◇5 それじゃ、また三カ月後に!
突然、ルークに土下座されて私はかなり慌てた。
この恰好では、なにか私が怖いことしたみたいじゃないか。
「と、とりあえず頭は上げようルーク!? 椅子に座って話そうじゃないの」
レオルドとリーナがお買い物に出かけている最中で良かった。下手に見られたら、変な状況になってしまう。私は、ささっとお茶を用意するとゆっくり話し合える場を作った。
ルークは少しお茶を飲んで落ち着くと、ようやく事の次第を話しはじめてくれた。
「実は、師匠から本格的に修行しないかと言われたんだ」
「本格的? って、今までのはなんだったの……?」
かなり毎日きつい鍛え方をしていたように見えたのだが。あれで本格的じゃなかったのか。
「あれはあくまで基礎訓練だそうだ。体力もついてきたし、体も出来てきたからそろそろやろうかと」
「それでその……修行の旅に?」
ルークは頷いた。
「諸外国を巡って、色んな猛者と手合せしたり、ダンジョン攻略したりするんだって言ってたな」
「へぇ……」
まさしく武者修行の旅というやつか。
「たまたまジュリアスさんもそこに居合わせたんだが、彼が言うには騎士団でも師匠がそこまで手をかけるのは珍しいんだそうだ。俺が……えっと、結構頼み込んだのもあるんだが、旅の段取りもしてくれてさ。師匠もついて来てくれるって。こんな機会もうないかもしれない、だから行きたいって思ってる」
私は、そうかとお茶を飲んだ。
突然、修行の旅に行きたいとかいうから何事かと思ったらゲンさんのお膳立てのことらしい。一人長期にメンバーが欠けるのは痛いが、長い目を見ればギルドとしても有益である。それに私としてもルークには強くなっていただきたい。
となれば返事は一つだ。
「うん、ルークがやりたいっていうなら私は止めないよ。ギルドのことなら大丈夫だから、行ってきなよ」
「本当か!?」
「嘘言わないから」
ルークが立ち上がって、よし! と気合を入れている。どうやらよほど行きたかったらしい。彼がここまで強くなることに貪欲とは知らなかったな。
でもそうか、修行の旅ね。
王都でも訓練の場は色々あるけど、土地を巡っての経験や体験はおおいにその人の力になるだろう。私達もこのままでいいのかな?
思う所があって、ちょっと考えていると窓がノックされた。
窓ノックということは人間じゃない。ノックされた窓を見ればやはり、人間じゃなくふくろう便のふくろうだった。
「ごくろうさまー」
手紙を受け取ると、ふくろうはあっという間に飛び立っていった。どうやら返事のいらない手紙らしい。宛名を確かめると、そこには知った名前が書いてあった。
ジオさん? なんだろう。
空駆ける天馬のギルドマスター、ジオさんからだ。ジオさんからということはギルドがらみのことだろう。大事なお知らせかもしれないので、中身をさっそく検めた。
――こ、これは!?
手紙を持つ手が震える。
興奮で私の全身がぷるぷるしていると。
「ただいまー」
「ただいまですー」
『のー』
レオルドとリーナ達が帰って来た。丁度良いいことに部屋にメンバーが全員揃う。
ドタバタと足音を響かせ、私は彼らに突進した。
「行くわよ!!」
『え?』
唖然とした様子の皆に鼻息荒く、私は宣言しリーナを抱っこしてくるりと回った。
「きゃーですー」
驚きながらも楽しそうな声を出すリーナが可愛い。
「シア、どうした? ふくろう便に何が書いてあったんだ?」
上機嫌だったルークですら怪訝な顔になって質問してきた。
私は、手紙の内容を思いだし、ふっふっふと不気味な声を漏らす。
「ギルド大会よ! ギルド大会が開催されるって」
手紙の内容を彼らにも見せた。
手紙にはこう書かれていた。不定期に王都で開催されるギルド大会。ギルド同士があらゆる種目で競い合い、頂点を目指す大会だ。優勝者には多額の賞金がでる。そして人気のある大会なので民衆の観客も多く、もれなく人気と知名度も爆上がりするのである。
賞金、人気、知名度。
私達のギルドに足りないものが三拍子で揃っている。
ギルド大会は、上はAランクから下はEランクまで多くのギルドが集い、争うので優勝を狙うのは難しいが、いいところまで行ければそれだけ箔がつく。
ボッコボコにされて恥を晒しさえしなければ、良いこと尽くめの大会なのである。
「だから行くのよ! 私達も修行へ!」
ギルド大会は、翌年の春の最初の月に行われるようだ。後、三か月ほど余裕がある。大会で表彰台に上がるには、私達ではまだ力不足だろう。Aランクギルドが大会にでることは、仕事の関係や報酬の関係上あまりないが、Bランクギルドでもかなりの強者である。確実にこの三か月で更なる個人のレベルアップが必要になるのだ。
