◇6 餌付けします
クウェイス領は王都からかなり遠い。
馬車で普通に行こうとしたら一カ月はかかってしまう距離になる。往復二カ月かかることになり、はっきり言って時間の無駄だ。
なので、馬車で途中のラール領まで行って、そこから転送魔法で一気に飛ぶことにした。
私が自前の転送魔法で送ってもいいのだが、それだと膨大な魔力と時間がかかる。お金はかかるが、その土地に固定された転送魔法陣を使った方が良い。
そう相談して、十日かけてラール領に辿り着いた私達は、転送魔法陣によって一瞬でクウェイス領に降り立った。
「久しぶりね、シア! 待っていたわ」
飛んだ先で、真っ先に熱い抱擁で出迎えてくれたのはクウェイス領の領主、クウェイス卿だ。手紙で事前に知らせていたとはいえ、どうしてこんなにぴったりに出迎えられたんだろう。
羨ましくも悩ましい、豊満な美ボディを惜しげもなくさらした漆黒のマーメイドドレス姿の妖艶美女を少し押し返して、私は笑顔を浮かべた。
「お久しぶりです、クウェイス卿。またお会いできて光栄です」
「ふふ、そうかしこまることはないわ。前みたいに名前で呼んでちょうだい」
クウェイス卿、ラミィ・ラフラ・クウェイス様は、緋色の瞳を爛々と輝かせた期待の眼差しを向けてきたので、やむなく。
「はい、ラミィ様」
そう呼べば、彼女は嬉しそうに微笑んでくれた。
彼女の髪は、黒に近いが緑色で肌は雪のように白く滑らかだ。クウェイス領民は肌が白い人が多いが、これはクウェイス領の日照時間が他と比べて少ないからと言われている。
あと、これも定かじゃないがここは美男美女も多い。
ラミィ様、然り。
理由は、魔力が濃いからとも言われるが魔力が高い人が総じて美形とは限らない。王宮に勤める魔導長だって普通のおっさんだもんな。私だって魔力は高い方だけど、決して美女じゃない。
永遠の謎だ。
けどクウェイス領には、美人の湯という温泉が湧いているので入ってみようと思っている。お肌つるつるになるらしいし、胸が大きくなる効能があるとかないとか。
断崖絶壁なことを気にしてるわけじゃないよ? でも少し膨らむかもしれないなら試してみてもいいじゃない? 世の断崖絶壁のお嬢さんの為に、私がサンプルになるんだよ。
「じゃあ、シアのギルドの皆さんも、どうぞ私の城へ」
胸の大きさに悩んだことなどなさそうな、ラミィ様のぼいんぼいんを眺めつつ、私達はしばらくの間、寝泊まりをするラミィ様の領主城へと共に向かったのだった。
「えぇ……」
「……」
ラミィ様の城に着いて早々、私は面倒な人と遭遇してしまった。
銀色の長い髪に、宝石みたいな青い瞳の美しい少女。
えーっと、確か勇者からエイラと呼ばれていた……私の代わりの聖女として勇者パーティに加わった子だった。王様からの話によると彼女らは勇者を裏切って金品を強奪し、行方をくらませたはずだったが。
「捕まえて、滞っている支払いをさせる為に城で働いてもらっているの。賃金から毎月、差し引かれる形でね」
よく見れば、他の女子メンバーもメイド姿で働いていた。
私とは目も合わせたくないのか、存在すら無視してきている。こちらも関わるのは面倒なので、無視ですが。
「シアとの確執は知ってるから、彼女らはしばらく別邸を任せることにするわ。心配しなくても滞在中は、遭遇の心配は少ないから安心して」
ラミィ様の気遣いにより、初日の遭遇からは彼女達の姿を見ることはなかった。
夜はラミィ様主催による歓迎パーティが開かれ、好きに豪華な料理を堪能して、次の日から本格的に修行を開始した。
「手紙で聞いてはいるけど、リーナちゃんとレオルド殿は魔力を鍛えるという訓練メニューでいいのね?」
ラミィ様が、私達を広間に呼んで一同、訓練メニューを作ることになった。
もしかしたら昔の縁でラミィ様に師事を仰げるかも、と期待した通り、彼女は快く承諾してくれた。国境戦線は、今はまだ大人しいんだそうだ。有事の際は彼女が駆けつけることになるが、そうならない限り手伝ってくれるそう。
「で、シアの方だけど」
私は、もちろん魔力を鍛えることに越したことはないのだが、一つ大きな課題を抱えている。
「カピバラ様ー、カピバラ様ー」
しーん。
呼べば来る、と言っていたわりに緊急事態でもない限りはあまり応えてくれない。時折、気まぐれに現れては気まぐれに消えているのだ。私とカピバラ様の関係は、リーナとのんのような、契約で結ばれている。いわばパートナーである。
攻撃系の力を持たない私の唯一の攻撃手段が、カピバラ様となるわけだけど。
「うーん。どうやらシアと聖獣殿との信頼度が低いようね。これだと連携に支障がでるわ」
戦いで必要となれば、カピバラ様は出てきてくれるだろう。だが、その時になって上手く連携がとれるとは限らない。パートナーともなれば、互いの信頼があってこそだ。
だからこそ、カピバラ様と親交を深めようと時々呼んだりしてるんだけど。
