◇7 まだまだいけます!!
ラミィ様お抱えの自慢の料理人が腕を振るった絶品料理をいただいた後、リーナをメイドさんに任せて、私とレオルド、ラミィ様の大人組は一同領主城ラウンジにいた。ラウンジにはカウンターとお酒を提供してくれるバーテンダーがいて、私達はカウンターに陣取りお酒を注文した。
バーテンダーは美しい女性で、褐色の肌をしている。失礼かと思ったがラミィ様に耳打ちしてみれば、『彼女は半魔だから』ということらしい。話程度にしか聞いたことがなかったが、魔王領と隣接するここでは、人間と魔人の間で禁断の恋が芽生えることがごく稀にあるらしい。子供が生まれるのは更に稀なのだが、生まれてくる子供は両親の肌が白くても褐色になることがある。
褐色の肌=半魔という図式が成り立つので、嫌厭する人間も多い。
とばっちりで、環境の為に褐色の肌を持つ南の国の人々も『半魔』と嫌われる傾向にもある。
私としては、褐色の肌も結構素敵だと思うのだが。半魔といえど、魔族側になる者もいれば人間側になる者もいる。決断をするのは本人で、決めたからにはそちら側を一生貫く。
ちらりとバーテンダーの彼女を見れば、艶やかな赤い紅をひいた唇と赤い瞳でにこりと微笑んでくれた。その首元にはちらりと爬虫類の鱗のようなものも見える。
生まれと、その人物の人格は関係ない。
孤児だった私には、そのあたりのことはちょっとは分かるつもりだ。扱いは大きく違うかもしれないが。
「アイーダはお酒造りが上手なの。重宝しているわ」
バーテンダーさんは、アイーダと言う名前らしい。互いに微笑みあって。
「いつものやつに、少しラマーの甘みを足してみましたよ。今日のご夕食のメニューの後に飲むには良いかと」
ラマーは、この地方で比較的よく食べられている果物だ。とても甘くて、甘味料にも使われている。ラマーの色素は赤いので、ラミィ様に差し出されたカクテルは綺麗な赤で彼女の瞳の色と同じだ。
「ふふ、ありがとう」
領主と地位の低い半魔という大きな立場の違いはあれど、二人はとても仲が良さそうに見えた。ラミィ様は、貴族の方だがあまり身分にこだわりをみせない人だ。実力重視で、彼女に仕える人々は身分の差はあれどとても有能な人物が多い。
辺境の地ゆえの自由もあるのだろうけど、彼女の人格における部分は大きいだろう。
「シアさん、どうぞ」
「うわあ……これも綺麗ですね」
私に提供されたカクテルは、ラミィ様の赤と対照的な爽やかな青である。綺麗なグラデーションになっていて、下に行くほど濃い青だ。上部には黄色い星型のゼリーが浮いている。
「シアさんは、あまりお酒を嗜まれないとのことで弱めですのでご安心を」
「ありがとうございます」
「レオルドさんは、グレゴリアでよろしいのですよね?」
「ああ、ありがとう」
最後にアイーダさんが出したのは、レオルドが注文したお酒だ。透き通った透明色で、炭酸のシュワシュワで泡立っている。
「グレゴリア……?」
お酒に詳しくない私では知らないお酒の名前だったので首を傾げると、物知りレオルドの前にアイーダさんが説明してくれた。
「クウェイス領の地酒ですね。ラムリとフーラフの実をアルコール発酵させて作るお酒で、ワインに近いのですが色素が薄いので透明なんです」
「ちなみにグレゴリアはものすごーく、強いお酒よ。私も飲むけど150mlもあれば十分ね。それ以上は、次の日に響くわ」
「へぇー、レオルドはお酒強いの?」
私の右隣に座るレオルドを見やれば、彼は輝く笑顔で親指を立てた。
「弱いな! アルコール度数3%でも寝ちゃう」
おい、こら待て。
「ならばなぜ強いお酒を……」
「地酒はそこでしか飲めない貴重なものだからな。一度飲んでどんな味か知りたいじゃないか」
ここでレオルドの高い知識欲が出てしまうのか。頭を抱えたいが、知りたいと言いだした彼を止めることは元奥様と娘にしかできない。
「ちびっとよ、ちびっとずつ飲むのよ?」
「心配するな、弱いって分かってるのに無理はしねぇ」
弱いなら飲むなと言いたい。
わくわくとした、カブトムシでも見つけた少年みたいな顔でレオルドはそっとグレゴリアに口をつけ。少し口に含んでは、ゆっくりと飲んだ。
「ふん? うん、美味いと思うぞ。さすがに度数が高いから熱いが、すっきりとした味わい――」
そこまで口にして、レオルドの巨体が傾いた。そのまま何にも支えられることなく、後ろへ椅子から転げ落ちてしまう。
「レオルド!?」
「あらま、しょうのないこと」
慌ててレオルドを助け起こそうとしたが、さすがに私の腕では無理だ。せめて生きているかどうか確認すると、呼吸はしているが白目を剥いて気絶している。
「グレゴリアは、衝撃が少し後に来ますからね……」
遅効性の毒か何かですか!?
