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◇13 いってらっしゃい!

 ラミィ様の魔道具で記憶の世界を旅して、カピバラ様との間にあった溝みたいなものが少し埋まったのかな、と思えるような日が続いた。

 うん、だってね――カピバラ様が私の手を噛まなくなったのよ。

 すごい進歩だよね!


 もふもふしようとすると威嚇されるし、容赦なく腹にタックルはされるけどね!


 私としてもカピバラ様の複雑な心境がなんとなく伝わったし、カピバラ様も私に対するなにかが変わったんだろう。あの記憶は、私にとっては鬼門だけれど……それでもその過去があって、今の私がある。

 強さに固執しているのは、なにもルークだけではないのだ。

 敗北、失意、死。

 それらはすべていたるところにあって、私を苛む。

 でも、それを乗り越えた先には自分の望む力があるはずだ。


 過去の出会いと別れが、今の私を作った。

 今の私は、まだまだ完璧には程遠い。

 理想の自分を作り上げるのに、今度は未来へと続く出会いと別れがあるはずなのだ。


 なんて、臭いことを考えながら私達の修行の三か月は瞬く間に過ぎて行った。


 カピバラ様との特訓のおかげで当初の目標を達成できたし、リーナも詳細は教えてくれなかったがラミィ様といたずらっぽく微笑みあっている姿をみれば、概ねやりたかったことはできたらしい。


 で、レオルドは。


「俺の筋肉は第二段階に入った」


 と、わけのわからないことを言っていたが、本人はだいぶ満足げなので大丈夫だろう。

 ラミィ様も、『魔導の新境地を見たわ』となんとも意味深だった。


 王都に戻る前日は、ラミィ様がパーティーを開いてくれて当分ありつけないであろう豪華な食事をお腹いっぱいいただいた。

 おみやげにお菓子やお酒を荷馬車に積めるだけ積んでもらえて、帰りはその荷馬車ごとラミィ様が王都まで飛ばしてくれるらしい。人を一人、転移させるだけでもかなりの魔力を使うのだがラミィ様は5トン以下の重量のものならば片手で飛ばせると豪語してくれた。さすが、大陸随一の魔女様である。


 陽が上ってゆっくりと領主城で最後の時間を過ごした後、私とリーナ、レオルドは荷馬車に乗った。


「この三か月、賑やかで楽しかったから寂しくなるわね」


 と、ラミィ様が名残惜しげに私とリーナの頭を撫でた。


「ラミィ様、急なお願いでしたのに承諾していただいてありがとうございました。おかげでギルドとしても人としても成長できたと思います」

「ふふ、年下の子の成長を促し、見届けるのは年長者の役目だもの、役得だったわ」


 穏やかで艶然とした表情を浮かべた彼女は、最後に私達をぎゅっと抱きしめる。


「可愛い子達、またいらっしゃい。困ったことになったら遠慮なく頼って良いから。いつだってなんだって歓迎よ」

「らみぃーさま、ありがとうございますっ」

『のー!』


 隣で抱きしめられているリーナが、ぐすりと鼻をすすりながらラミィ様に頬を寄せていた。親子ほどの年の差があるからか、リーナがラミィ様に懐くのはわりと早くて、領主城を訪ねた領民の人達が――「隠し子!?」と驚いては、ラミィ様が面白がって「うちの子、可愛いでしょう?」なんて言うものだから、私が対抗して「リーナはうちの子です!」と宣言した為、さらに場が混乱した。というプチ事件があったり。


 ラミィ様とのお別れを惜しむ私達をレオルドが少し離れたところで微笑ましく見ていた。

 半魔のバーテンダー、アイーダさんも見送りに来てくれて、三か月間で仲良くなった領主城の使用人達も大勢かけつけてくれたので、広場の真ん中にある転移陣の周囲は賑やかだ。


 しばらくの間、ラミィ様は私とリーナの感触を確かめるようにむぎゅむぎゅしていたが、アイーダさんに「時間ですよ」と窘められてしまったので、渋々と彼女は私達から離れていった。


「ああ、うちの領地が魔王なんかに突かれてなければ王都まで一緒に行ったのにー」


 聞きかじった話だが、勇者パーティーが魔人に半壊にされてしまい役立たずとなったので魔王側の者達の進攻が少々強くなってきているらしい。今はクウェイス領の優秀な地方軍が盾となりこの地を守っている。地方軍は騎士団とは別で、領地を持つ貴族が独自に抱えるその領地専属の部隊である。ラミィ様のクウェイス領地方軍はほとんどがクウェイス領の領民達で魔力の高い精鋭魔法兵団だ。

