☆31 その心臓は鋼
聖獣の森での事件から一週間が経とうとしていた。
その間、村の人達の一報で地方騎士がリーナ達が捕えられていた建物を調べたようで、その報告を私達はベッドの中で聞いた。聖獣、カピバラ様に助けられヒールも受けたが体を無理矢理動かした弊害か、動けずにいたのだ。ルークやレオルドも無理をしていたし、リーナは力に目覚めたばかりだ。ぷちスライムが一生懸命、看病をしてくれた。といってもひんやりボディで額に乗ってぷるぷるしていただけだが。
彼女? の名前も決定した。
「のー、となくので『のん』ちゃんにします!」
とのリーナの発表だ。ぷちスライム、改めのんちゃんもお気に召したのか嬉しそうである。
さて、地方騎士達からの報告内容であるが、建物は超高度な文明技術でできているであろうと予測された。それはレオルドが肯定した。壁の素材をあっという間に解析した彼によると大昔の古代文明にあたる知識と技術が使われているようだ。その材料も特殊で、少なくとも人間の土地で手に入るようなものではないらしい。あの場の責任者だろうジャックが魔人だったことから魔族の土地のもので作られているのかもしれない。レオルドが解析に成功したのは、古文書を読み漁っていた時期があったからだったようだ。
超高度文明である『古代文明』は、遥か昔に崩壊し忘れ去られた文明である。その片鱗は少ない文献にのみ記され、現代人の浪漫とされてきた。どうして古代文明は滅んだのか。色々仮説はあるが、有力なのは文明が進み過ぎたゆえの弊害、ということらしい。高度な文明は時に恐ろしい兵器や魔術を生み出し、古代人を大いに苦しめたとか。星の滅びを悟った者達が、文明ごと封印しようとしてそれを阻止しようとした者達と争いが勃発し、結果崩壊したのではと言われている。
古代技術の復活、禁忌の術。それらを再現できるだけの力と知識が向こうにあるということ。魔人が人間の土地で暗躍しているだけでも恐ろしい事態だというのに、古代文明まで持ち出されたらなにが起こるのか予想もできない。
なにか解決策へのヒントでも見つけられたらと思ったが、地方騎士達によると今回の件に関わっていたと思われる人物達が建物内でそろって自害。術式や古代文明機器と思われるものも多くが破壊された後だったという。自害していた者達は皆、人間で裏に通じる研究者だろうと予測された。
「なんの情報も得られず、申し訳ない」
深々と頭を下げられたが、私達は責められる立場にない。仕方ないとはいえ、一番情報を握っているであろうジャックを倒せなかったのだから。
そう言えば地方騎士の男は首を振った。
「生きて帰っただけで素晴らしい成果です。魔人を相手取るならば、ギルドであればAランク以上が望ましい。騎士ならば副団長、以下実戦向きの王国騎士隊長クラスを揃えるか。一番確実なのは聖剣を持つ勇者ですが」
地方騎士の男は言いよどむ。
聖剣は一本しかないし、使っている者はあまり積極的に魔人と戦おうとしない。
ふらふらと遊びほうけている。という事実はすでに少しずつ騎士達の中に流れているのかもしれない。私がパーティーを抜けてから『勇者が何人の魔人を倒した!』とか『どこどこまで魔族の土地を踏破した!』というお触れは回っていないのだ。あまり気にしていなかったが、勇者今頃どこでなにをしているんだろう?
