☆27 後悔と懺悔の時間
ポラ村襲撃時、私とレオルドは聖獣の森にいた。黒い靄から吐き出されたドロドロの狼の魔物みたいな化け物と戦い、強化魔法をのせたレオルドの魔法攻撃(物理含む)の一撃で倒すことができたのだ。そして聖女の力である浄化魔法で瘴気を浄化すると……なぜか化物は子供の姿となったのだった。
なにがなんだか分からなかったが、私はレオルドに子供を背負わせると一旦、村に戻ることにした。
子供にはヒールをかけたが、衰弱しているようでどこかゆっくり休める場所が必要だったのだ。黒い靄や化物との関係性が気になるが、それを論じている時間はない。
早く、子供を休ませようと村へと急いだ。
そして、私達は目にすることになる。
「――なんだ?」
最初に気が付いたのは背の高いレオルドだった。
促されて私も視線を向ければ、村の方角から黒煙が上がっているのが見える。煙突から出る煙とは少し違う、火事でもあったかのような黒い煤けた煙だ。
嫌な胸騒ぎがして、私達は村へと駆けた。
村に辿り着くと、まず目に飛び込んできたのはめちゃくちゃに壊された家屋だ。それも一つや二つじゃない。多くの家が半壊以上に追い込まれている。壊れた家の前にはなすすべなく項垂れ、肩を抱いて蹲る村の人々。泣きながら、誰かを呼ぶ女性。寝転がって痛みにうめく男性。
あちこちに動かない村人がいて、動ける者達が担架を持ってどこかへ運んで行くのも見える。
……なにか、あったの?
これじゃあまるで何かに襲撃された跡だ。
――いいえ、されたんだわ……。
ざわりと、背筋が震えた。ここには、ルークとリーナが残っていた。リーナは戦えないけど、ルークならあの子を守れるくらい力はついているはず。並大抵の相手なら問題ないはずだった。
なのに胸騒ぎが消えない。
「レオルド、宿に急ぎましょう」
「……ああ」
村の惨状に言葉を失っていたレオルドの太い腕を軽く叩いて、宿へ向かう。
宿の方面も、あちこちが崩れて壊れていた。恐怖と痛み、絶望に喘ぐ人々の前を早歩きで進み宿に辿り着いた。
宿は無事だった。損壊のない大きな建物が少ないからか、負傷者などが宿の一階に運び込まれている。一人の年老いた医者が忙しそうに診察しているのが目に入った。だが負傷者の数に対して老医者一人なのでまるで手が回っていないのが分かる。癒しの術が使える身としては何か力になりたかったが、子供を休ませる事と家族の安否を確かめるのが先だった。
「ああ、あんた達! 帰って来てたんだね!」
宿の奥に行くと、大きな声が私達を呼びとめた。振り返ればそこには宿の女将さんが立っていた。
「女将さん! 無事だったんですね」
「あたしは宿の中にいたからね……。急に外が騒がしくなって、気が付いたらこの有様さ。詳しいことは分からないけど、なにか黒い化け物が現れたとか」
黒い化け物、という言葉に引っ掛かりを覚えつつも、私はルークとリーナのことを女将さんに聞いた。すると女将さんは顔を真っ青にして、「そうだ! そうだよっ!」と大きな声を震わせた。
「小さい女の子の方は分からないけど、赤髪の兄さんならさっきうちに運び込まれてきたんだ! 意識はないし、頭から血も出てたしで、どうも軽い怪我じゃなさそうなんだ。村には医者のじい様しかいなくて、兄さんの治療までは手が――」
その言葉に、私はカッと頭に血が上った。思わず恰幅の良い女将さんの肩を掴んで揺さぶってしまう。
「女将さん! ルークは今どこに!?」
「あ、ああ――こっち、怪我が重そうなのはベッドに寝かせてるから!」
慌てて足がもつれる女将さんにレオルドがさっと手をかしながら私達はルークが寝かされているという部屋へ走った。勢いよく扉を開けて中に入れば、一番奥のベッドにルークがいた。
「ルークっ!」
近づけば、彼の頭には包帯が巻かれていて胴体の方にも白い包帯が巻いてあるのに気が付いた。顔色は真っ青で、うわごとで何かを言っているように聞こえるが、なにを言っているかまでは聞き取れない。
私はルークの額にそっと手を当てた。
――かなり、ダメージを負ってる。頭と背中を強く打ったのね……。
人体に流れる気の流れでなんとなく負傷箇所と生命力を感知した。すぐさま負傷箇所を修復するべくヒールをかける。怪我はこれでほとんど治るはずだ。
ルークの意識は戻らないが、呼吸が安定したので彼はもう大丈夫だろう。
「大丈夫……そうか?」
「ええ、重傷と言える怪我だけどヒールをかけたから命の心配はないわ」
レオルドがほっと息を吐く。
女将さんも、私の術に驚いた顔をしていたがレオルドと同じように安堵の息を吐いていた。
