☆閑話 お前が落ち着け
ポラ村から戻って数日。
色々なことがあって疲れていた面々はしばらく休養をとってから、ギルドの仕事を再開させた。
あー、あのベルナールのくれた夜なべペンダントの話だが、とれなくなったと慌てたけど結局あれはベルナールのちょっとした悪戯で、三日も経てば自然と外せるようになる代物だった。だが、彼からは仕事の時は身につけていて欲しいと言われているので守護石だし、それは守ろうと思っている。
人騒がせだ。
それとベルナールからもう一点、話があった。
今回の依頼、レオルドの借金の一部である100万Gの連帯保証人をしてくれる条件で受けたものだが、実際あまりにも難易度が高いものとなってしまったので、報酬の上乗せをしたいとの申し入れだった。まだまだ財力もないギルドなのでありがたくその話は受けることにした。
お金はとても重要だ。レオルドの借金の件もあるが、新しいギルドを手に入れるのにも必要だし、後やはり装備の充実は必要不可欠だと感じた。安い武器にいくら良い加護をつけても結局は元の武器に能力は依存するものである。
できれば皆には良い装備をあげたい。
そのためにはなによりもお金が必要なのだ。
ベルナールが申請したギルド銀行の貸付100万Gを受け取り、私とレオルドでちょっと怪しい金貸しやの事務所を訪れた。例の二人もいて、笑顔を向けたが悲鳴をあげられてしまった。私はなにもやってないぞ。
恐れ戦く彼らに100万Gを渡して、そこのボスにも話をつけた。
「これで今後一切、ギルドやレオルドに近づかないと女神に誓ってくださいね? でないと女神の使徒、司教様が再び微笑まれますよ?」
『ひぃぎゃあぁぁ!!』
よほど怖い目にあったのだろう、見事な坊主になった二人は抱き合いながら泣いていた。ボスも戸惑い気味だ。
「……海を荒らしまわった大海賊の話は裏でも有名だからな」
触らぬ神に祟りなし、といった具合にボスもお前らには関わり合いになりたくない、と女神に誓ってくれた。これはこれでよし。後は悪徳で有名だというラミリス伯爵の身元を探ってレオルドの割った壺の妥当な値段を導き出し、正当な弁償をするだけ。
だがそれには調べてくれる専門的な人を雇わないといけない。
相場はだいたい、1万Gくらいのようだ。
うーん、高い。
しかも悪名高いとはいえ伯爵が相手だ。騎士団も手こずってる相手に、正攻法は通じないかもしれない。考えることは多そうだ。
「そうだレオルド、強引な取り立てはなくなったんだし家族を呼び戻したら?」
「え? ああ、うーん……だが、借金を完済できたわけじゃないからな」
「でも、元奥さんも子供も待ってるんでしょ? 一緒に返してくって言ってくれてたんなら、いいんじゃないかな。うちも部屋はまだあるし、なにより元奥さんも、お子さんもお父さんに会いたいんじゃないかな」
レオルドはまだ借金がすっきりしていないから、生真面目な顔で悩んでいた。
だが頭の中には家族の顔が、いっぱいだったのか時間をかけて考えると。
「そう……だな。近況報告のついでにそのあたりもサラと相談するか。手紙が分厚くなりそうだ」
「元奥さん、サラさんっていうの?」
「ああ、その名にぴったりの俺にはもったいねぇべっぴんでな。娘のシャーリーも母親似で可愛くてなー。リーナと同じくらいだから良い友達になれそうなんだが」
ほうほう。と、楽しげに語るレオルドの話を私も楽しく聞いていていたが、急にレオルドの顔が険しくなった。
「どうしたの?」
「いや、そういやリーナっていくつだ?」
「ん? えーっと確か七歳」
前にギルドカードを作った時に見た。
秋の三月、21日が誕生日になっていたからもうそろそろ八歳だ。
そう言うと、レオルドの目がカッと見開かれる。
「もうすぐ、八歳! おいマスター、リーナは七五三の儀式は受けたのか!?」
七五三の儀式。
それは異世界の勇者がもたらした異世界の習わしがこの国に根付いたものの一つだ。
子供の年齢が、三歳、五歳、七歳になった年に行われる儀式で、子供の成長を祝うものである。教会で祝いの言葉を受けて、女神の加護があるという聖水を貰い飲み干し儀式は終了だ。後はそれぞれ祝い飴を買ったり、記録魔術で写真をとってアルバムに収めたりと色々である。
