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◇1 メロンだーー!?

 冬も間近に迫った秋の終わり頃。

 肌寒い空気の中を私は頬を上気させながら小走りにギルドへと向かっていた。

 ジオのギルドで受けた依頼の報酬を受け取りに行っていたのだが、そこでジオから嬉しい知らせを聞いたのだ。私はその足で、王都にあるギルド協会に向かった。そこの受付でジオから貰った書類を提出し、確認を終えて確かな『証』を手にした。

 それを胸に抱え、私は小走りからダッシュになってギルドへと駆け上がる。


 冷えた廊下を抜け、ギルドの扉を開ければふわっとした温かな空気が出迎えてくれた。朝から暖炉を稼働させていた甲斐がある。薪はそこそこのお値段がするが、仔猫達は寒がりだしリーナ達にも不便な思いは出来るだけさせたくないので、寒い時はちゃんと暖炉を使おうと思っている。

 暖炉番はレオルドのようで、足りなくなった薪をくべていた。

 ルークは広い場所で素振りしていたし、リーナは仔猫を膝と肩に乗せ、のんは彼女の足元でうとうとしていた。各自個室があるが、彼らはあまり自室にこもるということはしない。だいたいは居間にいて、寛いでいるのだ。


「みんなー、聞いて聞いて!」


 私は息を切らせて走って来たので、全員がなんだなんだと視線を向けてきた。


「集合!」


 同じ場所にはいるが、各自あちこちにいるので集合をかけテーブルに全員を集めると、私は彼らの正面に回って、こほんと咳をひとつした。


「皆さんに、嬉しいお知らせがあります」


 なんだろうと首を傾げる皆に私はニヤニヤと笑って、じゃーんと一枚の紙を披露した。


「んー? なになに……『暁の獅子、ギルドポイントが規定値を越えたことをここに証明し――』」


 正確に字が読めるレオルドが、声に出して読み上げてくれた。その内容に皆がだんだんと意味を理解していく。


「え? それってつまり」

「そういうことです!?」

『のー!』

「なうー!」

「なあー!」


 ルーク、リーナ、のん、仔猫達が一斉に色めきたった。のん以下は意味は理解してないだろうけど。レオルドは嬉しそうに頷いた。


「そう! 我がギルド、暁の獅子が本日をもちまして『ギルドランクE』に昇級しました!!」

『やったー!!』


 そう、ギルドを立ち上げて三か月と少し。細々と積み上げてきたものと、この間のベルナールの依頼の上乗せ報酬もあって、昇級する為のギルドポイントがたまったのだ。

 ギルドランクが上がれば、報酬の良い依頼も受けられるようになるし、ダンジョンなんかの立ち入りが許される場所も増える。ゆえに難易度は上がるのだが、お金がなければどうしようもない。レオルドの問題もあるし、我がギルドは早足でランクを上げる必要があるのだ。


「リーナの誕生日もあるし、盛大に祝うわよー!」


 ご馳走が食べられるとあって、全員がはしゃぎ回り、一階の雑貨屋夫婦から『どうかしたの?』と尋ねられてしまったほどだったが、ご夫婦も巻き込んで私達は、お祝いに沸いたのだった。


 次の日には、どこから嗅ぎつけてきたのかお祝いの品が届けられた。

 抱えるほどの大きさの箱に入った、なにかだった。


「送り主は……ふぁ!?」


 運送屋さんから品を受け取り、不思議に思って送り主を確かめた私は、変な声を出してしまった。


「誰だったんだ?」

「不審者か?」


 私の反応を訝しんだ男連中が、危ないものなのかと近づいてきたので私は慌てて首を振った。


「あ、違う違う! ちょっと驚いたけど変な人じゃないわ……送り主はクレメンテ子爵よ」


 祝いの品の送り主は、ベルナールの兄からだった。

 昨日今日でどうやって知って速達で送ったのか不明だが、品と共に添えてあったメッセージカードには。


『弟が世話になった。ギルドが昇級したと聞いたので、私から祝いの品を送ろうと思う。みんなで食べてくれると嬉しいよ。では、これからもよろしくお願いする。――スィード・ラン・クレメンテ』


 お祝いの品は。


「め、めめめめ――メロンだーー!?」


 箱の中身は、甘い香りを放つ緑の球体。白い網目模様が美しい、キラキラと光りを放つ高級フルーツだった。その昔、異世界から渡って来た勇者が持ち込んだもので、王族や貴族しか口に出来ないような一般庶民では手出しできないお値段で売られているもの。


