◇29 俊足の早馬使いよ!
二時間後に試合が再開するが、先に試合があるのはA組の方だ。
私はしばらくはリーナと一緒にレオルドを医務室で治療していたが、二時間経過後、リーナはA組試合を『てーさつします!』とレオルドを心配しつつも観客席へ行った。一人では心配なので、ライラさん達と一緒だ。
それにしても二時間経ってもレオルドの体力は完全には回復しない。
ギルド大会は一日で全過程を終わらせるので、普通は人数を分けて温存しつつ戦うのだが、私達は交代要員が一人もいない。
ルークが戻ってきてくれれば、少しはレオルドを休ませられるのだが……。
残念なことに、その気配はまだない。どこかライラさんが落ち着かない様子だったけど、聞いても『確証はないから』と話してくれなかった。
どういうことだろう?
色々と懸念はあるが、時間は無情に過ぎていく。
「悪いな、マスター」
「いいわ。相手がバルザンさんだったんだから、楽になんて勝たせてくれないでしょ。私は、元気モリモリだから、次の試合は私に任せて」
そう言いながら時計を眺めた。時刻は五時を回ったところ。試合はだいたい一時間くらいを見積もっているから六時くらいには知らせが来るだろう。安静に寝ていられるように医務室は放送が切られている。なので、今どんな試合運びになっているか、分からない。
アギ君のいる蒼天の刃は強いが、相手はAランクギルドの古竜の大爪である。
しかも……。
勇者がいる。
性格はどうであれ、実力は確かだ。他のメンバーも強豪揃いだろうし、楽な戦いにはならないだろう。少し試合運びが長引けば助かるけど。
そう思っていると、医務室の扉が外からノックされた。
「はい?」
「シアさん、A組の試合が終わりましたので控室までお越しください」
「え!? もう終わったんですか!?」
「ええ、ではお願いします」
どうやら大会委員の人だったらしい。それにしてもあまりにも試合が早すぎる。二戦で終わったんだろうか? どっちが勝ったの……?
「レオルド、立てる?」
「ああ、大丈夫だ」
ベッドから起き上がるレオルドを補助しながら、ゆっくり立たせると控室まで歩いて行った。
控室は一回戦目と同じ場所だ。中にはすでにリーナが待っていた。リーナはうつむき加減で、両手拳を膝の上に置いてぎゅっと握りしめていた。
「リーナ?」
私の声に、リーナはハッと顔を上げた。私達が入ってきたのに気が付かなかったようだ。パタパタと走り寄って、レオルドの容態を窺う。
「大丈夫だ、リーナ。おっさんは丈夫なのが取り柄だからな!」
「はいです……」
「リーナ、どうしたの? 元気ないわね」
心配そうに顔を覗き込めば、ついとリーナは顔を下に向けてしまった。
「リーナ?」
「……まけてしまいました」
「え?」
「アギおにーさんたち、まけてしまいました」
「そう……」
相手はAランクギルド。アギやマスターさんが強くても負けることはある。知り合いが負けてしまって凹んでいたのだろうか。でも、それにしても落ち込み方が尋常じゃない気がする。
「リーナは……あのこ、ゆるせません」
「あの子?」
意味が分からず首を傾げると、扉がノックされた。
「シアちゃん、いる?」
「あ、ライラさん。どうぞ」
訪ねてきたのはライラさんだった。いつも活発で明るい表情のライラさんまでもがどこか気落ちした様子だ。先の試合で一体なにが?