「水ぶっかければ起きますかね?」
酒場の酔っ払いは、だいたい水をぶっかけて道端に投げ捨てたものだ。なのでカウンターにあった氷バケツを持ったが、ラミィ様に止められた。
「氷水はダメよ、シア。トドメをさしてしまうわ。医者を呼んで安静にしているのが一番よ」
「あ、そうですよね」
荒々しい下町の常識は、だいたい非常識なものだ。素直にラミィ様に従い、氷バケツを元に戻した。
腕力のありそうな屈強な男達に、レオルドは担架で部屋に運ばれ医者に見せることになった。やってきたおじいさん先生は、ぺちぺちとレオルドの額を軽く叩いて。
「アルコールには弱いみたいだが、丈夫な男だ。ほっときゃ治る」
と、二日酔いの薬だけ置いてさっさと帰っていった。どうやら大事ないらしい。
ほっとして、まだ飲んでいなかったカクテルを飲みにラウンジにラミィ様と共に戻った。せっかくアイーダさんが作ってくれたんだし、残すのはもったいない。
改めてラミィ様と乾杯し、カクテルをいただいた。
「ぷはぁ、これすごく飲みやすくて美味しいですね!」
「ありがとうございます」
あまりにも美味しいので、ついつい飲み過ぎてしまう。普段は飲まないから、お酒の味もよく知らないが、アイーダさんの作ってくれたカクテルが一番美味しいと思う。
「シア、飲み慣れていないと分からないだろうけどペースは考えた方がいいわよ。一気に飲むと酔いも早いから」
「そうなんです?」
ラミィ様のペースが早いので、つられて私もゴクゴクいってしまっていた。きょとんとする私に察したのか、アイーダさんが苦笑した。
「領主様は、ザルな方ですので。一緒に飲まれるとペースを崩して寝込む方が続出するんですよね」
「やーねぇ、人聞きの悪い」
ラミィ様が、意地悪そうな顔で笑うので本当の話のようだ。
ついうっかりで、私もレオルドみたいになるところだ。気をつけよう。
しばらく雑談しながら、一つ、また一つとグラスを空けていく。
一杯目とは違う味のカクテルを作ってくれるので、それがどんな味か楽しみで仕方なく、止め時が見つからなかったのもあるが、深夜を回る頃にはグラスが五つくらい空いていた。
これにはさすがにラミィ様も驚いたらしい。
「シア、えっと……大丈夫なのかしら?」
「へ? ええ、特になんとも」
本当に何ともない。ちょっと体は温まった気がするが、具合が悪いとか目が回るとか、呂律が回らないとかそんなことはない。
ラミィ様は、そんな私を見て「ふむ」と少し考えるそぶりを見せた後に、アイーダさんに注文した。
「もうちょっと強いお酒も試しましょうか。アイーダ、グレード上げて」
「ええ!?」
「ふっふっふ、カクテルなんてジュースみたいなものよ。それが大丈夫ならもう少し強めのお酒も味わってみたらいかが?」
ラミィ様が悪魔の笑顔を浮かべてらっしゃる。彼女も少し知りたがりなところがある。それも人の限界値についてを。兵士を育てるには、良い好奇心だがお酒についてはいかがしたものか。
アイーダさんは苦笑しながらも主に逆らう気はないのか、度数が上がったお酒を作ってくれた。
今度は深緑の緑色だ。
ラミィ様に勧められるがまま、飲んでみる。まあ、少しでも不調を感じたらやめればいい。そう思って、自分もどこまで飲めるのか知っておいてもいいと考えた。パーティーなんかでも、この年までいけばお酒も提供されるようになるしね。
「ぷはぁ……うん、これもとても美味しいです」
「体の方は?」
「えーと……そうですね、なんともないです」
「アイーダ、グレードアップ」
「了解です」
次々と度数が上がっていくお酒が作られては、飲ませられるを繰り返し。
時刻は夜中の一時頃。
グラスは十個空いた。
