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◇15 心意気なら負けない

 自然と陽が昇る前に目が覚めた。

 頭はすっきりしていて、目もパッチリだ。うーんと背伸びして、隣に包まっているリーナを起こさないように慎重にベッドから降りる。今日の身支度はいつもより丁寧に、髪もきちんと綺麗に結って申し訳程度の化粧も施した。

 部屋から出ると、いつものように台所へ行って、朝食を作ろうと腕まくりをしたところで。


 あ、そうだ。今日は朝食も昼ごはんもライラさんが作ってくれるんだった……。


 数日前に、笑顔でライラさんに言われたのだ。


『ギルド大会の日はシアちゃんも大変でしょ? 一日くらいお姉さんにご飯は任せなさい!』


 と、肩を叩かれたのでここで遠慮するのもなんだし、お願いすることにしたのだ。

 しかし、ゆっくりしてろと言われても日課のように早起きな私は、やることがなくて困った。とりあえず掃除でもしようかと思っているとギルドの玄関扉が遠慮がちに叩かれた。まだ朝が早いので、静かなノックだ。

 返事をしながら扉を開けると。


「あー、やっぱりもう起きてる」


 扉の前にいたのはライラさんだった。

 その顔には苦笑いが浮かんでいる。


「絶対ゆっくりしてないと思った! どうせ暇だなーとか言って掃除でも始める気だったんでしょ」


 図星だ。


「ダメダメ! 今日は大会に集中してもらうんだから。家事は任せてちょうだい。シアちゃんは、のんびりモーニングコーヒーでも飲んでればいーの」


 おすすめ持ってきたから。とライラさんはお邪魔しますと中に入ると、勝手知ったる他人の家の慣れた動きでコーヒーを淹れてくれた。ライラさんとは何回もホームパーティーをしている仲なので食器の位置とかすでに把握済みなのである。片づけもきっちりしてくれるし、私としては嫌ではないんだけど。


「あの、まだ早すぎますしライラさんもゆっくりしては……?」

「気にしなくていいのにー」


 ライラさんが動いているのに自分が座っていることに落ち着かなくてそわそわしながら言うと、ライラさんはしょうがないなと自分の分のコーヒーも淹れて一緒に座った。


「リーナちゃんとレオルドさんはまだ寝てるかな?」

「そうですね。まあ、レオルドはもうすぐ起きると思いますけど。リーナも」

「みんなして朝早いのね」


 私は朝日が昇る頃かその前に、レオルドは朝日が昇ると同時に、リーナもそれくらいか少し後に起きてくる傾向だ。一番遅いのはルークだが朝食が出来上がる七時頃には匂いで目覚めるので、そう考えるとうちに寝坊助はいない……あ、カピバラ様はいつも昼になっても寝てる時があるな。あれは永遠の寝坊助だ。


「起きて働く果報者ね」

「貧乏性なだけですよ。私は寝てる時間がもったいなく感じるタイプなので」

「ふふ、私もよ。エドはギリギリまで寝ちゃうタイプだけど……ねぇ、やっぱりルーク君は戻ってこれなさそう?」

「そうですね……」


 今日まで待ってみたが、あれから連絡はない。急いで帰路についているとは思うんだけど、やっぱり午後のギリギリになるか、間に合わないかだろう。


「そっか……んー、もしかしてあれなら――」


 ライラさんが、何やら考えながら唸っていると、レオルドが起きてきた。


「おう、おはよう。あ、ライラさんもおはようございます」

「おはようございます、レオルドさん。タオルを持ってますけど、朝風呂ですか?」

「風呂には後で入りますが、このタオルは乾布摩擦用ですよ」

「乾布摩擦……健康的ですね」


 レオルドは朝日に向かって半裸になり乾布摩擦するのが日課だ。ギルドにいる時は建物の外でやるには少々迷惑なので廊下でやってもらっている。


「なー!」

「なうー!」


 レオルドが起きると、ラムとリリも起きてくる。ご飯をくれると思っているからだ。レオルドはラムとリリにご飯をあげてから廊下へ出て行った。そしてそのすぐ後に続けてリーナとのんが起きてきた。二人ともまだ寝ぼけ眼だ。


