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◇36 良い試合にしよう

『いよいよ、ギルド大会も佳境! 夜も更けてきたけど、盛り上がりは最高潮だーー! 大会決勝に挑むのは、王都に連なるギルドの中でも間違いなく強豪の一角。Aランクギルド、古竜の大爪!』


 大きな歓声の中にも、半分くらいのブーイングが混ざる観客からの声にも、まったく怯む様子のない堂々とした顔で古竜の大爪のメンバーである四人がリングに立った。

 決勝戦は、メンバー紹介からするようだ。


『おおっと、さすが悪役(ヒール)もこなすギルドだけあって観客からの印象はあまりよろしくないようだ! けれど、その実力は誰もが認めるところ。さあって、決勝に挑む古竜の大爪のメンバーを紹介させていただこう! まずは、その小さな体で巨大な魔物も魅了し使役する、可愛い顔して魔物の調教には超シビア! 小悪魔魔物使い、チュリー・ベルモア!』


 最初に紹介されたのは、古竜の大爪メンバーの中でも最年少だろう、可愛らしい顔をした美少女だった。見た目は十歳前後だろうと思われる。けれどその表情には酷薄な笑みが浮かび、その子がただの可愛らしい子供ではないことを感じさせた。

 魔物使いということは、彼女が例のアギ君が言っていた『痛い目みてほしい』子だろう。隣でリーナの表情が強張るのが見えた。


『続いて、身長二メートル越えという驚異の肉体を持つ巨人、振るった戦斧でなぎ倒したものは星の数。近距離物理戦士として、間違いなくトップ10には入るであろう驚異の重戦士、ブラドラ・グルース!』


 本当に人間か、と疑わしくなるほどの巨漢が雄たけびを上げる。

 鼓膜を揺らすその声に思わず耳を塞いだ。人間というより獣に近い。レオルドも立派な体躯だけれど彼ですらブラドラを見上げないと顔が見えないだろう。


『三人目は、老体の見た目で判断すると痛い目を見るだろう! かつて栄華を極めた王宮魔導士で最強の名を欲しいままにした、大陸でも十二人しかいない≪大魔導士≫の称号持つ、ラグナ・レゾン!』


 黒いローブを纏った小柄な老人が、静かに礼をした。見た目は、普通の御老人。だけどここからでも感じられる、ラミィ様と同じ≪大魔導士≫の称号を得るだけの強い魔力の存在を。


『そ・し・て! 皆様、お待ちかね。どうしてここにいるの!? と大きな疑問を振りまいた、ラディス王国の生んだ魔王を倒すべくして現れた英雄。聖剣に選ばれ、大陸の文字通り希望の光となった勇者クレフト・アシュリー!』


 古竜の大爪で最後に紹介されたのは、大会でもオオトリと言えるべき存在。魔王を倒す旅を続けているはずの大陸の希望、勇者クレフト。彼が、自信ありげないつもの尊大な笑顔で片手をあげれば、ついさっきまで巻き起こっていたブーイングが収まり、歓声の方が勝る。

 誰もが憧れる、強き英雄。

 多くの民が知らない、勇者の裏の顔。

 勇者としてこの大会に参加する意義はまるでないし、彼が仲間に選んだ古竜の大爪は悪役(ヒール)としても名高い。ともに戦うにしては印象が悪くなるけど……そういえば彼は以前、勇者に選ばれる前は古竜の大爪に所属していたことがあった。そういう関係なんだろうか。


『勇者がなぜこの大会に参加したのかは、こちらも不明ですが。今回は、古巣であるギルドのメンバーとして参加しているようです。まあ、大いに盛り上げてくれるなら大歓迎ですけどね! --さて、そんな強豪揃いのギルドに挑戦するのは! 誰が予想できただろうか、まだまだ駆け出しといっても過言ではないEランクギルド『暁の獅子』!』


 名前がコールされたので、私達は立ち上がった。

 そしてリーナの手を引いて、私達三人はリングに立つ。


『並みいる強敵を倒し、見事決勝進出した新進気鋭のギルドです! まず最初は、その愛らしい天使のような姿で周囲の大人顔負けの戦いぶりを披露した、天使な魔物使いリーナ・メディカ!』


 リーナの名前に大きな歓声が沸く。リーナはすでにその可愛らしい容姿と存在感、そして戦士としての実力を示したことで多くの観客のハートを鷲掴み済みだ。本人的には、なぜこんなに大きな歓声が上がったのか分からなかったのか、少しびっくりしている様子だった。その姿に不謹慎にも笑顔が零れてしまう。


『次に、その強靭な肉体の巨漢でおっさん魔導士かよ!? という突っ込みを禁じ得ない≪筋肉魔法≫という意味不明な魔法を使用する、見た目は筋肉、中身はインテリな見た目詐欺! 筋肉魔導士レオルド・バーンズ!』


 俺の紹介、酷くないか? と、レオルドが苦笑いしながら右拳を振り上げれば野太い歓声が轟いた。どうやらおっさんは、熱い男達に人気のようだ。一気に会場の熱気が上がったような気がしてクラクラする。


