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◇28 レオは幸せもんだなぁ

 レオルドとバルザンの戦いは熾烈を極めた。

 極めすぎて、会場がやばいことになっている。


『リングアウトも敗北だからねー!? おっさん達、わかってるー!?』


 実況も現状に危機感を感じてアナウンスしているが、二人の耳に入っているかは定かではない。


「うおおおおお!!」

「うおおおおお!!」


 野太い雄たけびが響き渡り、巨斧(きょふ)と筋肉魔法がぶつかり激しい熱風と豪風が吹き荒れる。大会主催者側は、必死に観客に被害がでないようシールド魔法を展開していた。私もリーナに流れ(つぶて)がこないようシールド魔法展開中だ。

 レオルドは強いし、さらに頭がいいことも知っている。けれど今は戦略とかなんとかよりも、ただただ全力で力のぶつかり合いをしているようだった。

 細かく考えるよりも、力で。それがレオルドとしてもバルザンへの敬意の示し方なんだろう。

 二人の顔を見ると、真剣そのものの中に、笑顔も交じっている。

 じつに楽しそうである。

 でもそのせいで会場は阿鼻叫喚だし、リングもズタボロである。巨漢の二人が上手いこと飛散したリングの瓦礫の上に乗って戦っているが、いつリングアウトするかこちらは冷や冷やものだ。


「レオおじさん! いっけーー! そこだ、ぶん殴れーー!」


 私達の控え席のすぐ近くの観客席からヒートアップしたアギ君の声が聞こえるんだけど。好きよね、男の子はこういうの。

 しかし、バルザンの防御力はいったいどうなっているのだろうか。レオルドが扱うのは筋肉魔法。物理攻撃力と魔法攻撃力の混合で、普通防御するときは物理型か魔法型どちらかの型に有利な防御方法をとる。私なら聖女の力のおかげかどちらにも有効なシールドを扱えるが、魔導士でもない人がそれができるとも思えない。

 だというのに、何度も正面からレオルドの筋肉魔法を浴びていても、バルザンに怯んだ様子は見られないのだ。どちらかというとレオルドの方が息切れしているように見える。


「どうしたレオ! これで終わりか!?」

「--ぐっ」


 剛腕で振るわれたが巨斧がレオルドを襲い、彼の巨体を軽々と吹っ飛ばす。そんな中でもレオルドは魔力を上手く使い、体幹も合わせて体勢を整えギリギリのところでリングの瓦礫の上に着地する。

 見るからにレオルドの体はボロボロだ。対するバルザンの体は、筋肉に無数の傷が刻み込まれているがこれは昔から残るもので、レオルドがつけられたのは擦り傷程度にとどまっている。


「ははは! どうして物理も魔法も効かねぇのか。そう思ってるな」


 バルザンは一度、ドスンと地響きを起こしながら巨斧を下ろした。


「なぁーに、答えは簡単だ。何度も何度も、それこそ何百、何千というレアモンスターと戦い続け、多くの物理攻撃と魔法攻撃を食らってきたこの筋肉が、俺の鍛錬を通し天然のシールドになったからだ!」


『ええーー!?』


 実況もびっくりである。

 会場も、もちろん私もびっくりしている。確かに何度も身に食らい続けることで耐性がつくことはあるが、バルザンの場合は度を越している。いくらなんでもシールド並み、それ以上の能力を備えることなど人間の体では実質不可能だ。


