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◇35 決勝、勝ってきます!

 決勝は夜八時半から。

 ということで、私達は決勝までの二時間ほどを英気を養う時間とする為に、割り当てられた大きめの個室で自由に過ごすことにしたのだけど。


「決勝進出、おめっとさーん!」


 バーンとノックもせずに扉をあけ放った人物がいた。

 女性らしくしなやかなラインを保ちつつも立派なシックスパックを惜しみなくさらけだしたアマゾネス戦士。彼女は確か……。


「紅の賛歌のセルビアさん?」

「そう! おお、天使ちゃん会いたかったよ~」


 ぎゅーー。

 突然のセルビアの登場に一同ぽかーんとしていると、リーナにロックオンしたセルビアがリーナを軽々と抱き上げて抱きしめた。


「むぎゅぅ……か、かたいです」

「あっ、ごめんね! 装備も筋肉もカッチカチなもんで。ああ、でも天使ちゃんはぷにぷにしてて柔らかいなぁ。良い匂いもするよ」

「にゅーにゅー……」


 リーナからは言葉にならない声が漏れる。可愛がられているのは分かるけど彼女のスキンシップはかなり力強い。リーナがKOされる前に、私は慌ててセルビアの肩をタップしながら白いタオルを投げた。


「セルビアさん、ストップストップ! リーナが窒息しちゃいますよ!」

「--あ」

「きゅうぅ」


 くてっとしてしまったリーナを見て慌ててセルビアはリーナを放した。ふわふわした足取りのリーナをレオルドが支える。


「ごめんね!」

「ったく、お前はよぉ……自分の腕力をいつも考えろって言ってるだろ」


 呆れたようなため息を吐きながら部屋に入ってきたのは、バルザンだった。仲間を叱りつつも顔は嬉しそうにニヤけている。


「よう、レオ--そして暁の獅子、決勝進出おめでとう。まあ、お前らならやってくれると思ってたがな!」

「バルザン師匠! あの、お体は……」

「だぁーれに言ってんだ。そっちの治癒術士(ヒーラー)のお嬢さんのおかげでもう万全よぉ。すぐにお前と二回戦できるぜ?」

「あはは……それは遠慮しときます」


 メノウちゃんとの試合は負けてしまったレオルドだったが、力をあまり使わなかった分、体力の方はだいぶ回復してきている。けどバルザンとまた勝負なんてしようものなら今度こそHPが0だ。そして建物ももたないだろう。


「お前とは美味い酒が飲めそうだ。決勝終わったら久しぶりに飲もうぜ。優勝祝いに」

「え、優勝?」

「なんだレオ、勝負挑みに行くのに負けるつもりかぁ?」

「ああいえ! 違いますよっ」


 決勝の相手はあのAランクギルドで勇者までいる。それにおそらくは彼らもアギ君達が敗北した試合を見ているだろう。それでもバルザンは私達が優勝すると言ってくれた。

 私もリーナも、レオルドも。目の前の試合でずっといっぱいいっぱいだったけど、いざ決勝戦が間近に控えると体が震えそうなほど緊張してくる。勇者はもうぶんなぐってやりたい気持ちではあるものの、それが難しいことであることも分かっている。でも、私達は強くなる為に修行を積んできた。バルザン達との試合は確かに、私達に自信をつけてくれたのだ。

 Aランクギルド、そして勇者に勝つことも不可能なんかじゃない。


「レオおじさんはさ、ゴツイわりに優しすぎるんだよな」


 私が心の中で拳を握っていると、扉には今度はアギ君が立っていた。千客万来だな。


「アギ君……えっと、大丈夫?」


 前の試合での話は聞いている。なんて声をかけるべきか迷ったが、結局は気の利かないセリフしか出なかった。しかし、アギ君はそんな下手な私の問いにも不機嫌な顔はしなかった。


「大丈夫だけど、まだ気分は悪いかな。腹立つからさ、あの子ちょっとしばいてきてよ」

「し、しばくです?」


 たぶん、アギ君の試合の話を聞いて一番ショックを受けただろうリーナが青い顔をしながら言った。アギ君は部屋に入ると、リーナの頭をぽんぽんと軽く叩いた。


「そうだ。ああいうのは一回痛い目みるのが一番いいよ。命の大切さを長時間にわたって講義するよりずっとね。俺がやりたかったけど、相性が悪くてさ。魔獣を殺すのは簡単。でも生かすのは難しい。俺もまだまだ修行不足だな」

「……リーナは」


 きゅっとスカートを両手で握って、リーナは顔を伏せた。


「のんちゃんが、だいすきです」

「うん」

「だから、そのこにも、なかよしになってほしいです」

「うん」


 ぽつぽつと言葉を紡ぐリーナにアギ君は、ひとつひとつ返事をした。リーナの頭を撫でる手が優しい。ルークもリーナにとっては良いお兄ちゃんだけど、アギ君とはもっと年が近いからか感じるものも似ているのかもしれない。


「よぉーっし、決勝の前に軽く夕食にしようぜ! ほら、セルビア」

「じゃじゃん! 決勝前でも胃がもたれにくい試合前食だよ」


 セルビアの腰に巻かれていたのはどうやら夕食セットだったらしい。そこそこ重量のありそうな夕食がテーブルの上に並べられた。ライラさん達には昼食までは用意してもらっていたけど夕食はどうなるか分からなかったので注文でもしようかなと思っていたところだった。

