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□42 都合の良い魔王

 まるで世界が終わるみたい。


 眼前に広がる光景に、私は茫然とそう思ってしまった。

 いいや、実際に終わるのは私の人生だけで、世界はなにごともなかったかのように続いていくのだろう。残酷な世界のシステムを知らなかったころのように。変わることなく。


「『聖女』たりえる血肉の贄と、『聖女』と同格の能力(チート)を持つ人形、そして我らが創り出した完璧なる女神の義体。これをもって、新たなる女神がこの世界に降臨する」


 崩れゆく天井をさらに割り、狂気に満ちたローブの老人の言葉に呼応するように『ソレ』は現れた。

 カチ、カチ、とまるで時を刻む時計のような音が鳴る。不快な耳鳴りの中、少しずつ全容をあらわす巨大なソレは、まるで規則正しく時を動かす歯車のような姿をしていた。

 機械仕掛けのなにか。

 異世界への知識が乏しい私は、そういう風にしか形容できない。

 恐怖を覚えると同時に、しかしソレは神々しさも感じられた。真っ白な外装がそう思わせるのだろうか? 人としての形すらとっていないせいだろうか? 規則的な音が原因か。人間の手足のようなものはあった。だが、それは絡まるようについてあるだけで、ひときわ目立つ舞台の仮面のような巨大な顔は感情をあらわさない。


機械仕掛けの女神(デア・エクス・マキナ)、彼女こそこの世界に必要な女神! 人の世のために、神柱(いけにえ)となるべきもの。人に寄り添わぬ神などただの不必要な怪物にすぎぬ、人の世には人のために尽くす神が絶対に必要なのだ!」


 極まってうわずった耳障りな老人の言葉が響くが、私には理解し難い言葉の羅列で耳朶をかすめていった。確かに、女神ラメラスのやり方を私達は受け入れられない。だからといって、その考えも……わからない。ただ、頭が痛くなってなにも考えたくなくなってしまう。思考の停止が一番やってはいけないとわかっているはずなのに。


 この機械仕掛けの女神は、私とリーナを犠牲にして降臨する新たな女神は人の世に必要なのだろうか。ただ、同じようにどこかの誰かが私達のように犠牲になって多数の人を幸せにする装置にならないのだろうか。一の犠牲か、百の犠牲か。

 結末はただ、私の存在を失わせるだけ。


 リーナは守らなくては。

 私はただの人形だったけれど、リーナはちゃんとした人間だ。どういった経緯で生まれたとしてもリーナは守りたい大切な子なのだ。

 私だって死にたくないし犠牲になりたくない。だけど最後にそれを選ばなくちゃいけなくなったとき、私は――迷わないと自分を理解している。


「さあ、儀式をはじめよう。贄と人形が女神と一体化するには、悪魔が絶命するときの膨大な魔力(エネルギー)が必要なのだ。ラメラスは元より、その魔力(エネルギー)欲しさにアルベナの(しんぞう)を七つにわける手間をかけた……だがその企みは、我が利用させてもらおう」


 ぞわりと背筋が震えた。

 予感はあった。もしも、そうなってしまったら……頭の片隅にありながらもまったく答えなんてでなかった事態は、やはり最悪な形をもって実現してしまった。


「……ベルナール様」


 機械仕掛けの女神と相対するように舞台に立ったのは、よく知る人物だった。私は、私達は彼を助け出すために聖教会の総本山にまで乗り込み、無様に敗走し――彼の身だけは確保できたが、彼自身を救い出すことは叶わぬまま。

 彼らがなぜベルナール様をおじいさまの屋敷から連れ出したのか、今ならわかってしまう。

 相も変わらず美しい銀色の髪……だが、なにも映さぬ虚ろの翡翠の瞳が彼がまだ私達の元に帰ってきていない証だった。



「……やはり、こうなるか」


 ペルソナおばあさまの怒りを抑えた低い声で、私はかろうじて現実に意識を戻すことができた。


「ラメラスと同じように、再び都合の良い魔王を出現させようというか……」


 魔王の一部であるおばあさまには、その意味が痛いほど理解できるのだろう。悲鳴も届かぬ、永遠の苦しみの中で嘆き続けることがどれほど……。


「なに、さすがにラメラスほど非道じゃない。彼には聖なる力によって散ってもらう。痛みなど、苦痛など感じることはない。そもそもが成功体とはいえただの人形なのだから」


 その言葉は私にも刃となって突き刺さる。

 私だって人形だ。じゃあ、今抱えているこの痛みはいったいなんだというんだろう。


 悲鳴がこだまする。

 それは空耳かもしれない。ただの風が空を切っただけの耳鳴りだったのかもしれない。だけど私にはそれが悲鳴のように聞こえた。未だ戻らぬ、彼の……音にならない思いが。

 重苦しい陰の魔力が渦巻き、逆巻き、一点に収束していく。足がすくみそうなほどの重圧は、まるではじめて司教様に会った時の衝撃にも似ていた。

 強大で恐ろしいほどのアルベナの力。


 魔王……悪魔となり果てた彼は、それでもなお美しかった。


 銀色の髪は足元まで長く伸び、肌は血が抜けたように真っ白で頭にはヤギのような大きな角が生えていた。装束は真っ白なローブで、悪魔や魔王と呼ばれるようなイメージとはかけ離れた輝ける姿をしている。でもやはり見た目に騙されてはいけなくて、彼から発せられる魔力は光属性とは真逆の力を発していた。

 私は、魔王にたどり着けなかったからおばあさまの本体の方はわからないが、アルベナのシリウスさんの目を宿した司教様の暴力的なまでの力を思い出せば、合致はしている。


「ベルナール様! ――お願い、起きてっ!」


 私の叫びも空しく、彼は白金の剣を振り下ろした。

 悪魔となっても騎士としての能力は保持しているようで、頼もしかったあの剣技が今はただの脅威でしかなかった。


「魔王退治のお時間ですよ、『聖女様』。ラメラスはそのように君を作った、できないことはないでしょう。……まあ、ラメラスから大半の力を奪われているようなので、もうひとつおまけも用意しましょうか」

「な、なにを」


 老人の言いなりになるわけにはいかないが、ベルナール様をこのままにしてもおけない。私にはメグミさんから譲り受けた能力(チート)があるが、正直言ってこの世の理からはずれているような力だ、ふるい方を少しでも誤れば、さらに悲惨な事態になる。状況はこっちが不利なのは明白で、だからこそ老人の立ち振る舞いが不気味だった。


「魔王退治といえば、やはり『勇者』がいなくてはね?」


 老人が視線をやったのは――――ルークだった。

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