□33 ドン引きの方法
「リヴェルト皇帝が……敵?」
頭の隅に候補としてなかったとは言わないが、口に出されるとやはり戸惑う。彼と話したのはほんのひとときで、皇帝は私を従姉としてしか見ておらず敵対心をもたれていなかった。それもあって親し気な雰囲気で、攻撃的な性格をしていないと思えたのだ。だからこのような行動にでたことが不思議でならない。
ベルナール様をさらう理由もわからない。
なんで急に?
……そういえば、一回私が世界を改変してしまったあの後から彼には一度も会っていなかったが。
「時間はないが、まったくの説明なしでは納得もできないだろう。いくつが重大なものを抜粋して伝えよう。アルヴェライト殿は作戦の準備を」
「承りました」
ヴェンツァーさんは、さっと身をひるがえすと姿を消した。あの人もあの人でなんなんだろうか。絶対ただものじゃないんだよなぁ。っていうか作戦って?
「疑問は多かろうが、まずはこっちに注視していただきたい」
「あ、はい」
なにやら四角い黒い箱から光が照射され、壁に貼り付けてある布のような白いものに映像が映し出された。王国のギルド大会が行われた闘技場にもモニタアと呼ばれるものがあり、同じような機能を持っていたが同じような仕組みらしい。ちなみに王国で映像が映せるモニタアは闘技場にしかないし、腕のいい魔導士を何人か動員しないといけない魔導式だが、こちらは特に必要ないようだ。
「ぽちっとな」
妙な掛け声と共にヒース様がボタンを押すと、映像が動き始めた。
「さて、まずはじめにシア殿に問いたいことがある。……シア殿は、ノアを敵ではないと思っているか?」
私は迷わず首を振った。
「敵とか味方とかそういう括りで分けるのは危険だと思っています。ノアは意識の集合体であり、復讐者で魔人の長。ノアの行動原理はすべて復讐のためのもので、そこに善悪の意識は働かないのだと思います。現に魔人達が王国で行ってきた数々の非道な実験は、そのノアの性質に基づいていると考えているので」
「よろしい。吾輩もシア殿と同じ考えだ。そこが前提として共有できるのは大変喜ばしい。今回の件、実のところ裏で魔人どもが行っていた実験と密接にかかわっていることが判明したのだ。そもそも帝国には反女神組織がいくつも存在しているのだが、その中でもかなりディープな悪の組織がありましてな」
悪の組織!?
「あ、シア殿その反応、さては悪の組織という単語にときめくタイプの人ですな!?」
「と、ときめいていないですっ」
嘘です、ちょっとときめきました。秘密基地とか探検とかと同じくらいソワソワする単語です。
「いやいや無理に否定しなくてよろしい! 相容れぬタイプかと思っていましたが吾輩ちょっぴり親近感増しましたぞ。と、それは置いておきまして、そのヤバい組織がコレ」
映像に映し出されたのは、大樹に巻き付く蛇の紋章。これは……。
「この紋章、見たことがあります。たしかサフィリス伯爵の書斎で」
「そうか、この紋章は『邪神教』をあらわすものだとされる。有象無象の連中が多く、この紋章を掲げる団体は多いが、たまに本物のヤバいのがあってな。禁薬とされる魔合薬の精製とそれを他国へ売り渡す密売行為。その一部を加担したのが魔人連中であり、シア殿の仲間の一人リーナ嬢の母親がかかわった事件だ」
「……なるほど、あの魔合薬の出どころは帝国の反女神組織の一つだったんですね」
「そう、そしてここがこの話でとても重要な部分だ。リーナ嬢の母親シーア・メディカの出自がこのヤバい邪神教組織だった可能性が極めて高いのだ」
その言葉に私は情報を思い出していた。横浜の悪党が地下に隠していたあの重要機密の報告書。
「シーア・メディカ、彼女は組織内部では被検体Sと称されていたようだ。彼女は幼少期に組織の人間だった両親に実験体として差し出され、非道な人体実験を繰り返しされていた記録が残っている。『人間』扱いされなかった彼女は親から名前すら与えらなかったようですな。実験と検証が科学の発展を進めるとはいえ、さすがに吾輩でもドン引きの方法だ」
