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◇19 地獄の禿げツルオヤジ三人衆

 あの子は確か、最初の網潜りのところで豪快な風魔法を見せた子だ。

 暴風なのだが、コントロールが巧みで巻き込まれて怪我をするような人はいなかった。見た目からしても、まだ十代前半くらいの少年だが、魔法技術も魔力も並外れて高いことがすぐ分かる。

 ……なんか、外見は気が強そうなガキ大将の……どっちかっていうとお馬鹿な力自慢系に見えるのよね。レオルドといいあの子といい昨今の魔導士は見た目で判断できない。

 なんというか、レオルドの方も一目見て『同類』の気配を感じ取ったらしい。彼にしてはかなり積極的に前に出てきた。


「おじさんの筋肉魔法を見て、びっくりするといいぞ!」


 すごく気合入ってるなぁ。

 邪魔するのもなんなので。


「レオルドー、私とリーナは先に行ってるからね」

「ああ!」


 協力して戦う場面でもない、ゴールするのは一人でもいいのだからここは先に行くべきだろうと私はリーナを連れて先へと向かった。



 *******************


 あー、聖女は行っちゃったか。

 うん、でもまあいいや、新しく興味深い人が残ってくれた。


 アギはもう一度、レオルドをじっと観察した。

 190以上はありそうな高い背と固い筋肉で作られた屈強な肉体。魔導士が通常身に纏う典型的な魔術師ローブを着用してはいるが、筋肉のせいでかなりきつそうだ。その逞しい太い腕ならば巨大な戦斧も軽々と扱えそうな見た目だが、穏やかな銀の瞳は人が良さそうで戦士だとしたら、あまりにもそこだけが不釣り合いだ。


 ――魔法を使う為の触媒が見当たらないな。

 腰のあたりに魔導書がいくつかぶらさがっているが、あれからはなんの力も感じられない。触媒になる魔道具には魔力が付与されているので、この距離でも魔導士ならば感じとれるものだ。だからあれは触媒じゃないし、武器でもない。


 筋肉魔法というからには、やっぱり筋肉を触媒にしているのか?

 そんな話は今までで一度も聞いたことがないし、どの文献にも載っていないだろう。これでもアギはもっと小さい頃から古代書からなんでも魔法に関する文献は大量に漁ってきたのだから。魔法に詳しい魔導士協会の知り合いからも聞いたことがない為、おそらくそういうことだ。

 嘘をつくような人にも見えないしな。

 筋肉魔法とはどういうことなのか、アギはその魔法について解明したくてウズウズした。

 魔法馬鹿、魔法オタク、魔法マニア、魔法狂人。

 色々と言われているが、アギは「まあ、そうだろうな」と納得している。自他共に認める魔法好きだった。


「おじさんの頭が正常だと、証明してよ」

「おう、しっかり見るといい」


 レオルドは力強く地面を蹴り、アギとの間を詰めた。

 右拳を引いたので、アギは普通のパンチがくると思った。


 ――やっぱ、物理か?

 筋肉魔法がただの物理ゴリ押しだったら、がっかり感が半端ない。アギは期待はずれかな? と思いつつ風魔法で物理攻撃用の壁を作った。物理攻撃と魔法攻撃とでは衝撃エネルギーがまったく別物なので、どちらかに合わせた構成が必要になる。これはシールド魔法にも言えることで、術者は相手の攻撃が物理なのか魔法なのかを即時に判断してそれに合わせたシールドを構成する。意外と扱いが難しい魔法だ。あの聖女は咄嗟にシールドを発動させたが、あれは本当にイカレタ性能で、物理と魔法どちらに対しても高い防御力を発揮するものだった。

 会場にいる人間のうち、どのくらいそれに気が付いているのだろう。


 レオルドはもう間近に迫っていたが、アギは先に行ったシアのことを考えてしまっていた。


「坊主、防壁はそれでいいのか?」


 レオルドの問いかけの声に反応した瞬間、アギは信じられないものを見た。


「ファイア・インパクト!」


 アギが作った防壁にあたる直前に、レオルドの右拳からファイアが発動した。

 灼熱の炎がアギを襲い、風の防壁を吹き飛ばす。アギは驚愕しながらも咄嗟に防御行動をとり、前方に突風を吹かせて後方に後退した。崩れた体勢は風の力で浮かせて強かに地面に体を打ち付けるのは回避する。


 うわ、前髪ちょっと焦げた。


 アギの若葉色の前髪がちりちりしている。

 ――途中まで、普通のパンチだったよな? 直前で魔法に切り替えた? 詠唱もなく、魔力の流れすら感知できない。

 ファイア程度のレベルの低い魔法なら、才能や修練で詠唱破棄は可能だ。アギも通常風魔法を扱うのにいちいち詠唱しない。これは風魔法とアギの相性が特別合っていることと、才能のなせる業である。


 なんだろう。どうしてこんなことができた? 魔法を使うルートは? おじさんの周囲を調べても魔力素の異常は見られないし、魔法を使った後に必ずあるはずの魔力素の増減がない。魔力を引き出しているのはまったく別のもの? 精霊の加護とか、特殊なルートを構築しているのか? それならどういう原理でこの魔法は発動したんだ?


