★5 払えない額じゃない
「はぁ~、さむ」
かじかんだ手に息を吹きかけてその場しのぎの暖をとる。
王都は本格的な冬の季節を迎えようとしていた。新しい新居兼ギルドの玄関先を掃除しながら、ぼうっと鼠色の空を見上げる。
そういえばギルドを立ち上げてもう一年が過ぎているのだと思い出した。目まぐるしい日々に、時間の流れを忘れがちだけど、みんなと出会ってから全員がひとつ年をとっている。はじまりは私一人、そしてすぐにルークをメンバーに迎え、リーナ、レオルドが加入した。それから色んな事件を潜り抜け、今ではリゼ、サラさん、シャーリーちゃん、シン君、サンドリナさん、メノウちゃんとコハク君。新しいギルドは増えた人数を補うために以前の二倍の広さがある二階建ての建物を購入した。
一階がギルドの事務所で二階が居住スペースになっている。庭もついているので外でもトレーニングが可能だし、ガーデニングもできる。サラさんとサンドリナさんが二人とも土いじりが好きなので彼女たちの手によって庭には花の種がまかれ、この寒い季節だけど珍しい冬の最中に咲くレインボーリリスが元気に花開いていた。レインボーリリスは気温によって色が変化する花で、今は10度前後の気温だと思うが現在は紫色をしている。もっと温度が下がると鮮やかな赤になるというから本当に不思議。レオルドによるとレインボーリリスには微量ながら魔力が含まれているらしく植物界の魔法使いとも呼ばれるようだ。
ギルドが広くなったので以前はほとんど一人でこなしていた掃除がさすがにできなくなり、サラさんとサンドリナさんで主に家事掃除は分担となっている。他は手が空いた時に必要なところを手伝うという形に。私とルークの二人は組んで外で討伐依頼をこなすことが多く、レオルドは私達と同じ討伐依頼を手伝ったり特別講師をしに出たり、研究機関の専門的な手伝いをしたりすることが多い。サラさんとサンドリナさん、シン君はギルド内で事務仕事、リゼは社会復帰を目指し各お手伝い、リーナとシャーリーちゃんは火の王のところで特訓したり、アギ君のところで勉強会したり、そこにシン君も合流する。メノウちゃんとコハク君は別チームで私とルークとは別の討伐依頼をこなしたりしてくれている。大口の依頼の時は4人で挑むこともそれなりに増えてきた。メノウちゃんの言動には振り回されるがコハク君がしっかりしているのであまり大事にはならない。いいバランスだ。
11人、11人かぁ。
発足当時と比べたら二倍以上の人数だ。今では最低ランクだったギルドも一年ちょっとでCランクまで駆け上がってきた。異例の速さ。ギルド情報誌でも最近注目のギルドとして取材も受けた。私一人では絶対にできなかった偉業。今でも実は夢をみているだけではないのかと頬をつねったりしてしまう。
いいことも悪いことも含めて。
でも、やっぱり夢じゃなくてよかったと思う。
掃き掃除を終えてギルドに戻るとシン君が一人で受付に座りながら書類を整理してくれていた。彼は最初文字がほとんど読めていなかったがレオルドを教師として勉強していくうちに驚く速度で文字を習得した。本当に一か月で基本的な文字を覚えるとは思わなくて誰もがびっくりしたし、ルークは落ち込んだ。レオルドが自頭はいいんじゃないかなと言っていたが、「さすがに俺もびっくりした」と言うくらい彼は本当に頭がよかった。それとシン君と接していて気になっていた聴覚の異常な発達具合は、実は彼の視力が著しく低いがゆえに体がそれを補おうとした結果だとわかったのだ。そこでアギ君のツテを使って眼鏡を作ってもらい彼にプレゼントすると、「世界ってこんなに綺麗なんだ…」とシン君が感激していた。
「シン君、仕事の方はどう?」
「問題ないよ。難しい文字はサラさんやサンドリナさんに教えてもらうけど、だいたいはひとりでもできそうだし。あ、そうだ午後からレオルドが時間あくから勉強会しようって言われてる。会議室使っても大丈夫か? アギも時間あったら行くって言ってたけど」
「ぜんぜんだいじょーぶ」
ちょっと前まではシン君も他人行儀だったけどギルドのメンバーになって一か月、それなりに気安くなってきた。帝国から帰ってくるとき、まさかおばあさまにシン君をたくされるとは思っていなくて困惑したが、彼自身、帝国の外を知りたがっていた。
『わしはいつ消えてもおかしくない存在じゃ。それに無茶な行程もするし、子供を連れ歩くのもよろしくはないじゃろ。わしもギルドに誘ってくれて嬉しいが、わしはやはり自由がよい。定住よりも歩き続けたい。魔王の一部じゃろうとなんじゃろうと、ペルソナとしての人格をもったわしは、あらゆる試しをしたいのじゃ。なに、再会もそれほど遠くもなかろう、寂しくなったら会いにいってもいいのじゃろ?』
