☆3 ……美味い。
出会いの部分を大幅に変更しています。
11/14 修正
さすが王都の中心街だけあって人が多い。
この中から、私の家族……ギルドメンバーになってくれる良い人を探すのは至難の業だ。だけどやるしかない。とりあえず聖女の力をまんべんなく使いながら疲れるけど歩いて行く。
しばらく人混みを進んでいくと。
ドンと誰かに強くぶつかった。
「ちっ、気をつけろ」
柄の悪いにいちゃんだった。
そのまま通り過ぎて行こうとする彼に違和感を覚える。
ん? あー、あれか。
私はにいちゃんに魔力のマーキングをつけた。彼の背に見えないヒラヒラの魔力の帯がつく。それを見失わないようにして私はにいちゃんを追いかけた。
案の定彼はすぐに路地裏に入り、人の少ない方へ歩いて行く。
そしてある程度、奥まで行くと立ち止まり懐から財布を取り出した。
私の財布だ。
「ふーん、貧相な成りの割には結構持ってる……」
「だーれが、ひんそーですって?」
「げっ!?」
にいちゃんに追いついた私は腕を組んで仁王立ちだ。
ぶつかった瞬間、懐に手を入れられた感覚があったのでもしかしてと思ったらやっぱりだ。孤児暮らしが長いからスリのことは知っている。察知能力はもともと高いと言っていい。
「ばれちまったなら仕方ねぇーが、ちょっと不用心じゃないか? こんなところに女一人で来て。だが財布は渡さねぇ、俺にも生活があるんでな!」
にいちゃんは刃物を持ってこちらを脅してくる。
どうやら生活困窮者のようだがこっちだって余裕があるわけじゃない。慈善活動家でもないからくれてやるわけにはいかないのだ。
「ごめんね、おにーさん」
一応、謝ってから。
「へ?」
「おやすみー」
呪文なしの簡易的なスリープ魔法をかけた。呪文詠唱省略をしたので効果は薄いし、稀に耐性持ちもいるので不安はあったが、冴えない見かけどおりにいちゃんは、抵抗もなく速攻でおやすみ状態となった。
幸せな夢の中に浸っているにいちゃんから財布を取り返す。
私からスろうなんて百年早い。
さあて、こんな危険な香りのする裏路地からはさっさと出ようと踵を返した時だった。
すぐ近くで痛そうな打撃音と、呻き声が聞こえてくる。
……私はか弱い女の子。
血生臭い喧嘩を止められるような力を持たない非力で可憐な美少女……。
ここは涙を呑んで退散するのよ。
めんどう――げふん、間違えた。荒事は正義感溢れる強い人に――――。
『か、返せっ! それは俺が稼いできた金だぞっ』
『ばーか! 金はな、今持ってるやつのもんってきまってんだよ!』
『自分のだっていうならとりかえしてみろやー!』
…………。
「あらよっとー」
ゴスッ!!
投擲したちり紙ゴミが二人組の男の細い方を薙ぎ倒した。
「な、なんだ!?」
残った筋肉質の男がこちらを振り返ったので、私はふんぞり返った態度で腕を組んで仁王立ちしてみる。
「通りすがりの可憐な乙女です」
「……どのへんが?」
ゴスッ!!
