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◇14 魔王かも!

 冬が終わり、春の到来を告げるライラノールの薄桃色の花弁がひらひらと空を舞う。

 王都の一角に雑貨屋を構える女店主、ライラ・ベリックはそんな春の光景を眩しそうに眼を細めて空を見上げた。自分の名前、ライラの由来となったライラノールの季節は特別だ。自身の誕生日でもあり、夫のエドと出会った季節でもあり、結婚記念日でもある。

 結婚して二年、まだ子宝の気配がないのだけが気がかりだが店も軌道に乗り始め、概ね順風満帆といえるだろう。


 ライラは鼻歌を交えながら紙袋いっぱいに買った食材を抱えて、商店街を歩いていた。

 数日前、しばらくギルドを空けていた二階に住む、少女達が戻ってきた。まだできたばかりのギルドでありながら、騎士団からの難しい依頼を達成したとかでランクも順調に上げているようだ。けれど知名度がないせいか、思うように仕事が入らず困っている姿を何度か見かけている。

 まあ、そのおかげで去年に起こった繁盛期を乗り越えられたわけだが。彼女達には感謝してもしきれない。

 そのギルドのマスター、シアは弱冠十八歳のまだ成人したばかりの少女――いや、女性と言わなくちゃいけないか。どうも妹みたいに可愛いので、子ども扱いしてしまう。

 シアは、同年代に比べてもとてもしっかりとしていて、よく気のつく子だ。周囲の評価はだいたい地味な子というものだけど、ライラ自身は彼女は器量良しと思っている。

 磨けば絶対光ると、彼女の隙を窺って化粧道具などを完備しているのだが上手くかわされるのでいまだに彼女の大改造ができていない。もったいない。


 そんな可愛い彼女達は冬の間、ギルド大会に出場する為に修行の旅に出た。

 聞かされた時は驚いたけど、ギルドとして成長する為にはもっと頑張らなきゃいけないんだなと思いながら見送った。なんだかんだ賑やかだったギルドのメンバーが出払うと、とても寂しいもので作りすぎた夕食なんかをうっかり届けに行ったりして、ライラは肩を落としながら部屋に戻ることもあった。

 けれどそんな日々も終わりだ。春が訪れ、彼女達も戻ってきた。ルークはまだ別行動で戻って来ていないようだが、ギルドが明るくなるのはとても嬉しい。

 帰って来た翌日には、おかえりなさいパーティーもして盛り上がった。


「私もなにか、役に立つことないかな……」


 お店を手伝ってもらったり、つまらない依頼を受けてくれたり、彼女達にはとても世話になっている。一般人の身で、ギルドの役に立つことなんて考えつかないけれど、そんな風にパーティー帰りに零したら、エドが拾ってくれた。


「そうだね……。ああ、そうだこれはどうかな?」


 妙案を思いついたのか、エドが笑顔でそっと耳打ちした。

 その言葉に、ライラの表情がぱっと明るくなった。


「それよ! エド天才!」


 ライラの夫、エドは普段は地味で目立たず大人しいが、頭が良く手先の器用な、ライラ自慢の旦那様である。ライラはエドを褒めちぎりながら、作戦をささっと立てた。準備は早い方がいい。期限はそれほど長くないのだから。


 そうして夫婦でシア達に内緒の準備を進めてきた。この買い物もその準備の一環である。

 シア達が驚く姿を想像し、ライラがにまにましていると。


「――ん?」


 ふと、自分の店の前に怪しい人物が立っているのが目に入った。全身黒尽くめで、頭髪も見事な漆黒、瞳は鷹のように鋭い黄金で、隻眼なのか右目を眼帯で覆っている。背が高く、黒のロングコートの上からでもがっしりとした体格なのが分かり、一瞬騎士団の人間かとも思ったがどうも纏う雰囲気が尋常ではない。

