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◇3 恋バナですわ!!

 お姫様達に連れて行かれたのは、彼女達の自室だ。王宮から少し離れた離宮に彼女達の寛ぐ部屋がある。一棟まるまる姫様達の居城で、美しい薔薇の庭園までもが彼女らのものらしい。ちなみに男兄弟達は別の離宮があって、そこに部屋があるようだ。


「さあ、シア」

「どうぞ」

「召し上がって」


 美しい金髪美女の三つ子姫に囲まれて、誰がどの台詞を言っているのか声も一緒なので混乱しそうだが、あまり気にしないように勧められたお茶を飲んだ。ほのかに薔薇の香りがするお茶だった。白いテーブルクロスのかけられた上品なテーブルの中央にも赤と青の薔薇が活けられている。青薔薇は珍しい品種のはずだが、薔薇が好きな姫君達にとっては、手に入れることはそれほど難しくないのだろう。彼女らの瞳の色のようで、美しい。


「お父様が面倒をかけて、ごめんなさいね」

「ライお兄様は、怖くなかった?」

「勇者のお話は聞いて? とても愉快な珍騒動だったそうですわ!」


 姫様、どうか三人同時に話しかけないで下さい。大勢の人の言葉を同時に聞いたという異世界に伝わる伝説の『しょーとくたいし』じゃないんです私。

 どの順番で、どう返そうか悩んでいると。


『なんて、社交辞令は一言でよろしくて?』


 なんて、にっこりと微笑んできた。

 社交辞令……マリー様とリリー様は、そうとも聞こえるけどエリー様のは違うだろ。


「女が四人集まったのなら」

「それは女子会」

「女子会で、お茶とお菓子を食べながら話すことは?」


『恋バナですわ!!』


 マリー様→リリー様→エリー様→合唱の順で喋るのは決まっているのだろうか。


「恋バナ……ですか」


 私を捕まえて、一体なんのお話だろうかと思っていたのに、暇を持て余した姫様達は他人の恋模様をご所望のようだ。しかし、なんという人選ミス。


「最近、ご近所のご夫婦の旦那さんの浮気がバレて、修羅場っていたのは見ましたね」


 あ、ギルド一階の雑貨屋夫婦じゃないよ。あそこはいつでもラブラブだ。

 私の返答に、やはりお姫様達は不満そうに口を尖らせた。


「他人のドロドロではなくて」

「シアの方面はどうなっていますの?」

「ギルドマスターになったのでしょう? ギルドに男性、いらっしゃるでしょう?」


 どうやら姫様達は、私がギルドを作ったということは知っているようだ。もしかしてメンバーも把握しているのだろうか?


「ええ、まあ……いますけど」


 ルークとレオルド。この二人に恋バナ的なものを期待しているなら、見当違いだ。ルークとはそんな雰囲気は微塵もないし、レオルドは元嫁さん一筋である。どうにかなりようがない。


「元奥さんと寄りを戻す予定のレオルド様はないとしても、ルーク様は可能性ありですわよね?」

「元浮浪者で、シアに助けられた義理人情に篤い殿方ですもの」

「老師に見込まれていらっしゃられるそうですわね。さながら物語の英雄のたまごのような方で、素敵ですわ!」


 気配を隠して尾行するスキルに、広い情報網。姫様達は一体どこの密偵なのだろう。こんなに細かくメンバーの情報を把握しているなんて。


「姫様、憶測での妄想も結構ですがそれはありえませんよ……」

『そう?』


 軽く否定しただけだが、お姫様達はあっさりと引き下がった。私をダシにして色々と恋の妄想話をしたいだけなんだろう。迷惑な話だ。だが、彼女達の話に付き合わないとここから出られないだろう。ここはおいしいものを食べられると思って付き合うしかない。