 ――ああ、やべえ面白い!!


「おじさん、もう一回!!」


 アギは子供らしく好奇心を丸出しにして、レオルドに頼んだ。なぜなに方式でレオルドに答えを求めたりしない。あくまでもアギにあるのは強い探究心だ。

 レオルドも楽しそうに笑った。


「よーし、もう一回なー」


 なんだか雰囲気が、先生みたいだ。

 王立学園の気が合う先生が、こんな感じだった。

 それから何度もアギはレオルドに「もう一回」をお願いすることになる。



 ***************


 正直、レオルドの『筋肉魔法』がどういうものなのかは私にも分からない。媒介を筋肉にしたらどうかと勧めたのは私だけど、レオルドの場合は消去法なのだ。

 武器が使えないなら、筋肉使えばいいじゃない。

 そんな安直な発想だった。

 レオルドに何かヒントになればいいと思って言ったようなものだったのだが、まさかレオルドが本当に筋肉魔法を仕上げて来るとは驚きだった。いまだにレオルドの言う、筋肉との会話に成功したという言動が理解できずにいる。

 最高峰の魔女ラミィ様でも原理はまったくもって不明だという。

 とのことだったので、魔法の熟練者にも解明は難しいようだ。レオルド自身もこの力については独自に研究しているようなのだが、まだよく分からないことが多いようだ。


『まあ、ようは感覚なんだよな』


 魔導士は、魔法を使う時のことをふわっとしか説明できない。個々で発動する為のイメージが違うからなんだろうけど、魔法はホント人に説明するのが難しい類のものだ。最後はもう気合だったりする。

 まったく魔法を発動できなかった人がある日突然、家族を守る為に一度きりの奇跡な魔法を発動した例もある。要するに魔法はまだまだ未知が多い分野なのだ。


「レオおじさん、だいじょうぶでしょうか……」


 のんをぎゅっと抱き抱えながら隣を一生懸命走るリーナがぽつりと零した。レオルドを一人残して来たのが心配、もしくは心細いのかもしれない。


「大丈夫よ、生死に関わるものでもないし。あの少年も人の力量を慎重にはかれるみたいだしね。なによりあの頑丈なレオルドが競技で怪我するとも思えないわ」

「そ、そうですね」

『のー』


 リーナの手を繋ぎながら、最後の障害物コーナーに辿り着いた。網潜り、ツルツルロードなどなど大きいものから色々と細々とした障害物なども越えて、ゴールが見えてきたその手前。


「……」


 私はあそこへ走っていくのをためらった。

 だけど、行かなくてはゴールできない。憂鬱な思いで、リーナを引っ張る。リーナもちょっと嫌そうだ。


「――ふむ、一番乗りがかような平凡娘と愛らしい幼女とは」


 審査員席のようなところに三人の巨漢が座っていた。頭はつるりとしたスキンヘッドで太陽の光の反射を受けてキラメキを放ち、厳つい顔面は気難しそうにこちらを睨みつけている。

 ザ・武道を極めし頑固オヤジ。

 と、言えば分かってもらえるだろうか。


「人は見かけによらんですぞ、会長」

「こう見えても素晴らしい魔法の使い手のようですからな」

「うむ、審査のしがいがあるというものか」


 三人が頷き合う。同時に、三つの後光が強烈に輝いた。

 うお、まぶし!!


『おおーっと、独走状態の注目ルーキーギルド『暁の獅子』組が最終コーナーに辿りついた模様! いやあ、まさかこんな展開になるとは思わなかったなぁ!』

『そうですね。意外な結果ではありますが――しかし、この最終コーナーはかなり難しい障害物となっています』

『ですね! 王都に多くある色々な中小協会のうちの一つを運営する、一部には大変有名な【地獄の禿げツルオヤジ三人衆】による特別審査だ。頑固なオヤジ達に認められれば突破となるぞ!』


 ……障害物競争ってそういうのだっけ?

