなのまち。
しばらく考えて、ぎゃあとなった。
恐らくは、色街で身を売って稼ぎますと言っているのだ。意味は分かっていないかもしれないが、リーナちゃん、どこでそんな言葉を覚えたの!?
ルークもしばらく考えて同じ答えに行きついたのか、顔を真っ青にした。
「し、シア……」
「分かってるわ。放っても置けないし……リーナ、ほら泣かないで」
ハンカチでリーナのぐちゃぐちゃになった顔を拭った。
「その依頼、確かにこの『暁の獅子』が引き受けたわ」
「ほんとーですか!?」
「ええ、任せておいて」
リーナを安心させようと優しく見えるように精一杯笑顔を浮かべた。するとリーナは、どこか恥ずかしそうにもじもじした後、私達を見上げて。
「ふつつかものですが、どーぞよろしくおねがいします!」
花のような笑顔を浮かべた。
でもリーナ、その台詞は間違っている。