死んだという最悪の知らせはないので、便りがないのはいい便りなんだろうか。私が聖女のままなので苦戦はしてるんだろうけど……。
王都に戻ったら、一度王様に謁見を申し入れる必要があるかもしれないな。
勇者の件は王様が責任者だからあちらから何かあると思ったのだが、音沙汰ないのでもしかしたら避けられているのかもしれない。だとしたら面倒だが、伝手を頼って特攻をかますしかない。
「聖剣、聖剣ねぇ」
地方騎士が報告を終えて部屋を退室すると、私は呟くように言った。
聖剣はこの世にたった一本。魔人と魔王に特効性を持つ最強の武器だ。それは勇者にのみ所持を認め、使用することができる。だが、聖剣はいつ勇者を選び直すか分からないし、期待通りの人に移るとも限らない。強敵と相対する為にも、装備の充実は急務であることを痛感した。
一週間もベッドの中でごろごろしていると、暇で仕方がなかったがようやく起き上がれるようになって、活動をはじめた。ルークとレオルドはさすが回復が早く二日前には動き回っている。リーナも私と同じくらいに起き上がって動き回るようになった。
リーナと一緒に閉じ込められていたという少女、リンと仲良くなったのか私達が世話になっている宿の一階食堂でホットチョコレートを飲みながら談笑している姿を見かける。のんちゃんも、怖がられるんじゃないかと心配したが、意思疎通ができることと、愛らしい容姿ですぐに村人や子供達と打ち解け遊んでいた。
『ぎゃーー!! オレ様はぬいぐるみでも玩具でもねぇーぞぉーー!!』
なぜかまだ森に帰らないカピバラ様は子供達に乗られたり、もふもふされたりしていた。扱いにとても不満そうだが放りだしたり、噛みついたりしないところをみると面倒見はいいんだろう。
私達が全員復活するのを待って、村の人達はささやかながらお礼の宴を開いてくれた。魔人は倒せなかったが退けることができたおかげで村の危機は去ったからだ。
美味しいご飯と飲み物、楽しい踊りなどに参加したりして夜は更けていく。
私はしばらく村の人達や仲間達と談笑していたが、少し一人で涼んでくると村の外れへ歩き出した。この辺りは飾り付けなどもなく、静かで田舎だからか見上げれば夜空の星が満天で綺麗に見える。
私はあったかい甘く調整されたココアを飲んだ。
のんびりと、丁度いいところに置いてあった木の長椅子に腰掛けて空を見上げた。
現在は秋の一月。王国では四季があり、春の一月が一年のはじまりとなり、二月、三月と続き夏となる。一つの季節につき月が三つずつある。今は秋の最初の月ということだ。天に瞬く星もすっかり秋の星図となっている。
秋の星座で一際目立つのが、聖女座だ。
なにそれ? と思うだろう。私もそう思う。だが勇者座もあるので聖女座も存在するのだ。大昔から巡るように魔王が復活しては勇者と聖女が選ばれ旅立つ。伝説は長く語り継がれ、星座にもなったのだ。
聖女座を構成する星は十個。その中で一番強く赤く輝くのがメルネスという一等星だ。メルネスは鋼の心臓という意味で文字通り聖女座の心臓部に値する場所にある。
メルネス由縁か、聖女の言い伝えは確か……。
思い出そうとしていると、近くでパキリと木が折れるような音がして視線を下に戻した。明かりは少なく、月の冷たく淡い光りしかないがそれでもその輝くような銀髪は目立っていた。
「べ、ベルナール様?」
銀髪に青い瞳のイケメン騎士は一人しか知らない。
なんでこんなところに?
