□40 皇帝家のお飾り
「できればここの研究データ、なんとか手に入れたいのですがね」
まっすぐに扉の先へ進もうとする私達とは別に、ヒース様は大きな黒い箱の前に立ってなにやら調べていた。同行するように近くに行ったのはアルヴェライトさんで。
「……あなたなら、この複雑怪奇な情報データも理解できるかもしれません。保険は必要か……となれば」
二人で立ち止まって話し込んでしまったので、私は戸惑いながらも声をあげた。
「あ、あの……あまり時間は」
「皆様方はお先に。私達はこちらのデータをなんとか入手しておきたいのです。後でおそらく、必要になると思うので」
「事件の立証にしろ、なににしろ、吾輩も同意見です。機械のことは吾輩とアルヴェライト殿くらいしかいても意味はなかろうかと」
なのでさっさと私達は進んでいいらしい。
こんなおそろしいもののデータなんて本当にいるのかな、と思ったが二人が必要になると言っているのだからそうなのかもしれない。ひとまず彼らと別れて私達は先へと進んでいった。
とても長い廊下だった。
いくつか扉をくぐったが、長い廊下には途切れることなく皇帝家ゆかりの人々の肖像と思われる絵が飾ってあった。その数の多さに、帝国の歴史の長さを感じられる。誰もがどこか司教様と似ていて、確かな血筋を感じてしまう。
ようやく途切れた肖像画の先の扉を開くと。
「ようこそ、最深の間へ。余計な人間も混ざってはおりますが、いたしかたあるまい」
そこにいたのは、予想していたのとは違う人物だった。なによりも誰もその人物に見覚えがない。
「あなた、誰? 皇帝陛下は……」
私は単純にリヴェルト陛下が待っているものだと思っていた。だが彼の姿はなく、代わりにいたのは見知らぬ黒いローブをみにまとった老人だったのだ。しわがれた声に抑揚を感じられず、不気味な人形がしゃべっているかのような寒気すら感じられた。
「リヴェルト『王子』は真なる王のご帰還までの代わり。それは彼自身も承知のこと……未だ王の帰還はなしえていないが、皇帝家の遺伝子情報を持った人形と女神の器は戻ってきた」
老人のなにも映さない瞳は私とリーナに向けられている。
「……皇帝家の遺伝子情報を持った人形は……私?」
「いかにも。我らも最初は王の娘だと思ったが、どうも妙であった。調べてみて、そしてこうして対面して納得した。お前は、王の娘を模した精巧な人形だ。血も肉体もそっくりそのまま写し取ったように同じ、それは悔しいことに我らの技術ですらいまだ到達できない域である。ゆえにおそらくは、憎き女神の主である新しき神の仕業であろうな」
そう言われて、私は特に驚きはしなかった。自分が何者であるかわからなくて、突然この世界に現れた経緯が想像できなくて。でも作られた人形だったと言われたのなら、そういう技術や能力を持つものがいるとしたらありえることだ。そこに考えつきたくなかっただけなのだ、単純に私は。
考えたくなかった真実を突きつけられた私の腕をおじいさまが掴んだ。
「老人よ、私はお前に見覚えがある。皇太子――レヴィオスの誕生のとき、不吉な予言をした呪い師であったな」
「そなたはリフィーノ将軍か。そうとも、わしは古からの帝国の悲願を真に引き継ぐ者。帝国を新しき神から解放するための使徒である」
言い草も挙動も雰囲気も、まるで理解ができない思考の持ち主のように感じられた。言葉を尽くすのは無理だ、と最初から諦めさせられる。
使徒っていったいなんなんだこの老人は。
「あ……姉……上」
か細い声だったが私の耳にしっかりと届いたその声はリヴェルト陛下のものだった。
「リヴェルト陛下!? どこです」
「姉上、お下がりください……こいつは」
あまたの機械の線が巡る部屋には死角が多い。その一つの隙間から這い出てきたのは、全身ボロボロになったリヴェルト陛下だった。
「陛下!? なぜこのような」
絶句するおじいさまに、老人はなにごともないかのように淡々とのべる。
「なんの役にも立たぬ皇帝家のお飾りが、いまようやく帝国の未来の安寧のためにその身をささげられる。誇らしいことではありませんか、『王子』」
はあ!?
老人の言い草になんだかキレたくなった。気が付けば身をひるがえしてリヴェルト陛下の元へ駆け寄って、傷の具合をみている自分がいる。
……酷い怪我だった。この状態で意識を保ち、会話ができているのが不思議なくらいの。彼の体にはいくつかのチューブがつながれており、その先はどこかの機械に続いているのかもしれない。ひきちぎってやりたいが、そうすることで彼の体がどうなるかわからない以上、それもできなかった。
「すみません……姉上。ようやくお会いできたのに……ぼくが……無知なばかりに」
この様子からして彼は本当になにも知らなかったのだろう。普通に伯父の心配をし、従姉である私との巡りあわせを喜んでいた。
「父が……恐ろしいことを企んでいたのは……なんとなくわかっていた……んです。でも、ぼくは……いつか本当の王が戻ってくると……ぼくはそれまでこの国を……ささえられれば、役目を果たせたと……でも違う、違ったんです」
言葉をつまらせて泣く彼からは無念を感じる。
弟分みたいなリンス王子とも違う、もっと近しい気持ちを彼に感じられる。私は本当の従姉の人形だけど。
「ぼくは……いいんです。弱くて……自業自得……だ。でもあなたや小さな少女を犠牲にする価値のあるものなんて、どこにも……ない」
握っている彼の手がどんどん冷たくなっていく。血の気が引く、命が奪われていく瞬間をゆっくりと体感している。
「ぼくの命、と……血は……悪魔に呪われた人形の騎士に……どうか……彼を」
最後の言葉は残念ながら聞き取ることができなかった。
治癒魔法をずっとかけていた。必死になって、メグミさんにもすがるように懇願していた。それでもまるで意味をなさない治癒魔法は、光の粒を舞わせて砕け散っていった。




