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□41 お前に人の心はないのか

「吾輩、よく言われるんですよね。『お前に人の心はないのか』と」

「おやおや、それは」


 酷い言葉だと最後まで言わず、アルヴェライトはただ苦笑するにとどめた。ヒースと同じく、人の命をもてあそぶような機械を前に、嫌悪感を抱く前にデータをとりたいと思ってしまったアルヴェライトも同じなのだ。


「『強欲』に支配された身内を見ていると、おまいう!?って突っ込みたくなりますが」

「あなたに引き継がれた強欲のアルベナの呪いは、知識欲に偏っているようですからどんぐりの背比べなのでは」

「……まあ、否定はしません」


 データをとっておきたいと言ったとき、シアの視線が気になったのだろう。必要であることは確かで、それを行うことに疑問を感じはしなくても、彼はとても繊細な男だった。彼女のことだから理解はするだろうが、それでも嫌悪の感情が見えてしまうのは、それはそれで仕方のないことだ。むしろ彼女の方が人間としては正しい反応だろう。そうでなければこの世は効率だけを急いた非常につまらなく無情なだけのものとなる。


 正義をうたっていた黒騎士のときならば、アルヴェライトはなにも思わなかっただろうが。


「……少し、意外でした」

「なにがです?」


 二人で機械を操作する手は止めることなく、視線が交わることもない。ただ一方的な会話が飛び交う。


「あなたが先に、情報を入手したいと吾輩の方へ掛け合うと思っていたのですよ」

「ああ、そういうことですか。すみません、少し……迷いまして」

「……シア殿が気になったか?」


 アルヴェライトは少し黙ってから。


「正直に言うと、そうですね。私はあなた以上に彼女に嫌悪を抱いた瞳で見られたくなかったのです。怪訝な顔は見慣れましたけどね」


 彼は笑ったが、声音は緊張しているようにヒースは思えた。


「商売人とはいえ、それほど人目を気にするとはな。それに吾輩から言い出したときにすぐにフォローしてきた。別に吾輩に忖度する必要もないというのに」

「……大昔、できなかったことでしたので」


 それがなんのことなのか、ヒースには知る由もなく、知る意味もなかった。


「生体データ、かなり人体の細かい部分まで数値化されておりますな。これならばもとになった人間とほぼ同じ生体を作ることも不可能ではなさそうだが」

「それでも成功例はデータ上では一件のみ」


 モニターに映し出されたその情報を二人は確認するように見つめた。


「ベルナール・リィ・クレメンテ。産まれた直後に死亡、クレメンテ家の依頼により生体データを抽出。クローン体への複製成功。アルベナの器としての機能、正常化を確認。……はやり、事前情報通りですな」

「ええ、ここまでは。……追記事項、人間としての機能にいくつかの異常を確認。生体バランス崩壊の懸念。悪魔化までの存在維持を優先」

「悪魔化……とは、物騒ですな」

「憶測が現実味をおびてきてしまいました。早くデータをとりだして、追いつかなければ。すでに事態はマズイ方向に――」


 重い地響きの音に、二人は態勢を崩さないよう機械にしがみついた。


「やれやれ、奥で派手にやっておるようですな」

「まだ時間が必要です。私の予測があっていれば、このデータは保持したほうが絶対にいい」


 振動で瓦礫が降ってくる状況でも、二人は必要なデータを探し記録媒体にコピーしていく。

 そのさなか。


「アルヴェライト……か?」


 懐かしい声に、アルヴェライトは思わず作業の手を止めて振り返ってしまった。

 そこにいたのは、城に潜入していた魔人の三人と美しい魔女。


「あなたは――」


 アルヴェライトの視線は髑髏の老人、キングに向けられていたが彼がキングの名を口にすることはなかった。彼自身が忘れてしまった遠い名を、自分が口にするわけにはいかなかった。


「よく……わかりましたね。あなたと出会ったときと、姿はまったく違うはずですが」

「……そうだな、どうしてわかったのだろうか。わしも不思議だ」


 少し静かになった空間で、まっさきにしびれをきらしたのはジョーカーだった。


「なんだよ、年寄りがしんみりしやがって! 瓦礫が落ちてきてんだ、のんびりしてる時間はねぇーだろうが」

「そうですね。先にたどり着いてしまったあの子たちが心配です」

「俺は心配してねー!」

「なるほど、彼女のことを信じているのですね。すばらしいです」

「まぶしっ!! うるせぇ、違うわ光属性!!」


 すれ違いコントみたいになっている魔人の二人をヒースは居心地悪そうに横目で見ながら作業を進め、ふと視界に黒い女性がうつった。彼女の姿にはもちろん覚えがある。クウェイス領の当主、ラミィ・ラフラ・クウェイス卿、魔女とも呼ばれる彼女は今回帝国潜入への支援もしていた人だ。個人的なかかわりはないとはいえ、彼女がここにいるのは正直想定外だ。

 ラミィは、彼らの様子をただ静かに見守っている。


「アルヴェライト殿、最後の仕上げは吾輩に任せて、彼らと共に先にシア殿達の救援へ向かってくだされ」

「ヒース殿……」

「なにやら事情があるのでしょう。吾輩、考えるのも面倒なので一人で作業させて欲しいです」


 さすが人の心がないと人の心がない身内から言われるだけはあるヒース。お前らのなにやらありげな事情は面倒くさそうだと判断し、作業の邪魔だと宣言した。


「わかりました。……私も同行してもよろしいでしょうか、『魔女』殿」

「……ふふ、そんな罪悪感におびえるような目で私を見ないでちょうだい。もう遠い昔のことよ……あなたも、私も前へ進んでいかなくてはね」


 ラミィはそっと骨ばったキングの背を優しく押すと、先陣をきるようにシア達が進んだ先へと歩き出した。

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