「おはようございますぅ……」

『のぉ……』

「ぐふぁ、可愛いっ!」


 不意打ちの衝撃を喰らったライラさんの口からコーヒーが少し零れた。

 リーナは寝ぼけたままだった為、パジャマ姿でこちらに来てしまったようだ。ピンクのウサギ耳がついた子供用の可愛いパジャマなのでその姿の愛くるしさといったらない。

 ちなみに買ってきたのはレオルドだ。


「リーナ、可愛いけど顔を洗って着替えておいでー」

「はいです……」

『のぉ……』


 私の言葉は理解しているようで、すたすたと奥の扉を戻り手をかけたところで一度、こちらを振り返った。


「ふみゅ? らいらさん……おはようございます」

「おはよう、リーナちゃん」


 ぺこりと頭を下げてリーナは奥の部屋へ戻っていった。

 ライラさんがゴチンとテーブルに額をぶつける。


「なんだろう、あの可愛い生き物」

「同感です」


 リーナの癒し効果でリラックスした私達はしばらくモーニングコーヒーを楽しみ、いったんライラさんは自宅に戻って、朝ごはんを持って来てくれた。

 日課を終え、お風呂も終えたレオルドと今度は意識がはっきりしたリーナが食卓についたのは六時半。ルークがいれば、もう少し時間をずらすところだけれど今いるメンバーが揃ってしまったので食べることにした。


「お昼までにお腹がすいたらアレだから、サンドウィッチも持って行ってね」

「ありがとうございます、ライラさん」


 美味しそうなハムとタマゴ、そしてサラダやスイーツサンドをバスケットで貰ってしまった。


「さーて、じゃあそろそろエドを起こして行こうかな!」

「行くって、ライラさんお出かけですか?」


 なにげなく聞いただけだったが、ライラさんがぽかんと口を開いた。そして、次には天を仰いだ。


「なに言ってんの! 応援に行くに決まってるでしょ!?」

「ええ!? だって、ライラさんお店は!?」

「お休みよお休み! シアちゃん達の応援せずになにしろっての!」


 ライラさんの言葉に私はじーんとした。

 立ち上げて半年ほど、ランクはE、知名度はほぼない。ベルナールや副団長から広がっているのか騎士団の間では魔人を一時的にも退けたギルドとしてちょっと話題には上ったらしいけど、それくらいだ。

 ギルド大会では各ギルドに大きな応援団やファンがついているらしいが、私達のギルドにはそういうものとは縁がまだない。だから寂しいアウェイ状態での参戦を覚悟していたのに。


「私とエドだけじゃないわよ? 上の階のご家族とか、近所の人達とか総勢三十人は予定してるんだからね!」

「そ、そんなに!?」

「応援団幕も作って気合十分! 他の大手ギルドの応援団にだって心意気なら負けないんだから」


 私だけじゃなくリーナやレオルドも感動に打ち震えている。

 そんな私達を見て、ライラさんが胸を張ってウィンクした。


「あなた達の地道な努力は無駄じゃなかったってことよ。近所の人達の評判良いんだからね?」


 小さな仕事をコツコツと。大したお金にはならないし、ギルドとして大きな山も体験したい気持ちはありつつも雑用もしっかりとこなしてきた。

 その努力の実りが今ここに!


