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◇27 ってシアが言ってた

「さーて、りぃなぁ~どーしてくれよーか!」

「ひぃやはぁはは!!」


 初戦を勝利で終えたリーナは、るんるんとのんを抱えて戻ってきたわけだけど。


「こーしてくれようか~、あーしてくれよーか~」

「あはははっ! お、おねーさんっ、くすぐったいですーー!」


 形態シアについての、お仕置きを色々と考えたわけだけど、自分が一番楽しめる刑が一番いいだろうと思った。ということで、リーナへは軽くこちょこちょの刑に処している。

 まあ、大会が終わったらたっぷり言い聞かせる時間は作るけどね!


「リーナ、頑張ったな」


 隣からはレオルドの頭なでなで攻撃をくらっている。リーナの髪はくしゃくしゃで、脇もくすぐられて大変なことになっているが、リーナはなんだか楽しそうだ。


『そろそろ休憩終わりー。二戦目の出場者を決めてくれよー』


 二戦目のアナウンスが流れたので、いったん私達はリーナを解放してあげた。私の膝から降りると、リーナはちょこちょことレオルドの前に行った。


「あの、リーナ、ちゃんとレオおじさんのしょーめい、できたでしょうか?」

「ああ、完璧だ。最高の証明をしてくれたぞ。ありがとな、リーナ」


 今度は頭ではなく、細い肩に大きなレオルドの手が置かれた。子ども扱いではない、仲間としての信頼の証だ。それにリーナはちゃんと気づいて、頬を赤く染めて明るく微笑んだ。自分が役にたったことがすごく嬉しいんだろう。


「さて、次はどうしようか? 私が行ってもいいんだけど」

「いんや、俺が行く。勝って次に進もう」

「……いいの?」


 次に誰が出てくるか分からないが、所属はしていなかったとはいえ古巣に近いものがあるギルドと交えるのは気性が優しいレオルドには辛い部分もあるんじゃないのだろうか。


「リーナが証明してくれたからな。次は俺自身が、ここまで強くなったと胸を張らねぇーと」


 じっとレオルドは正面を見つめた。

 視線を追えば、その先にはバルザンがいる。昔稽古をつけてくれた恩人に、実力を示したいんだろう。ならば、それを反対する理由はない。

 私はレオルドの大きな背中をバンと叩いた。


「よし、気合を入れていってらっしゃい!」

「おう!」

「レオおじさん、がんばってくださいっ」

『のー!』


 レオルドはニカッと笑うと、たくましい背を見せてリングの上に上がった。そして対戦する向こう側から出てきたのは……。


「--よぉ、レオ。久しぶりじゃあねぇーか」

「ご無沙汰してます。バルザン師」


 久々の再会。二人の間に流れるのは、言葉少なくても温かい空気を醸し出していた。短い間でも師弟関係だった二人。レオルドがバルザンをいかに尊敬しているか、ここからでもよく分かった。


「美人の嫁さんとちびっこ……あーっと、シャーリーだったか? 元気にしてっか? 長年音沙汰なくて寂しかったんだぜ。連絡先教えろよ、季節の行事に贈りものくらいさせろ」

「ありがとうございます、師匠。あの二人は……元気だと……思います」


 歯切れの悪いレオルドに、バルザンは首を傾げたが問いただしたりはしなかった。ただ、すっと目を細めてじっとレオルドの目を見た。


「お前の事情は知らないが……まあ、いいギルドにいるみたいだからな。俺が変に心配すんのも筋が違うだろう」

「師匠……」

「肝っ玉のでかい嬢ちゃんと、ギルド思いの可愛いちびっこ。人数は少ないようだが、お前が居心地良さそうにしてんのが、良く分かる」


 ドンッとバルザンは、自前の使い込まれた巨大な斧をリングに叩きこんだ。リングはいとも簡単にひび割れて、斧の先は深くめり込んでいる。かなりの重量がありそうに見えるが、レオルド以上に分厚い筋肉を持つバルザンにはわけもないのだろう。


