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□31 お困りですか?

 帝国を巡る旅はもう少し続くはずだった。

 だが、状況はそれを許さず、決断を下すための手段もまだひとつの心のケジメをつけた程度のもの。それでも皇都でなにかが起きたとすれば、おじいさま達の身に危険が迫っているのだとしたら、皇都へ戻らない選択肢はもはやなかった。

 巫女やおばあさまの力で距離をかせぎ、私達は三日ほどで皇都の外壁が見える位置まで戻ることができた。そこからでも目視できる。


「黒煙!?」


 大規模な火事でもあったのだろう。黒い煙が皇都の空を覆いつくしていた。


「で、でも確か皇都の建物はほとんど燃えない素材でできていたはずだけど……」


 地方の出身ではあるが、建築物の知識があったのかシン君が不思議そうに黒煙を眺めている。


「そうじゃな。異世界ルーンの高度な技術で作られた構造物は火などものともせん。あれは黒煙に似ているが、うずまいて立ち上る瘴気のようじゃ」

「瘴気!? あんなに大量の……」


 あの黒煙が煙ではなく瘴気だとしたら他では見たことがないくらいの規模だ。瘴気は毒素みたなもので、密度が濃い場所にいたり、大量に吸い込んだりすれば命を落とす可能性もある。精神汚染などとはいっていられない症状がでるかもしれない。


「皇都はそもそもな、瘴気の吹き溜まりの上にたっておる。女神の意に反し、異世界人だけの国を造ろうと賢者が土地を求めたとき、女神が管理をほとんど放棄していた場所がここなのだ。瘴気は女神の創造物には毒だが、異世界人達にはそれほど悪影響はなく、むしろ新たなエネルギー資源となったことで帝国はより早く発展を遂げたと言ってよい」

「それじゃあ、あの瘴気は帝国の人にはあまり害はないんですね?」

「……んー、そうでもない。害が少なかったのは大昔の話での、今では帝国人も女神の創造物たる他国の人間と契りを交わすことも多くなり、純粋な異世界人はいまや少ないのじゃ」


 じゃあ、やっぱりこの状況は非常にまずいということか。


「しかし、今まで大人しかったというのになにがあってこのタイミングで動き出したんじゃろうな? シア達が力をつけていくことに関しては特に無頓着だったと思うのじゃが」

「あの、おばあさま。皇都を襲っているのはやはり教皇側の者でしょうか?」

「そう思うか?」


 私は少し考えて首を振った。


「わざわざ皇都を襲う必要は少ないですよね……。直接私になにかした方がいいと思いますし。でもほかに何者が……」


 急なテロ組織の大頭の可能性はあまりに低いし、魔人達は帝国を拠点にするくらいに支援を受けているので皇都を襲う意味はたぶんない。じゃあ残るはどんな可能性か。


 私達は大混乱の皇都へ潜入を開始するのだった。





 姿を隠す聖魔法があるが、皇都がほこるセキュリティにはまるで意味がない。だが、この混乱でか故障しているようで姿さえ消してしまえば誰かに見とがめられることはなかった。だが走っていくにしてもおじいさまの屋敷まではかなり距離がある。おばあさまの空間転移はかなり座標がおおざっぱで失敗するとまったく違う場所にとばされてしまう可能性があるそうで、超長距離なら使えてもそれなりの距離では失敗のリスクが高すぎた。


「だけどこれはもういちかばちかで――」

「お困りですか?」

「「「ぎゃああぁぁ!!」」」


 姿が見えないと高をくくっていたせいもあるし、まさかそこに都合よくいるとも思っていなかった人物からの問いかけに私達は飛び上がった。


「おや、これは失礼。驚かせてしまいました」

「ヴェンツァー・アルヴェライト――さんっ」

「はい。アルヴェライト商会代表、ヴェンツァー・アルヴェライトです」


 にこにこと紳士然とした佇まいは、この状況の中ではひときわ異質であるが、彼は通常運転だった。


「みなさまなにやらお困りの様子。この一介の商人に少し相談していかれませんか?」

「商売文句はいいですから! おじいさまの屋敷に行きたいんですけど手段はあります!?」


 お値段を聞いている暇はない。高くともなにか手段があるなら彼に頼るしかない。


「あります」

「あるの!?」

「まず懐からナイフを取り出しまして」


 とりだして?


「空を斜めに切るように振ります」


 振ります?


「そうすると、なんということでしょう。あっというまにショートカットルートのできあがりです」

「なんで!?」


 ナイフで切り裂かれた場所には切れ込みが入り、中には別空間がうまれていた。ナイフに仕掛けがあるのだろうか? 魔道具だったとしてもありえないほどの高度なものだ。


「ナイフは何の変哲もないただのナイフです。私の能力(チート)は空間系でして」

「ヴェンツァーさんって、覚醒者だったんですか? でも髪も目も」


 黒じゃない。


「能力だけが発現する場合もあるのです。様々な血が混ざった結果でしょうね。さあ、どうぞ」


 開かれた空間に入るのは少々躊躇したが、私達は意を決して飛び込んだ。その先にはおじいさまがいて、副団長達となにがあったのか話し合いをする。そう思っていた。

 だが。


「……え?」


 ここはどこだ。

 おじいさまの屋敷じゃない。

 暗く黒い箱の中。複雑怪奇な機械が置かれ、床にはりめぐらされた線に足をとられそうな場所。周囲を慌てて見回しても仲間たちの姿はなく、ただ一人ヴェンツァー・アルヴェライトだけが立っていて、空間は閉じられてしまった。


「ヴェンツァーさん! これはどういうっ」

「ご依頼なので」

「依頼!? 誰の――」


 暗がりからこちらへ近づく足音を聞いて、私は振り返った。


「ようこそ、吾輩の秘密基地へ……」


 そこには帝国に潜入したものの行方をくらましたとアギ君達から聞いていた。


「ヒース……さま?」


 ヒース・ディーボルトが立っていた。

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