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◇32 殴りがいのありそうなイケメンだな!

 試合は、なんというか……一言で言えば呆気なかった。

 最初は話した通り、レオルドはメノウちゃんの実力をはかりながら無理せずに、勝てそうなら勝つ。そういう流れだったのだ。メノウちゃんの格闘技術は高いようだったけれど、レオルドの筋肉防御の前では切り崩すことが叶わなく、攻めあぐねているように見えた。

 だから、レオルドは勝ちに行こうとしたんだ。


 --けど。


『しょ、勝者、闇夜の渡り烏--メノウ!』


 勝ったのはメノウちゃんだった。

 彼女が試合中、ずっとちらちらと背後を気にしていたのは分かっていた。控え席に座っていたラクリスさんを気にしている。彼は始終ずっと機嫌が良さそうにニコニコしていたけど、途中一回だけ彼女に何か言っていたように見えた。普通なら席からリングにいる選手まで声を張り上げない限り届かない。

 でも、彼がなにかしら言った後、明らかにメノウちゃんの動きが変わったのだ。


 --勝てとでも、言われたの?


 読唇術を習得していれば、声が届かなくても意味を理解することはできる。コハク君ともやりとりをしていた様子もあって、私の位置からだと互いに何を言っていたのかまでは分からなかったけど、レオルドが子供に困らされた父親みたいな顔をしていたから、たわいもない言い合いだったのだろう。

 そこまでは特に変わった様子もなかったというのに。

 気が付けば、レオルドは場外に転がされていたのだ。

 魔法を使う暇もなかった。彼女は力や技の重さより、速さ重視なのは見て取れたがあまりにも動きが速すぎて目で追うことができなかったのだ。

 私の隣でリーナがぽかんとしているし、レオルドも少し驚いた様子だった。


「ごめんね筋肉のおじさん! また遊ぼうねっ」


 メノウちゃんはどこか不満そうにそう言ってリングを降りて行った。

 私は少し放心した後、慌ててレオルドを引き上げに行って彼に肩をかし、席に戻った。


「すまん、マスター。油断してたわけじゃなかったんだが……」

「いいわ、レオルドは疲れていたし……私も、驚いたから」


 可愛い顔をしてなかなか戦闘スキルはえげつないものらしい。さすが、Bランクギルドのメンバーということなのだろう。


「り、リーナがんばりますっ!」

『のっ!』


 少し緊張気味に力むリーナの背を軽く撫でてやりながら、私達は小さな戦士をリングに送り出した。次の対戦相手はコハク君で、彼はあまり顔に感情を映さないが見るからに不満そうで、その顔はさっきのメノウちゃんとそっくりだ。

 コハク君の戦闘スタイルはどうやら暗器を使ったトリッキーな戦術使いのようだった。

 リーナは前の戦いで披露してくれた、のんを様々な形態に変形させて戦うスタイルを使い、コハク君と見事に渡りあっていた。手に汗握る、いい勝負--ではあったんだけど。


『えー、っと? 勝者、暁の獅子--リーナ!』


 思わず実況が首を傾げる勝者の宣言をするような結末だった。


「……足、滑っただけ」


 コハク君はため息と共にそう言って、リングアウトの末に席に戻ったのだ。


 えー……どう考えてもこれはラクリスの入れ知恵だし、三戦目にもつれ込むように仕組んだよね? 誰もが察せられるお粗末な試合運びだ。決勝もまだ残っているのに三戦までする意味が相手にあるんだろうか。

 思わずラクリスの方に目をやってしまうと、彼と目が合った。

 変わらず彼はずっと機嫌が良さそうにニコニコと私を見てくる。


 ……自意識過剰じゃないと言い切れる。あの人ずっとこっち見てくるんだ。その視線は居心地がまったく良くなくて、なにかを探るような得体のしれない蛇みたいな視線なのだ。といってもあの司教様の殺人的な眼光ほど怖いものなどないので平気といえば平気ではあるんだけど、気分はすこぶる悪い。

 初対面の時からずっと、胸の奥で引っ掛かっているもの。リーナの言っていた彼にないオーラのこと。そしてメノウちゃんとコハク君の彼に対する不思議な態度。

 どれをもってしても怪しすぎて気味が悪いのだ。

 トーナメントが始まる前に、少し彼について調べてみたものの怪しい部分は見当たらなかった。地方貴族出身の魔導士。出自はハッキリしているし、写真も見たが姿も本人と一致する。


