◇2 ご謙遜を!
ライオネルの言葉に、王様はわたわたと動揺を見せた。
「ライ――ライオネルよ、滅多な事を言うものじゃない」
「いえ、父上はもう少し現実を見るべきです。あれを擁護しても、もはや我が国になんの利益もない。勇者が選定され直され、たとえ我が国から勇者が選ばれなくとも勇者、いやクレフト・アシュリーから勇者の資格をはく奪するべきだと!」
興奮したライオネルが玉座の肘掛を叩き、王様がちょっと跳ねた。
「だが……」
王様が渋るのも無理はない。
国民の中から勇者が選ばれれば、その国は魔王を倒す為に周辺の同盟国などからは支援が多く得られるようになるし、外交的に有利になるという利点がある。現在の勇者、クレフトはこの国、ラディス王国民だ。それが新たに選定され直され、もし別の国の者が勇者になった場合は少々不利な立場になってしまう。ラディス王国は長年、勇者を多く出して来た国として栄えてきた背景がある為、せっかくの切り札を捨ててしまうのも勿体ないと思うのも無理はない。
王様としては、なんとか彼にやり遂げてもらいたいところなんだろうけど……。
「……分かりました父上、確かに今この場で決めてしまえるものではありませんね。大臣達も交え、とことん話し合いましょう。ええ、とことん!」
「う……そ、そうだな……」
ちらりと王様は隣の宰相を見た。影の薄い宰相は、困ったような顔だが頷いている。概ね、ライオネルと同意見なんだろう。
そういえば、私にもぜひとも王様や大臣達と話し合って欲しい議題があった。
「王様、ひとつわたくしからよろしいでしょうか?」
「ん? なんだ、申してみよ」
「聖女と勇者の婚約の件です。聖女は勇者と結婚すべき、という因習……廃止できませんか?」
私が聖女であるうえで避けて通れない憎き因習だ。勇者クレフトが勇者の資格を失い、別の人間が勇者になった場合、このままだと自動的にその人と婚約関係になってしまう。それは非常にまずい。色んな意味で。
「その話、実は前から議題に上がっている。元々は聖教会所属の聖女を国に取り込む為の手段として執行されたもので、近年の自由恋愛思想が王侯貴族にも広がる流れで反対意見も多くなっているんだ。聖教会側も良い顔はしないしな」
ああ、あれか。王族も貴族も家に縛られず自由に恋愛して結婚するべきっていう思想。王族や貴族っていうのは、家の繋がりとか外交とか諸々打算で結婚するものだ。だが近年は、それも薄れつつあるとか。きっかけはとある令嬢の悲劇があるとか、なんとか。
「それでは……」
「今回のこと……勇者が勝手に婚約破棄した件もあるし、このあたりも真剣に話し合うべきだろうな」
「う、うむ。そうだな、わしもどちらかといえば自由恋愛派だから」
三人がまとめて頷いてくれたので、この件は期待してよさそうだ。
「あー……ところで聖女よ」
「なんでしょうか?」
「勇者は今、王都のとある貴族の家に世話になっているんだが……彼の仲間にもう一度なっては――」
「無理でございます」
「そ、そうだよね……」
王様がガックリと肩を落とした。
勇者クレフトの仲間になることはもうないだろう。私もそうだが、彼の方もずいぶんと私を嫌っていたし、再び手を取り合って――というのは不可能だ。
それから私の近況をかいつまんで話して、ライオネルからはかなりの期待をかけられてしまった。王様や宰相も私のギルドの件については、興味深そうに聞いていて、勇者側の人間ではあるが特にギルド運営に関しては邪魔をするようなことはなさそうだ。
問題なのは、私のことに勇者が首を突っ込まないかということ。
