◇4 俺が作れるもの……それは
「暇だー……」
私は受付のカウンターで、ぐでーと体を伸ばした。
王様との謁見から一週間ほど、平和な日々が続いている。ランクが上がってジオさんの所から前より良い仕事を貰えるようになってはいたのだが、そろそろ自分のギルドで受けた依頼をこなしたいと思っていた。
なぜかというと、ジオさんの所とか他のギルドから仕事を貰うと手数料がかかる。報酬からいくらか引かれてしまうのだ。だから自分のギルドに来た依頼をするのが一番稼げる。
なんですけども。
「リーナ、最近来た依頼ってどんなのだっけ」
「えーと……」
私の外出中などに、交代で受付嬢をしているリーナが依頼書が入ったファイルを開いて眺めた。
「まいごのねこちゃんさがし、しょうてんがいの、ふうふのけんかちゅうさい、おとしものさがし、ねこちゃんおあずかり、わんちゃんのさんぽ……です」
――我々は何屋なのか。
決してペット専門業者ではなく、ご近所の便利屋でもないのだが。
まあ、住民の人気を得るのもギルドの仕事のひとつではあるんだけど。下積みだと思って頑張るしかないのだが、やっぱり報酬は少ない。それに依頼数もとても少ない。一週間でたったの五件だ。暇なのでレオルドに勉強会をしてもらったり(さすが元教員だっただけあって教えるのが上手かった)、栄養学を自主勉強したり、魔法訓練したりと自分磨きに余念がないですよ、まったく。
ルークなんか、泊りがけでゲンさんの所で鍛えてもらっている。あのジャックとかいう魔人に敗北してからというもの、彼の訓練に対する熱が尋常じゃない。強くなりたいという思いが、恐らく私達の中で一番強いんじゃないだろうか。
リーナを目の前で攫われたことに、まだ強い罪の意識が残っているのかもしれない。
無茶し過ぎなきゃいいけど、そのあたりは上手くゲンさんがやってくれているようだ。さすがに頼りになる。
暇過ぎてリーナと折り紙を始めてしまった。
ジオさんの所から依頼を貰ってきたいところでもあるんだけど、最近新興ギルドが多いらしくてFやEランクの仕事がごっそり持っていかれて品薄状態になっている。簡単にギルドが作れるのはいいけど、仕事が出来ないんじゃすぐ潰れちゃうわ。
ランクが上がって喜んだけど、人気や知名度の低さが足かせになっている。ビラ配りとか、仕事や人員もまだまだ募集かけてるんだけどな。
「シアちゃーん、いるー?」
私とリーナがひたすら誰に送るわけでもない鶴をいっぱい折っていると、扉の外からノックとともに声がかけられた。この声は一階雑貨屋の奥さんだ。
扉を開ければ、予想通りしゃっきりと真っ直ぐに背筋を伸ばした凛とした印象をもたせるポニーテールの赤い髪の女性が立っていた。仕事着のエプロンもつけているので、まだ仕事中のはずだ。
「ライラさん、どうしたんです?」
雑貨屋の若奥さん、ライラさんが勢いよく両手を合わせて頭を下げた。
「大ピンチなの! お店手伝ってくれないかな!?」
何事かと詳しく話を聞いてみれば、最近発表した新作がとある有名な貴族に気に入られたらしく、瞬く間に口コミなどで一般に知られお店は急な大繁盛となっているらしい。商品の作成が間に合わず、てんてこまい。どうしても工房に旦那さんや従業員と三人で籠って商品を作らないと全然間に合わない。
ということで。
「接客頼みたいの! シアちゃんと、できればリーナちゃんも!」
「みゅ?」
「リーナも?」
「そう! 前にもちょっとリーナちゃん借りたけど、待ちのお客さんへの対応が神がかってたわ。不機嫌なお客さんも一発で笑顔になるあの魔法みたいな接客は誰にでも出来るもんじゃないもの」
そういえば、何回かリーナは雑貨屋に遊びに行っている。お手伝いもしていたようだ。受付嬢をしているリーナの依頼人への接客も何度か見たけど、とても上手で依頼に来た人は皆ニコニコしていた。子供に怒る人も少ないだろうけど、対応は大人レベルに高い。
「もしかしてギルドの仕事、忙しいかな?」
「いえ……不本意ながら暇です。無意味な千羽鶴を折り続けるのもなんだし、お手伝いしようかリーナ」
「はいです!」
『のー!』
「あ、スライムちゃんはお留守番で頼むよ」
『のー!?』
リーナの足元でゴロゴロしていた、のんが一緒に行きたそうにしているのを見てライラさんがダメだしした。さすがに人の多い雑貨店で大人しいとはいえ魔物がいるのは問題だ。
「レオルドー! 私とリーナで雑貨屋さんのお手伝いしてくるからカウンターとのん達をお願いね!」
カウンター奥の居間でくつろいで本を読んでいるはずのレオルドに声をかけると、奥から返事が聞こえた。
「よーし、それじゃあよろしく頼むよ、即戦力!」
「了解です」
「がんばりますです!」
