□50 この親バカーー!!
騎士王オルディエスに会うには、王国にある『顕現の間』に行く必要がある。精霊、それも大精霊との交信となると特別な儀式がいるはず。ここで呼びかけたとて、やすやすと来てくれるわけなどない。
「だがしかしだよ。僕たちには幸いにも伝手があるのさ」
ソラさんがちらりと視線をやったのはレオルドだった。
「まさか火の王を通すのですか?」
「火の王はこちら側に興味はなく、こちら側に顕現もしない。しかし愛し子の願いなら、言伝くらいしてくれるだろう」
確かに、精霊と人間で感覚が違うとはいえ、火の王はレオルドを溺愛しているし、シャーリーちゃんやリーナの魔法の手ほどきもしてくれているらしい。希望は残されている。
「レオルド! お願いがあるの」
リゼを落ち着かせていたレオルドを呼ぶと、しかし困ったように眉を下げた。
「火の王に頼む、か。確かに希望はあるかもしれないが……実は俺、火の王との交信の仕方がよくわからないんだ」
「え? そうなの!? でもシャーリーちゃん達は火の王に師事してるって」
「シャーリーが言ってただろ? 夢の中でしか会えないって。だから言えることは一つ。それは火の王側の一方通行な交信手段だってことだ」
つまり、火の王の都合によってあっち側からしか繋げられないってこと?
「俺達の中に精霊術士はいない。精霊術士なら呼び出す手段があるが……俺は加護を得ているだけで契約しているわけじゃないからなぁ……」
「そ、そういえばそうだった」
まさかの手詰まり。
「まだ手段はあるよ。忘れたのかい? 君と仲良しのもふもふ獣」
仲良しのもふもふ獣?
ソラさんに言われても、ぱっと思い浮かばなかったが。
「あの、もしかしてカピバラ様のこと言ってます?」
彼が聞いたら激怒しそうな呼び方してたけど。
「そうだよ」
あっけらかんなソラさんに、慣れたはずだったがちょっとくらりとした。簡単に言ってくれるが、聖女じゃなくなった今、カピバラ様はほぼ善意でなにもしないでいてくれている。ここに呼び出すのも酷だし、そもそも今の私の呼びかけに応える義理もない。
難しい顔をしてうなっていると。
「君は彼の性格をよく知っていると思っていたけどね? 最近は彼を呼び出していないだろう?」
「そりゃ当たり前ですよ。そんな資格もありませんし」
そういえばシャーリーちゃん達の修行に火の王に送り届ける役をしていたのはカピバラ様だった。だけど彼は私には応えず、リーナに応える形で現れている。前と同じと言えは同じなんだけど、『今』はもう事情が変わってきていた。
「呼んでみなよ」
「で、でも……」
「呼びなさい」
ソラさんが人に強制するような強い口調でものを言うのをはじめて聞いた。肩がすくんだ。叱られた子供みたいだ。駄々をこねているのは私だと、本当は私も気づいていたのかもしれない。カピバラ様の性格はわかっている。私にそっけないふりをしていても、本当はとても優しいから。
私が聖女でなくても、なんであっても彼はきっとこういうだろう。
『なんで早く俺を呼ばないんだ!?』って。
足踏みしているのはただの私の罪悪感と少しの恐怖だけだ。呼んでも来てくれないと思ってしまう。ベルナール様のときと同じ。
私は人に同等の利益を生み出せないと手を差し伸べられるわけがないと心の奥底で思っている。子供のころにこびりついたその概念は、無条件の愛情もあると知った今でも暗い影を落とす。差し出せるものがないのに、なぜ誰かに助けてもらえると思えるのだろう?