「だが、俺は出来ている! 筋肉は裏切らん、俺自身が証明よ!」


 私の心の声に答えるようにバルザンは雄たけびに似た声を上げた。


「俺の筋肉は鋼! 剣すらも俺を斬ることはかなわない!」


 じゃあどうやって倒すのか。

 バルザンは要塞と同じだ。防御力以上の攻撃力で破壊しなければならない。その力が、今のレオルドにあるか。勝敗はそこで決まる。


「レオおじさん……」


 リーナがぎゅっと私の袖を握った。いつの間にか私も両手を強く握りこぶしを作ってしまっていたらしい。汗でべたつく手をゆっくり解いて、リーナに寄り添った。


「大丈夫!」


 レオルドはまだ負けていない。

 あの普段、優しい目がまだ闘争に燃えている。


 レオルドは力強く拳を両手で打ち鳴らした。


「あなたのそういうところに若い俺は憧れた。憧れて、憧れて、守る為の強さを求めた。あなたが教えてくれたことを俺は一つだって忘れていない」

「……そうか」


 バルザンは嬉しそうに笑うと、巨斧を構え直した。


「なあ、それならもう終わりってことはねぇんだろ」

「はは……さすが師匠だ、やっぱすげぇなぁ……」


 打ち合わせたレオルドの両拳からすさまじいほどの魔力を感じる。それは魔力感知に鈍い人間でも分かるほどに渦を巻いて、レオルドを中心に逆巻いていく。


「俺にとっても、筋肉魔法はまだまだ未知。なにができて、なにができないか。どうすれば上手い戦いができるのか。さっぱりと分からん。それでも一つだけ確かなことがある」


 全身がびりびりした。集まった魔力が私の中の魔力とぶつかりあってショートしている。それだけの高い魔力がレオルドの拳から全身へと伝わって彼を包んでいった。

 『魔力が肉体すべてを覆うことはできない』。できないというか、やったら死ぬ。血の中に魔力を通わせて発動させる魔導士もいるけれど、それは媒体を使って一部で発動させるからできるものだ。普通、魔力を全身に一気に通して覆うと体が魔力圧に耐えられず体内爆発を起こす。つまり体がバラバラになるのだ。

 だけど、それを今、レオルドはやってのけている。


「筋肉は! 裏切らない!」

「おっしゃああ、それでこそ俺の弟子だ、レオぉぉぉ!!」


 バルザンが巨斧を放り投げた。

 このタイミングで武器を捨てるの!?

 バルザンの構えは、どう見ても格闘だ。鋼の筋肉を武器に切り替え、レオルドの筋肉魔法と相対そうとしている。

 全身に魔力が行き渡り、まさしく筋肉すべてが魔法のような状態になったレオルド。爆発的な蹴りで真っすぐにバルザンの真正面に突っ込んでいく。

 そして衝撃が走った。

 地響きが起こり、衝撃と共に土煙が上がる。思わず目を閉じて、次に開いた時には土煙は晴れ二人の姿がはっきりと見えた。両手を前に出した状態で組み合い、力比べのような状態になっている。

 だが、よく見ればわかる。

 レオルドの方は、魔法攻撃。

 バルザンの方は、物理攻撃だ。

 魔法と物理がありえない形でぶつかり合っている。


『え、えーっと……衝撃的すぎてなんて言ったらいいのかもうわかんないんだけど。俺達はいったいなにを見せられてるのかな?』

『まさしく魔法と物理のコラボレーションね』

『先輩冷静!』


 なんかもう見た目が巨漢二人の筋肉タイマンなので、画面が熱い。気温が心なしか何度か上がった気がする。いや、上がってる? レオルド、火魔法使ってる?

 レオルドの体が真っ赤に燃え上がっている!

 まるでマグマのように表皮が若干溶け、蒸気が吹きあがっていた。


「おお、なんだぁレオそれ」

「……え?」


 バルザンに言われて、レオルドは初めて自分の今の状態に気が付いた。

 なにが起きているのかなんて、レオルドにも分かっていない。


「はは! それが筋肉魔法の真価か! 面白れぇ、来いレオ。最後はストレートで決めようじゃねぇーか!」

「あー、師匠とのストレート勝負かぁ。俺、勝ったことないですよ。けど」


 レオルドの目が、いつもの優しい笑顔に戻った。


「勝ちますんで」


 両者、同時に後ろへ拳を引き。

 そして--。


 ズドン。


 腹に重く響くような轟音と共に二人の拳は互いの頬をストレートで抉っていた。あまりの衝撃に、二人とも弾き飛ばされ、ボロボロのリングを転がる。とても狭くなってしまったリングだが、双方ギリギリでリングの上に乗ったままだ。


『え、あ……カウント!? レフェリーカウントー!!』

『レフェリーなんていませんよ。ルード君、君がカウントしなさい』

『なんと!? じゃ、じゃあカウントするよー。1--2--』


 試合の勝敗が格闘技戦みたいに決められるのだろうか。この場合は、KOもあり得るので両方立ち上がらない限りは試合続行とはならないだろう。どちらかが立てばそちらが勝利。どちらも立てなければ引き分けで三戦目にもつれ込みだろう。勝ち越せば次もまた試合が控えているから、大きなダメージは負いたくないけれど。


 実況のカウントが進んでいく。

 二人ともまだ倒れたままだ。

 ……いや。


「--ぐっ」

「--いってぇ」


 両者、5カウント目あたりで動き始めた。だが、頭がふらふらするのか立ち上がるまではいかない。


「6--7……」


 時間がない!