だが私はまだ何も安心できない。リーナがいないのだから……。
事件のことを良く知らない女将さんでは何も分からないので、私は負傷者の中でも比較的動ける人物に話を聞こうと下に降りた。レオルドには子供を別室で寝かせて面倒を見てもらうようにお願いした。
宿の一階では今でも医者のお爺さんが診察を続けている。
よくよく見ても、倒れている村人達にあまり外傷はないように見えた。これならルークが見た目的に一番酷い怪我をしている。
私は話しが出来そうな人を探して、壁に背中を預けて座っている男性に声をかけた。
「すみません、お話をいいでしょうか?」
「ん? ああ、王都から来たっていう人か……あんたも災難だったな」
小さい村だ、私達のことはすでに周知のことなのだろう。邪険にされなかったので、話を続けた。
「いえ……あの、なにが起こったのか詳しくお聞きしたいのですが」
「……そうだな、俺も急なことでよく分からないんだが」
男性は彼が知りうることをすべて話してくれた。
いつものように仕事に出て、昼休憩をしている時だったらしい。突如、悲鳴が聞こえてきてかけつければ黒い靄のようなものがいて、村人を襲って呑み込んでいた。大人はすぐに吐き出されるが、外傷もないのに意識がなく、ぐったりとしていて動かない。そして子供は呑み込まれたら出てこなかった。そのまま攫われるように黒い靄とともに消えてしまったらしい。
「――化け物もいたぜ」
すぐ近くにいた男性も話に加わって来た。
「あの赤髪の兄ちゃん、姉ちゃんの仲間だろ? 俺、兄ちゃんに助けられたんだ。黒い靄から気色悪い化け物が現れてよ……。昨日姉ちゃんが連れてた可愛い女の子も黒い靄に呑まれちまって、兄ちゃんが助けようとしたみたいだが、やられちまったんだ」
ぐっと、腹に力を込めた。
語られた現実に、眩暈がする。気を抜いたら意識を飛ばして楽になってしまいそうになるから、そんなことしてる暇はないと喝を自身にいれた。
男性達の話によれば、ルークが倒れたあと、化け物は動きを止めたルークに止めを刺そうとはせずただただ村の中を暴れ回り、ひとしきり家などを破壊すると黒い靄の中に戻って、黒い靄達は消えてしまったそうだ。
――子供達を呑み込んだまま。
どうやら村の子供のほとんどが黒い靄に攫われた状態になっているようだ。
リーナ……。今更、あの子をここに連れてきたことを後悔し始めた。こんなことになるなら、寂しい思いをさせても王都に置いてくるべきだったのかもしれない。
だが、それはもう過ぎたことだ。ここで延々、後悔に項垂れても意味はない。
情報を提供してくれた男性達にお礼を言って私は膝を叩き、立ち上がった。
できることを全部する。その為に、次は医者のお爺さんに声をかけた。
「お爺さん、私は治癒術士なんです。なにか手伝えることはありますか?」
「おお、お嬢さん治癒術士か……ありがたいが、動けんような患者はどうやら著しく生命力を失っているようでの、ヒールでは効果が薄い。栄養剤を注射して安静にさせるしか回復方法はなさそうなんじゃ」
どうやら動けない患者のすべては一度黒い靄に呑まれた者らしい。吐き出されると彼らは一様に生命力を奪われた状態になっていたようだ。意識は朦朧としているが命に別条はないという。私の聖女の力を宿したヒールなら生命力の回復も可能だろうと、お爺さん先生にお願いしてヒール治療をさせてもらった。あらかた見終わった後一度、レオルドの所へ戻り情報を共有する。リーナの件には酷く辛そうな顔をした。
それから丸一日、子供とルークの看病をしているとようやくルークが目を覚ました。
起きた彼は、最初意識が朦朧としていたがリーナの話になるとはっきりと覚醒し、己の不甲斐なさに涙を流した。
悔しかっただろう。
大事なものを守れないことは辛いことだ。
私ですら、なんでここにいなかったのかと意味もない問答を繰り返して握った拳に爪の跡がついた。
「――ごめん、シア……ごめん――俺、なにも守れなかったっ」
悲痛な声が、嗚咽交じりに響く。
ルークのせいじゃない。
ルークは精一杯がんばった。
――そんな慰めは、きっと彼にとって無意味だろう。どこまでもどこまでも自分自身を自分で苛んで苦しむんだ。同じ悪夢を見続ける。
今必要なのは慰めじゃない。
「ルーク、後悔と懺悔の時間は一時間よ」
「え?」
「司教様が言っていたの。『後悔と懺悔は一時間もやりゃあ十分。延々と女神に祈る暇があるなら行動しろ』って」
