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◇8 さあ、旅を始めよう。

『かぴちゃん、かぴちゃん』


 ……誰だ?


 遠い遠い所から、誰かの声が呼ぶ。

 青い青い空の果て。どこからともなく声がする。


 温かな日差し、まどろむような平和な青い空。白い雲がふわふわと流れていく……。

 嗚呼、ここはそうだ……精霊界だ。いつも穏やかで優しい、人の世とは隔絶された太平の世。なにものにも脅かされることのない安寧の地。


 それがどこかつまらなくて、刺激を求めて外へ飛び出したのはいつの時だったか。今にして思えば、なんと阿呆だったのか。これほどまでの穏やかな世界というものが、一番の幸せな場所だというのに。若気の至りとはいつも馬鹿なものだ。


『かぴちゃん』


 けれど、その馬鹿をしなければこの声の主にも出会えなかったんだろう。

 黒い髪の少女が微笑む。

 こちらに手を振って、自分を呼んでいる。

 決して美しくはない、地味な……でも笑顔が可愛い少女だった。


 ――気が付いている。

 これは、夢だ。

 だって、あの少女はもう――――。




 *************



 召喚早々、逃亡したカピバラ様を探し回って領主城の庭に降りてみれば、白い花が咲く一角で葉に埋もれるようにしてカピバラ様は熟睡していた。


「うーん、起こすのも可哀想かな? 安眠を妨げるとすごい怒るんだよね」


 まあ、私がなにしても怒るんだけど。眠りを妨害するのが一番嫌いらしいというのはここ数日で分かったので、自ら起きるまで横にいることにした。

 それにしても寝顔が可愛い。小動物の寝姿とはどれをとっても愛くるしいものだ。

 撫でまわしたり突っついたりしたら、絶対に怒るので我慢する。


 ふと空を見上げれば、薄い雲が流れる曇り空だ。クウェイス領はだいたいが曇りで晴れの日が少ないという特徴がある。ここにいると少々太陽が恋しくなるのだ。


『――――』

「え?」


 微かにカピバラ様が何か言ったような気がして、耳をそばだててみた。ただの意味のない寝言かもしれないが、重要なことだと困るので一応。


『――み。め――み……めぐみ』


 めぐみ?

 森の恵み? 水の恵み? 大地の恵み?

 どういった意味の恵みだろうか。聖獣様だし世界の万物的なものだろうか。解釈が広すぎてよく分からなかった。でもどこか、その表情は寂しそうで……。

 思わずその頭を撫でてしまうと、カピバラ様は身じろぎしてぱちりと目を覚ました。一度、私と目が合うとじっとその目を見詰めてきたので見詰め返した。しばらく見詰め合っていると。


『……――がぶ!!』

「いっだ!!?」


 頭を撫でていた手をカピバラ様に噛みつかれてしまった。本気ではなく甘噛みなので怪我はしないが、けっこう痛い。


「か、カピバラ様……」

『ふんっ!』


 とっても不機嫌そうに鼻を鳴らすと、風の速さで走り去ってしまった。これはまた見つけ出すのに苦労しそうだ。歯型がついた手をさすりながら、溜息交じりに立ち上がって歩き出す。

 クウェイス領に修行に来て一カ月。

 私の成果は全く上がっていない。といっても上がっていないのはカピバラ様関連だけで、他の魔力強化訓練などは滞りなく進んでいた。大陸最高峰の魔女に教えを乞うているのだから必死にもなるが、彼女は教え方が上手いのだ。

 ただ……。


「レオルド殿は、私には教えられないわね。どうやって筋肉を媒体に魔法を使っているのか原理が意味不明だし、物理攻撃が魔法攻撃に変換されるのも不思議」


 と、レオルドの筋肉魔法が魔女に全否定されたので彼はしょんぼりと一人で独学訓練をしている。まあ、それだけではあんまりなので、ラミィ様は色んな角度からのアプローチも試みているらしい。魔法としては意味不明だが筋肉魔法そのものには興味があるようだ。

 リーナも、のんとの訓練を着実に進めている。この間、廊下で会った時なんて、のんの姿が若干変わっていた。普段は青色のそのボディが黄色だったりピンクだったりしているのだ。それも石のように固いボディになっていたり、トゲが生えていたり……。リーナが笑顔でその理由を秘密にするので、秘密の成果の発表はギルド大会までお預けになりそうだ。

 レオルドもレオルドで、打開策が見つかったのかより一層激しい訓練が行われているような轟音が響いてくる。


 仲間達の成長を肌で感じつつ、私は明らかに焦っていた。

 カピバラ様との連携は必要不可欠であることは分かりきっている。だけど当のカピバラ様本人が足並みをまったく揃えてくれない。何日も、時間をかけて説得はしているものの聞いているのかいないのか、カピバラ様はさっさと消えてしまう。

 カピバラ様は元々、聖獣の森を浄化するのと引き換えに契約してくれただけで認められているわけではない。私の実力不足だからなのか、カピバラ様は歩み寄りの『あ』の字も見せてくれなかった。



「どうしたもんでしょうか……」


 私はラウンジでお酒を飲んでいたラミィ様の隣に腰掛けて、アイーダさんにミルクをお願いした。お酒臭いとカピバラ様に怒られるのだ。


「そうねぇ……。あちらが歩み寄る気配をみせてくれないなら、少し強引な手を使わざるを得なさそうね」

「強引な手、ですか?」

「そう。見ていたけど、聖獣様が頑なにあなたを拒むのは理由があると思うのよね。お互いがお互いに腹を割って話すのにちょうどいい魔道具があるの」


 明日の朝、私の部屋にいらっしゃい。と言われ、私は素直に従うことにした。カピバラ様を無理矢理に呼び出すのも気が引けているが、これ以上の打開策も思い浮かばず頷くしかない。