にこにこと手を振っておばあさまと別れた。寂しいけど、彼女の自由を制限なんてできない。
今日、私にたいした仕事はない。普段あまりできない掃除に熱を入れて取り組み時間が過ぎていく。シン君が伝えたとおり、午後から奥の会議室でレオルドによる授業が行われ、シン君とアギ君が参加した。リーナとシャーリーちゃんとは違ったランクの高い授業だ。シン君は文字を覚えたばかりだが、アギ君が受けるような授業を一緒に受けている。シン君が言うには「さっぱりわからない」らしいのだが、じゃあどうして参加しているのかと聞いたら、いつかわかるかもしれないからだと答えた。わからない授業を聞いてつまらなくないのかと思ったが、わからないのがわかるようになっていくのが一番楽しいという返事に、ああシン君って勉強そのものが好きなタイプの子なんだと思った。
私だったら頭が痛くなりすぎて気絶しそう。
授業が終わり、疲れた顔をした二人と講師のレオルドにお茶とお菓子を用意してあげて、私は会議室の掃除をはじめる。授業に使われた黒板を消すとき、内容をざっと読んでみたらなにもわからない記号と数字が並んでいて頭が虚無になった。
「マスターちょっといいか?」
アギ君が帰って、シン君も宿題をするために部屋に戻るとレオルドに呼ばれた。
「どうしたの?」
「シンのことでちょっと相談があるんだ」
「シン君? 勉強のことでなにかあった? あ、仕事時間減らした方がいいとか?」
子供の労働について王国にもちゃんとルールがある。基本的に子供を働かせることはしないが、事情が事情ならば審査の後に許可がおりる。リーナ、シャーリー、シン君についても私がちゃんと国に書類を提出していて許可もおりているが労働時間については何度も話し合ってきている。
「いやそうじゃ…あ、そうともいうかな?」
彼がなにを言おうとしているのか見当がつかず首を傾げていると。
「シンに王立を受験させたいと思うんだ」
「王立に!?」
王国きっての教育機関であり、王族も通う由緒正しき、そして選ばれし者たちの学校。それが王立学校。アギ君も所属しているすごいところだが。
「シンの学習速度を考えると一年あれば受験レベルに到達すると思うんだよな」
「そ、そんなにレベル高いんだ…」
頭いいんだなぁ~とかふわっと思っていたのに、考えていた以上にシン君の学力は高いらしい。
「リーナやシャーリーと一緒に受けさせてもいいと思う。本人もかなりやる気だ」
リーナとシャーリーちゃんも王立を希望していたし、そうなると三人が王立を目指すことになるのか。うちの子たちすごいな。リーナとシャーリーちゃんは初等部受験だろうけどシン君は中等部になるはず、受験のハードルは二人より高い、だがレオルドがやれそうというのだからやれるのだろう。
「で、だ。ここで問題になるのが」
「受験費用ね」
受験はもちろんただじゃない。教会が行っている義務教育は教会と国の支援で無料だが、高等教育機関である王立はバカみたいに高額な教育費がかかる。三人分の受験費用、そして受かったあとの学費。頭でパチパチと単純計算しても予算は大爆発だ。
「ギルドのランクもCにまでのぼってきた、依頼も大口が増えてきたし、周囲の信頼も知名度もあがってきてる。このまま順調に成長していけば払えない額じゃないはずよ」
しんどい、正直とてもしんどい。三人の受験勉強にレオルドの時間が割かれるのは仕事がいくつか流れるのと同じだ。でもここを踏ん張れば、手が届かない額ではない。節約切りつめ、やることが一気に増えるが子供達の将来を考えたら苦ではない。
「大人組集合! ギルド会議!!」
会議の内容は三人を受験させるかさせないかではなく、最初から費用をどうまかなうかの手段だった。我々一同、がんばってお金を貯めよう。
依頼の効率的なとりかたや進めかたなどをジオさんに指導していただき、一年の計画表をねりながら、あーだこーだしていた夕方。サンドリナさんが私の部屋をノックした。
「シアちゃん、下にお客様がきているのだけど…」
少し言いよどむサンドリナさんを不思議に思いながらも客室に入ると。
「あれ、ベルナール様ひさしぶりですね」
仕事で忙しかったであろう久しぶりにギルドに顔を出したベルナール様に挨拶したが、彼はなぜか暗い顔で下を向いていた。
「ベルナール様? どうしました?」
あまり見ない様子だったので、なにか大変なことでもあったのかと心配していると。
「……家出してきた」
「…………はい?」
26歳の男が子供のようなことをのたまった。