「筋肉は裏切らん。俺はお前に、そう教えたな?」

「はい。ひ弱だった俺を、ここまで鍛えてくれたのは貴方だ。だから俺は」


 焼かれるほどの熱い風が吹きすさんだ。それはレオルドの体を中心にして渦巻いている。魔力の渦のようだが、すでに魔法が半分発動している状態だ。


「筋肉と魔法。この二つを融合させた俺だけの武器『筋肉魔法』で貴方を越えて行きます!」


 普段の穏やかなタレ目であるレオルドの、見たこともないような真剣で険しい表情だった。思わず司教様やイヴァース副団長と対面した時のような背筋に上る威圧感を感じる。

 バルザンはそれを真っ向から見つめ返した。


「よぉーく言った! それでこそ、俺が見込んだ男だ。こい、レオ--」


 巨大な戦斧が強靭なバルザンの腕力によって軽々と肩に担がれる。


「俺に、最高の狩りをさせてくれ!!」


 二人の男の、一歩も引かない強烈な殺気と闘争心がぶつかり合い。

 そしてゴングは鳴った。



------------------------------------------------



「わ、わしのことはいい。は、早く行くんじゃ--!」

「老師」


 とある山岳の村で、ルークは選択を迫られていた。

 シアになんとか間に合わせると言った手前、間に合いませんでしたなんて洒落にもならない。老師から修行完遂を告げられ、ようやく王都へ戻れることになった。急げば間に合う、そうルークは間に合わせたはずだった。

 だが、思わぬアクシデントに見舞われた。


「すまん、わしが、わしが悪いんじゃ!」


 老師はベッドに蹲りながら、ルークに詫びた。

 ルークはむせび泣く老師を見ろしていた。なぜかその表情に感情がない。


「老師……反省してますか?」


 声にも抑揚がない。

 ルークをよく知る人物なら、今のルークがかなり怒っていることに気が付くだろう。しかし彼をよく知らない村人はルークがあまり感情を表に出さないクール青年だと思っている。

 ルークがクール。

 シアならダジャレかと大爆笑する案件だろう。

 だが、現在ルークはそんなダジャレにも笑ってる余裕はない。

 緊急事態。そして非常事態。


「すまんーー! 本当に申し訳ないっ」


 謝った勢いで、老師の服から四角いものが落ちた。ルークはそれを拾い上げる。四角いそれは、見た目からも分かる安物の財布だ。

 ルークは、財布を振ってみた。

 なにもでない。

 埃が一つ、舞っただけだ。


「おかしいですよねー。老師の財布にはシアが足しにしてくれと入れてくれた交通費とかもろもろ入っていたはずですが?」

「ごめんてばーー!!」


 ルークの目が非常に冷たい。

 そしてその顔を見た村娘達が、きゃあきゃあ言っている。人の出入りがあまりなく刺激が少ないからといって以前のルークなら見られなかった光景だ。

 シアがいたなら『うちの子がモテた!』と赤飯を炊いているところだろう。

 老師は、今まで可愛く思っていた弟子がたくましくなり過ぎて震えているところである。そして非がありまくるので反論もできない。


 ルークはめそめそする老師を見て、深くため息をついた。


「……ハニートラップに引っ掛かったあげく、ぎっくり腰とか」


 村に入ったときに、自らも旅人だという美女に会った。最初、彼女はルークを標的にしていたが、ルークが全く相手にしなかったので、デレデレしていた老師、ゲンさんにターゲットを変更したのだ。ルークも不審に思いながらも老師に注意しなかったので、悪かったとは思っている。


 --だが、気づけよ。怪しすぎだったぞ、あの美女!


 案の定、老師は財布の中身を根こそぎ持っていかれた。しかもタイミングが悪いことに、ハニートラップだったことを知った衝撃でぎっくり腰に。


「はぁー、老師も時の人だったのなら気づいてくださいよ」

「ルークよ……わしはなぁ、モテるんじゃよ」

「……はあ?」


 なぜか自分のモテ話を始める老師。

 確かに、老婦人達によるファンクラブは健在だし、副団長時代も大変モテたという話は本人以外からも確認がとれている。だが、今なぜそれを言う。


「モテるのが当たり前じゃと、迫られても当たり前になってしもうてなぁ。美女の本心が見抜けなんだ」

「……そうっすか。俺、モテたためしがないんで完全に罠だと思ってましたよ」


 今も後ろで黄色い声上げている村娘達にも、なにか裏があるんじゃないかと勘繰っている。非モテ時代が長すぎたんだ。シアが知ったら慰めにステーキの重量を増やしてあげるだろう。


