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◇0 くそおおおおーー!!

第二章開始。

二章・0話は、聖女シアを解雇した勇者のその後。

 ************


 聖剣に選ばれた時、『俺の時代』がやって来た事を確信した。

 天才型のベルナールでもなく、努力型の第三王子でもない。

 この俺、クレフトなのだと。


 ************


 勇者クレフトは、豪奢な内装の部屋で、これまた豪奢な椅子に腰かけて足を組み、高い酒を空けていた。両脇に美女を侍らせ、給仕も美しい娘を指名した。部屋の中には美しく、高価なものしかない。

 勇者一行は、魔王領と隣接する王国の辺境の地であり最終防衛地でもあるクウェイス領の領主を務めるクウェイス辺境伯が住む城に滞在していた。勇者は城の主を差し置いて我が物顔で自由に振る舞い、勇者に選ばれた選りすぐりの美女パーティーメンバーもそれぞれ寛ぎ、宝石箱を開けては楽しそうに談笑したり、針子に衣装を注文したりしている。

 金は、飛ぶように消えていく。

 王様から定期的に貰う軍資金の他、魔王領を進軍し、土地を奪うごとに貰える金。魔人や魔物の討伐報酬など。勇者は大笑いするほど大金を抱え込んでいた。

 だが、その大金も日々の豪遊で消えていく。


 勇者の懐が寂しくなり始めたのは、シアを解雇してから三か月ほど経った頃だった。


「もう、これしかないのか」


 中身の少なくなった金庫を眺めて、勇者は扉を閉めた。

 定期的に軍資金として王様から大金が送られてくる。明日になればまた金庫はそこそこ潤うが、このままだと贅沢に慣れたメンバー達の欲望を満たす事が出来ないだろう。なにより自分が満たされない。


「クウェイス卿にもせっつかれているし、そろそろ本腰入れて魔王領へ攻め込むか」


 美しく輝く聖剣を誇らしげに見つめてから、装備し部屋でダラダラしているメンバーに声をかける。戦いに出ると伝えれば、彼女達は面倒くさそうに立ち上がった。


「遊びたいけどぉ、その為にはお金は稼がないとねぇ」

「こちらには最強無敵の勇者様がいるのですから、魔人討伐なんて欠伸をしている間に終わってしまいますわよね」

「ねぇ、ねぇ勇者様。討伐戦で一番活躍した子になんかご褒美ちょうだいよー」

「あー、それいい。気合入る」


 けらけらと笑うメンバー達に勇者は、笑顔で頷いた。


「いいぞ、なんでも一つ欲しい物を買ってやろう」

『やったー』


 彼女達のやる気を出させつつ、出発の手筈を整えて前と同じように、魔王領へ行き、魔物を倒し、その土地を守る魔人を討伐する。

 そうすれば、大金が手に入る。


 ただそれだけの、聖剣を持つ勇者にとっては簡単なお仕事であったはずだった。

 勇者も、仲間達も、全員がそう思っていた。

 だが、現実は。


「これが勇者? 話と違うな……」


 魔王領へ進軍した勇者一行。現れる魔物は危なげなく退治できた。だが、土地を守る魔人との戦いは別格だった。


 確かに、前もそこそこ魔人相手は苦戦した。

 だが、聖剣の力と聖女の力を合わせることで魔人を討伐できたのだ。

 あの時は、シアがいた。

 けれどあいつは偽物だ。大した力は持っていなかったはずだ。支援魔法は役に立ったが、それだけだ。


 勇者パーティーは、一人の魔人相手に壊滅状態に追い込まれた。勇者は、魔人に成すすべもなくボコボコにされ、地面に転がされている。

 前と何が違うというのか。以前より戦力は上がっているはずである。なによりも聖女が、清廉な美しさを持つエイラがいるのに。


「え、エイラ――ヒールを……」


 勇者がそこにいるはずである聖女に声をかけた。

 視線の先にいるエイラは、苦々しい顔をして膝をついている。


「すいません、魔力切れで……」


 魔力切れ?

 勇者は首を傾げた。

 魔導士が魔法を使い過ぎて魔力切れを起こし役立たずになることはあったが、聖女が魔力切れを起こしたところは見たことがなかった。

 シアが、魔力切れを起こしたことはない。


 他のメンバーも勇者と同じことを思ったらしい。


「あの偽物だって魔力切れは起こさなかったわよ!?」

「肝心な時に使えないなんて……」

「聖女の名が泣くわね」


 仲間達の辛辣な言葉にエイラは怒りで顔を真っ赤に染めた。


「聖女なんて! 勇者様がそう仰ったから、私はっ」


 仲間割れが始まってしまっている一行に、魔人が呆れたように口を開く。


「最後の会話はそれでいいか? うるさいから、さっさと死んでくれ」


 魔人の魔法が展開する。

 このままくらえば全員、死ぬだろう。


 なぜだ? なんで、こうなったんだ。

 クレフトは勇者である。聖剣に選ばれた正当な勇者であるはずだ。誰よりも強く、尊い存在。勇者だけが魔王を倒し、世界を救える。


 だというのに、なぜ勇者である自分がここで倒れるのだ。

 負けなんて、勇者である自分に起こるはずはないのに。


 今までの勝利が、すべてたった一人の力があったゆえだったなんてことは――――。

 脳裏に勝ち誇ったシアの顔が浮かび上がる。


 魔人の魔法が炸裂した。

 咄嗟に目を閉じ、再び恐る恐る開くと。


「……城?」


 見覚えのある城の前にいた。

 怪我を負った仲間達の姿もある。


「危ない所だったわね、勇者殿」

「く、クウェイス卿……」


 勇者の前に現れたのは、妖艶な美女。豊満な胸元を惜しみなく晒す扇情的な黒いマーメイドドレス姿で、艶やかに微笑んでいる。勇者好みの美女だが、強引に口説こうとしたところ自分の大事な部分をひねりつぶされてしまいそうになった為、断念した。


