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□39 約束

 私の足取りは、まるでここを知っているかのように迷わず進んでいく。

 不思議な感覚がずっとある。懐かしさを覚えてしまうこの妙な思いはどこからくるのか。私に、はじまりはない。生まれた記録がない。突然この世界に現れた異分子で、わけのわからないものだ。

 けれど私はこの帝国の皇帝家の血筋でなければ開けられない扉を開き、血の遺伝子情報は私が確かに皇帝家の人間であることを示した。思えばあの自由奔放なソラさんや、人間嫌いのアオバさんが私に接触していたこと自体がおかしなことだったのかもしれない。二人になにも関係がない人間だったなら、私がどんなに懇願したとしても二人とも私に関わろうとしなかっただろう。

 あの二人が私をかまったのは、私が彼らと同じ血筋だったからにほかならない。今なら少し理解できた、彼らの不可思議な私への接し方が。


 地下通路を進み続けた先に、明らかに他の壁の素材とは違う、重厚な扉の前にたどり着いた。ここがたぶん城への入り口だろう。この扉に描かれた文様に覚えがある。はじめて城に行ったときに試された扉と同じだ。ならば……。

 私は扉に手をかざした。すると、思った通り扉が私に反応し、ゆっくりとその門を開いた。中から吹き抜ける風はさらに地下へと続いている。城の地下には皇帝家代々の墓地があり、守護精霊の間もある。リヴェルト陛下が人造女神を造りだそうとしているのならば、地下がうってつけであろうし、風と共に流れていく魔力や生命力といったものが地下に吸い込まれていくのがわかった。

 背筋が寒くなる。


「いかんな、これは。早くせねば城に住む人間どころか帝国中の人々を害するかもしれん」


 ペルソナおばあさまが険しい顔で言った。

 上へ行くルートもありそうだったが、地下の可能性が一番高そうだと全員が判断し地下への階段を下っていくことにした。

 私の耳にはいまだにアルベナの悲痛な泣き声が聞こえる。

 アルベナはたぶん、ベルナール様を守ろうとしている。クレメンテ家にとりついているアルベナの欠片は、リゼの血のアルベナよりかなり攻撃性が低い。それぞれが同じ始祖のアルベナの欠片といっても、呪った欠片それぞれに特性があるようだ。ばらばらの感情、とでも言えばいいのだろうか。リゼのアルベナはかなり怒りや憎しみが強い感じがあるのだ。

 そもそも始祖のアルベナは、分裂することによって種の個体を増やしてきた生き物だ。文字通り己の体を千切り、痛みの中で産んだような可愛い分身(わがこ)。そんな一族達を突然現れた女神ラメラスに虐殺されるという末路を辿った。彼女は私達には厄介な存在だが、被害者でもあるのだ。ただ恐ろしい存在だったわけではなく、きっと今の人間と変わらないような色んな感情を抱いた人だったのだろう。それを思うと、恨みきることはできない。


「……? 歌?」


 かすかにどこからか歌声が聞こえてきた。女性の歌声と思われる、穏やかで優しい旋律。子守歌だろうか?


「歌? ……俺にはなにも聞こえないけど」


 ルークが耳をすませたが、聞こえないようだ。もしかしたら霊的なもの? そう思ったが、リーナやレオルド、アギ君も首を振り。おじいさま、副団長、ヒースさまも首を傾げている。

 あれ? もしかして私にしか聞こえてないの?


「おばあさまは?」

「うーん、なにか気配は感じられるが歌は聞こえぬな。主の特別な存在がそこに在るのかもしれん」


 なにかが在る気配はあるが、おばあさまも歌は聞こえないようだ。

 この歌、私には嫌な感じはしない。むしろ、とても心地がよくてこんな状況なのに眠ってしまいそうになる。


「歌はどこから聞こえるのじゃ?」

「この先、地下の奥から」

「では、目的地とそう変わらんかもしれんな。とにかく急ごうか」


 そこにはなにが待ち受けているのだろう。

 未知への恐怖に足が震えながらも、みんなに背中を押されるように階段を下って行った。







「……ここは」

「ほう、壮観ですな」


 茫然とした声が出た私とは反対にヒース様は感嘆とした声音で反応した。階段を下ったさきにあったのは、城で見た地下墓地とも守護精霊の間とも違う、物々しい機器がコードにからまるようにして整然と、そして大量に置かれた部屋だった。そんな機械類を縫うようにして等間隔に置かれていたのは人一人は入りそうな円柱のガラスケースで、その中には水のような透明な液体で満たされている。