予想外の人物の登場に、幻かと思っていると。
「……元気そうで良かった。シア」
心地の良い聞き慣れた声に、ようやく本人であると確信した。
ベルナールは少し疲れたような顔だったが、普通に笑顔を浮かべて私の隣に腰掛けた。
「え、えーっと数週間ぶりですね……」
「そうだな」
「い、忙しいと聞いてましたが……なぜ、ここに?」
王国騎士は王都を守護するが、任務があれば地方まで足を延ばす。地方任務があってもおかしくはないけれど。
「もちろん、お前達に会いにだ。こちらの用件は終わったからな……。シア、お前達に今回の依頼をした時、騎士は動かせない理由があると言ったのを覚えているか?」
「え? ええ、確かそうでしたね」
理由があって、騎士が動けないからギルドに依頼したいと言っていた。今回は瘴気が絡んでる可能性があるから私達を選んだことも。
ベルナールは悔しそうに顔を歪ませた。
「ここからさらに北に行ったところに打ち捨てられた砦がある。そこで幽霊騒ぎがあった」
「幽霊?」
「亡霊の騎士が出ると言うんだ。前々からあそこは悪人の隠れ家とされてきた場所。例の件もふまえてそこが本命だと俺達は考え、そちらを優先した」
「え、ええっと話が見えません。幽霊はともかく、例の件とは? それが本命って?」
色々はしょられているうえに、情報も与えられていない部分が多くて混乱した。
「ああ、すまない。俺もまだ考えがまとまっていないところがあってな。一つずつ順を追おう。最初に例の件についてだが……本来は君達もギルドとはいえ民間人だ、話すのは躊躇われるが今回、直接かかわってしまった。だから話す」
一呼吸おいて、ベルナールは話しはじめた。
「例の件とは密売事件のことだ」
「リーナのお母さんが関わっていた?」
「そうだ。王都で広まっていた様々な密輸品の中に一際ヤバい物が混ざっていた。『魔合薬』という危険な薬物だ。調べた所これを服用したものは体内の魔力バランスを崩し体が崩壊していく。ただ依存性が高いので服用し続けてしまう。体がドロドロになり原型も留めない……無残なものだ」
ドロドロ。と聞いて思い出してしまったのが子供達が作り変えられていた化け物だ。あれも半分がドロドロと崩れていた。
「その魔合薬は現在の技術で作ることは難しい類のものであることが判明した。古代知識で作られたものを作れるのは、一部の深層の人間か……『魔族』だ」
「そう……私達に密売の件に関わるなと言ったのは、『魔族』かそれに匹敵する存在があったからだったんですね」
「ああ、そして警戒していたにも関わらず、密売で捕えた者達は全員暗殺された。中でもリーナちゃんの母親は酷かった。彼女の遺体の背後には血文字でこう書かれていたんだ『罪深き者、悔いて地獄に堕ちよ』と」
その文字は彼女のところにしかなかった。ということはこれは密売に対する罪ではなく彼女だけが犯した罪……暗殺者はリーナのことを知っていたんだろうか。
「暗殺者の姿を一瞬だけ目にできた看守が言うには、そいつはまるで『古代の騎士』。全身真っ黒なフルアーマーで、まさしく物語りに語り継がれる『黒騎士』のようだったそうだ」
黒騎士。
それは大昔から物語で語り継がれるお話しに登場する騎士だ。
弱きを助け強きを挫く。そんな正義の騎士。だが物語が進むにつれて彼の正義は行き過ぎたものとなっていく。後半には裁きを逃れる悪人を正義の元に殺しまわり、晒し者にした。人々から恐怖の象徴のような存在となりそして最後は、自身が罪深き者になっていることに気付き、自ら命を絶つのだ。
『正しいことでもやりすぎれば悪にもなる』という教えの物語。
現在でも子供に読み聞かせては恐怖を与え、悪いことをすれば黒騎士がやってくると脅す親もいる。黒騎士とはそんな存在だ。
「そのような話もあって、砦の幽霊騎士の話にひっかかったんだ」
「ひっかかった、ということは……」
「あちらは本命ではなかった。確かに、『黒騎士』はいたがな」
「うえぇっ!? 会ったんですか!?」
王国騎士団が踏み入った砦の奥に、噂の黒騎士はいた。