私は孤児なので受けたことはない。
だからすっかりと頭から抜け落ちていた。
リーナの母親が七五三の儀式をしていたとも思えないし。
「やるべきだ。リーナにとって最後の機会だぞ」
一人の娘を持つレオルドは、儀式の重要性について熱く語った。
儀式なんてものは、本当はやらなくても子供は勝手に成長するものだ。私だってそうなんだから。でもこれは一つの親としてのけじめであり、区切り。子供にとっても良い思い出となるものだ。
リーナにはもう母親はいない。父親も行方がしれない。
ならば私達がそれをしなくてどうするというのか。
私は拳を握りしめた。
「やりましょう、レオルド!」
こうして私達の『リーナに、七五三の儀式を!』作戦が始まった。
まずは仲間を集う。
ルークを引っ張ってきて、私とレオルドの輪の中に入れた。
「な、なんなんだよ……」
ギルドの隅っこでしゃがみ込み、怪しい雰囲気で密談する私達にルークはびびっていた。リーナは別室で名前をラムとリリと名付けた仔猫達とのんと一緒に遊んでいる。
私は、ことの詳細をルークに告げた。
「あー、七五三な。あったなそんなの」
遠いもののように語るのでルークも体験したことはなさそうだ。私とルークの事情を知ったレオルドは。
「お前らも今から気分だけでも味わっとくか?」
と、お父さん目線で言われたが断った。この歳で七五三は恥ずかし過ぎる。
「七五三って確か、お着物が必要よね?」
お着物、これも異世界の勇者がもたらしたものの一つである。異世界の衣装であるお着物は、大陸の一般的に着られているものとは形状がまったく違っていて、布地も鮮やかなものが多く、体にぴったりとしている型をしている。靴は草履と呼ばれる、平べったい靴を履きとても動きづらいのが難点だが、なんとも慎ましやかな印象を受ける姿となる。お着物一式は、七五三の儀式と特殊な形式の結婚式くらいでしか着られることはないが、貴族の中には気に入って身につけている人もいる。
七五三のお着物は大抵、母親が裁縫で作るものなのだが。
「マスター、裁縫の腕は?」
「うーん、ないわけじゃないけどお着物はさすがに作った事ないのよね」
ハンカチとか、普通の衣服くらいならできないこともない。だがお着物は縫うのが難しいのだ。子供を持つ母親の一番の大仕事とも言われるくらいに。購入も可能だが、それだとべらぼうに高い金額を要求される。
悩んだ末、私は結論を出した。
「私がやります」
「え? マジで?」
「やるっきゃないでしょ。でも私一人じゃとても間に合いそうにないし、手が死にそうだから二人とも手伝って」
レオルドは私の頼みに頷いた。
「確か、シャーリーの時の型がどっか荷物の中にあったはず。倉庫の方だったかな? 後でとってくる。サラが作ってた時に手伝った経験もあるから任せろ」
胸を張って自信満々なレオルド。彼に針を持たせるのは怖いが、ドジッ子を発動しないよう注意するしかなさそうだ。ルークは逆に自信がまったくなさそうで。
「布、切るくらいならなんとか……」
「それでいいわ。さあ、決まったら布地を買いに行くわよ!」
布地の良し悪しなんて分からんというルークと内緒にしているリーナをお留守番させて、私とレオルドは仕立て屋に向かった。
庶民的な仕立て屋さんには、そこそこ良い布が置いてある。私達のギルドの稼ぎでもなんとか買える額だ。だがやっぱり懐は痛い。
う、ううん! リーナの七五三の為、けちけちしたこと考えない。
「レオルド、こんなのどう!? 可愛くない!?」
「……いや、こっちのがリーナに合うだろ。金髪に映える」
私が選んだ黄金のてかてか輝く布を押しのけて、レオルドが鮮やかな真紅の布を出して来た。
色彩が美しい。確かにリーナに似合うかも。
「あとこれな。それとこれと、これ」
次々とレオルドが布を選別していく。時々私が提案した布は高速で却下された。
ぶぅ。
紐と帯、髪飾り、草履も選んだ。
「ねえ! レオルド、これは!? これも可愛いよ!?」
「おっさんは、こっちがいいと思うが」
最後に巾着で揉めたので、店員さんに聞いてみた。
「お嬢様、お父様のご意見を聞かれては?」
笑顔の店員さんによって玉砕した。
なんでー!? お化けツリーがサンバ踊ってる絵柄のどこがいけないのー!?
