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□27 悪い子ね

「ま……迷った」

「当たり前でしょう……」


 意を決して友人を母親に会わせようと小脇に抱えて走り出したはいいが、案の定迷宮へ迷い込んだ。そもそもこの屋敷の空間はねじれ歪んでいるのだからそうなるだろう。


「め~り~るぅ~」

「う、そんな恨みがましい目で見ないでちょうだい」


 目は見えていないが、魔人となって気配が敏感になっているようで彼女には手に取るように相手の表情がわかる。


「私もこの空間がどうなってるかなんてわからないって言ったでしょ。どうして屋敷がこうなったのか、気が付いたら私は魔人になっていたし、お母様も……」


 どうしてメリルには魔人となったときの記憶がないのだろうか。単に父親を己の手で殺めてしまったショックで、なのか。


「……ねえメリル、私ちょっと思ったことがあるの」

「なに?」

「この空間、もしかしたら心に反応しているかも」


 心? 意味が分からないという反応のメリルに、リゼは感じたことをそのまま伝えた。


「私があなたを抱えて歩き出したときに、一瞬だけとても遠くに人影がいくつか見えたの。たぶん、レオルドさん達じゃないかな。それと一人知らない女性がいたと思う」

「それは……」

「私は強く『会わせたい』って思った。だから一瞬でも道が揺らいでつながったのかもしれない。でも、すぐに消えて私たちは迷宮をさまよっている。なら」

「……なら、私が『会いたくない』って思っているうちは道はつながらないわね」


 安堵しているような悲しみを押さえつけているかのような絶妙な表情を浮かべながらメリルは息をついた。


「決心なんていつまでもつくわけない。お母様には永遠に会えないし、会わない。私の心が終着につけるなら、たぶん魔人になんてなってないもの」

「メリル」

「魔人はね、きっと世界で一番弱い奴がなるのよ。だからどうしようもなく愚か。リゼ、あなたは私なんか放っておいて、欲しい力を手に入れにいけばいい。そのために試練を受けているんじゃないの?」

「……わからない。試練だって急だったし、私は私の中のアルベナをどうにかしたいだけ。自分の命をこれからは生きていきたいだけよ」


 私はただむざむざ死にたくないだけ。リゼの言葉にメリルは脳裏に揺らぐなにかを感じた。


「……?」

「メリル?」

「……知らない。わからない……けど、なにかが」


 チリチリとなにかがちらつく。

 黒い影がわざつく。


 ちらちら、ちらちら。

 ちりちり、ちりちり。

 ゆらり、ゆらりとにじり寄るように。


「ワタシ――ワタ……シ――ハ?」

「メリル!?」


 メリルの姿が歪んでいく。人間の姿を保っていたのに、彼女の体は黒い霧のようなものをまといはじめ、その姿がおぞましい闇に堕ちていく。魔人クイーンの姿へと堕ちていく。


「どうして!? メリル! メリル、しっかりして!」


 一体なにがきっかけだったのか。メリルは目に見えて錯乱している。


「シニタイ、シニタイ、シニタイ、シニタイ」


 うわごとのように繰り返す。


『ドウシテ ワタシ ヲ ウンダ ノ?

 ドウシテ ワタシ ヲ ソダテタ ノ?


 シッテイタ クセニ。

 クルシムッテ シッテイタ クセニ。


 メガミノ モトヘ カエシタ ナラ ナニモシラズニ

 イタミモ カンジラレズニ オワッテイタノニ !!』


 それは彼女の悲しい声か。

 勝手だと思うだろうか。愛情をかけて育てた娘に、そんな風に思われるのは。


 愛されている。だから、愛を返さなくちゃ。こんなにたくさん、大事にしてくれるのだから。

 愛さなくちゃ、愛さなくちゃ、愛さなくちゃ。


 ――優しい両親を恨むこの心はとても醜い。



「あはは……そうだ、そうだった。思い出しちゃった」

「メリル……」


 リゼはぎゅっと魔人の姿となってしまったメリルを抱きしめた。


「私、嫌いだったんだ! お父様もお母様も! だいっきらいっ、生きるのずっとつらかったのに。幸せちゃんとみつけられなかった……」

「メリルは、悪い子ね」

「そうね、最低最悪の娘だわ。お父様とお母様が可哀想。私、本当はのぞんでお父様を殺したのね。お母様も、死すらゆるされない時の牢獄に閉じ込めた。永遠に苦しめって思った。私は嗤いながら魔人に堕ちたんだ、あはは、我ながらさいてー」


 本音と建前が混ざっているような気がした。リゼはたぶん、と自分の心の中でまとめた。メリルは両親に対して『愛してる』と『殺したいほど憎い』がどちらも気持ちに存在したのだろう。相反する矛盾したその感情が自分自身を追い詰めて歪めさせた。


 人間ってなんでこんなに複雑なんだろう。


「ホワイト・メリルの香りがする」

「? 花の名前?」

「そう、私の名前の由来。庭にたくさん咲いてた。お父様が品種改良して、崖にしか咲かない花を庭でも咲くようにしたの。私のために、目は見えなくても香りならわかるからって……私、この香り本当は嫌いなの」


 そうでしょうね。リゼはメリルの天邪鬼ぶりに少し呆れた。


「ねぇ、リゼ。ホワイト・メリル、全部燃やしたいから付き合って」

「嫌よ、花に罪はない」

「ホワイト・メリルのたどる先に、お母様がいる。二人の思い出の花で、二人が抱いた幻想の愛しい娘が好きな花。私、全部壊したい」


 あまりにも、あんまりな言葉。

 でも、とリゼはよろしくないメリルの言動にもうこれしかないと思った。



 結末はきっとよくない。

 それでも終わらせて、はじめるにはもう避けられない。

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