 容姿は整っているようだが、強面な印象の方が強く、どう見ても……。


 ライラは注意を払って男の視界に入らないように回り込み、裏口から建物に入って部屋に飛び込んだ。


「エド! 店の前に怪しい人がいるの、騎士団に通報して!」

「え!?」


 部屋の奥の工房で商品を作っていたエドが驚いたような顔をして、荒い息をするライラをとりあえずなだめた。


「怪しい人って?」

「なんか黒い! なんか怖い! 絶対、あの人カタギじゃないわよ!」


 隻眼だし、目が怖いし、強そうだし。

 総合すると。


「魔王かも!」

「まさか……」


 魔王がこんな所にいたら王都は大混乱だ。ライラもありえないとは思うが、そう言わせるまでにあの男は怖かった。


「と、とりあえずシアちゃん達に相談してみたらどうかな? 彼女はギルドだし、ほら、レオルドさんもいるし」

「そ、そうね……。あんなおっかない人の対応なんて、女の子にはさせたくないし、レオルドさんにお願いしましょう。あの筋肉なら対抗できるでしょ!」


 ライラ達は、見た目の関係でレオルドを脳筋のように思っているが、実は魔導士系であることを彼女達は知らない。ついでに荒事は、シアの担当でありレオルドは戦略担当である。

 二人はそっと二階へ上がろうと試みたが。


「……誰かいねぇのか?」


 地獄の底から響くような低い声が、店内から聞こえた。

 お客様だろうかと顔を出してみれば。


「い、いら、いら、いらっしゃいまっ」


 従業員のランが恐怖に体を竦めて来客を出迎えていた。ここからでも分かる、さきほどの怪しい男だ。店内に入って来てしまったらしい。こうなってはランを放っておくこともできず、ライラは勇気を振り絞って進み出た。


「いらっしゃいませ、なにかお探しでしょうか?」


 ガタガタ震えて言葉にならないランよりも、話が通じると思ったのか男はライラに視線を向けた。どっしりとした構えのどこか高圧的な印象を受ける態度で、高い位置からライラを見下ろす。


「この上にギルドを構えている女マスターがいるだろ。あいつの好きそうなものを見繕ってくれ」

「……は?」


 それだけ言うと、男は待ち席に使う椅子にドスンと座って黙って腕を組んでしまった。鋭い視線だけが、早くしろと言っている。


 ――え? なに、この人……シアちゃんの知り合い?


 ライラはシアの交友関係にはそれほど詳しくない。時々、身なりの良い人や、やたら眩しいイケメン、騎士などが訪れるので不思議には思っているが。

 こんな物騒な人とも知り合いなのだろうか。


「あの……ギルドのマスターというと、シアちゃんのことでいいんですよね?」

「ああ」

「し、失礼ですけど……どういったご関係で?」


 もし、シアに対して害のある人物だったら困る。彼女はライラにとって妹のような存在だし、ご近所さんだ。仲良くさせてもらっている子達に何かあったら大変である。

 男に物申すのは震えるほど怖いが、シアへの愛情の方が勝った。エドはすぐ後ろで何かあればすぐにライラの盾になれるように準備している。

 しかし男の方は、特に機嫌を損ねた様子ではなく、ただひたすら悩むようなそぶりをみせた。


「関係……関係か。難しいな」


 どうやら適当な言葉を探しているようで、少し時間がかかったが男はきちっと導き出した関係を口にした。


「親戚のおじさん」

『え――!?』


 この返答にはライラもエドもランも目を丸くした。


 親戚のおじさん?

 おじさん? ああ、いやおじさんといえばおじさんという年齢ではあるんだろうが、なんというかこの男に似合わない単語だと思った。


「ど、どの筋の……?」


 思いもよらない返答になんだか頭が真っ白だったが、ライラは無意識に追撃の言葉を口にしていた。


「あー、そうだなぁ。父親の? いや、養父? シリウスと俺はファミリーみたいなもんだったから間違っちゃいねぇーだろ」


 あ、そうだ。

 と、男は最後に付け足した。


「名付け親でもあるな、そういやぁ」

『名付け親!?』


 シアはどういう過去を過ごして来たのだろう。なんだか気になるが、これ以上聞くのは失礼だ。


「……失礼しました。何点かご用意しますのでお待ちください」


 一回、店の奥にエドとランを伴って下がると、緊急家族会議が開かれた。


「本当だと思う?」

「どうだろう……」

「そうですね……。髪の色は同じみたいですけど」


 髪の色。

 この国で純粋な黒髪は少々珍しい。確かにそこに血縁的なものを感じないこともないが。


「シアちゃんにプレゼントなんて、なにを企んでいるのか……」


 やっぱり怪しいことには変わりない。

 ここは本人に確認をとるべきだ。男を待たせすぎないようにすぐにシアに連絡をとろうと決めた瞬間だった。

 店の外の方から甲高い悲鳴が聞こえた。

 慌てて店に戻ると男の姿がない。まさか、彼がなにかしたのでは……そう疑いつつ、店の外に飛び出ると。


「ええ!?」


 馬がいた。

 馬が興奮状態で立ち上がり、前足を振り上げた状態のままなぜか止まっている。そのすぐ前方にあの男がいて、腕には幼い子供を抱いていた。彼の足元には女性が震えた様子で座り込んでいる。


