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□43 なにも変わんないの!

 ルークは、ありえたかもしれない可能性の一つ。

 勇者選出の場に立ったのはクレフト、ベルナール様、リンス王子だった。だけど別の形で、なにかが一つ違っていれば、このクレフトの立ち位置はルークだったらしい。ここにたどり着く少し前に彼が私に打ち明けたことがある。私をギルド大会で追い詰めたのは……いや、それ以前に勇者の旅路で私を傷つけ続けたのは自分だったかもしれないのだと。その光景を見てきたのだと。

 私はそれをありえないと、ルークが優しいからクレフトにはならないと彼をなだめたけれど、ルークは落ち着いたふりをしただけで、ひとつも納得しなかった。あったかもしれない可能性をいちいち考えても仕方のないことだ。人というのは環境に大きく左右されることを知っている。だけど、だからといって今ここにいるルークを否定することは絶対にない。彼は仲間思いで、努力家で、とても臆病な……大切な私達のギルドの仲間で家族だ。私は今目の前にあるその事実を事実として彼に伝えたいだけだった。

 だって、一度形成された性格は再形成が難しいことも知っているから。

 簡単に今の私のこの可愛げのない性格を変えられたなら、もう少し私はうまく世を渡れただろうに。


 それでもルークは怖いのだろう。

 よくわからないが、彼にはありえたかもしれない出来事をまるで体験したかのように錯覚するほどのものを見てしまっている。同化しちゃいけない。今はもう消え去ったもののために罪悪感や恐怖を覚えるには、人の精神は強くないんだ。


「聖剣は君の手で折られた。つまり、君には新たに(ゆうしゃ)になれる資格があるということ。我々は長い時をかけて、女神の能力をコピーするためその精度あげてきた。生命を作り上げる装置もまたしかり、そしてこれもまたその研究の集大成でもある」


 ローブの老人が手を掲げると、そこにはまぶしく光る美しい白い剣が……聖剣があらわれた。折れた姿ではなく、しっかりとした剣の姿で。


「聖剣!? もう、再生していたの!?」


 私の声にローブの老人が静かに言った。


「いいや、これは模造品だ。だが、限りなく本物に近い……魔王を倒す道具としては申し分ないほどに。君ならば『正しく』聖剣が振れるであろうな」

「くそっ」


 ルークは苦々しく悪態をついた。

 その手に収まる聖剣の姿は模造品とは思えぬ出来で、そしてまるでその正当な持ち主かのようにルークの手にしっくりきているようにもみえた。


 ずいぶんと前、なにも知らなかった頃にルークの剣の技量がとびぬけて高いことを知って、いつか魔王を倒さなくてはいけなくなったとき、ルークが勇者として戦えたら……そんなことを思っていた。とても愚かな話だ。真実はとんでもなく残酷に、ルークの肩にのしかかる。


「――こんなもの!!」


 恐れるように、怒るように、ルークは偽の聖剣を叩き折ろうとした。

 だが、それはびくともしない。


「聖剣は、己自身で折ることは叶わぬ。知っているだろう? 聖剣を折ることができるのは、勇者の資格を持つものだけだと」


 そうだ。だからあのとき、クレフトの聖剣をルークは折ることができた。だが、その瞬間にルークもまた嫌な予感を抱いていたんだろう。あれからずっと、勇者という肩書にルークは嫌悪感に近いものを抱いているようだったから。


「これで役者はそろった。さあ、見事魔王を倒してみせよ」


 そう言って、ローブの老人の姿がかき消える。目の前に残ったのは魔王となったベルナール様と、物言わぬ女神の義体。


「俺はっ、俺は……」


 聖剣を手にしたルークが震えているのがわかる。その動揺はすぐにはおさまりそうにないが、私達には考えている時間すらなかった。ベルナール様の剣が容赦なく私達を襲う。レオルドとアギ君がシールドをはって守ってくれているが、その威力は二人の魔力をあわせてもすぐに決壊しそうなほど強力だ。


「ルーク、落ち着いて! 聖剣を持ったからってあなたが変わるわけがない。なにも変わんないの! だから」

「それは……でも」


 焦点がさだまっていない。

 想像以上にルークにはこたえているようだ。私の声が……届かない。


「マスター!!」

「姉ちゃん!!」


 シールドが壊れる甲高い音と共にレオルドとアギ君の叫び声が聞こえた気がした。振り返った時にはもう遅くて、すべてのものが遅く感じるほどだったのに、自分の体はまったく動かない。

 美しい顔がすぐ近くにあった。いつもならとても落ち着く、安全な場所になるはずのその人は、今はただ目の前の命を奪うことだけを目的としている。

 私はこの人に殺されてしまうのだろうか。

 なんとなく、それでもいいのかもしれないと思ってしまった。もう少し抗いたかった。でも大きな力の前では無力だと、英雄譚のようにはいかないと冷静な思考はその結末に至ってしまう。情熱的に、ひたむきに前へ進むことが私には難しいから。みんながいたから、奮い立たせることもできたが、ここまで首元に死の冷たい刃をつきつけられたら、もはや諦めるしかなかった。


「シア!!」


 あれほどまったく動かなかった私の体が弾き飛ばされた。一瞬だけ、彼と目が合った。聖剣におびえていた彼は、ルークは……その恐怖すら忘れたのか、それともそれ以上の恐怖をこの瞬間に感じたのだろうか、必死になって私を突き飛ばした彼の瞳には燃えるような火が宿っていた。

 私がルークにかばわれたのだと理解した瞬間、私の体は床にたたきつけられ、そしてすぐ隣ですさまじい轟音が鳴り響いた。

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