「一人で大丈夫だって言ってたんだけど、やっぱり心配でね」
「リーナの面倒を見てくれて、ありがとうございますライラさん。あの……なにかあったんですか?」
「それが……」
ライラさんが話してくれた試合内容は、酷いものだった。
先鋒で出たのは、十歳前後のまだ幼い少女だったらしい。彼女はリーナと同じモンスターテイマーで、魔物を使役して戦うタイプの子だった。実力は確かで、魔物はとても強く出場したアギも苦戦を強いられた。だが、負けるところまでではなかったらしい。
戦略と風魔法を上手く使い、後半は少女を追い詰めた。だがそれが引き金になり、少女は魔物を痛めつけ、その血と魔物の生命力を奪い力を高めることでアギに対抗した。
少女にとって使役する魔物は使い捨ての駒のような存在。
最初に召喚していた魔物は、耐えきれず命を落としたらしい。このまま戦い続けると、次々に魔物の命が奪われるだろう。耐えきれなかったのはアギの方だった。
結果、アギは敗北。
無言のままリングを去り、ベンチにすら戻らず会場から姿を消したらしい。
相当悔しかったはずだ。
「アギ……」
レオルドが苦しそうに彼の名前を呟いた。
リーナもじっと床を見つめている。
そうか、リーナが怒っているのは同じモンスターテイマーが仲間である魔物に非道を働いたからなんだろう。
そして二試合目は圧倒的な実力差により、あっという間に敗北してしまう……はずだったのだが、相手がギリギリのところでリングアウトにせず、じっくりと痛めつけるようになぶり続けたのだ。
「地獄だったわ」
ライラさんは、痛みをこらえるように唇を噛んだ。今頃は、応急処置を経て私達が出てきた医務室に運ばれているだろう。長期入院が必要かもしれないとライラさんは言った。
大会では、殺さない限り違反にはならない。といってもギルド大会はエンターテインメントの側面もあり、あまりに非道な行いは良しとされてはいないのだが。
「完全に悪役だけど、古竜の大爪はそれを楽しんでいるみたいね。前々から評判の悪いギルドなんだけど、最悪よ」
珍しく苛立たしくライラさんは言った。
「古竜の大爪は決勝に進んだ。次の試合をシアちゃん達が勝ち上がれば、あいつらに当たる。交代要員がほぼないシアちゃん達が決勝で戦うの、私心配になってしまって」
「そうですね……でも」
よほどのことがない限りは棄権はない。
なぜなら。
「マスターとしては、棄権も考慮したいんですけどね」
「俺はやるぞ!」
「リーナもやるです!」
「とまあ、メンバーがヤル気満々なので」
ライラさんは、私達を見て苦笑した。
「そうねぇ……はぁ、もう。--これはなんとしてもルーク君を間に合わせないと」
「ライラさん? なにか言いました?」
「なんでもない。じゃ、次の試合がんばってね」
ひらひらと手を振ってライラさんは急ぎ足で出て行った。なんかルークがどうとか聞こえた気がしたけど気のせいかな?
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控室を出たライラは、猛然と走っていた。途中でライラを待っていたエドに会うが、彼と会話することなくずんずん進む。
「ちょ、ライラ!? どこに行くの!?」
「ルーク君を捉まえたっていう連絡は来たけど、まだ到着してないでしょ? なんかあったかもしれないし、途中まで早馬飛ばしてくる!」
「早馬!?」
ライラは昔から足が速い。運動不足のエドでは追いきれず、ライラは風のように会場の外に出た。そして万が一の時の為に用意していた自慢の馬に跨る。
商売敵であり、商売仲間でもあるアルヴェライト商会のことを疑うわけではないが、もうただ待っているのが歯がゆくて仕方がないのだ。彼の連絡によるとルークは、乗馬の訓練を受けたのか、なかなかの腕をしていると言っていた。だがそれは多少の付け焼刃でもあるだろう。道中なにかあってもおかしくはない。
「ら、ライラ! ほ、ほんとに行くの!?」
「心配しないで! 私の昔のあだ名を忘れたの!?」
「え、えーっと俊足のじゃじゃ馬むす--」
「俊足の早馬使いよ! バカっ」
ライラは幼いころより馬と共に育った。常に馬と行動し、馬と共にあらゆる道を駆けた。険しい山道も魔物のいる危険地帯も、早馬となら難なく駆け抜けられた。ルークを荷物に乗せても、彼より早く走らせられる能力と、実力がある。そしてライラ自慢の早馬はその辺の軍馬より馬力があるのだ。
--絶対に間に合わせるから、勝ってシアちゃん達!
ライラは手綱をしっかりと掴み、馬を走らせた。
その姿はまさしく風。
あっという間に見えなくなった勇ましい嫁に、エドは一心に祈った。
どうか、みんな無事で。
『さあ、B組の第二試合をはじめるぞ! 準備してくれ!』
会場からの熱い声に、エドは空を仰いだ。
夕日が真っ赤に燃えている。
普段から、気配や予感など感じない鈍感な部類のエドだが、その瞬間だけは。
「寒い……な」
不気味な寒気を感じた。