「呼びたいんですが、ぜんぜん返事しないんですよ」
あっちにその気がないとどうにもならない。
困った私にラミィ様は、小さな手のひらサイズの黒い小箱を取り出した。
「ラミィ様、これは?」
「あ、古代遺物だな?」
私が首を傾げると、ラミィ様より先に声を上げたのはレオルドだった。
「その通り。遺跡で発掘された魔道具なんだけれど、どうやら聖なるものを呼び出すのに使うものらしいの」
カチャリと音を立てて箱が開くと、中には銀色に輝く玉が入っていた。
「きれいです……」
リーナが覗き込んで、目をキラキラさせた。それほど美しい宝石のような玉だった。
「古代遺物である黒い箱と、銀の宝玉を使って術をかけるようね。私も実際に使った事はないんだけど、本物であるという鑑定はでているから、どうかしらシア。使ってみない?」
黒い箱を渡され、私はすぐに頷いた。
カピバラ様を呼び出せるなら、古代の力にも頼ろう。私のレベルアップの為には、どうしてもカピバラ様と信頼関係を築く必要がある。
箱を握りしめ、私は意識を集中させてカピバラ様を頭の中でイメージし、呼んだ。
「カピバラ様! こっちおいで!」
黒い箱が輝き、魔法陣が浮かび上がると。
『うわあーー!!』
そこから、ころりと茶色いもふもふが落ちてきた。
ちょうど私の真上だったので、慌てて受け止める。もっふもふの毛並みが柔らかく温かい。
『くっそー、なんだよ。ぬくぬく寝てたっつーのに』
ちょこんと顔を突き出して、カピバラ様はぷりぷり怒った。
何度かもふもふして、感触を確かめると。
「呼び出し、成功です!」
「ええ、古代遺物の力はさすがね」
ラミィ様と喜びあっていると、カピバラ様が腕の中でシャンとした。
『うおおお! これは、すげぇ巨乳美女! オレ様と散歩でもしねぇ!? ――ごふっ』
そんなに散歩したいなら私が連れて行ってあげよう。首輪つけて。
「カピバラ様も無事召喚できたので、私は私で修行を始めますね。リーナとレオルドをよろしくお願いします」
「ええ、任せて」
『美女ーー』
カピバラ様をぐりぐりしながら、小走りで広い庭に降りた。
ラミィ様が好きだという白い花がいっぱい咲いている美しい庭園だ。
庭に降りたところで、ジタバタと暴れるカピバラ様を放してあげた。
『あー、やっと解放か! お前に抱っこされてもぜんぜん嬉しくねぇーぜ』
「それはすみませんねー」
視線が絡むとバチバチっという音が聞こえてきそうだ。
いけない、喧嘩する為に呼んだんじゃない。仲良くする為に、こうしているのだ。
「えーっと……カピバラ様の好きな食べ物ってなに?」
『はぁ? それ聞いてどうする』
「餌付けします」
動物と仲良くなる手っ取り早い方法だが。
『お前が簡単に持ってこれるようなもんでもねぇーし、餌付けされてたまるか!』
「ちなみに? 人参?」
『ちげぇーよ! 聖獣の桃だよ。桃!』
聖獣の桃。聞いたことがない。名前から察するに聖獣が食する特別な桃なのだろうか。
「どこにあるの?」
『精霊界の島にあるな!』
精霊界は精霊などが住む特別な空間だ。人間が事故で訪れることはあるが、行こうとして行ける場所ではない。
「とってこれないじゃない」
『だから簡単じゃねぇーっつったろ! てか、餌付けされねぇーから!』
タシタシと怒りの地団駄。
カピバラ様と仲良くなろう、餌付け大作戦は失敗だ。
「カピバラ様、ご趣味は。ちなみに私は、料理だよ」
『見合いみたいに言うなと突っ込みたいし、聖女の趣味にも興味ねぇー』
もさもさとその辺の草を食べ始めた。花を食べたら叱られるだろうが、カピバラ様はちゃんと雑草を食んでいる。草を食むカピバラ様は私への興味が全然ない。
「カピバラ様ー」
もふもふもふ。
思い切り腹を撫でた。
『やめんかい!!』
「げふんっ!」
後ろ足で突っ込みキックをもらってしまった。
猫と同じで、いきなりお腹はダメだったか。最初は背中? お尻? 頭? 両手をわきわきさせながら迫ると、カピバラ様は臨戦態勢をとった。毛が逆立っている。
「なぜかしら、近づけば近づくほど遠ざかっていく」
『距離のはかり方、下手くそか! 怖いぞ!』
仲良くなりたいだけなのに、心の距離は開いていく。ラムとリリは餌付けに成功したので、慣れてくれたがカピバラ様は手ごわい。
じりじりとにらみ合いを続けていると、いつの間にか日が沈みかけ夕焼けが空に広がっていた。
「おねーさーん、ごはんですー!」
ちょこちょこと走ってきたリーナに呼ばれ、私とカピバラ様の視線は彼女に向かった。のんもぴょんこぴょんこと跳ねてくる。
「あ、かぴばらさまも、ごはんたべます?」
『おーう、リーナちゃん今行くぜ!』
嬉しそうにリーナの元へ駆けて行くカピバラ様に、私の口はへの字に曲がった。今日、半日でカピバラ様の距離が縮まった気がしない。
カピバラ様にも好みがあるんだろうけど、この格差は酷い。
どうしたものかと、頭を悩ませ夕食の席に向かったのだった。