★1 この世界にいる意味
「帰ってこれた……」
もう戻ってこれないかもしれないと覚悟して出ていったのは、早数か月前。運命の巡り合わせが、私達を再びここに帰らせてくれた。
だけど。
「明かり、ついてるな」
次の月の支払いはしていたが、その月をこえたら契約が終了する手続きをしていた。だからギルドが入っていた階はもう誰かに買われていてもおかしくない。私達の荷物だってすでに引き払われているだろう。残念だけど仕方のないことだ。
とりあえず無事に戻ったことを雑貨屋夫婦のライラさん達に伝えようとお店に寄ると。
「シアちゃん達! よかったやっと帰ってきた!」
お店に顔を出すやいなやライラさんに熱烈大歓迎で抱きしめられた。なんだかとても懐かしい感覚になってしまって、ライラさんの温かさにじんわりと泣いてしまいそうになる。
「シアちゃん達の荷物、しっかりと預かってるからね」
「え? でも期限は」
「なにいってるの! 帰ってくるっていってたんだから、その前にうっぱらうわけないでしょ!」
両肩を掴まれたガタガタいわされた。
預かってもらっている倉庫代はばかにならない。それを数か月分も支払って私達の荷物を預かってくれていたなんて……。ライラさん達の優しさにギルドのみんなが打ち震えた。滞納した分はこれからきっちり支払わなければ。
「でも残念なんだけどギルドの入ってた部屋はもう別の人が使っててね。さすがにこっちで不動産のあれこれをなんとかできなくて」
しょんぼりしてしまったライラさんだが、彼女がそこまで気にかける必要もない。荷物があるなら、さっそく新しい物件を探すだけだ。
「そろそろもっと広い場所を探そうと思っていたところだったんです。メンバーも増えましたし」
ちらりと後ろを見る。
帝国の旅を経て、サンドリナ夫人……いや、ここからはサンドリナさんと呼ぼう、彼女がメンバーに加入した。彼女の身分や処遇は、これから国との相談と手続きが必要になる。なんといっても彼女は特殊だ。何年も異空間をさまよい続けた彼女は、おそらく失踪または死亡扱いになっている可能性がある。
それと彼女以外にも二人。
「おや、そちらの二人は……たしか、ギルド大会に出ていたよね?」
エドさんがひょこっと顔を出した。つられてライラさんもサンドリナさんからさらに横に視線を移して、ああ! と声をあげた。
「メノウちゃんとコハク君、だったよね確か」
二人の反応にメノウちゃんはニッコリと笑い、コハク君は不愛想に視線をそらした。
そうなんだよねぇ、結局この二人はうちで預かることになったのだ。
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「ヨル、いっちゃたね……コハク」
「そうだね。……わかってたことだろメノウ――泣くなよ」
メノウちゃんは静かに鼻をすすって泣いていた。二人ともそれなりに辛辣な言葉や態度だったりで、仲良しというには少し違う距離感で不思議な関係だなと三人を見ていた。それでもメノウちゃんはジャック、ヨルがいなくなって泣いてしまって、それをいさめるコハク君もどこか悲しげである。
「二人は、えっと……」
ラディス王国に安全に帰れるかどうかの確認中、数日おじいさまの屋敷で待つことになっていた中、メノウちゃんとコハク君も屋敷に滞在していた。その間の出来事。私は戸惑いながらも、彼らの今後について聞いた。
「わかんなーい」
「あてはないかな」
二人はぼーっと空を見上げてしまった。
この屋敷で前にコハク君が黒蛇に変身し、自分がヨルの使い魔であることをあかした。だから主を失った彼らに行き場所はない。
「二人は使い魔だよね? 契約ってどうなってるの?」
「切れたよ、ヨルが消えた瞬間に。だから僕らは自由、とても不自由な自由に放り出された」
確かに先の見えない自由は不自由と同じかもしれない。
「契約が切れたら、精霊界に戻るとかそういう感じじゃないの?」
メノウちゃんは膝を抱え込んでしょげてしまった。
あれ、私言っちゃダメなこと言ったか!?