「ねえねえ、こんなのはどう? 皆で一斉に好みの男性の名前を言うの」

「好みの? 好きな人ではなくていいんですの?」

「それだと言い難いじゃない。シアは恥ずかしがりやですもの」


『じゃあ、シア。せーので、ね』

「え? あ、はい」


 強制参加らしい。薔薇のお茶を飲んで濁そうかと思ったら、やはり逃がしてくれなかった。

 どうしよう。好みの男性、か……。


「せーの!」


 マリー様の合図が来てしまったので、ふと頭に浮かんだ……そして私の知り合いの中で一番まともな人の名前を口にした。


「司教様」

「副団長様」

「ルーク様」

「ジオさん」


 上から順番に、マリー様、リリー様、エリー様、私だ。


 ……おい、ちょっと待て。


「マリー姫様? なぜ、司教様をお選びに」

「あら、司教様ほど男らしくてカッコイイ殿方はなかなかいらっしゃられなくてよ?」

「司教様、確か四十過ぎですよ?」

「年を感じさせないのも、素敵ですわね」

「元海賊ですよ?」

「ちょっと悪そうなところも刺激的ですわ」


 マリー様の好みは、かなり冒険している。箱入りのお姫様だからなのか、少々危険な香りがするものに興味が引かれるんだろうか。

 次にリリー様に向き直る。


「リリー姫様、副団長は妻子持ちです」

「知っていてよ。好みの男性の話ですわ、変な意味ではなくてよ」

「あ、そうでしたね良かった」

「ふふ、もし奥様がいらっしゃらなかったら狙ったのですけどね。夫人はとても素敵な方でとても敵いませんわ」


 残念ですわ、となかなか本気に残念がっているリリー様の隣で、ニコニコ茶菓子を食べているエリー様に視線を向けた。


「で、個人的に一番気になる発言をされたエリー姫様。なぜ、ルークを? というか知り合いでした?」

「いいえ、ぜんぜん。ただ、お話に聞くところによりますと……」


 エリー様は、さっと一冊の本を取り出した。分厚い、赤い装丁の本だ。


「ルーク様は、この物語の主人公である英雄リーク様に外見的特徴も性格も名前までそっくりなんですの!」


 本を抱えてうっとりと宙を眺めるエリー様。意識がどこかに飛んで行ってしまう彼女を見て、両脇の姉二人が溜息を吐いた。


「また始まりましたわ」

「こうなったら長いですわ」


 長丁場を想定してか、姫様達は控えていたメイドさんにお茶とお菓子の追加をお願いした。


「この本は英雄リークの冒険活劇譚で、力のない孤児だったリークがやがて英雄になるまでのお話なのです。辛い修行を乗り越え、悪者達を打倒し、ドラゴンすらも従わせ……ああ、ここからがここからが良い所です。リークは幼い頃に助けてもらった同い年のお姫様に恋をして彼女を救う為に魔王だって倒すのです! 勇者しか倒せない魔王なのに愛はすべてを越えるのです!」


 ずずー。

 ずずー。

 ずずー。

 むしゃむしゃ、ばりばり。


 語りに熱が入り、一人物語りに浸るエリー様を眺め、時折適当に相槌を打ってあげながら、私と姫様二人はお茶を楽しんだ。

 エリー様は、たっぷり一時間ほど語り続けると、ふと口を止めてお茶を飲んだ。喉が渇いた事に気が付いたんだろうか。


「……それで、なんのお話でしたっけ?」

「なんでしたっけね」


 いつの間にか英雄リークの冒険譚がいかに楽しく面白いかを語られた気がするが、私はエリー様になんて言ったんだっけ? 忘れちゃったよ。


「でもこれは忘れてなくてよ。……よくて、シア? いくら恥ずかしがり屋でも当たり障りのないおじさまの名前を出すのはいかがなものかしら」


 くっ……エリー様の長話で流れるかと思ったのに、マリー様はしっかり覚えていらした。


「そうよそうよ。確かに天馬ギルドのマスター、ジオ様はとっても素敵なおじさまですけど」

「お名前を出しても、ああとてもいい人ですよねーで、終わる方だわ。展開がなさすぎですわ」


 ダンダンと姫様達はテーブルを叩く。


「と、言われましても……咄嗟に思いつくのがジオさんくらいで」


 濁すように言えば、姫様達は絶対に逃がさないと言わんばかりに三人同時に立ち上がり、こちらに指さした。


『ベルナール様は!?』


 あー、来ましたね。

 意図的に忘れてたのに。

 護衛をしてもらっていた時代から、色々勘繰られてご令嬢達の嫉妬の的になっていたわけだが、特にそういう進展とかあったりはしない。あっちが少し過保護なところがある、というだけで。年上だから、そういうこともあるんだろうと思う。

 なのであえて。


「ベルナール様、私に気があると思いますか?」

『……』


 お姫様達は沈黙した。

 そしてさっと三人で会議が始まる。


「どうなのかしら?」

「あの人、美形だけれど時々意味不明ですものね」

「特に女性に関することは、ちんぷんかんぷんですわ」


 数分ほど話しこんだ後、姫様達はそっと席についた。


『ベルナール様のことはお忘れになって。もっと建設的なお話を致しましょう』


 ベルナールは、彼方へぶん投げられた。恋バナ好きの女子にすら、不毛な話題と思わせてしまう彼は、もしかしたら恋愛方面においては残念なのかもしれない。


「ねえねえ、シア! 年下はどう? リンスなんて今ならとてもお買い得ですわよ?」

「将来安泰!」

「カカア天下!」

「……とか言われてるけど」


 ちらりとメイドさん達と共に壁際で大人しく、お菓子のおこぼれを貰って食べて静かにしていたリンスに問いかけてみた。


「姉上達の恋暴走に付き合ってたら身が持たないよ? 僕と姐さんは親友であり心の師弟なんだと何度言っても聞かないし」

『男女に友情が成立するのか、という議論は結論が出ない議題で有名でしてよ』


 リンスは日常茶飯事なのか、特に気にしていないようだ。

 しかし、こんな話題なのに部屋の隅で大人しくしているのは、なんでなんだろう。


「リンスは昔から、シアの後ろを子犬みたいにトコトコついて歩く子でしたわ」

「泣き虫でしたわね」

「甘えん坊……は、今もそうですわね」


 そうだ。私がリンスと初めて会ったのは私が十四歳でリンスが十二歳の時。あの頃は、リンスの背は私よりずいぶん低くて小さく小柄だった。なにに興味があったのか、ずっと私の後をついて来て『姉様、姉様』と実の姉のように慕ってくれていた記憶がある。