黒騎士は圧倒的な力で、騎士団を阻んだという。最後まで立っていたのは結局、イヴァース副団長とベルナールだけだった。
黒騎士はその名にふさわしい黒曜の剣も持ち、酷く寒気のする重い魔力を放っていたという。
「そこではっきりと分かった。黒騎士は『魔人』だと」
エリートである王国騎士団を壊滅状態まで追い込む力と黒曜の異質な魔力の剣。扱えるのは魔人のみ。ベルナールと副団長は必死に戦った末に剣を折り、黒騎士の膝をつかせたという。
たった二人で魔人に膝をつかせるとは、さすがである。
「だが、トドメはさせなかった」
黒騎士は一言『モウスコシ トキヲ カセゲルト オモッタガ。サスガト イエヨウ……』そう呟き、影に飛び込んで消えてしまった。呪文や魔法陣なしで転送術が使えるわけがない。そういう先入観があった。だが、魔人ならそれが可能だったのだ。
二人は捕り逃したことを悔いながらも、時を稼げるという言葉にひっかかりを覚えた。
自分達は嵌められたのではないかと思い至った時――私達の知らせが入ったのだ。
「ポラ村あたりの地方騎士も招集していたから、騎士を動かせなくなっていた。ただの瘴気だと、安易に考えてしまっていた、軽率だった……すまない、シア」
深く頭を下げられてしまって、私は慌てて首を振った。
「ベルナール様のせいじゃないですよ。瘴気なら聖女である私が適任と考えるのは当たり前ですし、それを受けたのは私です。依頼での責任はギルドマスターである私にあります」
依頼の危険度の選定はマスターがしなければならない。この依頼は受けて大丈夫なのか? 達成できる項目なのか? 見極められないなら、マスター失格である。情報を制限されていた部分もあるが、今回は仕方がなかったのだ。誰もあそこに魔人が潜んでいるなんて思わなかった。
魔人は一人どころじゃなく、複数人いるなんて誰も考えつかない。
「私達は少し間違えたのかもしれません。けれど、ただ間違えただけでもなかったと思います」
「どういう意味だ?」
「かなり危なくてキツイ目にはあいましたけど、得るものも大きかったと思います。ただただ、身の丈にあった依頼を受けていたら分からなかったことが多くあると思うのです」
私はぬるくなりはじめたココアを一口飲んで、星を見上げた。ベルナールもつられて見上げる。
「司教様に魔王を倒すと宣言しました。あれは本気です。でもきっとどこかで覚悟が伴ってなかったんです。魔王を倒すということを、その難しさを、分かってなかった。でも今回で私も含め、みんなが悔しさを噛みしめました。となればもう――」
私はにっこりと笑って拳を空に突き上げた。
「韋駄天のごとき速さでめちゃくちゃ強くなって、あの野郎ボッコボコにするだけですよね!!」
悔しさは、なによりも強くなるための栄養剤だと思う。
ただただ、強くなりたい、ならなくちゃと思ってもその成長速度は緩やかだ。
ちなみに韋駄天は昔に現れた異世界から来た勇者が残していった言葉だ。この大陸にはそうして異世界の言葉とか習慣があったりする。なんでも韋駄天とは足の速い神様なんだとか。
ベルナールは私の言葉に、深く息を吐いて、そして苦笑を浮かべた。
「聖女、美しく清廉。そしてその心臓は鋼。決して折れることなく、立ち向かう者」
「はい?」
「聖女座の言い伝えだ。言い得て妙だと思ってな。それと聖女座の星言葉は『勇敢』『癒し』『あなたを守る』だったかな」
そうでしたっけか。そこまでは知らなかった。
ほーう、とベルナールの知識に感心していると、なぜか彼が距離を詰めてきた。彼の澄んだ青の瞳が私の地味な焦げ茶の瞳いっぱいに映る。
近い。こんなとこで内緒話でもないだろうに、距離の取り方を間違えたのかと思って気を利かせて身を引いたのに、追いかけるように詰められる。
なんでー!?
両肩に手を置かれ、真剣な表情で彼は言った。
「今回は本当に心配した。ここに辿り着いてシアに会うまで生きた心地がしなかったくらいだ」
「そ、それは誠に申し訳ございま――」
「シアの性格は分かっている。復讐の仕方がえげつないことも、意外とねちっこくしつこいのも知っている」
あれ? 私、今貶されてるのかな?