同じ王都にいたら、間違って鉢合わせする可能性もある。
あの性格だと、邪魔してきそうなんだよな……。
王様達との謁見も無事終わり、私は大理石の廊下をのんびり歩いていた。
現在の勇者、クレフトは問題児だ。それは彼を知る者なら誰もが思うところ。王様側もライオネルの言葉に強く反対できなかった様子を見るにやはり勇者選定のやり直しは、出来ればやりたいのだろう。
勇者選定のやり直しには、条件がひとつだけある。
それが聖剣を『折る』ことだ。
普通、聖剣は折ることができない。魔王ですらもそれは不可能らしい。ただ、聖剣が現在の勇者が、勇者として不適格だと判断した時のみ、聖剣を折ることができるようになるそうだ。
だが、それは古い文献に記載されているのみで、実際に勇者不適格で聖剣を折られ選定をし直したという歴史は数少ない。だが実例はあるので、確かに聖剣は折ることができるんだろう。
ただし、聖剣を折ることができるのは、勇者候補だけという話もある。
聖剣を折るに相応しい実力が必要不可欠なのだ。
勇者候補といえば、聖女である私が最初に候補に選んだ人がいる。
ベルナールとリンス王子だ。それにクレフトが入り、三人の候補だった。そして聖剣に選ばれたのはクレフトだった。今更ながらに、この二人を出し抜いてなんでクレフトだったのか、聖剣に問いただしたいが聖剣に口はないので真意は分からずじまいだ。
選定をやり直したら、候補もまたまったく違うものになるのか。それとも聖剣を折れるのは元候補のこの二人なのか。それすらも曖昧だ。
聖剣は折れると自動的に聖剣の間――王宮の地下にあるその場所へ移動し再生する。再生までは時間がかかるらしいから、聖剣を折り、選定をし直すにはリスクがかかる。聖剣が機能しない間は、魔王側が有利になるのだから。
魔王領と隣接する防衛地、クウェイス領を統治する現クウェイス卿は有能な人物で、絶大な魔力を持つ魔女だ。彼女とは昔からの知り合いだし、彼女の実力ならしばらくは魔人達を抑え込むことも可能だろうけど、早めに彼女の肩の荷を降ろさせてあげたいとも思う。
「…………はあ」
溜息が出た。
考えなくちゃいけないことが多すぎて頭が爆発しそうだが、そのことについての溜息ではない。さきほどから廊下を歩いていくたびに、背後から気配がするのだ。振り返っても誰もいない。誰もいないんだけども。
「……丸見えではあるんですよねー。なにしてるんですか?」
私の背後をちょろちょろつけてきている箱がガタッと震えた。最初は誰かが置いた荷物かとも思ったが、気配を感じて振り返るたびにあるんだもの。不自然過ぎる。
『ぼ、僕はただの箱さ! 気にしなくていいよ!』
箱の中から裏声が返ってくる。
聞き覚えのある声だ。聖女修行時代に嫌と言うほど聞いた。修行が辛くて逃げ出したくなった時とか、寂しくなった時とかに、即興人形劇で楽しませてくれた声だ。
私は、箱に近づくとえいやっと取り払ってみた。
中には身をかがめた一人の少年の姿が。
私の地味な焦げ茶の目と、少年の光彩を放つ綺麗な銀の瞳がぶつかった。
「お久しぶりです、リンス王子」
ラディス王国の第三王子、リンス王子殿下だ。艶やかな藍色の髪に白のメッシュが入った不思議な色合いのサラサラな髪。瞳は銀色がベースで光の当たり具合によって様々な色彩に変化する虹色みたいな綺麗な色だ。肌は健康的な肌色で、背はこれからなのか私よりも少し高いくらい。頑張って鍛えているのが分かるくらいのほどよい筋肉と、顔にちょっと擦り傷が残っている。顔立ちはまだ幼さを残すが、鼻梁がすっと整っており、はっとするほどの美しさである。