「立って! レオルド立ってーー!」

「レオおじさーん!」


 私達が叫べば、反対側からは。


「おやっさーん! 立ってくださーい!」

「筋肉の意地見せてちょうだいよー!」


 紅の賛歌のメンバーが声援を送る。

 そして伝染するように、会場すべてが熱い声援コールに変わった。どちらがとかではない。両者に対する、声援だ。


「8--9--」


 間に合わないかと思われた時、二人は同時に両足を地面につけて立ち上がった。

 顔はもう酷いものだ。頬が傷つき、鼻血も出ている。


「こんな盛り上がっちまって、寝てる暇ねぇーよなぁ? レオ」

「あはは……こんなのはじめて経験しましたよ、師匠」


 カウントが止まり、バルザンはニカッと笑顔を見せた。


「いい景色だな、レオ! これだから鍛えるのを止められねぇ」

「そうですね」


 レオルドの穏やかな笑顔を見て、さらにバルザンは笑みを深くした。


「真剣で刺すような鋭い目もいいが、やっぱお前はその底抜けにお人好しな目が一番らしいなぁ」

「……師匠?」


 違和感を感じて、レオルドが首を傾げた瞬間。

 バルザンの巨漢が傾いで、豪快にあお向けに倒れた。


「バルザン師匠!?」

「慌てんな……脳みそがぐらぐらしてるだけだ。レオ……強くなったな」

「師匠……」


 バルザンが倒れ、会場はシンと静まり返った。

 そして。


『しょ、勝者、暁の獅子レオルド!』


 一拍置いて、勝敗が決まったことを理解した観客から声が上がった。

 勝負が決まった合図とともに、私はリーナと共に飛び出していた。レオルドはぼーっとしたままリングに突っ立っている。


「レオルドー!」

「レオおじさーん!」

「げふんっ!」


 分厚い筋肉でも女子二人のタックルに揺れるくらいにはダメージがあるのか、レオルドは衝撃でたたらを踏んだ。だが転ばないだけすごい。そのまま私達を太い両腕で抱き上げてしまった。


「お、おおマスターとリーナか。どうした、リングまで上がってきて」

「どうしたじゃないわよまったく! ほら、怪我を見せなさい。ヒールよヒール!」

「リーナはのんちゃんでヒエヒエします!」


 私が一番怪我の酷い顔を治療している間に、赤くなっていたレオルドの体の方はのんが、スライム特有の冷えぷにボディで応急手当てした。


「シアちゃんってヒーラー!? お願い! おやっさんの方も治療して!」


 救護班も動いているようだが、私がやった方が早そうだ。レオルドよりもバルザンの方が怪我が重そうなので、早急にヒールの必要性がある。


「了解です!」


 ひとまずレオルドはリーナに任せ、私はバルザンの治療へ向かった。

 ヒールをかければ、彼の容体はすぐに安定した。さすがに頑丈である。


「あー参った参った。レオは幸せもんだなぁ」


 バルザンにニッコリと微笑まれて、私も思わず笑顔を浮かべてしまった。

 そうだろう。そうでしょう。

 なんて、めちゃくちゃ自慢したいんだ、私。


 救護班が到着し、私達は一度休憩と治療の為に控室に戻ることになった。二時間後に次の戦いが控えている。次はあのラクリス率いるBランクギルド『闇夜の渡り烏』だ。

 控室に戻る途中、観客席に座るラクリスの姿が見えた。

 少し離れていたのに、彼が私を見て笑ったのが分かって……。


 --その獲物を狙うような暗い瞳に、私は彼を睨み返した。

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