□35 がんばりましょうね
「なんで! 俺が! あんな地味つるぺた女のためなんかに!!!!!!!!!!」
「ふふ、ジョーカー君は黒髪の聖女さんのことになると元気になりますね」
「プラス思考で受け取るなぁ!!」
「ハーツよ、これがたぶん最近の若者にありがちな『つんでれ』というやつよ」
「違うわぁ!!」
魔人も特殊な三人がそろうとコントになるようだ。
ノアの命で皇都の城へと潜入したのは、魔人キング、ジョーカー、ハートだった。ハートを与えられた彼だったが、他の魔人達からは言いにくいからという理由でハーツと呼ばれ始めている。トランプのスートを元にしているため、ハーツでも間違いではない。
「違うのですか? ではなぜジョーカー君はこちらへ来たのです?」
「そ、それは……」
ノアの命は簡潔に言えば監視だった。此度突如として行われた皇帝の『人造女神計画』。こちらに関してノアは肯定も否定もしていない。人造女神計画が成功したとしても復讐相手である女神ラメラスと新しき神にどれだけの痛手を与えられるのか未知数だったからだ。
だから今回の件、ノア自身は静観している。計画に手を貸すも監視のみにするも、それを阻むも魔人達の意志にゆだねられた。そもそもノアは元々魔人達の意志を縛ることはあまりしない。霊山のときが良い例だ。それぞれが抱える問題を突きつけることはするが、どうするかは当人たちにゆだねられる。放任とも言えるし、ノアなりの慈悲ともとれる。
今回の件、エースとクイーンは静観の立ち位置だ。外側から監視はするようだが、関わり合いを持たない考えだった。そしてジャックに至っては霊山の一件いらい姿をくらませている。
そして城へ潜入した三人は、『阻止』を選んだメンバーだった。
キングはシアに対して希望を見出し、そして過去の様々な因果から彼女を孫のように愛しむ思いがあった。この計画が遂行されればシアとしての存在を失うことになる、それは寛容することはキングには絶対にできなかった。ハーツも似たような理由だ。どのような理由があろうと命を消費するような行いを見過ごせない。
そしてジョーカーは。
「俺はただあのクソ女が女神なんてそんな神々しい存在になることが腹立つからってだけだ! 女神は美しく! そしてそれなりに胸があるべき!」
「……多方面から殴られそうな言い分ですが、つまるところ彼女を失いたくないのですね」
「まぶしっ! だからその光属性の考え方をするなっ」
「これが若さか」
「うるせぇじじぃ!!」
こんなに騒がしくしているがキングの能力で気配も声も遮断しているため、城内にいるものに気取られることはない。とはいえ対魔法防壁の設備くらい帝国ならば機能していそうなものだが城内が混乱状態ではそれも正しく性能を発揮できないらしい。
この騒ぎを見ても今回の事件は城内の人間にはほとんど知らされていなかったようだ。それどころかどんどん人が倒れていく。
「魔力どころか生命力すらどこかへと吸い取られていっているようですね。かわいそうに」
「ちっ、皇帝のやろう自国民すらどうどうと犠牲にする気みたいだな」
「……皇帝家の血筋はそもそも初代から女神への復讐のために脈々と受け継がれてきたものがある。初代皇帝であり賢者のアオバは半ばで精神を病んで引きこもったが、その意思は枝分かれしながらも引き継がれていった。結果がこれだ……」
「賢者殿は?」
「あの根性ナシが塔から出るわけないでしょ」
空から降ってわいた声に三人が視線をあげると、そこには不服そうに顔をゆがめた黒髪の青年、ソラが浮いていた。キングの能力を普通に突破しているが、覚醒者でも特殊な彼にできないことは少ない。
「自分が種をまいたくせに、後始末もしない。メグミおばさんのこともそうだ……」
「ソラ殿? 自由奔放なあなたが珍しいな」
「さすがにまな板ちゃんとひよこちゃんがピンチなら話も通じるようになるよ」
まな板ちゃんは確定として、ひよこちゃん? と失礼ながら首を傾げる三人に対してソラは当然のように反応を示さない。