「あなたが助けてくれたのか」

「ええ、念の為とあなたの仲間の一人に救援信号を発する魔道具を貸していたので。手当てしましょう、全員城の中にお入りを」


 兵士に担がれ、城へと運ばれていく。

 勇者はちらりと背後の仲間達を見た。そこには笑顔はなく、重苦しい空気が漂っている。


 だが、勇者はまだことの重大さを分かっていなかった。

 明日になり、王様から金が貰えたら、しばらく休養してまた出直す。次は勝てる。今回は運が悪かっただけに違いない。聖剣の調子が悪かったんだ。などと楽観していた。


 寝つきに良いと、やけに優しい仲間達から薦められた酒を飲んで爆睡した次の日。

 仲間達は勇者の前から忽然と姿を消した。

 どこを探しても見当たらない。そして彼女達を探し回って気が付いた。彼女達に与えた宝石や衣装などが綺麗に消えている。そして金庫は開けられ、午前中には転送魔法で送られているはずの王様からの軍資金がどこにもなかった。


 彼女達は勇者を裏切り、金目のものを持って逃げたのだ。


「嘘だろ……」


 彼女達を上手く手なずけていたと思っていた勇者は呆然と呟いた。


 シアには、財布を持っていかれたことはあった、だがこれはさすがに痛手過ぎる。唐突に無一文になってしまった勇者は慌ててクウェイス卿を訪ねた。

 クウェイス卿は勇者の説明に、くだらないものを聞くような呆れた様子で椅子に腰かけていたが、ややあって口を開いた。


「それはお気の毒様ね。良い仲間をお持ちでなかったよう……でも、こちらも被害者なのよ? 勇者殿」

「え?」

「あなた方が豪遊した、飲食代から装飾、衣装代まで未払いがこんなに」


 ぺらぺらと長い紙に黒い文字と数字がびっちり書かれている。それを見て、勇者の顔面は蒼白になった。


「もちろん、しっかりと払っていただけるのよね? 踏み倒して逃げるなんてこと、聖剣に選ばれし勇者殿がすることではないものね」

「くっ――! そ、それは俺のせいじゃない! あの女どもが勝手にやったことだ。払いならあいつらを捕まえてさせればいい! なんなら、俺が捕えて来ようか!」


 クウェイス卿は、色気のある溜息を吐いた。心底苛々している面持ちで言う。


「彼女達の手配はすでにしているわ。優秀な部下が早々に捕えてくれるでしょう。金遣いの荒さから考えて、あの子達じゃ払えないだろうし……やっぱり勇者殿には責任を果たしていただかないと」


 じりっと、クウェイス卿は一歩、勇者の前へと踏み込んだ。


「な、なにをする気だ!」


 殺気を感じ取って勇者は聖剣を抜き放ち、構えた。クウェイス卿は恐れる様子を一切見せず、冷えた視線で勇者を見つめる。


「仲間も資金も失った。これでは、魔王領に攻め入ることも叶わない……となれば、助力を仰ぎに王都へ帰るしかないわね。喜びなさい勇者殿、私の力で王都へ転送してあげる」

「ひぃっ! 来るな!」


 美女がタダで奉仕なんてしてくれるわけがない。

 美女のタダ働きは、世界で一番の罠だ。

 勇者の悲鳴に微笑みつつ、クウェイス卿は転送魔法を発動させた。遠距離の転送魔法は膨大な魔力と時間を有するものだが、大陸一の魔導士と謳われる魔女である彼女にとっては朝飯前の魔法だ。

 眩い光に呑み込まれていく中、艶やかな声が楽しげに響いた。


「――全裸(マッパ)から出直しな!!」


 気が付けば勇者は、城の中にいた。

 クウェイス卿の城ではない。何度も見た、旅のはじまりの場所である。


 突如現れた勇者に、王様とその隣にいた宰相がぽかんとした顔で立ち。玉座の下にいた第一王子は、しかめっ面を浮かべた。


「――勇者、ここをどこと心得る」


 ヒヤッとした低音の声が第一王子から放たれる。睨まれた勇者は背筋が震えたが、負けじと返した。


「王都の城だろう!? 知っている」

「そうだ。ラディス王国王都、王が住まう国の中心――に、なぜお前は全裸などという酷い姿で現れたのだ」

「……え?」


 第一王子の言葉に、慌てて勇者は自分の恰好を見下ろした。

 何も……着てない。聖剣だけが当たり前のように足元にあるだけ。


「この場に、女がいなくて良かったな。いればお前を公然わいせつ罪で捕えなければいけないところだ」


 吐き捨てるように言う第一王子に対し、王様は『まあまあ』と仲裁に入り、そして遠慮がちに言った。


「よ、よくぞ無事に城に戻った。さすがは勇者――」


 ここから旅立った者へ、無事の帰還を歓迎する台詞。

 だがそれは、目的を達成して晴れ晴れとした心地で聞くはずの言葉だ。こんな状況で聞いても、虚しく響くだけ。


 段々と、自分が置かれている状況を理解してきた勇者は床を拳で殴った。


「くそおおおおーー!!」


 どれだけ悔しがっても、自業自得な結果は変わらない。

 仲間に裏切られ、金を持ち逃げされ、魔女に全裸にされた事実は、何一つ変わらない。

 勇者の叫びは、しばらく謁見の間に響き渡り王様達の耳を痛ませた。

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[一言] クウェイス卿、いい仕事をしましたね。
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