□32 陽キャコミュ強とは相いれません
「あー、吾輩はシア殿と敵対するつもりはないですので……そう身構えないでもろて」
やらかしたか!? とカウンターする勢いでとっさに身構えるとヒース様は肩をすくめた。
「ではなぜ私一人だけここに? しかもアルヴェライトさんを通してまで黙って。それにアギ君から聞きましたけど帝国に入った途端行方をくらましたそうじゃないですか」
さすがに信用はあまりない。オルフェウス様の友人でベルナール様が率いる第一部隊に所属しているが彼に関して私としてはあまり関りがないから人となりもちゃんと見抜けているかどうかなんてわからない。
「そりゃあ、単独行動しないと意味ないですし、アギ君は天才ですが電子に強いわけじゃないですし。他人がいても邪魔というかなんというか」
陰キャコミュ障をなめないでくだされ。ともごもご言うヒース様に私は正直はぁ……としか返せない。薄い返しにヒース様は。
「やはり陽キャコミュ強とは相いれませんわ。しかしそれでも吾輩はがんばるのです、これでも王国の騎士ですし……隊長の安否もありますし」
セリフはしりすぼみだったが、意思は固そうだった。
「ベルナール様の? 確かに聖教会を脱出してずっと眠ったままでしたけど」
「吾輩だって、ただアニメ見るために行方をくらましたんじゃない。帝国は情報戦、ネット戦場。シア殿達は自らの足で各地を歩き回ったようですが、吾輩は別の視点からアタックしてました。帝国はとにかく広い、土地の空気感を肌で感じるのも大事かと思いますが情報を集めるだけの点で考えれば、ネットに潜った方が効率的なのです。ですからこうして秘密基地を作り上げ、吾輩はネット上で情報をかき集めていたとうわけです。吾輩、オルフェウス以外の友人がいないぼっちですが、隊長は尊敬しているのです……意外かもしれませんがね」
ベルナール様に憧れている騎士は多いし、尊敬を抱いている者も少なくないだろう。だがヒース様はそういうのとは縁遠い人なのかなと勝手に思っているところもあったので、確かに意外かもしれない。
「吾輩、もともと騎士ではあっても情報部に所属する実戦に出ないタイプの騎士でして、裏方で働いていたのですが十年ほど前に上司が変わり、仕事がしづらくなりまして」
「十年前? って、ヒース様おいくつです?」
「二十五だが」
「じゃあ当時十五歳!? まだ未成年じゃないですか」
「見習いならそのくらいの年いますよ。まぁ、吾輩は情報部ということもあって正規雇用でしたが……それは置いておいて情報部にいづらくなったので前の上司についていく形でいったん騎士を退いてギルドの裏メンバーとして働いていた時期が数年」
「騎士からギルドですか? 珍しいですね」
「まあ、騎士とギルドは面子の問題もあってギスギスしがちですからな。その点うちの前上司はフットワークも思考も柔軟で軽く、目的のためにきちんと手段を見定める方でして、吾輩ようやく落ち着けるかなーと思ったのですが――色々あって騎士に戻る羽目になり」
職遍歴が忙しい人だ。騎士になってギルドにうつって、そして騎士に戻るなんてそんな転職した人、この人以外いなさそうである。
「いうて情報部には戻れんし、戦闘能力は皆無ですしでどの部隊にも入れるはずもなく。コネで第一部隊の幽霊騎士として在籍だけして数年経過」
「なんで戻ったんですがソレ」
「……説明がめんどくさい」
「そうですか、まあいいですけど細かいところは」
「で、二年ほど前の話。大規模な部隊編成がありまして、第一部隊の隊長にベルナール殿が抜擢され、給料泥棒だった貴族のボンボン騎士を一掃、当然コネで在籍していた吾輩も、どこに飛ばさされるんだかと思っていたのだが、結果的に吾輩は幽霊騎士のまま第一部隊に残されたのだ。彼は、正義感に燃えすぎず、形式にもこだわりすぎない方で、吾輩の働き方に『結果を出せれば問題ない』と言いましてな。吾輩にとって理想の上司になってくれたのだ。連絡も最低限だし、事務的で私情も世間話も入らない……めちゃくそ大変ありがたい接し方でしたので」
それはそれでどうなんだと思うが、ヒース様には大正解な付き合い方だったらしい。だからヒース様はベルナール様を苦手にしていないし、尊敬もしているということのようだ。
「オルフェウスが過労死しそうってのもあるが、吾輩は働きやすいベルナール隊長に戻ってきていただきたい!」
実質己の利のためだけに動いているヒース様。
まったくもって嫌いじゃない。
「ヒース様はベルナール様を心配しているのはわかりましたけど、それでなぜ私一人をここに? みんなで送ってくださればよかったのに」
「いや、色々とやばめな情報を手に入れた結果、シア殿を単独でこちらに来てもらった方がいいと判断した」
や、やばめの情報とは? 聞きたいような聞きたくないような。
「アルヴェライト殿、貴殿ちゃんとシア殿の仲間達を将軍の元へ送っただろうな?」
「もちろん、依頼はきちんと達成しますよ」
にっこりアルヴェライトさん。この人はどーしてもうさんくささが抜けないな。
「とはいえお屋敷にはもう誰もいません。将軍達は此度の騒動で場所を移動していますから」
「え? どこに……」
「彼らには彼らで緊急時の隠れ家を用意していたようですから、そのうちの一つですね。無事、合流できているかと」
それならいいんだけど。
「移動した、か。ということは隊長は」
「残念ながら敵の手におちたようです」
「え!?」
敵って――!?
「さすがにそうくるとは思わず、ベルナール殿の身柄はノータッチだったもので。申し訳ございません」
「ま、こっちも別に隊長の護衛を依頼してないからな」
「あの、あの! 本当になにがどうなってるんです!? 状況まったくわかんないんですけど、こっちは」
「だろうな、吾輩もきちんと把握しているわけではないが……予想はできているという状態だ。アルヴェライト殿の方は?」
「おおむね私もヒース殿と同じかと」
「そうか」
ヒース様は戸惑う私に少し考えてから、言葉を選ぶように慎重に口を開いた。
「皇都の混乱は、将軍の屋敷周辺から起こっている。そして襲撃された将軍の屋敷から隊長がさらわれた。実行犯はおそらく――皇帝だ」
予想外の人物に私は馬鹿みたいにまぬけな声をあげた。