ライラさんと一緒にギルドを出て、一階に降りると確かに雑貨屋は人でいっぱいだった。まさしく戦場。気の弱そうな眼鏡の旦那さん、エドさんが一生懸命お客さんに頭を下げている様子が見える。
「あちゃー、もう絡まれてるよ。助けに行かなきゃ」
一応従業員が一人いるが、手がぜんぜん回っていない。
私とリーナもエドさんの所へ走った。
「エド! 超強力な助っ人連れてきたよ!」
「あ、ああ! シアちゃんにリーナちゃん! うわあ、もう本当ありがとう。お客さん、すみませんすぐにお店を再開いたしますので!」
エドさんは泣きそうな顔で喜んでくれた。
ライラさんは早口で私達に指示を飛ばす。
「シアちゃん、リーナちゃん。私とエドと従業員のランは工房に籠って商品作るから二人は接客専門で頼むよ。レジの使い方、知ってる?」
「一般的なレジですよね? バイト経験あるので大丈夫だと思います」
早回しで打ち合わせを終えると、ライラさん達は店の奥の工房に入り、私とリーナは接客として店に立った。なにか分からないことがあったら、カウンターにあるベルで呼べば工房と繋がっているので従業員のランさんが来てくれる。ランさんは長年この雑貨屋で働いている女性で商品づくりの手伝いも出来る人らしい。彼女が店番と工房を繋いでくれる。
私とリーナは気合を入れて、なだれ込んでくるお客さんに必死に対応した。
正直、魔物を相手にするより大変だった。
リーナの笑顔の魔法で意地悪な人は少なかったけど、さばききるにはやっぱり人手が足りない。迷惑をかけつつもなんとかやり過ごし、時間は過ぎて行った。
「で、なんでシア達は老師にしごかれまくって帰って来た俺よりボロボロなんだ?」
夜遅くに、数日振りに帰ってきたルークが、戦場に散った私達に向かって驚いた顔をしていた。それもそのはず、私とリーナは床に転がって身動きができない状態になっていたからだ。
「雑貨屋が盛況らしくてな、二人は手伝いに行ったんだが……」
レオルドが私とリーナを丁寧にソファに運んでくれてから、ルークに説明した。ルークは老師に鍛えられた日は動けないほど疲労困憊していたが、最近は体はガチガチに痛いが動けないほどじゃない、とういうくらいまで体が作られてきているようだ。
「ごめんルーク、疲れてるところ悪いけど、ご飯はてきとーに食べて……」
「お、おう。つーか、今日は俺が作るか? おっさん達も食べてないんだよな?」
「ああ、なんか飲み物くらいは作ろうと頑張ったが、なぜか爆発した」
「……焦げ臭いと思ったら、おっさんのせいか」
私達が、ゾンビになって帰って来た時にホットミルクでも作ってやる! と意気込んだレオルドだったが、私の心の叫び『いやー、やめてー! ギルドが吹き飛ぶー』という思いも虚しく、やっぱり爆発させた。
ルークは呆れつつも腕まくりしてやる気をみせてくれる。
「毎日作ってもらってるし、弁当も美味いから甘えてるがこういう時くらいはな」
「お、ルークなに作るんだ?」
「俺が作れるもの……それは」
それは?
ちょっと期待して待ってみた。ルークを扱き使って手伝わせることはあったが料理を一人で作ることはない。手伝いといっても火の番したり、冷蔵庫から材料出してもらったり、皿洗うくらいだ。
「……た、たまごかけご飯……とか」
数秒考えて、ひねり出した料理がそれかい!!
がくっと私はソファーから転げ落ちかけたが、レオルドは感動の声を上げた。
「おお、すごいじゃないかルーク! よーし、おっさんも手伝うぞ」
待ってー、たまごかけご飯のどこに手伝う余地あるの!?
たまごかき回すの!?
腕まくりして、筋肉もりもりな太い腕を出すレオルドに、ルークは片手を前に突き出して。
「いや、おっさんの手伝いはいらない。おっさんが手伝うと、たまごかけご飯が、たまごぶちまけご飯になる」
俺が一人でやり遂げる。と、責任感の強い人の顔になってルークは宣言した。
「そうか! それでこそ男だなルーク! よし、おっさんは大人しくしてる。大人しくフォークとナイフを持って椅子に座ってる」
それが一番被害が少ないとはいえ、なぜそんなに堂々と胸が張れるのか疑問だ。
あと、たまごかけご飯を食べるのにフォークもナイフもいらないと思う。スプーンだと思う。
ソファーで転がっているしかないのが、とても歯がゆい。
台所に消えたルークの背を見詰めながら、私はあることを思い出した。
……あ、白飯の作り置きしてない。
ご飯は、定期的に炊いて冷凍保存しているのだが確か丁度切らしてなかったっけか。
ご飯を炊くには、鍋で生米と水で火にかけて、じっくり蒸らしたりしなくてはいけない。あれはタイミングや火加減が難しいから、素人でやると焦がしたり生だったりと最悪なことに……。
ガシャン! ドカッ! バキッ!