「懸命に生きている命を道具にするようなやり方は気にくわない。これでもずっとあの子を見守ってきた。あの子の正体が『あらざるもの』だとしても僕は父みたいに諦めたくない」
ここまで話しが通じるソラは珍しいどころは見たことがない。ジョーカーとあまりシアを知らないハーツは茫然としてしまったが、キングは短く息を吐いた。
「ソラ君がその気になったのなら、私も負けていられないわね」
艶やかだが凛とした声に、ジョーカーは悪寒が走り他はハッと声の主へと視線を向けた。転移魔法で現れたのは王国の魔女と名高い――。
「ラミィ・ラフラ・クウェイス……魔女か」
黒に近い深緑の長い髪とボディラインに沿ったあでやかなマーメイドドレス姿の美しき魔女は微笑んだ。
「お久しぶりねソラ君。五百年くらいぶりかしら?」
「……さあ」
年数が長すぎておおざっぱな計算だが、長い間顔を合わせていなかったのは事実だった。
「よく帝国に入れたね。あなたは誰かさんと違って不可侵をきちんと守る保守派な人だからこないと思ってた」
「かわいいシアの危機よ、そんなこと言ってられない。それに今回はきっと『古代人』の立ち合いが必要になると思った……『キング』がいるから不要かもしれないけれどね」
「…………」
キングは現れた魔女に口を閉ざした。肩がわずかにだが震えている。魔女と確執があるのかとハーツがキングの前に進み出たが。
「……キング殿?」
キングが静かに泣いていることに気が付いてハーツが心配そうに顔をのぞきこんだ。
「……気にしなくていいわ、こちらのことよ。さあ、今はシアちゃん達を助けるために進みましょう。直に副団長さん達も来るでしょうし」
ラミィが踵を返すとソラも続き、ハーツがキングを支えたがそれなりに体躯があるキングはなかなか重い。
「おら、じじい! しゃきっとしろしゃきっと」
ハーツが支える反対側をジョーカーが文句を言いながらも支えた。ラミィにビビり散らかしていた彼だが、キングを支える手はしっかりしている。
「ジョーカー、ありがとうございます」
「なんだよ、俺がさっさと先に行くとでも思ったのか?」
「まあ正直に言えば……」
「ふんっ…………昔からじじいには弱いだけだ」
「そうですか」
最低最悪の環境で唯一、人間だったクレフトを愛してくれた人。あの老神官は、自分のせいで悲惨な最期を遂げてしまった。ゴミくずみたいな人間のために命を費やしてしまったあの老人を思うと、ジョーカーは今でもいたたまれない気持ちになる。
「よーし! あのぺちゃ女を助けて『ありがとうございました、あなたは命の恩人です』って言わせて額を地面にこすりつけさせてやるぜ!」
ははははは! と人として最低な言葉で震える足を鼓舞する男にハーツはほっこりと微笑んで。
「がんばりましょうね」
とつぶやいた。
「ぞぞっ!!」
あまりの突然襲い掛かった悪寒をそのまま口に出してしまった私は震えた。
「おねーさん? さむいです?」
「な、なにかしら今とんでもない悪寒かつ、腹立たしい怒りを感じたわ。今すぐクレフト、じゃなかったジョーカー殴りに行きたい」
「それはもうジョーカー殿がシア殿の悪口言ったみたいでは……?」
己の命とリーナの命が危ぶまれる敵地へと特攻をかけるというときに、さっきまで抱いていた吐きたいほどの緊張感はどっかに飛んだ。
「もうあいつぶん殴ってすっきりしたいわ」
ぶんぶん腕を振り回す。
「というか、魔人組が皇城にいるとは限りませんが?」
「いる、絶対いる。ムカつきセンサーが目的地を示してる」
「本当に犬猿の仲なんですなぁ」
やれやれとヒースが肩をすくめ。
「みなさん雑談もいいですが、将軍の元へもうたどり着きますよ。彼らもすでに戦いの準備は終えているはず。ここであなた方が敗北すれば、世界は新たな女神の元新生され、あなた方の犠牲の上にすばらしい平和が訪れるかもしれませんね」
もしもそうなるのだとしても。
「私は絶対に嫌です」
自分が誰であろうと、死にたくない。と思えるようになった。だから、自分の犠牲の上に立つかもしれない平和をぶっ壊しに行く。