一度目は振り払われた。でも二度目は……抱きしめてくれたベルナール様。時の流れは人を良くも悪くも変えていって、振り返ればそこには私が歩んできた道がある。
たぶんずっと、私はこういうことがあるたびに怖いんだろうなって情けない気持ちになるだろう。身に沁みついたものは簡単には落とせないから。
「カピバラ様っ、カピバラ様!」
がんばって声をはりあげた。すると思ったよりも早く、いやかなり食い気味で光の中からカピバラ様がころりんちょした。
「よ・ぶ・の・が・お・せ・え!!!!」
短い四つ足で地団太踏むカピバラ様は、相変わらずかわいいもふもふ。憤った姿はよく見ていたはずなのに、とても懐かしく思えて胸がじーんと熱くなった。予想通りの登場に何人かは笑みが浮かんでいた。
「俺様は基本的によばれねぇーとでてこれねぇーんだよ! わかってんだろうが!!」
「はい、すみませんでした」
「お前が聖女だろうと、そうでなかろうと! まな板であろうが、はなぺちゃであろうが! 契約者はお前なんだよ、そこんとこよーく理解しとけ」
「はい、すみませんでした。でも暴言はゆるせませんのでもふもふしますね」
「ぎゃああぁあっぁ!!」
あー、いつも通りだ。安心の暴言ともふもふだぁ。
たわむれている場合ではない。だがもふもふはすべてを癒す特効薬。
「獣君、精霊の道を通って火の王に言伝を。騎士王オルディエスをここに顕現させて」
「パシリなんざ、いつもなら断ってやるが今はしょーがねぇーからな。いっちょ走ってきてやるぜ!」
げしっと私の顔を容赦なく蹴ると、ぴょんっと跳ね返って精霊の道を開き、意気揚々と走り去っていった。
「それじゃ、僕たちもやれることはやったし、獣君がことをなすまでの間、機械仕掛けの女神を抑える助けにならないとね」
レオルドの一件以来の強力なフィールド魔法が展開される。助言したら知らん顔で退場する可能性もあったけどちゃんと協力は続けるようだ。
魔人達は……ラミィ様を守るキングと彼らを囲むようにジョーカーとハーツがいる。ソラさんのフィールド魔法が展開されても彼らにこの場での活躍はもう期待できない。私達はそれぞれに気合を入れると、先に機械仕掛けの女神と相対する三人に加勢するべく前線へと走った。
どのくらい戦っただろう。時計を見る暇もものもないが、体感的には長いのか短いのかまったくわからない。もしかしたら五分もたっていなかったかもしれない。勝ち筋も見えない状況で戦えるのは先に希望があるからだ。必死に戦う中で、突如激しい炎がほとばしった。
驚いて顔をあげれば、そこには視界を焼き尽くしそうなほどの鮮烈な赤と金色。
「火の王!?」
精霊界で見た姿とかわりのない、長身痩躯。神秘的な白と金の衣装と褐色の肌、炎のようにゆらめく赤い髪。そしてなによりその身からあふれ出す絶対的な力。神の降臨かと思わせるような圧倒的な光景にしばらく誰もが息を呑んだ。
えーっと、火の王を通す話ではあったが、火の王に直接来てもらう話ではなかったような?
「くぉらー! この親バカーー!!」
キレのいい怒声が響くと、裂けた空間からカピバラ様が飛び出してきた。
「この世界と契約を結んでねぇー大精霊がこっちに来ることの重大性わかってんだろうな!?」
「知らん」
「知っとけぇ!!」
カピバラ様の血管が弾け飛びそう……。
「この世界がどうなろうと知ったことか。レオとその家族は俺が精霊界で面倒見ればいい話――」
「だーかーら! 人間は精霊界じゃまともに生きられねぇって、聞いてんのか!?」
カピバラ様の怒声もすごいが、火の王から放たれる殺気と圧はそれも軽く凌駕する。怒ってる。なんかすごく怒ってる。火の王はかなり自分勝手に動いていそうだが、レオルド達に対する愛情は本物だろう。ただすごいズレてるしなんの解決にもならないのは、やはり前にカピバラ様がいった通り人間にとっては『毒』なのだ。
「――ちっ、案ずるな。どっちにしろ他人の庭に土足で入っている状態だ。俺も本領はまったく発揮できん」
「本領発揮したらこの世界はマグマでどろっどろになるからな!」
「火の王……」
レオルドが驚いた顔で火の王を見上げると、火の王はレオルドだけに見せる優しい顔で笑った。
「レオ、なにも案ずることはない。オルディエスはじきに現れる。契約にも時間がかかるだろう。その間、俺がこの鉄くずの《できそこないの神核》を溶かし、人の身でもアレを倒せるようにしてやる」
「できそこないの神核?」
聞きなれない言葉にレオルドが首を傾げると火の王は短く説明してくれた。
「《神》とはそもそも高位次元のものだが生物には違いない。精霊である俺も広く括れば生物だ。人が人を構成するのに重大な部分として心臓や脳があるように、神にも核がある。アレにも似たようなものが組み込まれており、それがアレを人の手で破壊できない存在にしている。この世界に属さぬ技術と材料によってつくられているゆえ、まがいものだ。本物であれば、俺がたやすく溶かせるわけもないだろう」
火の王の右手に強いエネルギーが集約されていく。それなりに距離がある私の体すら焼かれてしまいそうなほど熱い。嫌な予感もあってシールドは展開していたのに、それすらも貫通してくる。十分な力が集まると火の王の右手には黄金の槍が握られていた。
「この世界がどうなろうと知ったことではないが、レオとの約束だ。――溶けろ」
鮮烈で熱い光がほとばしり、火の王の黄金の槍は機械仕掛けの女神を貫いた。




