□51 全部終わってからな
この世界では発生させることができないであろう鮮烈なる灼熱の炎をまとった槍が機械仕掛けの女神を貫く。悲鳴にも似た機械の焼けて軋む音が、嫌な臭いと共に耳障りな音を響かせる。
あまりにも容赦がなさすぎるその力に、私は必死にシールドを強化しながらみんなを守っていた。それでもただの人の身では酷い火傷を負いそうで……。
深く息を吸い込んだ。熱い空気があやうく喉を傷めそうになるがその一呼吸は必要なことだった。
私に与えられた、めぐみさんの力は昇華するとともにこの世の理を脅かすほどの恐ろしい力と化している。それはとても強力で、まさしく神にも近しい力であると予感する。だから使いたくない。アーカーシャの視線もずっと付きまとっている感じがある。私の選択をまるで見張っているかのよう。
しかしこの空間を一時だけずらして、組み替えることくらいならば見逃してくれるだろう。でなきゃ、助けに来てくれたはずの火の王の力にみんな焼かれてしまう。できればこの強すぎる能力は知られたくないし、使い過ぎてもいけない。人はたやすく力に溺れてしまうのを私自身もよく知っているから。
シールドを重ね掛け強化している……ように見せかけて、空間を組み替える。視界にはなにも変わったことはない。だけど確実に次元はずれているから、火の王の力がそれる。みんなは私のシールドが仕事をしていると思っているだろう、何人かにはバレているだろうがそれを口外するような人はいない。
火の王の槍は、見事に女神の核を貫き、そして溶かした。原型はかろうじてとどめているが、修復することはできないのか機械であるにもかかわらず、まるでのたうちまわっているように見えた。
「さて、俺のやりたいことは終わった。じゃあな」
「じゃあなじゃねぇ! 反省しろー!!」
カピバラ様が地団太踏んでいるが、火の王は気にも留めず消え去ってしまった。あまりにも自分勝手だが、愛情は本物であるという矛盾。私の力がなければ死人がでていたはずだが、その事実はこの場にいる数人しか気づいていない。
そして……。
「火の王には、困ったものだ」
聞きなれない声が聞こえた。光が天から降ってきて、そして一人の白い騎士が顕現する。『彼』が騎士王オルディエスだろう。顔は兜で見えないが、立派な体躯で身長は二メートルを超えていそう。杖のように地面を叩いて突き刺した大剣を携える姿は、絵にかいたような騎士像だった。
「われが契約する地を越え、まさかこのような場所で顕現を要請されるとは思わなかったが……」
ため息をついてはいるが、どことなく火の王よりは人に理解があるような気配がした。人間の国と契約を結んでいるからだろうか?
「火の王とわれの顕現、智者がなにも言わないのならば、この時だけは望みに応えよう」
智者はアーカーシャのことだろう。帝国と契約しているのは彼女だ。精霊同士にもなわばりみたいなのがあるのかもしれない。
「こたびの契約の誓い、誰が行う?」
いくにんかと視線が交差したが、進み出たのはベルナール様だった。
「なるほど……そなたか」
「俺を覚えておいでで?」
「もちろん、契約を求めた者の姿をわれは忘れぬ。たとえ、以前のそなたが契約を交わせなかったとしても」
ベルナール様は一度目を閉じて、ゆっくりと開きオルディエスを見上げた。
「前回、あなたと対面したとき俺は騎士であって騎士ではありませんでした。俺にあったのはただ、この人生をつつがなく過ごすということだけ。誰かを何かを守ろうとする意志は、兄上からの借り物で誰かの虚像でしかなかった。表面はなぞれても、その本質には至れない。それは俺の『生まれ』を知ってしまえば当然のことだったのかもしれません。ベルナールの代わりとして作られ、時がくるまで呪いを宿すためだけの人形には与えられるべくもない。それでも……それでも時間と出会いが俺から色々なものを与え、教えてくれた。俺には今、あのときにはなかったものがあると、ようやく知りました」