 最後になんとも色物がきた。


「え、えーっと……私達はどうすれば?」


 リーナが強面なオヤジ達の圧に押されて背中に隠れてしまったのをちらりと見ながら、とりあえず内容を聞いてみた。

 中央に座っているオヤジがリーダーなのか、先ほども会長と呼ばれていたオヤジが答えてくれる。


「うむ、お前達には我らが納得するようなアピールをしてもらう」

「アピール?」

「そうだ、お題にあったアピールを何回かに分けて行い、総合点で基準を上回れば合格となる」

「なるほど……それで、お題はなんですか?」


 難しいものじゃなければいいんだけど。

 若干、不安に思いつつも待つとオヤジはごほんと咳払いをしてから眼光鋭く、そしてはっきりと告げた。


「女性陣には【女子力】をアピールしていただこう!!」


 …………え?


「女子力……ですか?」

「そうだ! 我らに女子力でアピールし審査点を稼ぐのだ。簡単だろう?」


 簡単、かどうかは分からない。苦手な人もいるだろうし。そもそも何をもって女子力とするのか曖昧なところもあるしな。それに失礼だけど、この厳ついオヤジ達に女子力を審査できるんだろうか。


「うむ、君は今、こんな厳つい顔のオヤジに女子力が分かるのかと疑問に思ったな?」


 心を読まれた!?


「それならば心配ない。日夜、嫁に女心が分からない男は豆腐の角に頭をぶつけて性転換すればいい! と文句を言われ続けた若き日を悔い改め、女性というもの特に女子力という部分に注目し研究し続ける我らが独自協会【女子力探究協会】のトップ3を務めておるのでな」


 安心しろ。

 と、言われたがなんだろうこの安心できない感。

 ラディス王国って自由なお国柄なのはいいけどよく分からん協会も多いんだよな。


「さあ、では第一審査をはじめる! 女子力――といえばまずは【料理】! 得意料理を一品作ってくれ。手際、盛り付け、味で審査をする」


 ふむ、料理なら私もリーナも得意だ。

 大丈夫そうかな。

 簡易キッチンが用意され、食材も色々あったので私は何を作ろうか迷った。あまり手の込んだ時間のかかるものは避けたい。


「りーなは、おむれつをつくるです!」

「あ、じゃあ私はサンドウィッチにしようかな」


 二人で朝食メニューのような形で作ることにして、いつもの要領で調理を開始した。変なことしても失敗するだけだしね。毎日やっていることだから、それほど手間取らず料理が完成した。


「ふむ、どうやら二人とも料理は手慣れているようだな。手際が良い、そして――ふむ、盛り付けも綺麗だな。では味を審査しよう」


 三人がそれぞれオムレツを切り分け、口に運びしばらくゆっくりと咀嚼した。

 ドキドキしながら私達は彼らの感想を待つと。


「うむ! これは美味い!」

「このとろとろふわふわの絶妙な焼き加減!」

「滑らかでまろやかな口当たり!」

『素晴らしい! 素晴らしいオムレツだ!』


 どうやらリーナのオムレツはオヤジ達に大好評のようだ。


「うむ、幼き少女よ、きっと将来は良き嫁かシェフになれるだろう」

「にゅ!? あ、ありがとうございますっ」

「次はサンドウィッチか」

「たまご、ツナ、ハムと定番の具だが果たして……」


 もぐもぐ、と噛みしめるようにして味を審査された。

 この緊張感は、本当に心臓に悪い。


「ふっ――」


 ドキドキしながら待っていたら、なぜか三オヤジとも泣き始めた。

 ええ!? なんで!?


「あ、あのもしかしてお口に合いませんでした――」

「母ちゃん」

「母ちゃんの味だ!」

「かあちゃあああん!!」


 しばらくオヤジ達の感動とお母さんとの思い出が語られた。つまりはおいしいってことでいいのかな? 家庭的な味だったということでいいのかな?


「遠い記憶を思い出させる料理、感動した!」

「審査結果!!」


 どどん!

 と、ドラの音が鳴りオヤジ達は一斉に点数の書かれた札を上げた。


 リーナの点数。

 <10点><10点><10点>で満点。

 私の点数。

 <10点><10点><10点>で満点。


 よし! 幸先良いぞ!


「うむ、これは期待できる結果となった。では、次の審査に移る」

「次は――」


『――ファッションチェックだ』


 あらやだ、楽勝。

 私の卓越したファッションセンスを披露する時が来たようね!

 前にリーナの衣装を選んだ時は、レオルドとかジュリアスになぜか必死に止められたけど。


 あれ? どうしたのリーナ。

 なんでそんな青ざめた顔で、私を見るの?

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