 はっきり言ってその戦力は、聖女のいない勇者パーティーなどより高いらしい。

 聖剣があっても、駒が揃わなければ大きな威力は発揮しない。パーツは綺麗に揃えてこそ意味がある。私が、現勇者であるクレフトの元へ戻ることは二度とないけど。


「それじゃあ、シア、リーナ、レオルド殿――もう一人のギルドメンバー、ルークも……健闘を祈るわ」


 ラミィ様は両手を高らかに上げると、真っ赤な魔法陣が地面に浮かび上がり彼女の鈴なりの詠唱が歌のように響き渡って、転送魔法が完成する。見事なまでの魔法構築。ここまで綺麗に作ることは難しいし、どんなにがんばっても常人では手に入らない膨大な魔力もある。ラミィ様の力を羨ましく思いながら、私は彼女に深く頭を下げた。


 そして、眩い光に包まれて。


『いってらっしゃい!』


 ラミィ様の声を筆頭に多くの声が私達を送った。

 温かな光の波を越えて、次に目を開けた時には私達は王都の外れに荷馬車ごと移動していた。見覚えのある場所だし、転送は無事に成功したようだ。ここからはレオルドが御者となって馬を使い、荷馬車を動かしてギルドまで戻ることになる。荷物を運び入れたら、馬と荷馬車を売れば終わりだ。


 気が抜けるほど行きとは違って楽に帰ることができた私達は、三か月ぶりのギルドへ戻ってほっと息をついた。ラミィ様の領主城での生活も至れり尽くせりで良かったけれど、やっぱり我が家が一番落ち着くんだな。

 リーナとレオルドは荷物を降ろすと、駆け足でラムとリリを引き取りに行った。

 その間に私は荷物を片づけてしまおうと、せかせかと動いていたのだが。


「シアちゃん、いるー?」


 聞き覚えのある声に振り返れば、入口の扉からひょいと顔を出しているジュリアスと目が合った。


「ああ、良かった帰ってたのね」

「ジュリアスさん? どうしたんですか?」


 彼の恰好を見るときちんとした騎士隊服を纏っているので非番というわけではなさそうだ。


「実は、老師からの連絡係にされてたんだけど急いで伝えないといけない手紙が来ちゃっててね。ちょっとお城抜け出してきたの。クウェイス卿から飛ばしたって連絡は来てたから」


 そう言うと、ジュリアスは部屋の中に入って懐から手紙を取り出し、私に手渡した。シンプルな白い封筒に赤い封蝋がされている。差出人は、ルークだ。

 ジュリアスに促されて中身を検めてみると。


『すまない、かなり急いだんだがギルド大会に間に合うか分からない。でもなんとかして大会の午後には戻るようにするから踏ん張っててくれ』


 ふぅむ……旅立つ前に懸念はあったけど、どうやら到着がギリギリアウトになる可能性があるようだ。うちはメンバーが乏しいから、ルークが欠けるのは痛いけど大会を降りるわけにはいかない。


「間に合うかしらね?」

「こればかりは時の運ですね。でも、私やリーナ、レオルドも遊んでたわけじゃないですから」


 手紙をポケットに仕舞って、心配そうな顔をするジュリアスに微笑んだ。すると彼はちょっと驚いたように目を見開いた。


「あら、すごく気力に満ち溢れているのね。クウェイス卿の元で良い経験を積めたのかしら」

「ええ、それはもう」


 ジュリアスがどこか羨ましそうに笑って、踵を返した。


「心配なんて無用みたいね。じゃあ、あたしはこれで。荷運び手伝えなくてごめんなさいね」

「お気になさらないで下さい。手紙、ありがとうございました」


 笑顔で手を振った後、早足で出て行ったのでやっぱり忙しい中で抜け出してきてくれたようだ。ゲンさんも、もう少し暇そうな騎士などに手紙を任せればいいのに……。信用度か何かの基準でジュリアスになったんだろうか。


「なーー!!」

「なうーー!!」


 ジュリアスを見送って、さあ荷運びの続きだ。と腕まくりして気合を入れていたら、扉から次はラムとリリが突撃してきた。


「げふーーん!!」


 もっふもふと柔らかな肉球が顔面に激突。

 ありがとうございます!


