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□38 なんでもないし!

 地下通路を使用することは通常ほとんどない。

 王国では治安的な問題で厳重な管理がされていることがほとんどで、モンスターが住み着くことも意図的に放流しない限りはないからモンスター退治の対象になる場所でもない。地下通路の主な使用目的は下水の処理に使う通り道だったり、発掘や採掘の為のトンネルだったりで、一般市民ももちろん私達のようなギルドの人間でも地下通路を使用することは稀である。だから地下通路の様子は本を読むくらいでしか知識を得られないが、地下通路の空気の悪さや湿気のじめじめとした暗い雰囲気はどこも同じなのか、本で書かれた描写通りだと思った。しかもここは隠された地下通路で、ろくな管理もされていない。蜘蛛の巣や汚れ、なにかヌメヌメシタコケのような植物が自生して繁殖していたりする。


「転ばないように気をつけろ。下手に転んで怪我をすると厄介な感染症を起こす可能性がある」


 脅しではなく本気であり得そうな状態なので、私達は注意深く先を急いでいた。


「この先が気になっていた行き止まりのところだけど……」


 アギ君がふと足を止めた。

 同時にレオルドとリーナ、ペルソナおばあさまも足を止める。


「どうしたの?」


 他のメンバーは特に気にかかることがなかったので、足を止めた三人に振り返った。


「あー、えっと。俺の勘違いかも……」

「……いや、たぶん勘違いじゃないな」


 自信のなさそうなアギとは違い、確信がありそうなレオルドはちらりとリーナを見た。リーナはじっと通路の一角を見つめている。


「リーナ」

「……はい。います」


 いますっ!?

 なにもないところにいますは、もうアレしかないじゃないか。確かに出そうだなって思ってはいたけど!

 聖女としての力を失ってから、その手に関することは前よりはあまり感じられなくなってきている。今もどんどんとその手のことは鈍くなっていっていて、気配もあまり感じなくなっていた。それはそれでいいんだけど……。メグミさんの力を手に入れてからはそっちよりも空間のズレだったり、並行世界だったり、時間軸だったりの方が敏感になっている気がする。


「でも悪い人じゃないと思います。……こっち?」


 リーナの目にはどこかを指さす人物の姿が見えているらしい。


「あぁ……」

「アギ? どうした、頭抱えて」

「俺、この手のことは鈍い方だったのになんか最近やたらとわかるようになっちゃって」

「そうなのか? なんでだろうな?」


 アギ君はどちらかというと私みたいにゴースト系相手には怖がりだからなぁ。ちょっと可哀想だが、感覚は変化しうるものらしい。


「ふむ……もしかするとリーナの影響かもしれんな」

「ふえ?」


 ペルソナおばあさまに思いもよらないことを言われてリーナがきょとんとした。


「わしは魔王の一部じゃし、当然そういうのもわかるし、リーナが見ているものもわかっておる。シンはわしと出会うまではただの子供じゃったが、わしと行動を共にするうちに感覚が鋭くなっていっておるようでな。顕著なのは聴覚か……、そもあの子は視力に問題が少しあるのだが、それを加味しても異常なほどの聴覚の発達具合をみせておる。それはおそらくわしの魔王としての力が影響しておると考えられるのじゃ。リーナには聖女の力にも似た能力があるじゃろ、それが他人に影響した可能性はゼロではなかろうて」

「り、りーなのせいでアギおにいさんが……」


 ちょっとショックを受けてしまったリーナの顔が青ざめるがアギ君が慌てて言った。


「責任感じなくていいから! べ、べべ別に俺ゴーストが見えるようになろうがどうしようがなんでもないし!」


 アギ君の姿勢はあっぱれだが、恐怖は克服できるだろうか……少し心配である。


「とりあえず、そいつが指さしてるところを重点的に調べてみるか」


 なにも感じない、そしてゴーストも別に怖くないルークが率先して壁を調べ始めた。王都中央、しかも皇城の地下に繋がる重要な地下通路だ。もちろん仕掛けもかなり難しいものであることは容易に想像できる。こちらに未知な仕掛けだった場合は手も足もでないが、そのあたりはヒース様がなんとかできそう。

 私もできるだけ協力しようと壁の仕掛けを探そうと足を前に出した――瞬間だった。



 あ。

 感覚でなんとなく察してしまった。私は今、時間軸がズレたところにいる。無意識に迷い込んでしまったのか、それともなにかきっかけがそこにあったのだろうか。

 場所は同じ地下通路だと思われるが、少し自分がいた位置とは違うように思える。あたりを観察していると一人の男がなにかを抱えながらこちらに走ってきた。黒い衣装で、軍服のようにも見えたがおじいさまや城の警備の人とはデザインが異なる。時間がズレたような気がするから、もしかしたら過去の制服なのかもしれない。二十代後半ほどのその男は険しい顔つきで、まるでなにかから逃げるように息を切らせて走っていく。

 私の姿はどうやら見えていないらしい。

 男の行く手が壁に阻まれると、抱えていたなにかを床にそっと置いて壁を叩き始めた。なにかを探るように場所を少しずつずらして、トントン、トントンと叩く。

 私は男が抱えていたものが気になって覗き込んだ。白い布の包みにくるまれていたのは赤ん坊だった。髪は生えそろっていなかったが、黒髪であろうことがわかる。そして開いた目の色は黄金だった。この状況と登場人物に私はなんとなく察した。

 たぶん、この男の人はおじいさまの部下だったガードナーさんだろう。そして彼に連れ出されたこの赤子は……司教様、レヴィオスで皇帝家の本来なら皇位を継ぐはずだった人物。彼もまたこの地下通路を使って外へ脱出したに違いない。

 背後から複数人の足音が響いてくる。追っ手だろう。

 ガードナーさんと思われる男は、叩く速度をあげながらも慎重に叩き続け、そして。

 ガコン。

 壁の一部がへこんだ。そこを中心に右斜め上、右、左斜め上、下、右斜め下、左斜め下、右、左、そして中央のへこみを叩く。すると歯車が回るような機械的な音が響き、壁が扉となって先の通路へと開けていく。その場所は今、私達がまさしくこの先へ行こうとしていたのと同じ場所だった。彼は城から外へでようとしてるのだから方向はそういうことだろう。

 彼は赤ん坊を大事に抱き上げると再び走り出した。その横顔は泣きそうにも見えたが、強い信念のもとに行動しているのだという意思も感じられた。


 視界が揺らぎ、私はもとの時間軸に戻っていた。なにごともなかったかのようにみんなが壁に向かって調べている。

 私は記憶した通り、彼が叩いていた場所の反対側にあたる壁に向かって叩き始めた。外から中に入るのと中から外へ出るのとでは順番や方法が違うかもしれないが、とりあえずやってみる。しばらく叩くと一部が衝撃でへこんだ。それから記憶通りに叩いたが、扉は開かれない。ちょっと考えて、今度は順番を向こうの叩いた順番とこちら側が同じになるようにかえて叩いた。

 すると。

 歯車の音が響き、扉があらわれてその先へ続く通路があらわれた。

 みんなの驚く声が聞こえたが、私はそれよりもその先から流れ込む空気に不思議と懐かしさを感じた。城へ入ったあのときとは違う感覚だ。司教様がいつも飲んでいたコーヒーが帝国で定番のものだったと知ったときみたいな……不思議な感覚だ。

 私には過去がない。私は誰からも生まれていないと言われた存在。なら私はどうしてこれを懐かしいと感じているのか。


 いろいろなものに決着をつけるべき時なのだろう。

 強く私は前へと足を踏み出した。

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