 それがいつの間にか、離れて剣の稽古をするようになった。一人で行動できるようになったし、意志もはっきりと告げられるようになった。時々、思い返したかのようにストーキングされることはあったけど。


「わたくし達、知っていてよ?」

「リンスが仔猫に襲われて、泣いていたところを」

「シアが颯爽と現れて、助けてくれたんですのよね」


 え? ああ、あったかな……そんなこと。

 四年も前の話だし、あまり覚えていない。

 だが、リンスははっきりと覚えていたのか姉の発言に動揺した。


「ちょ、姉上!」

「だからリンスは決意したのです」

「いつか、シアより強くなってみせると」

「それで騎士団長のお話を受けたんですものねー」

「わーー!! それ、一番恥ずかしいやつだからーー!!」


 リンスは顔を両手で隠して蹲ってしまった。耳まで真っ赤なところをみると、相当聞かれたくなかった話なんだろう。

 昔から可愛いところのある王子様だったけど、本当に可愛いな。

 だが、そういう若気の至り恥ずかしエピソードは将来の可愛いお嫁さんにとっとくべきでは。


「騎士団長って自動的に決まるわけじゃないんですね?」


 騎士団長は、元々王族の中から選ばれるからリンスが騎士団長になっても特におかしいとは思わなかった。だけどよく考えてみれば、次男の第二王子フェルディナンド様がいるんだから順当にいけば彼だったのかもしれない。


「フェル兄様は、外交官向きなんですの」

「交渉事が得意でしてよ。今も留学中で、将来はライ兄様の補佐がしたいと言ってましたもの」

「ふふ、でもあの可愛いリンスが騎士様なんて想像もしてませんでしたけど?」


 にやにや笑う姉姫達にリンスは顔を上げられない。

 ふっ、やった。完全に姫君達の興味はリンスいじりに変わった。私は隙をみて、そっとお暇させていただこう。外を見れば、窓の向こうの空はすでに暗くなり始めている。

 ちらちらと窓を見て、姫様達にさりげにアピールしてみたら勘が一番いいリリー様が気が付いてくれた。


「あら、もうこんな時間。長い間付き合わせてしまってごめんなさいね」

「いいえ、でもギルドの皆が心配しますのでこれでお暇させていただいて……」


 すっと、足早に去ろうとすると。


「お待ちになって」


 マリー様に止められ、耳元に唇を寄せられた。


「本当はね、わたくし達シアにこれを渡そうと思っていたの」

「これは?」


 胸の前に差し出されたのは一枚の紙だ。


「暗号ですわ。特別なフクロウ便を使うためのものですの」


 反対側の耳にリリー様が囁く。


「わたくし達と秘密裏にお話できますわ」


 三つ子の美しい姫君達は、そろって笑顔を浮かべた。


『よろず情報屋、≪黄金の星姫≫が必ずやあなたの力になりましょう』


 三人の姫達の後ろにメイド達がぞろりと控える。どうやら彼女達全員が≪黄金の星姫≫の一員らしい。城の中にも騎士団とは別に暗部を司る情報部があるらしいという噂はあったが、まさか彼女達がそうなのだろうか。姫様達はさすがに実働隊ではないと思うけど。


「あの……それは、私にばらしても良かったのでしょうか?」

『問題ありませんわ。シアは賢いですもの』


 口外したらどうなるか……ぞくりと背筋が震えて、良く知るはずの姫様達にちょっと恐怖を感じる。


「シアには面倒をかけてしまっているもの」

「これくらいは、してもよろしいかと思っているの」

「もちろん、報酬はいただきますけどね」


 いつもの笑顔で姫様達が私に手を差し出してくる。

 契約の握手だ。

 私は少し悩んだが、向こうからばらされてしまった以上、引くに引けない。それにちょうど密偵を依頼するところも探していたし、彼女達ならば信頼できる。


「よろしくお願いします」


 三人とがっしりと握手した。


「ちなみに、調べて欲しいことがあるんですが……おいくらかかります?」

「内容によりますけど」

「基本料金は」

「これくらいですわね」


 メイドさんが持ってきた料金表を見詰めて、私は一瞬で白目を剥いた。


 ――高すぎ!!


 ≪黄金の星姫≫に依頼を持って行けるのは、もう少し後になりそうだ。

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