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★2 ひとりぼっちになった気分

 夢を見た。

 きっと死ぬまで後悔し続けるであろう、二人の終わりの夢を。


「メア! セリ!」


 私よりも少しだけお姉さんだった少女神官の二人、メアとセリ。

 聖教会に来て、名前をもらって、親ができて……でもまだまだ不器用にシリウスさんとも距離があった頃。いつも傍にいて温かく接してくれたのは二人だった。

 今でもその正体は依然として知れない異形の怪物に二人はあっけなく殺された。もともと二人は戦闘訓練は受けていたとはいえ騎士ではない。その剣の腕は救助活動に使われるべきものだった。それなのに、どうしてあんなことになったの。

 私がついてきてしまったのがいけなかったのか、それとも私自身の存在が二人を死に近づけたのか。あの怪物はおそらく教皇の小細工だったと予想している。司教様からシリウスさんを排除しようとした計画があったのを私は知ってしまったから。


 二人は目の前で宙ぶらりんになっている。

 優しく愛らしい少女達。もう少し年を重ねれば綺麗な大人の女性になって素敵な人に出会って結婚もしていたかもしれない。

 その未来を奪った一因は、私。

 私。

 私。


 血の雨が降る。視界は真っ赤に濡れていく。

 二人は何も言わない。暗い眼窩はなにも語らない。悪夢であるはずなのに、それでも二人は私をまったく責めたりしなかった。ただ、私の記憶の罪悪感だけが私が悪いのだと責め立てる。

 悪夢はここで、いつも終わった。




 目が覚めると柔らかな日差しが窓から差し込んでいた。

 悪夢を見たのは覚えている。だけど怖くて起きたというよりは少し名残惜しい気持ちすらもある夢。メアとセリは私を恨まない。悪夢の中でさえ。


「そういえば、今日は……」


 窓の外の澄んだ青空を見上げて、私はふと思い出した。

 慣れた手つきで素早く身支度を整えて、まだ家具を配置し終えていない新しい部屋を出た。まだ朝早く、みんな寝ている。静かな足取りで台所へ向かっていくらか作り置きしつつ朝食を簡単に済ませると、メモを残して新たな住居兼ギルドを出た。

 馬車は使わずに、久しぶりの王都を散歩するように歩いていく。途中で新しくできたのか見覚えのない花屋さんを見つけて赤と白の薔薇の小さな花束を買った。

 散歩を楽しんで、今度は馬車に乗った。流れる景色にお城が映る。そのおひざ元には貴族の立派な屋敷が軒並み揃っているのが見えた。ベルナール様の住むクレメンテのお屋敷もあの辺だ。ベルナール様とはしばらく会えていない。長く騎士団を離れすぎているし、色々と忙しいのだろう。クレメンテ子爵から感謝を込めた手紙と贈り物をもらい、その貢献でギルドの昇格が決まりそうだという話もジオさんから聞いた。ルークの件もあって、王家が動く前に対抗できるまでの力をギルドがつける必要がある今、ありがたい話だ。

 考えなきゃいけないこと、頑張らないといけないこと、山積みすぎて押しつぶされそうになる日々だが後悔を増やさないように私達は重い荷物を背負って進み続けなくてはいけない。

 ぼーっと窓の外の景色を眺めながら、時間をつぶすと目的地にたどり着いた。

 荘厳な鐘の音が響く。

 尖った屋根の塔が並ぶ王都でも背の高い大きな建造物。サン・マリアベージュ大聖堂。朝が早いにも関わらず街中よりも多くの人が行き交っている。その多くが神官で、早朝の掃除や訪問者への挨拶、案内などをしていた。その横を通り抜け、大聖堂の中ではなく奥にある墓地へと足を踏み入れる。

 シンと静まり返った墓地は、静謐な空気が流れていた。お墓参りする人も姿もぽつりぽつりと見当たるが、広い墓地なので一人でいるような気分になる。私は薔薇の花束を手に一つの墓石の前に立った。この墓石は入る墓がない人など少し特殊な環境の魂がまとめて眠る場所である。

 シリウスさんもこの墓石に名前を刻まれている。そしてここにはメアもいた。


「メア・トレイス」


 小さく刻まれたその名をなぞり、目を閉じた。

 赤い髪の快活な少女は、人の顔色ばかりをうかがう私に「言いたいこと言っていいよ! 怒ったら怒ったぞー!! っていうから」と手を握って大聖堂のあちこちを一緒に探検した。当時十七歳だった彼女は、兄のロウィスと共に孤児として大聖堂に併設されている孤児院で育った。そしてそのまま神官として働くようになったらしい。でもメアはいつか騎士になる! という夢を抱いていた。そのために剣の腕も磨いているのだと稽古をみせてもらったことがある。神官として救助活動などで今はその訓練の成果をみせられるのだと話していたのを覚えていた。