「僕ら、精霊じゃないんだ。ただの普通のちょっと哀れな蛇の死を憐れんだ優しい少年に丁寧に埋葬されて、そして大人になった彼が死の間際に世界を祟ったことで魔物に変化したモノだから。自然界の美しい気から誕生する精霊の世界に僕らは歓迎されないんだよね」
昔々、あるところに王国のとある屋敷に迷い込んだ二匹の小さな蛇がおりました。二匹はお腹をすかせてさまよっていましたが、屋敷の住民に見つかって殺されてしまいました。塔の中から二匹を見つけた少年が蛇を憐れんで土の中へ丁寧に埋葬しました。
魂だけとなった二匹の蛇はそれをとても嬉しく思い、少年を守護しようと傍におりました。
しかしこの家に巣くう呪いはたかが小さな蛇では守り切れず、大人になった彼は塔から突き落とされ死んでしまいました。恐ろしい呪いはそれで終わらず、優しい彼の魂を汚染し、おぞましい魔人へと変貌してしまいました。
元の彼とは似ても似つかない魔人に、二匹の蛇は嘆き悲しみましたが目覚めた魔人はまるで赤子のようになにも覚えておらず、歩くべき道も見えずにいました。呪いと瘴気によって本来とは比較にならないほどの魔力を手に入れた二匹の蛇は、人の形をとり魔人を守ることにしました。
たとえ彼が、大切な恩人とは違っていても。
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行く当てがなくなってしまったメノウちゃんとコハク君をギルド会議のすえ、メンバーに加えることになった。ギルドはもう大所帯といっていい人数に達しており、さすがに前の部屋ではこの人数をまかなえない。
ライラさん達は残念そうにしていたが、私達はさっそく新しい物件を探して情報ギルドの長、ジオさんを訪ねた。
「一時はどうなることかと思ったが、みんな無事でよかったよ」
私達の顔を見てほっと息をついてくれたジオさんの柔和な笑顔に、こっちもほっとする。ジオさんも裏では色々と動いてくれていたらしい。情報屋なので目立たないが、多くの場面で活躍していたに違いない。
「ヒースは役に立てたかな? あの子は昔から癖が強くて扱いづらい子だけど、能力は確かでね」
「あれ? ジオさん、ヒース様のことをよく知っていらっしゃるんですね?」
「うん、昔の部下だから」
ああ! そこで納得した。ヒース様の言っていた昔の話の通じる騎士団の情報部上司とはジオさんのことだったのだ。彼はもともと騎士団出身でイヴァース副団長の補佐をしていたこともある実力者。その後色々あって退役して現在のギルド職についている。その色々についてはわからないが、現在も服役を願う人が多いにも関わらず彼は騎士団には戻っていない。
ジオさんと色々とおしゃべりしながら物件を探していき、決まるまでの数日間を天馬の宿舎を間借りさせてもらいながらなんとか物件を決めた。ちょっと借金することにはなるが、今の私達の実力や人数を考えるとなんとかなる家賃で前より二倍くらい広い物件だ。
数日をかけて引っ越しをすませ、今後のことを決める会議をしたあとでルークが。
「ちょっと数日ギルドをあける」
「どっか行くの?」
「ああ、クレフトと約束があるんだ」
あいつと? と首を傾げたが二人はあのあとからたまに連絡をとっているのは知っていた。ルークもずっと気にしていたし、彼のことだから心配することもないとは思うが。
「昔のことにけじめをつけないといけないからさ」
そう言うと、彼は支度を済ませて馬車に乗ってでかけていった。
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そこはもう何事もなかったかのように住民が生活していた。ただ、その街並みを見下ろすような位置にある丘の上の巨大な屋敷は、お化けがでそうなくらい壊れた廃墟となっている。
「見ろよ、この土地の人間はもうここにギラギラと建っていた屋敷が廃れたことをまったく気にもとめてない。滑稽だろ?」
クレフトが試練の中でそうしたように瓦礫を蹴った。
二人が再会を約束した場所は、二人が生まれた場所。アシュリー男爵がおさめていた王国の一地方、今は隣の領主が代理で管理している。
「俺が勇者になって最初にしたのは、この家の粛清だった。あの瞬間が一番心躍った、醜い豚どもがぶひぶひ鳴きながら逃げまどってたぜ。すべての罪をさらけだして、断頭台に送ってやった。復讐は終わり、屋敷の金目のものはすべて売り払って、壁の金も剥がして屋敷はボロボロになっていった。すべてを奪いつくしたあとは、もうここに用なんざなかったんだがな」