 さすがクレメンテ子爵様、一新米ギルドの昇級祝いにこんなお高いものを贈ってくれるとは。


「これが、メロンなのか……こんなに近くで見るのは初めてだな」

「おっさんも、こんな立派なメロンは初めて見るな」

「りーなもですっ」


 高級なものにとんと縁のない私達は、しばらくメロンを眺めて放心していたが、せっかく貰ったのだし食べなければ悪い。ずっと眺めていたい気持ちはあるが、食べ物なのだから悪くなる前に美味しくいただかなくては。


 メロンを分ける手が震える。

 じぃーっと見詰めてくる仲間達の視線が熱くて、少しでもどれかが大きかったり小さかったりしたら不平不満がでるだろう。慎重に切り分けていく。果物切るのにこんなに緊張したことないよ……。

 切ると中から美しいオレンジ色の果肉が現れる。

 甘い匂いが増して、全員がその香りにうっとりした。


 人生最大といってもいい緊張感の中、見事に綺麗に切り分けられたメロンを各自の皿に配り、席についた。


「では、いただきます!」

『いただきまーす』


 フォークを握る手が震えるが、なんとか先にメロンを挿しこめた。するりと果肉の中にフォークが入り、持ち上げられる。この重み、一体何万Gするんだろう。

 ドキドキしながらメロンを齧った。

 瑞々しい果汁が口の中に広がり、甘さが口いっぱいに染み込んでいく。


 初めて食べる味だが、あまりもの美味しさに感動で震える。

 誰もが言葉を発することもなく、噛みしめるようにメロンを堪能した。


 最後のメロンを食べ終え、余韻に浸りながらも私は芽生えた決意を口にする。


「……皆、これからも頑張ろう。いつか、メロンすら贅沢に買えるようなギルドにする為に!」


 私達の心は、色んな意味で一つになった。



 ****************


 メロンを食べるという幸せで贅沢な時間を過ごした後、私は部屋に戻って手紙を書いた。クレメンテ子爵へのお礼の手紙だ。書きたいことを書いているとかなりの分量になってしまって、これはまずいと添削していると、窓がコンコンと何者かにノックされた。

 窓を見れば、そこには一羽のフクロウが。

 私は、窓をそっと開けた。


「ごくろうさま」


 フクロウの足には紙がつけられており、それを受け取るとフクロウは『はよ、返事寄越せ』と、テーブルの上で待機する。

 この子は、手紙フクロウ。

 手紙の配達屋さんもいるが、手紙フクロウはとても速くてとても賢いので貴族達の間では重宝されている。私は紙に書かれた内容を読むと、すぐさま返事を書き、手紙フクロウの足に括りつけた。

 手紙フクロウは、それを確認するとささっと羽ばたいて外へ飛び立っていく。


「……うん、こっちもなんとかなりそうね。今日は良い日だわ」


 ちらりと窓から見える立派なお城を見詰めて、リーナが部屋にやって来ると一緒に就寝した。



 ******************


 三日後、指定の日になった私は準備を整え、出陣した。


「シアのやつ、あんなに身綺麗にしてどこ行くんだ?」

「ルーク、あまり詮索するんじゃない。女子がめかし込んで行く場所なんて一つだろう」


 なんだかレオルドが訳知り顔で、「さあ、ルークは止めておくから早く行くんだ」みたいな視線を送って来るのだが、たぶん彼が考えていることと私の行く先は違う。だが、今色々と言うのは憚られるので苦い顔で何も言わずに出ていくしかない。


 ギルドから出て、すぐに馬車に乗って目的地へと揺られていく。

 しばらく外を眺めて、商店街を抜け、貴族街に入って、そしてそこもまた抜けていく。その先にあるのは、貴族すらも身を固くして歩く場所だ。

 馬車は、大きな門の前で止まった。

 御者にお礼と運賃を払って降り、私は門の前に立つ。見上げればそこには、聳え立つ威厳と優美を併せ持った白いお城がある。

 私は門番に、登城許可書を提示し城の中へと入って行った。


 副団長に会いに来た時にも通った道を、慣れた足取りで歩いて行く。

 城の中の目的地、謁見の間前に辿り着くと、まだ待っている人がいるようで騎士に控室で待つよう指示された。

 そう、今日私がここに来たのは王様にお目通り願う為。勇者に解雇されて王都に戻ってから、王様側からなにもないので、放って来たがそろそろ現状把握の為にも王様と話し合う必要があるだろうと思った。相手に避けられているような気もしたので、王様本人に直接お願いするのではなく伝手を頼らせて貰ったが、それは正解だったようだ。返事はすぐに来て、場を整えてくれた。