 私は墓石に赤い薔薇の花束を供えた。

 メアは赤が好きなのだと言っていた。自分の赤い髪は自慢なのだと。母親が神秘の国の出身で、その不思議な力が兄に流れているから神官として高い適性があって、自分にはその不思議な力はなかったけど赤を見ると大好きな母親の姿を思い出せるから好きなのだと話してくれた。

 その赤はルークと似ている。神秘の国の出身だと言っていたから、もしかしたらルークの母親と同じなのかもしれない。


「セリ・アイロワ・セルナディン」


 彼女の名はこの墓石に刻まれていない。彼女はセルナディン伯爵家のお嬢様だった。でも複雑なお家事情で大聖堂に預けられていた少女だった。セリの名は、セルナディン家の方に刻まれている。だけど司教様とロウィス神官は彼女の心はこっちにあると言っていた。私もなんとなくそう思う。

 白い薔薇の花束を赤い薔薇の花束の隣に供える。

 ドロドロだったというお家事情に巻き込まれたお嬢様だったセリ。それでも彼女は優しい少女に成長した。ふんわりとしたクリーム色の髪は彼女の性格と同じで、穏やかな声色と口調がいつも私の心を癒してくれた。お菓子作りも上手で、料理はいつもセリが先導して行っていた。メアとセリは年も同じで、性格は動と静で真逆であったがそれがいい相性になったらしい。二人はとても仲良しだった。セリは成人を迎えても家には戻らず神官としてそのまま神職をまっとする気でいるようだった。

 メアは一緒に騎士になろうよーっと誘っていたが、セリは向いてないと思うわ~とさらっとかわしていたのを思い出す。向いてないと言いつつも神官の中では剣の腕は高い方で、見た目と違って運動神経も悪くなかった。だから騎士にもなれるんじゃないかなと思った私は、なにげなく「騎士、ならないの?」と聞いてみた。セリは苦笑しつつも、唇に人差し指をそえてそっと教えてくれた。


「ロウィスさんの傍にいたいの」


 なんとなく察する乙女になった私は、メアの騎士になろうよーのいつものセリフに「セリは向いてないと思う」としたり顔するようになってしまった。セリは爆笑していた。

 思い出がよみがえる。

 一緒にいた時間は一年にも満たない。それでも私の人生の中でとても色濃く、幸せな時間だった。

 長い祈りを終えて、私は二人に語りかける。


「メア、セリ……お誕生日おめでとう」


 今日は二人の誕生日。偶然にも仲良しの二人は生まれた日まで一緒だった。生きていれば今日で彼女達は二十二歳になっていた。どんな大人になっていただろう? メアは騎士になって活躍していただろうか。セリはロウィスさんの傍にいただろうか。

 騎士になったメアは第一部隊に配属されてベルナール様の部下になっていたかもしれない。セリは恋を叶えてロウィスさんと結婚していたかもしれない。

 もうすべてが叶わぬ光景だ。


「……シアさん?」


 声をかけられて振り返ると、そこには赤い薔薇と白い薔薇の混ざった花束を持ったロウィス神官がいた。彼はここにいるのが私であると確認すると、にっこりと微笑んだ。


「相変わらず朝が早いですね」

「ロウィス神官こそ」


 彼は私の隣にくると、墓前にその花束を供えた。三つの花束が供えられ、なんだか華やかに見える。静かに祈りを終えた後、彼は穏やかに私に話しかけた。


「二人の誕生日を覚えていてくれたんですね」

「……ええ、もちろんです」


 ロウィス神官は私に優しくしてくれる。昔と変わらずに。でもやっぱり私は彼に対して罪悪感がある。だから少し昔より距離をとってしまう。


「実はケーキを買ってきたんです。しかも三つもです。食べきれないので手伝ってくれませんか?」

「え? あ、はい」


 なぜ食べきれない量をわざわざ買ってきたのか。彼が見せた箱の中の三つのケーキを見て、不覚にも泣きそうになった。

 ブドウのケーキ、ベリーのケーキ、モモのケーキ。それは私、メア、セリがそれぞれ大好きでお茶をするときには必ず買っていたケーキ。私のブドウのケーキは私が好きというよりシリウスさんが好んで食べていたからだったのだけど。

 ロウィスさんは、私が今日ここに来ることをわかっていたのだろうか?