台所から、得体のしれない音がする。
『あれ? これどうやれば……こうか?』
時折、ルークの不安になるような台詞が漏れ聞こえた。
『米ってこれだよな? え、固くね? 白飯ってもっと柔らかいよな? 砕けばいいのか?』
ごりごりごりごり。
なにをやってるのー! ルークは、なにやってるのー!
見えないって恐ろしい。台所から聞こえてくる音が怖い。料理してる音では決してない。ソファーで一緒に転がってるリーナが私の腕の中でぷるぷる震えている。リーナも音が怖いようだ。
だがレオルドは、ニコニコとしたまま大人しく両手にフォークとナイフを持って座っている。
小一時間くらい経っただろうか、ようやく台所から何かを持ったルークが出てきた。
両手に抱えているのは土鍋だ。
「よし、できたぞ」
やりきった顔で出てきたルークの頬に、なぜか赤い液体が飛び散っている。
と、トマトかな……。たまごかけご飯にトマトは使わないけどな!
土鍋をテーブルに置いて、ルークは蓋を開けた。湯気もたたない。炊きたての白米の良い香りもしない。ただただ、なんか臭い。
土鍋を覗いたレオルドが、首を傾げた。
「なんか、赤黒くないか?」
私の位置からは土鍋の中身は見えない。
たまごかけご飯なんだよね!?
「美味くなりそうなもん、全部突っ込んでみた」
「おお、そりゃきっと旨みも凝縮されてるな!」
たまごかけご飯は、白米とたまごとダシと醤油くらいしか使わないよ!
レオルドはおたまで土鍋の中身をすくった。それで私にもそのブツが見えた。
赤黒い……なんかドロドロしている得体のしれない物体だった。そしてなんか臭い。
「いただきまーす」
あんな人の食べるような色をしていないというのに、チャレンジャーなレオルドはルークの自称、たまごかけご飯を口に入れた。
ごりゅごりゅごりゅ。
すごい固そうな音が聞こえるんですが。
「……うーん、固くねぇかこれ」
「そうか?」
ルークもすくって皿に入れ、食べてみる。
ごりゅごりゅごりゅ。
今にも歯が砕け散りそうな音がするんですが。
「あー、固いな。まだ生だったかな米」
やはり、ルークは米炊きに失敗している。
「まあ、なんか色んな味もして不思議な感じだが食えない事もないな。ルークは料理も出来るんだな。おっさん尊敬するぜ」
「そうか? なんとかなって良かった。ほら、シア達も食うだろ?」
と、ルークが二人分を小皿にとってこっちに持って来てくれる。
「――うっ」
近づくほどに酷い臭いがするんだけど! リーナがじたばたしてるんだけど!
「腕動くか? 食わせた方がいいか?」
スプーンにすくわれた謎の物体が鼻先に近づけられ、酷い吐き気がした。
たまごかけご飯の、『た』の字も見えないような色と臭いだ。私は死にそうな表情筋を必死に動かして笑顔を作った。
「あ、ありがたいんだけど食欲ないかなって!」
「そうなのか? リーナは?」
ぶんぶんぶん!!
リーナは私の腕の中で必死に首を振った。顔を上げたくないほどキツイらしい。ルークはちょっとがっかりしたようだが、すぐに引き下がってくれた。
「まあ、美味いもんじゃないからな。俺とおっさんで食べるわ。明日の朝、なんか惣菜でも買って来てやるよ」
それが、一番ありがたいです。
私とリーナは、くってりとソファーで気絶するように眠ってしまったのだった。
それから数日後、ようやく雑貨屋に正規の助っ人が入って、私とリーナは解放されしばらく休日をいただいた。ルークの地獄の料理事件からは私はどんなに疲れていてもうちの男共に料理はさせないと固く誓った。
だってね、ルークが料理した台所の酷かったこと! 誰が片づけると思ってるんだ。材料とか調味料も無駄に減っていた。
そんな事件から立ち直り、相変わらずペットや喧嘩仲裁のような依頼をちょこちょこやったり、ジオさんのところから仕事をもらったりしつつ、ギルドとしては閑古鳥な日々を過ごしていた冬の月に入ったある日のこと。
ルークが、私の前に座って額が床につくような土下座をした。
「え? なに?」
彼が土下座をするようなことは今まで一度もなかった。ルークは無暗に悪戯して怒られるようなタイプではないし、レオルドのようにドジッ子属性でもない。
意味が分からなくて混乱していると、ルークは真剣な声でこう言った。
「修行の旅に、行かせてくれ!」
――――はい!?