 さすがに戦士の食事だけあって、食べた後でもきちんと動けるように考えられたメニューだった。脂っこいものは胸やけがしてしまうから避けられており、さっぱりでもしっかり食べられるもの。


「うわあ、こんなに……いいんですか?」

「もちろん! あたし達に勝ったんだからシアちゃん達には優勝してもらわなきゃ」

「せっかくだから皆で食おう。俺ら用に作ったようなもんだから量がハンパないしな!」


 ……確かに、この量を三人で食べろと言われたら吐いてしまうな。ルークがいればもっといけるんだろうけど。ちらりと時計を見た。すでに陽は落ち、夜になっている時間。彼はギリギリ間に合うとか言っていたけどこのぶんだと無理かもしれない。もしかしたら道中でなにかあったのかも。少し心配ではあるけど、まずは自分のことを心配せねばなるまい。


「坊主、お前も食ってけ」

「え、いいのか?」

「お前んとこのマスターが怒らなきゃいいぜ」

「うちのマスターの怒ったところとか、こっちが見てみたいよ」


 苦笑しながら首を振ってアギ君は、『うまそー』と言いながら皿を手に取った。人数が多いので椅子はあるけど立食だ。


「シアちゃん達、決勝進出おめで--あれ?」

「あ、エドさん」


 またもや来客だ。ライラさん達はきっと訪ねてくるだろうと思っていたけど、でもあれ?


「エドさんだけですか?」


 後ろを見てみてもいつも一緒にいる、というよりエドさんがいつも一緒という感じだけれど……ライラさんがいない。


「うん、えーっとみんな来たがったんだけどね。あんまり大勢で押しかけるのもあれだろうと思って」


 歯切れの悪い言い方だったが、エドさんがおかしな嘘をつくとも思えないので特に突っ込んだりはしなかった。


「そうですか、わざわざありがとうございます。エドさんも夕食ご一緒にいかがですか?」

「美味しそうだね。でも、遠慮しておくよ。ちょっと野暮用もあるから」


 なんだか少しそわそわしているエドさんを不思議に思いながら、去っていく彼を見送って賑やかな決勝前の夕食を味わった。


 --まさか、この裏で色んなことが起きていたことなど、私達は今、知る由もないのだけど。





 ドン、とどこからか地響きが聞こえてきて危うくのんびりとお茶を飲んでいた手から茶器が落ちるところだった。


「なに?」

「花火にゃ、早いよな?」


 私が言葉を漏らすと、バルザンが訝し気に周囲を見回した。

 花火は、大会の最後に盛大に上げられるんだそうだ。閉会式から次の朝方まで観客も選手もそろってお祭りのように騒ぐのが恒例なんだとか。


「セルビア、ちょっと行くか。なんかこう背中がムズムズする」

「あたしもだよ、おやっさん」


 二人が険しい顔で振り返り、アギ君もお茶を置いた。


「坊主も付き合うか?」

「うん、レオおじさん達の試合が見られないのはすごく残念だけど」


 私もどこか背筋が冷える感覚がしている。この会場には魔人がいる。少し考えれば分かることだけど、ラクリスというのは十中八九偽名というか、なりすましだろう。じゃあ、なりすまされた本物のラクリスはどうなったのか。とか……いまいち彼の目的も見えていない状態だ。


「バルザンさん、私も--」

「なに言ってる。お前らは決勝に出ろ。なぁに、レオには負けちまったが俺はまだまだ現役だからな。任せておけ」


 ドンと少し力強い気合を背中に入れてもらい、私は彼らに深く頭を下げてから、すっと顔を上げた。


「決勝、勝ってきます!」

『おう!』


 私達は笑顔で別れると、決勝戦で割り振られた選手席に行った。

 対する選手席には、すでに決勝戦で戦うAランクギルド『古竜の大爪』のメンバー。そして--。


 金色の少し癖のある髪に、好戦的な光を宿した翡翠の瞳--勇者クレフト・アシュリー。ギラギラとした殺気を纏う彼の姿は、以前と少し違う気がした。私は彼とはかなり印象の悪い別れ方をした。でも勇者としては満足の別れ方だったはずだ。

 彼の態度は少し疑問に思う。

 いつだって彼は自己中心的で高い鼻っ柱から人を見下す。仲間だった彼女らに裏切られてその鼻を折られたといっても、私を目の敵にするのはなぜなのか。適当にあしらって切り捨てた地味な女のギルドがのさばっているのが気に入らないのだろうか。だとしたらかなり狭量だ。


 --それにしても。


 彼はいつ、私がギルドを作ったことを知ったのか。

 いつかは知ることになったとしても、タイミングが早すぎる気がしている。王様達は、どちらかといえば私の味方だと思う。面倒なことになるのを避けて、私の詳しい状況は伝えなかったのではないだろうか。


 誰が、教えた?


 知るのが遅れれば、勇者がギルド大会に出ることはおそらくなかっただろう。

 言いしれない不気味さに、唾を飲んだ。

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