二射目のゴムボールが筋肉質の男の腹にあたり、男は吹っ飛ばされて地面に転がった。
「このへんが」
だって、玉にめちゃめちゃ強化魔法かけないと男二人を倒す事もできないんですもの。
非力だよねー。可憐だよねー。
路地裏の凶行、第二弾を目撃してしまった私は、二人の男に暴力を振るわれている青年を助け出した。逃げようと思ったのに、会話を耳にしてしまったのがいけなかった。一瞬で一つの光景が思い起こされたのだ。孤児の時代、必死に溜めたお金を奪われた記憶。痛くて、情けなくて、悲しかった。
努力が報われないってのは、ひどく辛いものだと知っている。
だから、手を出してしまった。
私は、筋肉質な男の手から財布を取り返して、ぽかんとしている青年に差し出した。
「ほら、おにいさん。次は変な奴にとられないようにしてね?」
「――あ、ありがとう……えっと……ゴリ――」
「それ以上言ってみなさい、私の女神のごとき広い御心が一瞬にして地獄の悪魔に変わるわよ」
女神の様な微笑みで、バキボキと指が鳴る。
彼が高速で頷いた。
よし、素直でよろしい。
私から財布を受け取った彼は、ほっとしたように息を吐いた。
「……これで、なんとかパンの耳くらいは食える……」
「パンの……耳? いや、もっとマシなもの食べたら?」
そんな端っこ食べなくても。
「10Gぽっちじゃ、パンの一枚も買えねぇーよ」
「10G!? 働いて稼いだお金が入ってるんじゃないの!?」
「ああ、汗水たらして働いて、10Gだ」
そんな馬鹿な。
日雇いでも最低100Gくらいは貰えるぞ!?
「おにいさん、いったいどこの悪徳業者に引っかかったのよ……」
「普通の建設業の肉体労働だ。まあ、俺は住所も持たない浮浪者だからな」
彼の姿を今一度見て見ると、服はぼろぼろで汚れていて、靴も壊れてしまっているのを無理にはいているようだ。髪もぼさぼさ、お風呂はきっとあまり入れていないだろう。浮浪者なら仕方がない。浮浪者を雇う店は少ないが、その少ない店のほとんどが浮浪者を軽く扱う。給料もかなり安いとは聞いたことはあった。
可哀想……ではあるが、ここで私がただお金を恵むのもなんか違うだろうと思う。
しかし、パンの耳か。ひもじい、すさまじくひもじい。
なんて考えていると。
「あ、そういえば財布を取り返してもらったお礼がちゃんとできてなかったな。財布を持ち主に届けるといくらか貰えるんだっけ? 悪いが3Gでいいか?」
とか言って、1G硬貨三枚出そうとしてくる。
私は頭をトンカチで殴られたような衝撃を受けた。
10Gでパンの耳がようやく食べられるというのに、私に3G渡したら、彼の今日のご飯はどうなるのか。パンの耳でつながる命もきっとある。ひもじくても、ひもじいですむ。死ぬよりマシだ。
受け取れるか!!
「青年よ、その3Gをしまいなさい」
「え?」
「そして、黙って私についてきなさい」
「ええ?」
私はがしっと彼の腕を握った。
背が高い割にとても細い。栄養不足がひしひしと伝わってくる。
ずんずん歩いて行く私だが、彼はお腹がすいているからか抵抗はあまりなく引き摺られるようにしてついてきた。
そして。
「はい、ここよ」
「ここは?」
「私のギルド『暁の獅子』の拠点。さあ、入った入った」
ギルドが入った二階へ上がる。
看板はまだ作っていないので、ギルドの名前しか書かれていない手作りの簡易のプレートがかかっているだけの扉を開けて、中に入ると少し開けた場所がある。ここがギルドの受付だ。そしてその奥の扉にメンバーの居住区がある。そこまで彼を案内し、まずは治癒魔法で彼の負った顔の傷をちゃちゃっと治してあげてから買っておいた食材で夕食を二人分作った。
たらこパスタである。おまけのたまごスープ付きです。
「どうぞ召し上がれ。そして私もいただきまーす」
ぽかんとしている彼を余所に私はご飯を食べ始める。
テーブルは六人を想定しており六人分が座れるスペースが確保されているから二人なら余裕だ。
彼はしばらく戸惑っていたが、お腹が悲鳴をあげると私に注意を向けながら座り、フォークを握ってゆっくり確かめるように食べ始めた。
「……美味い」
ぼそっと呟いた言葉に私は笑顔になる。
これ、前にも勇者に作ったことがあったのだが『こんな安物不味くて食えねぇ』と目の前でゴミ箱に捨てられた。だが目の前の彼は感動しきった様子でモリモリパスタを食べている。お腹が空いてはいたんだろうけど美味しいと言われて食べられるのはとても嬉しいものだ。
咀嚼音だけが響く静かな空間で、私達はパスタを平らげたのだった。