「だがそれは自分のことじゃなく、他人が傷付けられた時にすることだとも知っている」
「……」
「だからこそもう、何も知らないふりして平穏にギルドを経営していてくれとは言えない」
もう、私の気持ちは決まってる。みんなの意見は聞くつもりだが、なんとなく雰囲気でもう分かってる。全員、やる気満々なことは。
「危険なところだと分かっているならば、それ相応の準備をしていくこと。確実な情報は得たか? 装備は整っているか? 仲間の状態は? アイテムは? ハンカチはきちんとアイロンをかけ、ちり紙はくしゃくしゃになっていないか? よく、確認するように」
……お母さんかな。
「返事はどうした、シア」
「はい、はい」
「返事は一回」
「はーい」
私の態度にベルナールは溜息をついてから、懐に手を入れ青い小さな宝石のついたペンダントを渡して来た。
「これは?」
「守護石だ。持っていろ、きっと役に立つ」
どうやら守護の魔術が施された魔道具らしい。青い宝石ということはベルナールの魔力に合わせてあるのだろうか。
「私が貰ってもいいんですか?」
「ああ、俺が夜なべして作ったんだ。受け取って貰えないと逆に困る」
……お母さんかな。
そうまで言うのならと、私は青いペンダントを受け取った。
『ベルナールのお手製夜なべペンダント』を手に入れた!
「つけよう」
なんて、許可もしてないのに手を伸ばしてペンダントを私から奪いとると首にかけてくれた。
「うん、悪くない」
かなり満足げなご様子だ。私は鏡がないのでなんとも言えない。だが、こんな綺麗で高そうな石がついたペンダントなんてかけたことがないので変な緊張感がある。着け続けるのもなんだし、ベルナールが帰ったら外そう。
ベルナールが慈愛を込めたような眼差しで微笑むので、私もつられて微笑むと。
「お、おいこら、馬鹿っ――押すな!」
「んな無茶言うな、ここ狭い――」
「にゅー、つぶれるですー」
『のーー』
『てめぇら、静かに見てられねぇーのかぁ!』
……カピバラ様が一番声大きいですよっと。
聞き慣れた愉快な声にベルナールと一緒に横を見れば、家の物陰に隠れるようにして仲間達がこちらを覗き見ていたようだが。
「うわああっ!!」
どんがらがっしゃーん。
仲間達がなだれ込むようにひっくり返って私達の視界に丸見えとなった。
私は無言で立ち上がった。ベルナールは笑いを堪えている。
「あなたたち、なーにーしーてーるーのー?」
『ひぃっ!!』
私は笑顔だったはずだが、仲間達の顔が青ざめて引き攣った。
「し、シアちょっと遅いなって探してて……」
ルークが果敢に口を開く。
「お、俺もマスターどこかなって」
レオルドが震えて言い。
「りーな、おねーさんと、おどろうと……」
『ですのーー!!』
リーナが悪いことをした後のように俯き、のんをぎゅっと抱きしめて、のんの形状が歪んでいる。
『いいじゃねぇか減るもんでもない』
カピバラ様が悪びれた様子もなく言った。
まあ、いなくなって少し遅いとなれば探しに来るもの当然か。そして男女二人でいたら、覗き見するのも当然か。――当然か? まあ、声をかけ辛いのは分かる。
「でも覗き見はダメです! 全員、覚悟ーー!」
『逃げろー!!』
どったんばったんと追いかけっこが始まって、村の人達が集まって、最終的に子供達を巻き込んだ壮大な鬼ごっこになった。
宴は鬼ごっこでほぼお開きとなり、まだ飲み足りない大人達以外は、鬼ごっこに疲れ果て雑魚寝で思い思いの場所で就寝した。
一番疲れたのは何を隠そう鬼の私である。
ベルナールは、村の人達と談笑していて鬼ごっこには加わっていない。女性陣に黄色い声を浴びせられるのもいつもの光景だ。
私は井戸で顔を洗って、寝ようとしているとトコトコとカピバラ様がやってきた。
『よう、ちょっといいか?』
「なに?」
『聖女のお前にひとつ頼みがあるんだ。森を、オレ様の大事な森を浄化して欲しい。でかい森だから大変だとは思うが頼む』