 カピバラ様のあの態度は、私も気になっていた。

 相性が悪いにしたって、少しくらい話を聞くそぶりをみせてもいいのに本当にカピバラ様は私と関わりをあまりもとうとしないのだ。リーナ達とはまた別に普通に接しているようにみえるのに、なぜか私だけは断固拒否の姿勢を貫く。

 理由が、とても気になった。ダメなところが分かればきっと打開策も浮かぶはず。

 ラミィ様の魔道具に期待を込め、私は眠りについた。



 ***************


『人はなぜ死ぬ?』


 誰かが私に問いかけた。

 低い、獣の唸り声のような音と共に人の言葉が紡がれる。

 ≪黒髪の少女≫は答えた。


『定めだからだよ。そこまでしか人は生を許されていないの。――いいえ、許されていないというよりきっと永遠を生きられるほど人は強くはないんだよ』


 ならば、と獣の唸りが響いた。


『俺がお前を強くする。強くなれば、永遠を生きられる』


 どこか、悲しい声だった。

 ≪黒髪の少女≫は、寂しそうに微笑んだ。


 ――それが、最初の契約だった。


 ****************


「……?」


 目が覚めると、白く高い天井に豪華なシャンデリアが見える。

 一月近くを世話になっている領主城の部屋だ。カーテンの引かれた窓からは朝日が差しこんでおり、そろそろ起き上がらなくてはならない時間を告げている。

 どこかぼうっとした頭を少し振った。

 夢を見ていたような気がするが、どんな夢だったかぜんぜん覚えていない。


 だけど。


 そっと目元に指で触れれば、しっとりと濡れる。

 どうやら私は、眠りながら泣いていたらしい。


 泣く夢なんて、いったいどんな悲しい夢だったんだろうか。


 少し疑問に思いながらも、ラミィ様に呼ばれているのでテキパキと身支度を済ませると、軽く朝食をいただいてラミィ様の部屋へ向かった。

 彼女の部屋は領主城の一番上の階にある。

 階段下には二人の見張りの兵士がいて、彼らにラミィ様の準備が出来ているかどうか聞いた。


「さきほど、準備が整ったとメイドから聞いております。どうぞお通り下さい」


 兵士といえばどこか固くて冷たい印象を受けがちだが、ラミィ様の部下にはあまりそういう人はいなくて、真面目なんだけど人当たりは良くて客人にはとても親切にしてくれている。

 私は笑顔でお礼を言うと、階段を上った。その先にはメイドさんが何人か仕事をしていて、適度に挨拶を済ませると、彼女らの手でラミィ様の部屋の扉が開かれた。


「おはよう、シア」

「おはようございます、ラミィ様」


 ラミィ様は、まだ朝だからかラフな格好でゆったりとした黒いローブを纏い、髪はゆるりと一つにまとめて前に流していた。休日の朝のだらしない女性の恰好だがそれでも漂う色気は凄まじい。


「朝から呼びつけてごめんなさいね。でもまだ、こう夢から覚めたばかりのぼんやりとした時間の方が効力があるから」


 そう言って、ラミィ様が取り出したのはオルゴールのような四角い箱だった。金色の細かい装飾に、藍色の宝石がついている。これが昨日言っていた魔道具だろうか。


「≪揺り籠の門≫という魔道具よ」

「どういったものなんですか?」

「ふふ、それは試してみれば分かるわ。聖獣様を呼んでくれる?」


 説明が面倒なのか、難しいものなのかは分からないけどラミィ様が説明する気がなさそうなので、カピバラ様を強制召喚させていただいた。

 ぽーんと宙からカピバラ様が現れる。いつも通り、べちゃっと地面に落ちると憤慨した様子で私を睨みつけた。


『まーたーかーよ! こりねぇなお前も』

「ええ、こりませんとも。カピバラ様が仲良くしてくれるまで」


 バチバチっと両者の間に視線の火花が散る。その姿を見て、ラミィ様が困ったように苦笑した。


「あーはいはい、朝から喧嘩しないで。今からあなた達は旅に出るのだから」

「え?」

『はあ?』


 ラミィ様の言葉に私もカピバラ様も首を傾げた。ラミィ様は、私達から数歩離れると何も言わずに≪揺り籠の門≫と呼んでいた魔道具の箱を開けた。

 箱からは涼やかな音色が鳴り響きはじめ、とても美しい旋律に思わず耳を傾けていると……。


「あ……れ?」

『聖女?』


 視界がぐらりと歪んだ。

 どうしようもない眠気が襲い、立っていられなくなって座り込むと、そのまま崩れるように倒れた。


『うおっと!?』


 思わず慌てたカピバラ様が私の頭をふかふかのボディで支えてくれたので頭強打は免れた。

 そうだ……カピバラ様は、私にすごく冷たいのに……時々、すごく優しいんだ。

 なんでだろう。どうしてカピバラ様は、私が嫌いなんだろうか。本当は優しい性格だと思うんだけど。私達の窮地に駆け付けてくれたりして。


 どんどんと、意識が奪われていく。

 落ちていく意識の中、私は知らないはずの世界を渡る。




 ――さあ、旅を始めよう。

 あなたと私の互いを知る為の旅を。

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