勝ったレオルドは、金魚の絵柄の巾着を購入した。
帰った私達を出迎えたルークが、その話を聞くと。
「……おっさんが一緒に行ってくれて助かったぜ」
と心底ほっとされてしまった。
解せぬ。
その日からリーナに隠れてこっそりとお着物製作が始まった。お着物作りを習うため講習へ出向き、本を見ながらギルドの部屋で黙々と足踏み式ミシンで縫っていく。お着物の布地は固いのだ。
レオルドが街にある共同倉庫から娘さんが使っていたお着物の型を持って来てくれたのでそれを参考に作っていく。リーナの体型を測る為、『健康診断』と嘘をついてしまったがこれも驚かせる為だ。許せ、リーナ。
ギルドの仕事もこなしつつ、お着物を作るのは大変だったがお着物作りのおばあちゃん先生の最強の助っ人のおかげで一カ月後の秋の二月三日、ようやくお着物が完成した!
ルーク、レオルドにも確認してもらい、大丈夫だろうという返答を貰えたので、皆でうきうきとリーナがいる居間に行く。リーナはまめにギルドの掃除をしていた。
「リーナ、ちょっといい?」
「はいです」
『のー』
リーナが振り向き、のんと一緒にトコトコ歩いてくる。
トコトコといえばカピバラ様の姿をあまり見ないのは、こちら側の空間にいたり精霊がいる別空間にいたりと気分によって場所を変えているかららしい。呼べば来てやるよ、とは言われているので自由にさせている。
「リーナにプレゼントがあるんだ。じゃーん!」
出来上がったばかりのお手製お着物がリーナの前に披露される。リーナはお着物に目を輝かせて、頬を赤くした。
「わあ! とってもすてきなおきものです!」
『きれいですのー』
「これ、どうしたんです?」
「ふっふっふー、まずは着てみて?」
リーナは不思議そうに首を傾げてお着物を受け取った。
だが。
「おねーさん、りーな、おきものきたことがないのです……」
「あ、そうか。私で大丈夫かな? リーナ、こっち来て」
若干不安はあったが、リーナを連れて部屋に入り着付けを行った。
案の定、あれー? どうなってるのー? 状態になったが、なんとか形にして部屋を出る。
「んー、これはこうじゃないか?」
最後にレオルドに手直ししてもらって、完了である。
「うあーー!!」
感動のあまり涙が出てきた。
あまりの可愛らしさに、震えが走る。
ふわふわの長い黄金の髪は頭の上でまとめられ、翡翠の蝶の髪飾りが輝く。鮮やかな赤の布地は金と青に映え、デザインも落ち着いていてリーナによく似合う。金魚柄の巾着もまた可愛らしさに加算されていた。
うおーー、うちの子が一番可愛いですーー!!
「ルーク! 落ち着け、落ち着くのよ! とりあえずすぐに今すぐに記録屋を呼んできて! 記録魔術で一枚撮って!!」
隣にいたルークの背を鼻息荒くバンバン叩くと。
「お前が落ち着け」
と突っ込まれてしまった。
落ち着いてる。私はとても落ち着いている。記録屋にいくら貢いでもいいくらい落ち着いているわ。
それは落ち着いてるとは言わない。と再び突っ込まれた。
「レオルド! レオルドはどうなの!?」
なんだか静かだったので、我がギルドのお父さんに問いかけてみた。
レオルドは、深く頷いた。
「シャーリーと同じくらい可愛い娘を初めて見た。記録館に行こう。色んな小道具と背景を駆使して記録しよう」
「おっさんもかよーー!!」
ルークが頭を抱えた。
どうしたんだ。ルークはこの天使の天を突きぬける可愛さが分からんのか!