 ……まあ、姿は変装とか変身技術があれば似せられないこともないけど。


「おねーさん……」


 心配そうに見上げてくるリーナの頭を撫で。


「大丈夫。--加護は、ついてる」


 ギルド大会の為に、この日まで私はできうる限りのことをしてきたのだ。不気味な怪しさ満載の男相手にびびってなどいられない。

 私は堂々とした足取りでリンクの上に立った。向こう側からは、穏やかな笑顔を浮かべる紫紺の髪の青年、ラクリスがゆったりと歩いてきた。服装も紳士服を基調に魔導士らしく色々な魔道具を装備している。


「……ずいぶんと愉快な試合運びをしましたね」

「ふふ、あなたにも都合のいい流れだったかと思いますが?」


 そう、レオルドは大した怪我も負わず、時間もかからなかったから余計な体力も使わなかった。そしてリーナもまた然り。


「どうもあなたからは勝ち上がるという気迫を感じないんですけど」

「そうですか? うーん……そうかもしれないですね、すみません感情には疎い質でして」


 私は杖を構えた。

 ラクリスも同じく、構える。彼の武器はどうやら魔導指輪(マジックリング)のようだ。


『--開始!!』


 試合の開始合図とともに、私は『彼』と打ち合わせた呪文を唱えた。


「ウ・ラウ・シ・シュン! 我が声に応えよ、古の獣よ」


 呪文を終えると同時に光が溢れ、それは一つの玉になってリングの上に降臨する。光が霧散した後に残ったのは。


『よっしゃ! 出番だなっ。体があったまる前に寝ちまうとこだったぜ』


 威勢よく鼻を鳴らすのは、愛くるしい小動物の姿をした聖獣カピバラ様だ。

 私は彼の召喚に『おいでー、聖獣カピバラ様ー』にしようとしたところ頭をぶっ叩かれた。本人曰く、そんなだせぇ呼び方で登場したくないとのことだ。なんでだろう、可愛いしシンプルで言いやすいのに。

 ちなみに『ウ・ラウ・シ・シュン』は古代語で、≪華々しく現れるもの≫という意味らしい。どこまでもかっこつけな聖獣様である。


「よろしくカピバラ様」

『おう! まあ、仕方ねぇからつきあってやんよ。で、標的は……』


 カピバラ様はぐるりと視線を巡らせ、対する位置にラクリスがいることに気が付くと、その姿をじっと見た後に、ふんすと鼻息を鳴らしてドヤ顔した。


『よし、殴りがいのありそうなイケメンだな!』

「わあ、カピバラ様頼もしい」


 カピバラ様は女性に優しい。特に美女と子供には甘いところがある。けれど逆に男性には厳しいし、イケメンだと殺意がわくらしい。

 ……ベルナールを見て、密かにその顔面に蹴りを入れようと画策していたがそんな隙を彼が見せるわけもなく失敗に終わっているが。


 顔面ぼこぼこにする気、満々のカピバラ様を見てもラクリスの笑顔が崩れることはない。それどころか益々と興味が出ているようだった。


『……なんか気持ち悪いなあいつ』

「私もあまりお近づきになりたくないので、初っ端から全力で」


 ラミィ様のところでの修行のかいもあり、私達のコンビネーションは飛躍的に上がっている。時々、カピバラ様が言うことを聞かないけど、それはまあ仕方のないことだ。彼も一個人ならぬ一個獣なのだから。


「可愛い獣ですね。珍しい姿をしている」

「ええ、珍獣なので」

『誰が珍獣だ!』

「怒ってますが?」

「気にしないでください」


 ラクリスと会話を交わしながらも、私は詠唱破棄で強化魔法をいくつか展開し、カピバラ様に付与する。そして自身にもあらゆる術を施してから、ラクリスを睨んだ。


「あなたのことはどうでもいいです。深追いする気もないのでどうぞ、できるだけ速やかな退場をお願いします」


 カピバラ様からすさまじいほどの魔力が迸る。さすがは聖獣だけあって、中身はポンコツだが実力は高い。そんな圧力を受けながらも、ラクリスは笑っていた。

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