「じゃあ、今度は会場で!」


 ライラさんはそう言うと、元気にギルドを出て行った。

 私達はしばらくぼーっとして、それからハッとすると大会で無様な姿は見せないように柔軟体操や技のシミュレーションなどを必死に時間ギリギリまでこなした。


『おめーら、なにやってんだ?』


 カピバラ様が、いつもより早いおはよーする頃には私達は緊張してカカシみたいになっていたのだった。




 *********************



 ベルナールの朝はそこそこ早い。

 陽が昇ってすぐに起き出して、身支度を整え朝稽古を始める。寝起きはいつもいいので、朝が弱い兄を辛抱強く起こすのも彼の仕事の一つであった。

 使用人に任せるのもいいのだが、一度寝起きが悪い兄に使用人が物を投げられて危うく怪我をしそうになったことがあったので、それ以来は彼がやっていた。だが、そろそろ自分も家を出ていく頃だし兄には早く見事な起こし方をしてくれるお嫁さんが来てくれないだろうかと縁談を眺める日々である。

 ベルナールは稽古を終えると、腕時計を見た。六時半、兄を起こす頃合いだ。稽古用の剣を片づけ、汗を拭いつつ屋敷に戻ると。


「……兄上?」

「おはよう、ベル君!」


 窓際に一際麗しい兄が立っていた。キラキラとした朝日を浴びて、一層目に痛い輝かしい姿だ。一見、女神のように線が細く美しい兄だが、中身は結構男前でおおざっぱである。虫も平気だし、賞味期限切れたご飯も大丈夫だし、なんなら野宿も平気でどこでも寝られる。本当に貴族として育ってきたんだろうかと疑われても仕方のない頑丈さだ。

 兄上、見た目はいいのに先入観で勘違いされて女性が離れていくタイプなんだよな……。

 それで何回、縁談がダメになったか数えるのも面倒くさい。


「珍しいですね、兄上が自分で起きてくるなんて」

「もちろんだよ、なんていったって今日は我が人生でとても大事な一日だからね」


 ニコニコと機嫌が良さそうな笑顔を浮かべる兄に、ベルナールは首を傾げた。彼の今日の予定を事前に把握しているが、いつもの仕事が詰まっているだけでとくに特別なものなどないはずだ。


「ふふ、分からないという顔だね。なんでも理解が早い弟の珍しい顔にお兄ちゃんは大満足だよ」

「別に兄上の特別な何かなんて知らなくてもいいですけど」

「むくれないで、ちゃんと教えるから」

「手短にお願いします。俺、今日も仕事入ってるんで」

「あれ? ベル君、非番だったんじゃ?」


 なぜか残念そうな顔をされた。


「緊急任務です。まあ、といっても有事に備える的なものなので半仕事、半プライベートですが」

「ふぅん? なら、仕方がないか。私一人でシアちゃんの勇姿を応援に行くのは忍びないけど」

「……は?」


 兄から聞き捨てならない単語が聞こえて思わずドスの効いた声が出た。


「今日はギルド大会の日でしょう? シアちゃん達も参加すると聞いているから、応援に」

「兄上、仕事があるでしょうが!?」

「もうキャンセルしてある。一日非番! 有給万歳!」


 貴族の有給とはこれいかに。


「私も仕事尽くしだったし、そろそろ休んでもいいよーとは言われていたんだよ。タイミングがなかっただけで、今日くらいいいじゃないか」

「はあ……他の方々に迷惑がかからないならいいですけどね……」


 頭が痛いが、確かに兄はずっと仕事ばかりで忙しそうだったので強くは言えない。

 だがそうなると……。


「ベル君の分もこの兄が一生懸命応援を――」

「その必要はありません」

「え?」


 まさかこうなるとは思わなかったが、一貴族である兄の護衛を増やすのも面倒だ。他の観客にも迷惑になる。


「兄上、付き添いますよ。俺の今日の仕事場は――ギルド大会会場なので」


 呆然とした顔をしていた兄だったが、みるみるうちに笑顔を取り戻した。

 はしゃいだ様子の兄と朝食を食べる為に共に食堂へ向かいながら、ふと窓の外を眺める。


 ――大変な一日になりそうだな。


 晴れ渡った青い空を鳥が悠然と羽ばたいて行った。

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