確か、どこかの雑誌でラディス王国三大イケメンという記事に、ベルナールと共に選ばれている王子様だ。そして勇者候補の一人でもあった。
「ふっ――さすがは、僕が尊敬してやまない心の師。姐さんにかかれば僕のストーキング技術など簡単に見破られてしまうんだね!」
「いや、私でなくとも見破られますけどね?」
「ご謙遜を!」
してないがな。
リンス王子とは聖女修行時代に王宮でお世話になっている時に知り合った。年が近いし、リンス王子は王家六人兄弟の末っ子にあたり、無邪気で人懐っこい性格なので打ち解けるのも早かった。なぜか、友達の枠組みから少々外れてキラキラとした眼差しを向けられるようになってしまったが、一体何があったんだっけ。
「リンス王子には、後でお礼に伺おうと思っていたの。王様との謁見を取り次いでくれてありがとうね」
「姐さんの為なら、それくらい手間でもないよ。父上、腰が重くてぜんぜん姐さんと会おうとしないし、ライ兄上は苛々してるしで、我が家がギスギスしちゃっててさ。ここは癒されると定評のある僕、流星のキラメキ王子がひと肌脱ぐべきだと立ち上がったわけだ」
自称、癒しスキルを持つ流星のキラメキ王子は太陽のような眩しい笑顔で私の目をくらませる。
うお、眩しい。
「そうだ、姐さんもう帰るの?」
「ええ、あまり長居をするものよくないし。ギルドもあるし」
「でもせっかく久しぶりに会えたんだから、ちょっとはゆっくりしていきなよ。キラメキ王子の癒しスキル発動! 肩たたきする? お茶飲む? それとも……お菓子食べる?」
ゴロが新婚さんコントみたいになってる。
「今日は遠慮しておくわ。またの機会にぜひ――」
「ダメですわ!!」
「うわあ!?」
高い女性の声が聞こえたかと思ったら、白壁がはがれて金髪の女性が突如現れた。白い肌に整った顔立ち、桜色のぷっくりとした唇を持つ美女は、大きな真紅の両目を見開き、飛び掛かってくる。
「シアー、あなたはわたくし達と楽しくお茶会をするのです!」
「え!? あ、マリー姫様じゃないですか! 脅かさないで下さいよ」
赤い目の金髪美女は、王家六人兄弟の長女、マリー姫様だった。
なぜ、壁から現れた。
「マリー姉様だけではありませんわ! わたくしも混ぜて!」
バン!!
「ひぃ!?」
今度は床が抜けて青い目の金髪美女が現れた。マリー姫と同じ顔のその人は。
「リリー姫様ですね!? だから、脅かさないで下さいってば!」
リリー姫から仰け反って後退すると。
「もちろん、わたくしもいてよ!!」
ドカン!!
「ぎゃあ!?」
天井から赤い目と青い目のオッドアイを持つ金髪美女が降って来た。
「エリー姫様!? ドレスの中身、見えましたよ!? どこから来るんですか、どこから!」
同じ顔をした三人の姫君、マリー、リリー、エリーは三つ子のお姫様でリンス王子のお姉さんだ。確か、歳はルークと一緒の二十歳だったはず。
「ふふふ、わたくし達の隠れ身の術はいかがでしたかしら?」
「弟を使った見事な誘導」
「完璧でしたわね!」
「作戦成功だね! 姉上」
どうやら姫様達は、私を驚かせようと弟を囮に使ったらしい。どおりでリンス王子の尾行が下手過ぎるわけだ。リンス王子は素だった気がするけど。姫様達はどこで覚えたのか、本当に気配がなかった。
「さあ、シアあなたは負けたのだから、わたくし達と一緒にお茶会をするのよ」
「えぇ……」
「まあ、変な顔をなさらないで」
「シアの大好きな甘いものをたくさん用意しているのよ」
美しい姫君に取り囲まれ、ノーと言えなくなった私は、帰りが遅くなるのを覚悟してお姫様方に引きずられるように部屋に連行された。