門だった場所に腰をおろして、廃墟を見上げる。足元には小さな白い花がさいていて、数年たったそこはもう少しで自然にのみこまれてしまうだろう。
「でもお前には、感傷がある」
「……そうかもな」
ルークにはない。ここでの記憶はまったくないから。
「ルーク、お前の本当の身分は王家に、あのクソ鬼畜眼鏡にバレてる。ノアが言ってたぜ、この土地はいずれお前が治めることになるってな」
「なんだそれ、ノアは予言もできるのか?」
「いいや、予測らしい。だが的中率は98%とかぬかしてたぜ」
ルークは少しあけて、ため息をついた。
確かに本来の身分と国としての有益性を考えたら、自分に貴族の身分を返してアシュリー男爵として立たせられる可能性は高いかもしれない。それとも勇者としてまつりあげられるのかも。抜け目のない王子だとは思っている。
「いつかはそうなるとしても……できる限り俺はギルドの剣士でいるさ」
「……ふん、そうかよ」
運命はいつも自分の思い通りにはいかない。それでもその中で後悔の少ない道を選び続けるしかないとルークは身をもって知っている。
「クレフト、行きたかった場所はここじゃないんだろ?」
ルークの言葉に、クレフトは少し驚いた顔をしてから舌打ちをした。
黙って歩き出した彼の後ろについてルークも歩き出す。道を下りながら、ルークはあたりの景色を見回した。やはりなにも覚えがないし、懐かしい気もしない。ただ少しだけ虚しいなにかを感じた。
どんどんと道を進んでいく。町から少し離れた、森の中に彼の目的地はひっそりとあった。こげついた木の板が転がり、焼けて崩れ落ちたかつての聖教会は無残にもそのままで残されていた。取り壊しも、立て直しもなく、打ち捨てられたそこはすでに緑に半分浸食されている。
クレフトは近くにあった切り株に腰を下ろした。
「ここが俺の席。向かいの席はじいさんが座ってた」
指を指した先には同じような切り株があった。
「じいさんは俺に色々な授業をした。家じゃ教えてもらえないことを全部ここで知った。……母さんの本当のこともな」
ルークはふと思い出した。交換された過去の追体験で、アシュリー男爵は幼いクレフトに言った『お前の母親はお前を捨てて出ていった』と。
「あんなのは嘘っぱちだった。母さんはこの地獄みたいな屋敷から俺を連れて逃げ出そうとして、ここで死んだ。じいさんは母さんの遺言を叶えたんだ。どうか見守ってやってくれっていうな」
そんな優しい人をアシュリー男爵は殺してしまった。おぞましいやり方で。
「……あれ?」
ルークは胸のあたりが熱くなっていることに気がついて、熱を発している指輪をとりだした。指輪が光っている。
「なんだ?」
「わからない、急に」
指輪の光が増していくと、なにかを指し示すかのように建物の中へと赤い光の筋があらわれた。二人は顔を見合わせると、光が示す場所へと歩き出す。
今にも崩れ落ちそうな建物の中を進み、女神の像があったであろう台の下へと光は続く。
二人は板の床を剥がして奥を確認すると、そこには小さな空間があり深い場所には木箱が隠されていた。それを引っ張り出すと、木箱はあの火事に見舞われたとは思えないほど綺麗に残っている。
「なんだこれ」
クレフトが箱を雑に振ると中から何か音が聞こえた。
「なんか入ってんな」
「あけてみるか?」
「まあ、あのじいさんのことだから金目のもんとかじゃないと思うが」
箱には鍵穴もなく、頑丈に釘でうちつけてあったので無理やりに開けるしかなく、箱の一部を破壊して中身を取り出した。
「女物のアクセサリーとお守り? ……あとは手紙か」
クレフトはアクセサリーの方を手に取ったので、ルークは手紙の方をあけてみた。そしてすぐに閉じた。
「……クレフト――お前宛だ」
怪訝そうなクレフトに手紙を渡した。クレフトは手紙を静かに読んだ。時間をかけて読み終えると、深く、とても深くため息をついた。
「今更だ、なにもかも」
「でも、よかっただろここにきて」
「……どうだか」
ひねくれてしまった彼が素直に気持ちを言うとは思えない。ルークはクレフトが動くまで、空が赤く染まるまでずっと待った。
「魔人は……」
長い長い沈黙のあと、クレフトは魂が抜けたような声で言った。
「未練を晴らしたら消えるんだと。俺の未練ってなんだったんだろ」
「……さあ。でも」
赤い空に浮かぶ雲がゆっくりと動くさまを見上げながらルークは答えた。
「まだ消えてないなら、お前がこの世界にいる意味が残ってるんだろ」