「師匠、悪いですが置いていきます。村長には後でお礼を持っていくと伝えるので大人しくしていてください」

「うっ、すまん……」


 しおしおと小さくなった老師を背に、ルークは部屋を出た。


「すまない、誰か馬を貸して貰えないか--」

「私がーー! 我が家の馬は世界一速くてゆうめっ」

「嘘おっしゃい! うちの馬が体力もあって頑丈です! ぜひうちの馬を!!」

「何言ってんの!? あたしの家のがいい馬よ!」


 馬を借りようと思っただけだったのに。

 部屋の外でこそこそとしていた村娘達に聞いてみたら、なぜか殴り合いの喧嘩になってしまった。仕方がないのでルークはいったん老師の部屋に戻って、老師からシーツをはぎ取った。

 そして。


「静まれ」


 ばさんと彼女達の上にシーツをかぶせた。

 しばらくの沈黙が降り。おずおずと村娘が声を上げた。


「あの……私達、暴れる動物ではありませんが……」

「どこが違うんだ」

「え、えーっと……」


 おろおろする彼女達に、ルークはゆっくりとシーツを外した。


「喧嘩するにしても殴り合いは良くないぞ。怪我したらどうする」

「え!?」

「女子の顔に傷がついたら一大事だろ。大事にしろ(ってシアが言ってた)」

「ええ!?」


 今度は彼女達が顔を真っ赤にして微動だにしなくなったので、ルークは首をかしげながら仕方がないので宿屋の主人にでも聞こうと階段を降りて行った。

 ルークが視界から消えて、数秒後。


「こ、ここ高身長で、そこそこ爽やか系だったからお近づきになって他の子に自慢してやろうと思ってたのに!」

「とんだ誤算! とんだ誤算だわ!」

「彼は顔じゃない! 見た目じゃない! 中身よ、中身がイケメンだぁ!」


 彼女達は忘れない。

 ふらりと村に立ち寄った見た目そこそこ、中身イケメンの青年の姿を。

 そして後々知る、彼がとんでもない人物なのだということを。



「なんか、騒がしいな?」

「あははは、かしましくてすまんねぇ。馬は貸してやれるんだが、せいぜい隣村くらいまでだろう。それ以降は手ごわい魔物がでる地域でもある。調教していない馬だと魔物におびえちまうからな」

「そうか、いやそれでもかまわない」


 なんとか馬を借りられたルークは全力で駆けた。以前なら馬なんて乗ったことがなくて、旅のはじめは老師にすら劣る乗馬術だったが、修行の中で馬術に詳しい人もいたので、みっちり鍛えてもらった。おかげで馬の全力を引き出してやれるようになった。


(間に合うか? いや、絶対に間に合わせる。でないとなんのために修行したか分からないじゃねぇーか!)


 無一文の為、途中で動物を仕留めたりして野営をしながらなんとか繋いだ。だが限界は、先に馬の方が来てしまう。宿屋の主人が言った通り、せいぜい隣村が限度だった。新しい馬に変えるにも金がいる。徒歩で行ったらいよいよ間に合わない。


(くそ、どうしたらいい……)


 鍛えても鍛えても、どうにもならない部分はある。

 頭の悪いルークでは、ない知恵を振り絞ったところで妙案など浮かばない。焦りばかりが募る中、どうにか馬を調達できないかと農家を回っていると。


「お困りですか?」

「……誰だ?」


 村人にしてはやけに仕立てのいい服を着た、三十前後くらいの男だった。眼鏡をかけていて、どこか計算高そうな面立ち。この手の顔にあまりいい思い出のないルークは苦い顔になった。


(この見た目といい、雰囲気といい……頭のよく回る商人みたいだ)


 そしてルークは、そんな頭のよく回る商人に、何度も騙されそうになった。騙されていたら、中身をバラバラにされて売られていただろう。

 男は警戒をあらわにするルークに微笑んだ。


「なるほど、聞いていた通りだ。大丈夫、などと言って信用はしないでしょうが。一応素性は話しておきましょうか。どうもはじめまして、私の名前はヴェンツァー・アルヴェライト。アルヴェライト商会で代表を務めさせていただいております」

「……はあ?」

「それが俺になんの用だと言いたげですね。では一つ、信用していただけるような単語を言いましょう。私は商売で来たのです、頼まれたのですよ暁の獅子のルークを無事大会が終わるまでに間に合わせてほしいと」

「……誰が?」


 ヴェンツァー・アルヴェライトは商人の顔で微笑んだ。


「ライラ・ベリック殿に」


 その名前に、ルークは目を丸くしたのだった。

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