ベルナール様が、剣を胸の前に掲げて騎士の礼をする。それに応えるように騎士王オルディエスは言った。
「そなたの誓いを述べよ」
「俺の誓いは、守りたい人を守り通す意思。この剣と肉体が滅びようともこの魂がある限り、その誓いが破られることはない」
「……よかろう」
誓いの言葉は、騎士としてとてもありふれたものだ。だが、オルディエスはその言葉にとても満足しているようだった。
「そなたの空虚な器は、多くの感情の雫で満たされた。器はもう心無き人形ではない。そなたの名を、告げよ」
「俺の名は……」
少しだけ、息が詰まったように感じた。私にはその気持ちが痛いほどわかる。私もベルナール様と同じ、代わるために作られた人形だから、その名を名乗るのに抵抗がある。本当にこの名は自分のものなのかと不安になる。私の名前は司教様がつけてくれた、それは私が代わるはずだった人の名前とは違うらしい。でも、そのように作られたのは事実だ。アリスティアのことを母と呼べないのと同じ、司教様が父でもないのと同じ。
でも長く過ごした自分の時間が告げるのだ。私には父親がいる。生まれてきてくれてありがとうと、出会えて幸せだと言った父、シリウスさんが。
時間がベルナール様おも変えたというのなら、きっと彼も自分の名を名乗れるだろう。
次、口を開いたときにはベルナール様の顔に迷いはなかった。
「俺の名は、ベルナール・リィ・クレメンテ。王国騎士団第一部隊隊長であり、誓いを守る騎士」
その言葉が終わると同時にベルナール様の体がまばゆい光に包まれた。
「契約は成された。そなたが誓いをたがわぬ限り、誓いの力はそなたに祝福の力を授けるだろう」
この世界のものではない、精霊の強大な力がベルナール様の体を駆け巡り、そしてふさわしい銀の剣となって彼の手の中にあらわれた。誓いの強さが、与えられる強さに比例する。そう私は聞いている。彼が誓った言葉はあんなにもありふれていたというのに、彼に与えられた力は私が見てきたどの騎士よりも強い。副団長と同等か、それ以上の精霊の加護の力を感じる。そして決定的に副団長にもない力を私は悟った。
「ベルナール様……髪が」
自分でも気づかぬうちに声が出ていた。
彼の髪の色が、銀色から漆黒へと変化していたのだ。その姿はジャックの……ヨルの姿とよく似ている。
「この土壇場で覚醒するとはのう……」
誰よりも先に彼の変化の理由に気がついたおばあさまが、驚きとも呆れともとれるような風に言った。ジャックの件を知らないほとんどがどうしてベルナール様の髪が黒くなったのか首を傾げている。
ジャック、本当の名をヨル。彼はクレメンテ家の男児でベルナール様にとっては祖父の弟にあたる。彼の存在は抹消されたが、ヨルは紛れもなく異世界人の力を引く覚醒者だった。その血は、確かにベルナール様にも流れている。だから隔世遺伝する可能性もなくはなかった。
「これは……」
ベルナール様自身も予想外だったのか、自身の変化に少し戸惑いをみせていた。
覚醒者にはなにがしかの特別な力が宿るという。私は聖魔法の習得が人よりちょっと早い、程度だと司教様に言われていたし私もそう思っていた。だけどめぐみさんの力を引き継いだときに得たこの強すぎる力の正体が、自分の本当の特別な力が関係しているのではと今では疑っている。
ギギギギギ。
不快な音が鳴り響く。火の王に核を溶かされ動きが鈍っていた機械仕掛けの女神だが、新たな敵として覚醒したベルナール様を排除対象とみなしたのか軋む体を無理やりに操り襲い掛かってきた。
「みなのもの! 活路を開くぞ」