ぺこりと頭を下げるカピバラ様に目を瞬いた。
「え? 黒い靄は晴れたんじゃ?」
『森がもう穢れてんのさ。あれはもう聖女の力じゃなきゃ元には戻らねぇ』
そうだったのか。
ジャックが退いて、問題は解決したと思っていた。カピバラ様が残っていたのはそういうことだったのか。素直に頷こうと思ったら、カピバラ様はこんな提案を持ちかけた。
『もちろんタダとは言わねぇぜ。森を浄化してくれたらオレ様が聖女の守護獣になろう! どうだ、いい条件だろ』
ふんす、と自信ありげに言う。
えーと、確かに聖獣であるカピバラ様を仲間にするのは当初の目的でもあったんだけど。気になることがある。
「ひとついい? なんで泉で祈った時出てこなかったの?」
『あー、あれな。前の時は、勇者がうざったかったし、お前はオレ様の好みじゃねぇーからな』
「好み?」
あれか、清廉じゃないとかぬかすのか。
カピバラ様はちらっと私の胴体、主に上部分を見てから溜息をついた。
『ぺちゃぱいはなー。もうちょっと大きい方が――』
カピバラ様に私の右ストレートが炸裂したのは言うまでもない。
すっきりさせてから、就寝した私は次の朝、いつものように早く起きた。
身支度を整え、ゆっくりモーニングコーヒーをいただいて、皆を待つ。彼らの準備が終わり、私達はもう一度、聖獣の森を訪れた。見た目的にはあまり変わっていない気がするが、カピバラ様の言う通り中は穢れているんだろう。
私は浄化の呪文を唱え、大きな森をまるまる一つ浄化し倒れた。
そこから記憶がないが、丸三日寝込んだ模様。皆の看病のかいあって四日目には復活して、正式にカピバラ様と契約ができた。
ベルナールは私が回復する前に王都に戻って行った。報告とかもろもろ忙しいんだろう。
ようやく落ち着いて、次の日に王都に戻る準備ができた。
「りーなおねーちゃん、りんのこと、わすれちゃだめだよ!」
「はい、いっぱいおてがみ、かきますね」
リーナはリンちゃんと別れを惜しんでから馬車に乗った。
「みなさーん、お世話になりましたー!」
私はそう言って村の入り口まで大勢見送ってくれている村人に手を振った。
彼らの笑顔を見ていると、やっぱりここに来て良かったと思える。助けられたものは確かにあったのだと。
村の人達が小さくなって見えなくなった頃、私達はようやく馬車の中でくつろぎ始めた。ここからまた長いのだからのんびりしよう。そう、うとうとしているとリーナがちらちらこっちを見ているのに気が付いた。
「どうしたの? リーナ」
「あ、えっと。きしおーじさまから、です?」
リーナの視線の先には青いペンダントがある。
「ええ、守護石だって。見る?」
興味がありそうだったので近くで見せてあげようと、ペンダントを外そうとした。
う、うん? あれ?
金具が首の後ろだからとりにくいんだろうか。これをつけてからすぐに寝たり、倒れたりした為、まだ外すという行動をしていなかった。慣れていないからとれないんだと思ったのだが。
「どうした?」
ルークが戸惑う私に気付いて寝ていた身を起こした。
「ペンダントが外れなくて」
「ああ、ちょっと後ろ向けよ。外してやる」
ルークに任せようと後ろを向いた。ルークはペンダントの金具に手を伸ばして。
――バチンッ!
「いたっ!」
静電気のような音が響いた。
その音に嫌な予感がした。
レオルドが、訝しげにペンダントを見る。
「なんか……変な魔術を感じるが?」
筋肉魔導士が感じた変な魔術とは。
「ふんぬーー!!」
壊れるかもしれないが、思いっきり引っ張ってみた。
ダメだ、びくともしない。
脳裏にベルナールの綺麗な笑顔が蘇る。
「べ、ベルナール様あぁぁぁーーーー!!」
過保護が行き過ぎた、おかん(間違えた)――元護衛騎士の行動に、私のなんともいえない絶叫が轟いたのだった。
――第一章・ギルド結成編――完。