「これでどうだ!?」
「まだまだいけます!!」
「……お二方、ほどほどに」
最終的になんだか私も楽しい気分になってきた。お酒のせいかもしれないが、テンションが上がる。ラミィ様も一緒に飲んでいるので、立派な酔っ払いが二人出来上がっている状態だ。
でもそれでも私の体的にそれほど不調は感じられない。
「アイーダ、グレードアップ!!」
「……すみません、品切れです」
『ええ!?』
残念そうな声を出す私達に、アイーダさんはこめかみを抑えた。
「えー……その、あれならありますけど」
「あれ?」
「あれでもそれでもいいから、出しなさい」
渋々と、ラミィ様の勢いに押されてアイーダさんが出したのは。
「こ、これは!」
透明色で炭酸が踊る……レオルドを昏倒させた地酒、グレゴリアだった。
「いや、これはさすがにダメなんじゃ……」
「いいえ――いいえ、いけるわシア!」
ドン! とコップに豪快にグレゴリアを注ぎ込むラミィ様。
「ここまで来たら、皿まで食しましょう。大丈夫、倒れたらもう一度医者も呼ぶし、即時ヒールとリカバリーもかけるから!」
リカバリーは状態異常回復魔法だ。酒酔いにも効くんだろうか。
「領主様、割ってください直は死にます」
「ああ、そうだったわね。――さあ、これでいいわ!」
倒れたレオルドを思い返すとさすがに怖かったが、深夜のテンションとここまで来たからには飲まなきゃ女が廃るというなぞの使命感によって、私はグレゴリアを飲んだ。
一口飲む。
――うん、度数が高いだけあって舌に苦味と痛みが走る。喉も焼けるように熱い。
けれど。
「……?」
ぐび、ぐび。
二、三回に分け小刻みに飲んだ。
「し、シア? 大丈夫?」
「はい、結構いけますねこれ。カクテルみたいに甘くないですけど、レオルドが言っていた通りすっきりとした味わいで嫌いじゃないです」
「そ、そう……」
結局、コップ半分ほどに注がれたグレゴリアを飲み干してしまった。
「ご馳走様でした」
「いえ……楽しんでいただけたのなら、なによりです」
アイーダさんが、驚いた顔で何ともない私の顔をまじまじと見つめた。ラミィ様もしきりに熱を測ってみたりしたが、異常はなさそうだと判断したようだ。
「シア、あなた実は酒豪を通り越してワクだったのね。恐ろしい子……」
「そうですか?」
「普通なら一口で酔いが回って倒れます。レオルドさんは大げさでしたが、シアさんみたいな人はクウェイス領でも珍しいですよ」
両者に褒められて? 私は、浮かれて笑ってしまった。お酒が強ければ、酒の席で失態を犯しにくいだろう。女としての可愛げはないけど。
「もう遅い時間ですね。明日に響きそうですし、お開きにします?」
「そうね。私もはしゃぎ過ぎたわ……ああ、シア。体に不調はないと言っても酔ってはいると思うから歩く時は気をつけなさい」
「はい」
言われてゆっくりと席を立てば確かにちょっと視界が歪んだ。だが、しっかりと足取りは真っ直ぐだ。
「……カクテル五杯、グレードアップに使ったお酒が五杯……そしてグレゴリア一杯。なのに真っ直ぐ歩行するなんて」
「お姉さん、すごい逸材見つけちゃったわ」
二人の驚愕の声を背に受けながら、「おやすみなさーい」と私は気分よく軽い足取りで与えられた部屋に戻ったのだった。
次の日、酷い二日酔いに苦しむレオルドを横目に、元気に目覚めた私の武勇伝はクウェイス領全土に広まり、長い間語り継がれることになろうとは、この時は知る由もなかったのだった。
そして。
『くそう、また強制呼び出しかよ。仲良くなんざしねぇって言ってるだ――くせぇ!? 聖女てめぇ、酒くせぇぞ!?』
その日、カピバラ様にしこたま怒られたのは別のお話。