「春……春か」
開催日程を見て、ルークが呻いた。
「あれ、もしかして修行の旅ってもっとかかる?」
「んー、どうだろう。上手くいけば三か月って言われてるが」
何かあれば、大会に間に合わないかもしれないのか。三人で大会出場は、大変かもしれない。
「いや、俺が間に合わせればいいだけの話だ。大丈夫、しっかり上手く鍛えてくるさ」
「そっか。うん、頼りにしてる」
私達が頷き合っていると、事情を知らない二人が「なになに?」と疑問を問いかけてきたので、説明した。二人とも驚いていたが、私と一緒でその後は笑顔でいってらっしゃいと言っていた。
そして私とレオルド、リーナは詳しく修行内容を相談する為、お茶とお菓子を用意して相談体制をとった。ルークは、ゲンさんの所へ許可が下りたことを報告しに行くと出かけて行った。
「で、修行つってもどこかあてはあるのか?」
甘いホットミルクを飲みつつ、膝に仔猫二匹を乗せた状態でレオルドが質問してきた。ちなみにリーナの膝にはのんがいる。私もなにか欲しい。カピバラ様は滅多にでてこないからな。
「クウェイス領に行こうかと思ってるの」
「クウェイス領? って、確か国の最終防衛線がある領土だよな?」
そう、クウェイス領は魔王領と隣接するラディス王国の最終防衛線が敷かれている今でも魔族と激戦を繰り広げる地である。
「そう、私達ってルークを除けば皆、魔法系じゃない? レオルドは微妙だけど、魔力を強化するのにクウェイス領はうってつけの場所なのよね」
クウェイス領は、魔力の元となる魔素が豊富な魔王領に隣接しているせいかとても魔素の量が濃いのである。それが原因でクウェイス領民は多くが魔力が高く、魔導士がたくさん誕生している。かくいうクウェイス領を治める辺境伯は、魔女と名高いラミィ・ラフラ・クウェイス様なのだ。
彼女ほど強大な魔力を持つ者はいないとされる、大陸最高峰の魔導士。彼女がクウェイス領を治めているおかげで、魔王が復活した今もラディス王国は表面上平和なのである。
「ふんふん、なるほど。確かに、魔素が濃い場所なら魔導士の修行にはもってこいだな」
「そう。後、これは打診してみないと分からないけど、個人的にクウェイス卿とは知り合いなのよね。もしかしたら師事を仰げるかも」
「え!? マスター、魔女と知り合いなのか!?」
「うん、聖女修行時代にクウェイス卿が王宮に来た事があってね。術の手ほどきなんかをしてくれたの」
見た目は迫力の妖艶美女なのだが、口を開けば明朗闊達なサバサバした楽しいお姉様だった。面倒見も良くて、可愛がってもらった記憶がある。「早く一緒にお酒が飲みたい」なんて言っても貰えた。私も18歳になったので、お酒が飲める歳だ。普段は嗜まないけど、ラミィ様となら楽しく飲めそうな気がする。
「ということでクウェイス領までかなり遠いけど、行ってみない?」
「俺はいいぜ。個人的に魔女の土地に興味があるからな」
「りーなは、おねーさんといっしょがいいです!」
『のー!』
「なうー?」
「なあー?」
概ね賛同していただけた。
だが。
「のんは、いいとして。ラムとリリはまたお留守番よろしく」
『なうにゃあ!?』
私の言葉を理解したのかは不明だが、二匹はがしっとレオルドの服に抱きついた。レオルドがはがそうとしてもとれない。
「ごめんね。仔猫に長旅させるわけにはいかないのよ。三か月、のんびりできる場所を探すからね」
がくーっと項垂れた仔猫達は、しばらくレオルドから離れることはなかった。
予定が決まった私達は、それから一週間で各々準備を整え、仔猫達も無事、今回はギルドの入っている建物の最上階に住んでいる家族に預けられることが決まった。ちなみにうちの建物の一階が雑貨屋、二階がギルド、三階が雑貨屋夫婦の居住区、四階、五階も四組の居住者がいる。
彼らに挨拶をしてから、別に旅立つルークとゲンさんを見送った。
「それじゃ、また三カ月後に!」
そう、ルークと約束を交わして私達もクウェイス領方面へ向かう馬車に荷物と共に飛び乗ったのだった。
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勇者、クレフトは憤っていた。
なぜ自分はこんな扱いを受けているのか。
クウェイス卿に全裸にされて王宮に飛ばされてからしばらく、とある貴族の邸宅に世話になっていた。
「勇者殿、今日は魔王と魔族に対する講義と道徳の講習が」
「やってられるか!!」
どうして今更そんなことを勉強せねばならないのか。てか、道徳ってなんだ道徳って!