おばあさまが鼓舞の声をあげ、全員が一丸となって機械仕掛けの女神に相対した。
「俺達がなんとしてでもあれの動きを止めてみせる。だから二人は外装がはがれた核にとどめをさせ!」
火の王が溶かした核からは光のエネルギー体が見え隠れしている。火の王の言葉と女神の損傷具合から、そこが活路だとレオルドは判断し、そう私とベルナール様に叫んだ。
「え!? 私も!?」
「当たり前だ。俺を導いてくれるだろ、聖女様」
聖女じゃないですけどー!? という突っ込みは許されなかった。ベルナール様に抱えられると人の身では叶わぬ跳躍力で宙を飛んだ。
「ぎゃーー!」
乙女あるまじき声が出たが、誰も気にしない。混乱と重大な役目を負った緊張から体は強張っていたが、脳みそはやるべきことをやろうと体に命令を送っていた。ベルナール様は覚醒者となった瞬間から想像を絶する力をみせたが、それにくわえて私もできるだけの強化をかけている。せまりくる機械仕掛けの女神の攻撃と巻き込むように飛んでくる石礫から彼を守る。そしてベルナール様も私を抱えたままで魔力で作られた足場を蹴り、剣で私を守りながら女神の元へと駆け上がっていく。
「シア、君は聖女の意味を知っているか?」
「え? なんです今聞くことですかそれ」
聖女とは、勇者と共に旅立ち魔王を倒す者である。物語に語られ、美しく消えていく存在。聖なる乙女は美しく優しく清廉であると多くの書に記され、そうあるべきとされる。しかし意味と聞かれると正確に知っているかは自信がない。
「心臓は鋼。決して折れることなく、立ち向かう者」
「それって」
聞き覚えがあると思ったら聖女座の言い伝えだ。ポラ村の事件が終わった夜にベルナール様に教えてもらった話。
「覚えているか? 聖女座の星座言葉は『勇敢』『癒し』『あなたを守る』だ。なぜかとても勇ましいよな」
「た、確かに?」
そういうものだと思っていたからあまり気に留めたことはなかった。その言葉の前に美しいとか清廉とからしい言葉が並んでいたからかもしれない。だがベルナール様はその前振りの言葉は外していた。これらの印象はただの後世の後付けだかららしい。
「聖女座は、初代勇者がはじまりの聖女の死を悼んで詠んだ歌から作られたそうだ。はじまりの聖女は強く、優しい女性であったことは確からしいが、それと同時にこの星座言葉の意味は、初代勇者がはじまりの聖女に向けて誓った言葉でもあるそうだ」
『どれほど遠く離れても、君の勇敢さに勇気を与えられ、その笑顔に癒されて、多くを守り通したことを忘れはしない。俺はここで永遠にあなたを守り続ける』
それが聖女の意味。はじまりの聖女に贈られた、初代勇者の誓い。
「最初から聖女という言葉は存在していたし、はじまりの聖女は元より聖女と呼ばれていた。だがその単語に意味はなかった。異世界から流れてきたそれらしい単語でしかなかった。だが初代勇者が、はじまりの聖女に誓い、星座として残したあと聖女という呼び名に意味がうまれた。それを知るものはあまり多くないのが残念だが」
それは知らなかった。ベルナール様は読書家でもあるが、そういったものも読むんだな。と、感慨深い気持ちになったが、だがそれを今言う意味はまったくわからない。
それが顔に書いてあったのか、ベルナール様は私をちらりと見て笑った。
「お前、自分を聖女じゃないと否定しようとしただろ」
「そりゃあ、そうですもん」
「だが聖女の本当の意味を知っただろう。俺が言ったのは役割としての聖女じゃない。俺の誓いは、君にささげられた。だから俺にとって君はずっと聖女だ」
「……はあ?」
誓いって? なにか誓ったっけ? 誓ったといえばさっきオルディエスに騎士の誓いはしてたけどそれと私になんの関係が?
頭が疑問符だらけの私にベルナール様はため息をついた。
「まあ、全部終わってからな」