吐き気がした。
それと同時にじゃあ、なんで……とも。親から受ける痛みや苦しみを彼女はわかっていたはずなのに。どうして繰り返してしまったんだろう。
「組織の目的は一つ、新たな女神を創ること。計画書にも『人造女神計画』と書かれておりますし、間違ってはいないと思われる」
「女神をつくる? 意味がわからないんですけど」
「なかなかの狂気だが、シア殿も少しは思ったのではないか? 世界の循環システムに変わるなにかを、せめて女神がもう少し人の気持ちを理解し寄り添ってくれる存在ならば、と」
私は口をつぐんだ。
「帝国にはあらゆる人知を超えた能力が存在し、様々な異世界からとんでもない技術が流れてきている。人工生命を作ることはそれほど難しいことではないのだ。とはいえ女神に等しい人造女神はさすがに無理が過ぎるところではあるが」
それを長いこと求めて狂気的に研究を続けてきたのがこの邪神教の一つである組織だった、ということらしい。
「結果を言えば被検体Sは女神にはなりえなかった。なんの能力も得られず、彼女の年齢も大人になったことで人体を作り替えるような実験はできなくなった。そこで次にやつらが考えたのが、被検体Sに女神の素体になり得そうな子供を探してくるという命令。彼女はそれに従い、王国へ……メディカ男爵家へやってきた。最初は使用人としてな。メディカ家からは何人かの聖女が選ばれたこともある血筋で、聖属性の力を持つ者が多い。そういうのもあっての足掛かりだったんだろう」
メディカ男爵家の家系図も調べたのか、映像に細かく映し出されている。少なくとも三人ほど選ばれているようで一つの家系からというのは確かに珍しい。
「組織の連中の誤算は、メディカ男爵家の次期当主と被検体Sが恋仲になって駆け落ちしたことだった。メディカ男爵家の次期当主、アレン・メディカはメディカ家と組織の追っ手から被検体S、シーア・メディカと娘をかばって死亡。後にシーア・メディカも牢獄で魔人エースに始末された。組織的には被検体Sが処分されたことはどうでもよく、その娘のリーナ嬢に注目することなった。あの子には不思議な能力、人のオーラが視る力があり、そして人の魂を導くことすらやってのけた」
リーナの力に関しては私も不思議には思っていた。だけど、そういう能力も芽生えることもあるだろうという認識でしかなかった。しかしリーナにはそれ以外にも魂との対話やアレハンドル村の事件、人形に魂を移されたベックさんの魂を返したりできたのだ。それは確かに異様な能力とも言える。
まさに。
「女神の御業、なのだよ。あの子の力は……代を経て、やつらの望み通りの子供が誕生してしまったのだ。近年まではリーナ嬢の真の力は組織には伝わっていなかった。シーア・メディカが最期まで隠し通したからだ。だが彼女が死んだことで情報は組織に伝わった。優先順位が低かったあの子が最上位となった。だからヨコハマでリーナ嬢は襲われたのだ」
あの時、リーナがさらわれていたと思うとぞっとする。
「色々と長くなったが、本当に時間がないので色々とまとめる。今回の件、ベルナール隊長が皇帝の元へ連れ去られたことと、人造女神の話、魔人達の実験の内容、そのすべてが繋がっている。さすがにこれ以上は吾輩の推測になるが、今起きていることを精査すると可能性は高いと思われる」
ヒース様が機械の箱を握って、ボタンを押すと準備が完了したらしいヴェンツァーさんがあらわれた。
「シア殿、あなたの大事なものを守るためには――皇帝の『人造女神計画』を阻止するほかないぞ」
奇しくもパーツがそろってしまったのだから。
ヒース様の強張った顔を横に私は開かれた道に走り出していた。