「い、一体なにが……」


 どういう状況なのか分からず、茫然と立ち尽くしていると。


「うるせぇな、大人しくしろ」


 ドスの効いた声が、男から放たれ馬はひぃん……と情けない声を上げてゆっくりと足を降ろした。その体はぶるぶると震え、つぶらな瞳は涙で潤んでいて今にも泣きそうだ。

 馬の持ち主らしき男性が、慌てて駆けつけて馬に縄をかけ、男に土下座する勢いで謝った。


「頭下げる相手は俺じゃねぇーだろ。ほら」


 片腕で抱き上げていた子供を腰を抜かした女性に渡した。どうやら子供の母親らしい。ぼけっとしていた子供はようやく状況に気付いたのか大声をあげて泣き始めてしまった。

 女性は男を怖がりながらも必死に頭を下げている。


「あの……なにがあったんですか?」

「馬車の馬が逃げたみたいでね、運悪く子供が馬に蹴られそうになったんだけど……」


 それを寸前で男が救ったらしい。馬の前にためらいもなく体を滑り込ませて子供を抱き上げ、片腕を前に出して睨んだだけ。それだけで馬は勢いを失くし、とたんに大人しくなったという。


 ――嘘でしょ。


 普通なら、暴れ馬の前に出るなんて自殺行為だ。興奮した馬を止めるのは熟練した腕を持つ人間でも難しい。それを子供を守る為に、ためらうことなくやるなんて。


「良い人……なの?」

「そ、そうなのかな?」


 ライラとエドは顔を見合わせて、遠巻きに見てくる野次馬を気にすることなく男は店に戻ってきた。


「どうだ? 商品は選べたか?」

「あ! え、えっともうちょっとお待ちを!」


 ライラは慌てて商品を選んだ。

 顔も出で立ちも恐ろしい空気を持つ、絶対にカタギじゃないだろう男だが根は悪い人じゃないのかもしれない。そう思って、頭を回転させシアが喜びそうなものを選んだ。

 それから男は一点を選んで。


「綺麗に包んでくれ。誕生日プレゼントだ」

「た、誕生日?」


 ライラはシアの誕生日を知らなかった。前に聞こうとして、シアは「はっきりしないので、祝ったことないんです」と苦笑していたので、突っ込んで聞くのは憚られたのだ。

 男は包んだプレゼントを受け取ると、仏頂面で言った。


「まあ、俺が勝手に決めただけだけどな」


 男は颯爽と店を後にして、嵐が去った後のようにライラ達はしばらく呆然と消えた男の背を見送ったのだった。



 ************


 シリウスが死んで、聖堂を去ってから不思議なことが一つ起こるようになった。

 ライラノールの花弁が舞い始める春のはじめ頃。差出人不明のプレゼントが届くのだ。それは毎回、とても品の良いものばかりで、私の好みを熟知しているような不思議なプレゼント。

 カードには一言だけ、


『君の誕生に、祝福を』


 きっと、誕生日を祝う文句なんだろう。

 でも、私の誕生日は判然としない。歳の数えは新年を迎えると同時に加算されている。

 ただ、一度だけシリウスに「ライラノールの咲く頃に生まれていたら素敵なのに」なんて言った事があった。

 「じゃあ、シアの誕生日はライラノールの咲く春のはじめがいいかな」なんて、笑って言っていて。だけど春が訪れる前に、シリウスは逝ってしまった。

 一度も祝われることのなかった誕生日。

 それは、私にはないものだった。


 不思議だったけど、なんでか気味の悪さは感じなくて。

 だから。


「きっと、シリウスが天国から贈ってくれてるんだよね」


 なんて、夢みたいなことを思っている。それは絶対に違うんだけど、でもあながち間違ってないとも思う。


 ライラノールが美しく咲く頃、私はいつも郵便受けを眺める。

 そしていつの間にか届けられているそれに、私は笑った。


「おーい、マスター。ライラさんから呼ばれてるんだろ、大会準備もあるし出かけるぞー」

「おでかけですー」

『のー』


 レオルド達の声に私はそっとプレゼントをバッグにしまった。


 その後、ライラさんに。


『シアの親戚のおじさん、すごい人だね』


 なんて言われて、しきりに首をひねることになるのだった。

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