「可愛いよ! はしゃぎたいくらい可愛い! だがお前らがすごすぎて逆に冷静になるわ!」
「そう?」
「そうか?」
可愛い姿に興奮しまくる大人組を余所にリーナとのん、仔猫達はまた別にはしゃいでいた。
「すてきです。かがみをみたいのですが……おねーさんたちは、おとりこみちゅうです?」
『のんがもってくるのー。りーなちゃん、とってもかわいいですのー』
ぴょんぴょんとのんが走って手鏡を持ってきた。
その手鏡をリーナは覗きこんで、別人みたいだと喜んだ。
「さあ、リーナ大聖堂に繰り出すわよ!」
「だいせーどーです? しきょうさまに、あいにくのですか?」
「まっさか! まっとうな神官様に祝いの言葉をいただきましょう」
いまいち状況を理解していない様子のリーナに、私はにっこりと笑って言った。
「七五三をするのよ!」
歩き難そうなリーナを真ん中にして私とルークで挟み手をとって歩く。ちょっと照れたようなリーナは恥ずかしそうに俯き加減だ。なぜなら街中の人達が可愛いリーナを見て、振り返るからである。
「あらあら、七五三かしら? おめでたいわね」
なんて、声をかけてくる人もいる。
このメンバーで歩いていると、レオルドがお父さん、ルークがお兄さん、私がお姉さんに見えるんだろう。なんだか私も楽しくなってくる。
途中で馬車に切り替えて、大聖堂に行った。
大聖堂では予約通り、神官様が待っていてくれていた。
で、なぜか。
「よう、来たな」
司教様まで、くつろぎながら待っていた。
「なぜ、司教様まで……」
「ああ? いいだろ、前に預かってたガキだぜ。ちょっと様子が気になるもんだろ」
どうだろう。司教様に限って、そういうこともなさそうだけど。リーナは特殊だったので、もしかしたらそういう気にもなるんだろうか。
「おーおー、可愛い可愛い。ずいぶんと気合入れておめかししてもらったじゃねぇーか。よしこの俺が、最恐の加護と共に祝いを述べてやる」
「なんだか『サイキョウ』の部分が、怖く感じるんですが」
「気のせいだ」
リーナは頭を垂れて、祈りのポーズをとった。
司教様は、驚いたことにまともな形できちんと儀式をしてくれる。子供にとって大切な行事だ。そのあたりのことは自由奔放な司教様も理解してくれているらしい。
最後に聖水をいただいて、リーナはごくごくと飲んだ。
これで体に、無病息災の加護がついたはず。
「聖堂内で記録してもいいが、他の連中に迷惑かけねぇーようにな」
「あの、しきょーさま」
儀式を終えて戻ろうとした司教様の黒い衣装をリーナが摘んだ。
「なんだ?」
「あ、あのあの、しきょーさまも、きろくにうつりませんか?」
「はあ?」
リーナの言葉に私達一同ぽかんとなった。
よもやあの怖い司教様に、一緒に記録に映ってなんて。司教様にその辺のものを持ってくるよう言うくらい恐ろしいお誘いだ。
「りーな、みんなでうつりたい、です!」
リーナの必死のお願いに、司教様は渋い顔をしていたが最後には頭をかいて。
「仕方ねぇーな。一枚だけだぞ」
「おぉ……」
あの司教様を折らせるとは、リーナの将来が楽しみだ。
しばらくして、神官様が呼んでくれた記録屋の魔術師が到着し、大聖堂にいる全員に祝福される形で、女神様の元、大勢巻き込んで記録を撮ることになった。
偶然通りがかった騎士王子様こと、ベルナール。
たまたま家族でお祈りに来ていたイヴァース副団長。
非番で副団長に付き合っていたジュリアス。
ふらりと立ち寄ったゲンさん。
もはや、女神の導きとしか思えない面子が集い。
「はーい、それではこの私の親指と人差し指で作った枠の真ん中を見ていてくださーい。いきますよー、ハイ、チーズ!」
一瞬、光が瞬き。
そして一枚のとんでもない写真が出来上がったのだった。
後にも先にもない、リーナの晴れ姿の豪勢な写真。
ちゃっかりカピバラ様も映ってて……。
それはいつまでもいつまでも、リーナの思い出の中に輝き続け、私達もまた、忘れられない日となったのだった。
1/9(水)21:05分頃、第二章第一話、更新予定です。