 この辺りには、中に『何か』が入っていることはなかったが……。


「嫌な感じ……ね」

「はい……りーな、なんだかきもちがわるいです」


 顔色が真っ青になり、ふらつくリーナをアギ君がさりげなく支えてくれていた。あまり敏感ではないルークも寒気を感じるのか、顔色が悪い。さすがにおじいさまと副団長はどっしりと構えているが、この部屋の異常な空気は肌を刺すようだ。


「ゴーストの気配はないんだが、なんだろうな……」


 冷たい、凍えるような空気なのだ。そしてとても重い。まるで大量の人が亡くなった場所みたいに心がざわつくのに、魂の気配すらも微塵もないのだ。


「……この装置、おそらくは培養器ですな。機械の種類を見ても、複雑な機構をもつ生命の培養をしていたと思われます。つまるところ、みなさんがおっしゃりたいその感覚、吾輩が言葉にするならば『命なき肉体がなんども滅びた』場所なのではないかと」


 なに……ソレ。

 命のない生命なんて矛盾している。


「この世界の文明レベルでは理解するのは難しいかもしれませんが、人造女神を造ろうと企む連中です。生命を造ることは不可能ではない。ある程度、成功例があるはずなのですよ。それがそのあとどうなったのかは想像したくありませんが」


 たしかに、人造女神は人工的に作るものだから……そうかもしれないけど。いざそのものを目の前にすると頭がなかなか追いつかなくて、困惑してしまう。


「進もう。わしらは行くしかない」


 ペルソナおばあさまに促され、私達は足を前へと進めた。大きな部屋だったが、奥にはまだ扉で区切られており、先があることを示している。

 歌声もはっきりと聞こえるようになってきた。恐ろしさを抱えるこの気持ちに、少しだけ勇気を与えてくれているかのような声。ずっと聞いていて、ああ……と覚えがあることに気が付いてこっそりと涙ぐんでしまった。


 この声は。


 アリスティアだ。

 彼女の皮をかぶった教皇じゃない、あのときの……巫女の試練で出会ったときと同じ優しい声だ。


 『お母さん』


 喉の奥からでかかったこの言葉を私は無理やり飲み込んだ。

 違うから。たぶん、違うから。

 私が言っちゃいけない言葉なんだ。胸の痛みをわからないふりをして首を振った。




『ねえ、シア。私、あなたになにかしちゃったかな?』

『え? ど、どうして』

『私のこと、避けてるでしょ?』

『そんなことは……』

『ほら、目が泳いでる。なにかしたなら言ってよ、なおせるならなおすし、謝った方がいいと思ったら謝るから』

『なにも、なにも悪くないよ』

『……じゃあ、お話してよ。私の目を見て』

『うぅ』

『……ごめん、もう言わない。私の顔を見なくたっていい。でもちょっとだけでもお話して欲しいな。なんだかね、シアに避けられると寂しいんだ。変だね、初対面なのに。私ってどっちかっていうと他人から嫌われてもそれがその人の縁だったって、あまりなにも思わない性格なんだけど』


 巫女の試練の中で、本物に近いアリスティアと会話をした。

 どうしようもない私の心に、アリスティアは『寂しい』と言った。


『シアに避けられたままでいたくないから、私ちょっとがんばっておいしいもの作るね。パイが得意なの、一口でもいいから食べてくれたらうれしいな』

『……あ、えっと私も一緒に』


 こんな態度じゃダメだと私は意を決してアリスティアと一緒に台所に立った。同じくらいの、いやちょっと年下のアリスティアと共に立つ台所は、なんだかむずがゆさも感じられた。手つきは私と同じくらい、動き方もどこか似ている。

 作り方も、味付けの仕方も、トッピングの好みも……ほとんど同じ。


『シアの焼いたパイ……なんだか懐かしい味がする。私のお母さんと同じ味』


 アリスティアは気が付いていなかったのかな。

 私のパイとアリスティアの焼いたパイが同じ味だったのを。


『お、うまそうじゃん。俺にもくれよ』

『いいわよ。それよりも、私の依頼の方、忘れないでよね』

『はいはい。セラの件が終わったらな』


 レヴィオスがひょいとアリスティアのパイを頬張ると忙しいのかすぐに出ていった。


『依頼?』

『そう、私も色々あるから。彼、裏ギルドやってるんだから利用できるならしようと思って』


 なかなかにしたたかな女性のようだ。見た目は私と同じで地味で目立たない雰囲気だが、芯の強度は折れにくそうなほど固そう。


『ねえシア、あなたはどこかへ行ってしまうの?』


 巫女の試練は終盤だ。私は頷いた。

 なんだか少し寂しそうな目が、印象的だった。


『この先、どうなるのかわからないけど……でも、もしまた会えたら』





 ――――また一緒に、パイを焼こうね。約束――――


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