「らむ! りり! だめですよ、おねーさんにやつあたりは」

「ほらほら、おいしい猫缶だぞー」

「なーー!!」

「なうーー!!」


 続けてリーナとレオルドが入ってきて、仔猫二匹をなだめにかかっている。どうやらラムとリリのご機嫌は底辺のようだ。大好きなはずの二人を見ても、ふんっ! とそっぽを向いて私の両肩に乗ったままぷりぷり怒っているご様子。

 時折、二人に反応しては肉球がぷにぷに頬にあたる。


「ああ、もうラムとリリ。リーナとレオルドが困ってるわよ。いい加減に機嫌を直さないとおやつをあげないわよー」

「……今にもおやつをあげそうなデレデレの顔で言っても説得力ねーな」

「おねーさん、もうちょっときびしくです!」


 二人に呆れられてしまった。

 二匹は私の肩から降りると部屋の隅に行って丸くなり、こちらをちらちら伺いながらも寄ってこない。あんなに甘えん坊だったのに。


「やっぱり三か月あけたのがまずかったかな?」

「だろうな。顔を忘れられてたらどうしようかと思ったが、そんなことはなかったんだが……」

「りーなと、レオおじさんがかおをみせたら、とんできたのですが……」


 少しだけ成長した仔猫達は、一目見て大好きな飼い主が迎えに来てくれたことに気が付いたようだったのだが、少しすると彼らの不満が思い出したかのように爆発したらしい。

 うーん、これはどうしたものか。


 部屋の真ん中で仔猫達との仲直り方法を相談していると。


『おめぇーら、なにくだらねぇことで頭悩ましてんだ』


 呆れた口調の少年の声が聞こえて振り返ると、そこにはちょこんと座るカピバラ様の姿があった。ちょっと不機嫌そうだけど、今までのような刺々しい空気はない。だけど呼んでもいないし、特に用事もなさそうな時にでてくるの、珍しい。


「カピバラ様、仔猫と仲直りするいい方法知ってます?」

『知るか。んなのはなー』


 トコトコ、とカピバラ様はラムとリリのところまで歩いていくと。


『なー、なー、なー』


 カピバラ様が猫みたいな声を出し始めた。

 するとラムとリリが反応して、まるで会話をしているかのような声音が次々と繰り出される。なにが起こっているのかよく分からないが、ここはカピバラ様に任せようとしばらく様子を窺った。


「なー!」

「なうー!」


 カピバラ様が最後にタン! と小さな足を床で叩くとラムとリリはぴょんと跳ねてレオルドとリーナの元へ飛び込んだ。そしてゴロゴロと甘えだしたのである。


「えー? なに、どうして?」


 あんなに怒っていたのに、どうしたことか。

 カピバラ様がトコトコとこちらに戻ってきた。


『オレ様にかかればこんなもんよ』


 ふんすと、鼻を鳴らして胸を張るカピバラ様。どうやら本当に場を納めてくれたようだ。なにを言ったのかは分からないけど、仔猫達の機嫌を直してくれたのでお礼を言う。


『まあ、オレ様もギスギスした空気は面倒だからなぁ。んなことより、シア、飯まだか?』

「え? カピバラ様、ご飯食べるの?」

『いいだろー、たまには。人間の飯も食いたくなる時があんだよ』


 そう言うとカピバラ様は適当にソファに身を沈めてゴロゴロ寛ぎ始めた。こっちの世界に現れるのも珍しいけど、長居するつもりなんだろうか? 私の料理を食べたいというのも本当に珍しい……というより初だ。


 私はにやにやしながら、台所に立つ。

 ラミィ様から沢山の食材も貰ったからしばらくは贅沢にご飯が作れる。


「レオルドー、悪いけど荷馬車から全部荷物持って来て」

「おーう」

「りーな、おねーさんのおてつだいしますー」


 三か月ぶりの我が家に明かりが灯る。

 一人、欠けてはいるけれど一匹が増えた。


 カピバラ様は、どんな料理が好きだろう? どんな味付けが好みだろう?

 きっと、ぶつくさ文句を言いながら食べるんだろうな。


 ルークが戻ってきたら、もっと賑やかになるんだろう団欒を楽しみにしながら、リーナと共に腕を振るった。

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