「こちらへ」


 大聖堂の中に入って、客室の一つを借りテーブルについた。ここに来るまでに少し見慣れない光景を見てケーキを並べる彼を見上げながら疑問を投げかけた。


「あの、ロウィス神官ってもしかして……」

「ああ……そうですね、数日前から司教の立場になりました。一応代理なんですけどね」


 司教様は大聖堂に戻っていない。そうなると新しい司教が着任してもおかしくないのだ。そして司教様の補佐をしていたロウィス神官が繰り上がるのは順当といえば順当だ。

 お茶を入れてくれる彼は以前と変わらない。立場は変わっても、人は変わらない。ただ、少し寂しそうな雰囲気も感じた。


「メアもセリもシリウスさんも、そしてあなたや司教様もここを離れてしまった。親しい昔の馴染みは私を置いていって、気づけばなんだかひとりぼっちになった気分です」


 やっぱり寂しいらしい。


「ロウィスしんか――司教様はずっとここにいるんですか?」


 少し失礼な質問だったかもしれないと思ったが、思い切ってきいてしまった。


「神官でいいですよ、別に咎める人もいませんし私も司教になった気はないので。……そうですね、ずっといます。ひとりぼっちになってしまっても妹達はここで静かに眠っていますから」


 美味しそうなベリーをつつきながらロウィス神官は小さく笑った。

 メアが言っていたのを思い出す。お兄ちゃんは私のために神官になってるだけで本当は魔道具職人になりたいの知ってるんだと。神官は一番才能にあっていて、安定した収入と衣食住がある。だからお兄ちゃんは神官やってるの。早く大人になって騎士になって私は一人で大丈夫! 夢を叶えにいっていいって胸を張って言うつもり。メアは意気揚々に語っていた。


「そう神妙な顔をしないでください。私は自分が不幸だと思っていません。二人がいないのは悲しく寂しいですが、今を生きている私がそれを不幸と嘆くのは二人の思いに反すると思うので」


 ロウィス神官が感情的になった姿を見たことがない。でも二人が死んだあの日はきっと知れずに心が揺れていただろう。私はあの日からしばらくロウィス神官と顔を合わせるのが怖くて避けていた。それなのに久しぶりにあった彼は変わらず優しく接してくれた。


「セリが好きだったモモのケーキは二人でわけましょう」


 綺麗に二等分されたケーキをもらって、会話少なく食べている中、ロウィス神官はセリのことをどう思っていたのだろうと気になった。セリ側の気持ちはよく知っているけど彼の方はずっと妹の親友という態度だったので、よくわからずじまいだ。でもそれを聞いたところで気まずいだけかもしれない。


「……ふふ、シアさんって顔にでますよね」

「ええ!?」


 思わず自分の顔を手で覆ってしまった。ポーカーフェイスができないわけじゃないのに、親しい人には気が緩むのか「何考えてるか顔でわかる」とよく言われる。


「セリもメアと同じくらい大切な妹です」


 せ、セリ……叶わぬ恋だったか。


「……でも、彼女が大人になってたくさんの人に出会って、それでも気持ちが変わらないのなら、私もそう思っていたかもしれないですね」

「え!? あ、あのセリの気持ち……」

「まぁ、えーっとメアが大声でお兄ちゃんにセリはもったいなーーい! とセリを説得していたので、なんとなく察して」


 メアーー!! なんてこった。

 まさかここでこんなに頭を抱えたくなることを聞くなんて。

 しかしその話題が空気を少し和らげてくれたおかげで、ケーキを食べ終わるまで和やかな会話が続いた。

 ケーキも食べ終わり、話も区切りがついて私は席を立った。


「今日はありがとうございました」

「私こそ。あなたがよければたまにはこちらに顔を出してください」


 少し教皇のことが頭にちらついたが、ここまでなにもなかったので。


「はい」


 頷いた。





 **************



「ロウィス司教」


 シアが去って、食器を片付けていると慣れない呼び方をされたロウィスは振り返った。声をかけた人物を見ると彼は少し不機嫌に眉を寄せる。


「聖女が来たら、確保するようにと教皇様からお達しがあったはずですが」

「さあ、知りませんね。私が会っていたのは聖女ではなく妹の友人なので」


 神官はため息をついたがそれ以上言及しなかった。


「現状、王家から睨まれている以上、王都で聖女に手を出すことはできませんが大聖堂内ならば話は別です。ここは女神の領地ですから」


 だからこそ彼は『司教』の地位を代理とはいえ甘んじて受け入れた。


「ここに配属されている誰もが知っている。私が『ラメラスを信仰していない』ことを。それなのに私をこの地位につけたあなたがたは、もはや共犯ですね?」

「……はあ、まあそうなりますな。不本意ではありますが」


 ここにいる多くが司教を嫌い、司教を信頼している。

 だからこそ女神の信仰者も『待つ』ことに決めた。この大聖堂の本当の主を。


「あの方は本当に不思議なお方だ。私は女神を信仰していますが、教皇様のお言葉よりも司教様の言葉を待っている」


 それは彼が時間をかけて培ってきたもの。この先どうなるかなど読める能力はないが、動く時がきたのなら。


「自分の意思を信じ、動くだけです」


 ロウィスの女神は昔から、メアとセリだけなのだ。


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