 ……あれ、ちょっと足元ぐらつくな。


「おねーさん? だいじょうぶです?」


 すぐ隣で手を繋いでいたからか、私がわずかに傾いだのを感じてリーナが不安そうな瞳で見上げてきた。


「大丈夫よ。会場の熱気にちょっとあたっただけだから」


 準決勝で、ラクリスを倒す際に魔力を大きく消費したが倒れるほどではない。夕ご飯も食べて休憩もしたし、問題ないはずだった。


『えーっと、暁の獅子の三人目は……ん? この人、まだ大会に出てないよな? 剣士ルーク--あれ、家名……ああ、孤児でストリート出身なのか。しかしこんな境遇にもかかわらず不屈の精神で這い上がり、かつての王宮近衛騎士であるとある方に師事しているとか! 期待が高まるね!』


 なぜいない人間の名がリストにあがっているのかは、アナウンスは意図的にスルーしてくれた。大会にエントリーできる人数は八人。トーナメントに参加するのは三人で、補欠一名。私達はメンバーが四人だけなので、全員をエントリーさせている。

 ルークが間に合えばいいけれど、無理なら補欠もなしでやるしかない。


『そして最後、暁の獅子のマスター。地味で清楚な大人しい、癒し系治癒術士--だと思った!? 残念、中身は超攻撃型の殴りヒーラー! 蹴りあり、策あり、悪戯あり! 一周回ってハイセンス! 黒い微笑みの回復(ヒール)の威力を知り給え! シア・リフィーノ!』


 よし、あの実況者、あとでご挨拶に行こう。


『--うん! 今、俺の寿命がマッハで短くなった気がするな! 大会が終わったらすぐに雲隠れするけど気にしないでね!』


 --チッ。


 内心舌打ちしつつも、一戦目のメンバーを選出する為、私達は一度選手席へ戻る為に互いに背を向けたのだが。


「シア」


 聞き慣れ過ぎて、もはや間違いようもない、思い出すたびに神経を逆なでする声で彼は私の名を呼んだ。無視しても良かった。だけどそれはそれで負けな気がして、振り返った。

 黄金の癖のある髪が夜の冷たい風に揺れる。王都で見ごろのライラノールの花の匂いでわずかに甘い香りが漂っていた。けれど私にとってその花弁の匂いは少し、嫌な記憶も呼び起こす。

 才能だけで選んだ男。聖剣にも選ばれて、間違っていないと思いたかったあの瞬間。勇者の後ろでただ、花吹雪を撒いていた自分。

 責任をとらないといけないと思っていた。最初に勇者の候補にこの男を上げたのは私だから。


 --けれど、限界はいずれ来ていた。


 彼を終わらせるのも、また責任の一つだ。

 私に、彼をどこまで止める力があるかは、わからないけど。

 自滅すればいい、勝手にすればいい。私は彼に切り捨てられた身だ。その気持ちも事実。責任と、感情の間で揺れる気持ちは、自分で思うよりもどうやら複雑なようだった。


「--良い試合にしよう」


 爽やかな振りをして、私を蔑むその翡翠の瞳は、綺麗なはずなのにどこか淀んでいる。羨ましいほどの才能、整った顔立ち、手に入れた称号。

 --そのすべてを無駄にする内面。


「……そうね。良い試合にしましょう」


 人のことを棚にあげて、自分の性格が良いなんて言えない。私だって誰かを憎んだり恨んだりするし、時には殺したくなるような激情も持ち合わせる。そんな私の元に集った、稀なる仲間。彼らと胸を張ってこれからを仲間として、家族として共にいようとするならば。


 私も、覚悟とけじめはつけないといけないだろう。


 険しい顔をしたまま選手席に戻った私に、リーナは駆け寄った。

 また、リーナも覚悟を決めたような顔だった。


「おねーさん、リーナはあのこと、たたかいたいです」


 リーナの青い大きな瞳が真っすぐ私の目を見る。私は一度、目を閉じてからゆっくりと敵陣を見やった。小悪魔と称されたあの少女が、にっこりと微笑む。


「……そうね。どうやら向こうもそれをお望みのようだわ」


 選手を出すときは、同時だ。不利な相手とみて、途中で選手を変えないように。けれど、小悪魔チュリーは、そんなことを気にする子ではなかった。彼女はするりとリングに上がると、


「天使ちゃん、悪魔のおねーさんと遊びましょ♪」


 挑発よろしく、笑いながらリーナを指名してきたのである。

 レオルドは心配そうにリーナを見たが、リーナは怯んだりしなかった。


「いってきます!」

「いってらっしゃい!」


 心を決めたリーナの意思を変えるのは、ものすごく難しい。それは、リーナが母親と共に行くことを決めた時に知っている。この後、どんな残酷なことが待っていると知っていても、止める術はない。


『リーナは、つよく……なりたいのです』


 大会前に、リーナがこっそり私に言った。

 甘やかされるのも、大事にされるのも、リーナにとっては素敵な経験。だけどそれだけでは、ダメなのだとリーナは理解していた。

 時に厳しく、見守っていて。

 リーナがここまで決意しているのに、保護者が折れてどうするのか。


 魔力が強かろうが、聖女の力を持っていようが、精神的に強くならなくては真に強いとは言えないだろう。これは、私にとっても試練である。

 レオルドも同じような心境なのか、唇を噛みしめながら両腕を組んで耐えていた。

 私は、小さな背中を押すように見守った。

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