と、勇者はあれから鬱屈とした日々を過ごしている。
彼女達がいた時は良かった。毎日、贅沢して楽しく過ごせた。魔物も魔人も倒しまくって、快進撃だと喜ばれた。
……だが、シアを解雇してから状況が一変した。
倒せていたはずの魔人が倒せなかった。それが元で、美しい彼女達は去ってしまった。
そして今は、贅沢に遊ぶことすら許されない。
――くそ、あの生真面目眼鏡王子が!!
勇者は、冷たい視線で自分を睨んでくる黒髪に王族男子特有の白いメッシュの入った髪に眼鏡をかけた第一王子、ライオネルの顔を思い浮かべた。
彼はいつもいつも、勇者である自分にやたら冷たい。性格的なものもあるのだろうが、少しも自分を敬っていない感じがイラついた。
今のこの状況も、絶対にあの眼鏡王子が仕組んだに違いないのだ。
勇者は夜中にこっそりと屋敷を抜け出し、歓楽街に忍び入った。
王様から少しばかり、生活に必要だろうと貰った金がある。いままで貰ってきた額とは比べ物にならないくらいしけた金額だが、ないよりはマシだ。
その金で安酒を煽り、歓楽街の美女で目を保養した。
いつもなら、あれくらいの女なら金で釣れたのに、今は出来ない。
酒を飲んでもマズイ酒でイライラはまったく治まらなかった。
気分は最悪だ。仕方がないのでふらつく足で貴族の屋敷に戻ろうと暗い道を歩いていた。
「こんばんは、勇者殿」
「……なんだ?」
人気がないと思っていた道に、すぅっと一人の人物が現れた。頭からすっぽりと黒いローブに覆われて、足元までもが隠れている。声から察するに若い男のようだが、それ以外はまったくと伺い知れなかった。
「今、あなたはとても機嫌が悪いようだ」
「分かるなら声をかけるな。怪しい野郎と口を利く心の広さが今はないんでな」
腰に吸い付くようにして装備されている聖剣の柄に勇者は念の為、手をかけた。
それ見て、男は笑ったように見えた。
「ひとつ、あなたに面白い話をしましょう」
「口を利くなと――」
「シア、という女性を覚えておいででしょうか?」
その名に、ぴたりと勇者の動きは止まった。今、一番聞きたくない名前だ。
みるみるちに勇者の表情は苦いものとなる。
「彼女はギルドを作ったようです」
「だからなんだ。どうせあの地味女のギルドだ、小さくて弱くて、すぐに潰れるようなもんだろ」
「そうですね……まだ小さいギルドだ。ですが、弱くはありませんよ。潰れもしないでしょう、彼女なら。本当は、分かっておいででは? 彼女は決して、脆弱では――」
「うるさい!!」
それ以上言われれば、シアを解雇した自分が間抜けな阿呆になってしまう。それだけは絶対に認めたくはなかった。
「失礼。でも、このままではあなたの意にそぐわぬことになるでしょう。彼女のギルドはどうやら春に行われるギルド大会に出場するようです。そこで万が一にも表彰台に上がるようなことがあれば……」
勇者の失態を、己自身でまざまざと見せつけられることになるだろう。男は暗にそう言っていた。
勇者は忌々しげに唇を噛んだ。
「どうするかは、勇者殿自身でお決めください。それじゃ、私はこれで」
ローブの男は、現れた時と同じように闇に溶けるように消えていった。
勇者にとって、ローブの男の正体についてはどうでも良かった。
なぜ、自分にそのようなことを言ってきたのかにも興味はない。
ただ一つ、気にくわないのは。
「身の程ってやつを、思い知らせてやらなくちゃな……」
暗い笑みが、自然と零れた。