めちゃくちゃな司教様の言動の中で、数少ないまともな言葉だ。確かに、後悔と懺悔が必要な時はある。だけどそれだけにずっと時間をとられていても仕方がないのだ。動かなければ、なにもはじまらない。
「リーナを助けに行こう、ルーク。一人一人がまだ弱くても、力及ばなくても……束になればいい。私達はギルドで家族なんだから」
隣でレオルドが笑顔で頷いた。私も笑ってみせる。そんな私達を見上げて、ルークは瞳を潤ませ布団を頭からかぶった。
「……一時間くれ、立ち直るから」
布団の中で鼻水を啜るルークに、ぽんっと軽く布団を叩いてから「待ってる」と伝えた。
その後、宣言通りルークは一時間で立ち上がった。
目は赤く腫れぼったくなっていたが、気合十分な彼の姿に安堵する。体はまだ本調子ではないだろうがひとまず安心だ。
そうしていると慌てた様子の女将さんが部屋に入って来た。
「ちょいとあんた達、こっちに来とくれよ! 子供が目を覚ましたんだ」
女将さんの知らせに、私達は急いで隣の部屋に移った。
ベッドの中で、子供……小さな少年は目を覚ましていた。焦げ茶の柔らかな髪に茶色い瞳の可愛い少年だ。
「君、しゃべれる?」
私はしゃがんで姿勢を低くすると、少年に向かってなるべく優しく声をかけた。
少年はきょとんとした顔で周囲を見て、それから私を見た。
「ここどこ? おかーさんは?」
「ここはポラ村よ。君のお母さんは知らないけど……名前は言える?」
「ぼく? ルネス」
ルネス? あれ、この名前は確か……。
私が思いだしかけていると。
「ああ! やっぱり、アルネさんのところの坊やかい!」
「女将さん、知ってるんですか?」
「小さい村だからね。見覚えはあったんだ、もしやと思ってもうアルネさん達には知らせてある。もうすぐ確認に来るんじゃないかね」
女将さんが台詞を言い終わったのと同時に、下の階が騒がしくなった。きっとアルネさん達だと女将さんが迎えに行く。感動の再会は喜ばしいが、そうなると聞けるものも聞けなくなりそうだったので女将さん達が来る前に、少しでも少年から情報を聞き出そうと声をかけた。
「私は、シアって言うんだけどね。お姉さんの大事な家族が今とても大変な目にあってるの、だから教えて欲しい。君の身になにが起こったのか」
少年は目をぱちぱちさせていたが、やがて私の真剣さが伝わったのか思い出すように口を開いた。
「ぼく、むらのはずれであそんでて……そしたら、くろいもやもやしたのがきて、たべられちゃったんだ。きがついたら、くらいばしょにとじこめられてて。そこで――」
――真っ白な髪に赤い瞳の、綺麗なお兄さんに会った。
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冷たい雫と湿った空気に刺激されるように、リーナは瞳を開いた。
少し、体がだるく重い気がしたが気合をいれて上半身を起こし周囲を確認する。
周りは暗い灰色の壁で囲まれ、一角は鉄格子がはまっている。リーナは瞬時に、ここは悪い人が閉じ込められる牢獄なんだと気が付いた。
りーなは、たしかちいさなこと、いっしょにくろいもやに……。
ハッとしてもう一度周りを確かめた。近くの床にリーナが守ろうとした幼い少女が倒れていた。慌てて息を確かめれば、規則正しい寝息が聞こえてくる。
リーナはほっと息を吐いた。
耳を澄ませば、子供のすすり泣く声が聞こえる。牢屋はここだけではなく隣にも広がっているようだ。いったいどれだけの子供が捕まっているのだろうか。
――おにーさん。
リーナは黒い靄に呑まれる寸前を思い出す。
ルークが必死に、自分を助けようと走って来るのが見えた。ルークに、隠れていろと言われたのにリーナはそれを破ってしまった。罪悪感が胸にこみ上げる。
助けたかった。
自分より小さな命を。
自分もシアのギルドのメンバーで、家族だ。なにかしたくて、なにかできないかとシア達に無理についてきた。
でも結局は、なにもできずにここにいる。
リーナは膝を抱えて蹲った。
シア達は、ここにいるだけでいいのだと言ってくれた。だけどリーナ自身は、それだけでは足りなく思っていた。役に立ちたいと頭が痛くなるまで考えた。
――りーなに、できることは……。
そう考えはじめようとして、思考は途切れる。誰かがこちらにやって来る足音が聞こえたからだ。リーナは警戒しながら足音を聞いていた。
足音は左奥から聞こえてきて、徐々にこちらにやって来る。
しばらくすると足音の主が、リーナの前に現れた。鉄格子の前で止まると、その人はリーナに向けて微笑んだ。
その人は――。
真っ白な髪に赤い瞳の、綺麗なお兄さんだった。