 お高い紅茶とお菓子を遠慮なくいただいて、自由に時間を潰すと三十分後に私の番が回って来た。一度、変なところはないか確認し、髪形を整えてから謁見の間の扉を潜った。

 赤い絨毯の道を行くと、その先には少し高いところに玉座があり、そこに王様が腰掛けて待ち構えている。……というより、私が近づく度に震えが大きくなってるのは見間違いだろうか。まるで逃げ出すのを止めるように両脇に宰相と第一王子がいるのは、見間違いだろうか。


 私は玉座の下に来ると、膝をついて頭を垂れた。


「…………」


 シーンと場が静まり返る。

 あれー? ここで王様から面を上げよとか許可を得ないと顔を上げることも言葉を発することもできないのですが。

 赤い絨毯を見詰めながら、まだかなと思っていると。


「父上、彼女に発言の許可を」

「はっ! そ、そそそうだった。聖女シアよ、面を上げよ」


 その言葉に私はようやく頭を上げた。そしてちょっと驚いている。王様は、私を『聖女』と呼んだのだ。勇者が解雇の話を王様にしとくとか言っていたから王様側は、すでに私を切り捨てているのだと思っていた。


「お久しぶりにございます。シア・リフィーノです。この度は会談の場を下さいましてありがとうございます」

「う、うむ! 楽にするがよい。誰か、聖女に椅子を」


 王様が指示すると、近くにいた兵士が椅子を持って来てくれた。私は許可を得て椅子に腰かける。普通は膝をつけたまま会話するのだが、王様は優しいから女性相手だと気を使ってくれる。

 さて、なにから話しだそうかと脳内で会話を組み立てていると、王様からおずおずと口を開いてくれた。


「まずは、聖女に謝罪をせねばならんな」

「謝罪……ですか?」

「そうだ。勇者の勝手な行動とはいえ、そなたを不当に解雇したこと誠に申し訳なく……」

「父上、頭は下げてはいけません」


 ぴしゃりと第一王子に注意され、土下座でも繰り出さんばかりの表情だった王様は、溜息を吐いた。王様より身分の高い者は王国にはいない。どれだけ謝罪を口にしようとも、決して頭だけは下々に下げてはならないのだ。そういう王家の規則があるらしい。威厳を保つとかそういう、なんともこちらとしてはどうでもいい矜持で。


 まあ、私としても王様に頭を下げられても居心地が悪いだけなので、謝罪の言葉だけ素直に受け取っておく。


「……わたくしは、勇者パーティーからの解雇の件はそれほど気に病んでおりません」

「え? そうなのか?」


 静かに言葉を口にした私に王様は目を丸くした。


「はい。解雇しなければ、近いうちに勇者をぶんなぐ――いえ、彼の元を去り聖女を返上できればしたいと思っておりましたので」

「あ、ああーえっと、本当に申し訳――」

「父上」


 がしっと、王様は息子に頭を掴まれて下げられないようにされた。


「聖女の返上はできるものなのか?」

「いいえ、司教様のお話では女神様がわたくしから力を消すまでは無理だと」

「そうか」


 頭を固定されて、ぷるぷる震える王様に代わり第一王子が質問して来たので、返した。第一王子は少し考えた後に、王様から手を離して告げた。


「そなたが聖女のままであるというのなら、聖女のそなたが勇者に不満があるというのなら……どうだろう、勇者の選定をし直すというのは」

「それは……今の勇者を廃するということでしょうか?」

「ら、ライ……お前、そんな性急すぎるだろう」


 王様が第一王子、ライオネルの愛称を呼びながら狼狽えた。だがライオネルは、ぎりっと鋭い黄金の眼差しで王様を睨んだ。


「父上、先日の勇者の件を忘れましたか? 俺はもう我慢ならない。ベルナールでもリンスでも、他に相応しい者はいるはずです」


 ライオネルの声が、謁見の間に響き渡る。

 先日の勇者の件ってなんだろう?

 王様と宰相の方を見ると、二人とも目を反らした。なにかよっぽどのことがあったらしい。


「聖女、シア。実は先日、勇者はここに現れた。仲間に裏切られ、クウェイス卿に呆れられて一人寂しく聖剣と共にな」


 あー、ついにやっちゃったのか勇者。

 いつかは崩壊するパーティーだったが、壊れる時は一瞬らしい。


「だからこそ、俺は提案する。勇者選定のやり直しを!」


 ライオネルは拳を握りしめて、険しい表情で宙を睨んだ。そこになにが浮かんでいるのかは一目瞭然だった。彼は力強く言葉を続ける。


「宣言できる。必ずや奴の聖剣は――」


 ――新たな勇者によって、『折られる』と。

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