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☆24 仔猫もふりたい

「シア、甘いもの大好きだよね? はい、イチゴのケーキだよ」

「シア、兄上の甘言に惑わされないように。はい、アップルパイ」


 左右からフォークに突き刺さった甘いものが差し出される。

 右手にスィード、左手にベルナール。私は真ん中にがっちり挟まれ身動きがとれないでいた。視線で対面に座っている三人のファミリーに『た す け て!!』とサインを送ったが、レオルドはそっと視線を反らし、リーナはにっこりと笑い、ルークは仏頂面だ。

 誰も助けてくれる気配はない。

 三人の前にもデザートが並べられており、ルークが面倒見の良さを発揮してかリーナにケーキを食べさせてあげていた。

 ずるいぞルーク、そこを代われ! 私と席を交換しようじゃないかっ、今なら両側にイケメンがついてるぞ!!


 はたから見たら、超絶イケメンに囲まれて至れり尽くせり……なんだろうけど、私の心境は吹雪に見舞われているかのように寒い。

 スィードもベルナールも普段は兄弟仲が悪いわけじゃないはずだ。昔、ベルナールは兄のことを尊敬しているとも言っていたし、スィードもベルナールは良くできた可愛い弟だと言っていたのだ。

 だがしかし、私が間に挟まると微妙な空気になる。

 スィードが私をやけにかまって猫みたいに可愛がっているのを見て、なぜかベルナールが対抗心を燃やすのだ。意味が分からない。あれか、大好きなお兄ちゃんをとられて不機嫌なのかベルナール。

 思えばベルナールの感情表現の仕方は、いくぶんねじまがっているように感じている。説教デートに脅しの求婚。気があるのかと思いきや、どんでん返しの空手チョップくらった気分に陥るとはこれいかに。


 このまま大人しくしていたら、甘い物の食べ過ぎで虫歯になるか、ぽっちゃりになるかのどちらかの悲しい未来しかないので、私は勇気を持って反抗する。


「クレメンテ子爵――」

「兄様って呼んで」

「スィード・ラン・クレメンテ子爵」

「…………はぁ、分かったよ。私の休憩時間もどうやら終わりのようだ。今日はベル君と大事な話があるようだしね、兄は大人しく退散しよう」


 至極残念そうな顔で立ち上がると、ぽんとベルナールの肩を叩いてからにこやかに手を振って「ごゆっくり」と部屋を出て行った。

 ――なんだったのだ、もう……。


 隣をちらりと見れば、ベルナールがどこかほっとした表情をしていた。兄に対して緊張でもしていたのだろうか?


「面倒をかけたな、シア。兄上には執務室から出られないように仕事をたんまり仕込んで、シアの来訪も教えていなかったのにどこから嗅ぎつけたんだ……」


 ちらりとベルナールは扉の傍で控えていた老執事ロランスを見た。ロランスさん、そっと視線を外した。

 ……バレバレである。

 見た感じ、ロランスさんは私が来るのをとても待ちわびていた様子だったし、私のことはスィードやベルナールから色々聞いていたはずだ。ベルナールに口止めされていたとしても、何かに勘付いたスィードが問い詰めればポロッと言ってしまうだろう。責めるのは可哀想だ。

 ベルナールもそう思ったのか、ちょっと溜息をついただけで何も言わなかった。


「面倒……というかちょっとアレというか……。まあ、久しぶりに会えたのは嬉しかったですよ。昔から良くしてくれた人ですから」

「それはそうなんだが……。ああ――やっぱり騎士団の個室とかにすれば……だが、やはり金の話は屋敷でするのが一番安全で書類を作るにも手間がかからなくて……はあ……」


 悩めるベルナール、ため息も艶やかで乙女達が見たら卒倒ものだ。私は無心でお茶を啜る。一応これでも乙女なので、うっかりとイケメンにときめくかもしれぬ。現実を見ろ、シア。ベルナールは無差別級タラシだ。引っかかるな。

 自戒していると視界に入ったリーナがキラキラした瞳でベルナールを見ていたので、目に毒だと目隠ししてあげたい気持ちだったがこちらからだと手が届かない。可愛い天使が悪気のない女の敵の毒牙にあてられないかと冷や冷やしたが、以心伝心したのかルークがそっと手でリーナの視界を塞いだ。

 よくやった、ルーク。

 視線で合図を送ったが、無視された。


 あれー、なんだかさっきからルークの様子がおかしいな。ベルナール登場あたりから、どこか機嫌が悪いような気がする。

 男心の機微なんてあいにく私には分からない。

 だが、その隣のおっさんの気持ちはなんとなく分かった。


『おっさん、若人のなんともいえない空気に耐えられない。早く帰りたい。仔猫もふりたい』


 だな。


「兄上のせいで話がそれたが、本題に入ろうか」


 ベルナールも微妙な空気を察したのか、ちゃっちゃと話を進めに入った。

 こちらとしてもありがたいので、頷いておく。


「ギルドに新規加入したレオルド殿の借金について――だったな」


 ベルナールは確認するようにレオルドの顔を見た。レオルドはそれに応え頷く。


「貴殿とは初対面ですな、改めまして俺の名はレオルド・バーンズと申します。お恥ずかしながら仕事中のミスでこのようなことになり、なんとか借金返済の手立てをと貴殿のお手をお借り申したく」

「ああ、シアから聞いている。なんでも相手の貴族はラミリス伯爵のようだな。貴族の間でも悪い噂しか聞かない御仁だ……」


 怪しい点が多々ある人ではあるらしい。だが、相手は伯爵という身分を持つ貴族な為、迂闊に騎士団も手が出せないようだ。ベルナールも頭が痛いと額を抑えた。


「ああ、そうだレオルド殿もいることだし、皆には改めてフルネームの自己紹介をしておこう。俺はベルナール・リィ・クレメンテ。クレメンテ子爵の弟で、王国騎士団第一部隊部隊長を勤めている。よろしくな」


 さらっと自己紹介を済ませるとベルナールは一枚の書類をテーブルの上に置いた。


「ギルド銀行への貸付申請書だ。シアのサインと俺のサインがあれば、後は提出して借りるだけになる」

「……でも、ベルナール様はタダでサインはしてくれないんですよね?」


 手紙にも書いてあった。連帯保証人になるには、条件がいると。

 私の言葉にベルナールは、そうだと頷いた。


「一つ、君達のギルドに依頼という形でお願いしたい案件がある」


 どんな依頼なのだろうか、と全員で首を傾げているとベルナールはロランスさんを呼んで地図を持ってこさせた。

 テーブルに大陸地図が広がる。

 その一部分をベルナールは指さした。


「ここが、ラディス王国の王都――で、君達にはここから北西にあるポラ村に向かって欲しい」


 すすっとベルナールの指が北西の位置に動き、止まった。

 その部分を見て、私は嫌な予感がした。

 ポラ村は王都から馬車で三日ほどの位置にある小さな村だ。細々と農業と、近くにある森の恵みで生活を営んでいる。ごくごくありふれた普通の村。なぜ私がそのことを知っているかというと、以前立ち寄ったことがあるからだ……勇者一行時代に。


「……ポラ村が目的――じゃあ、ないですよね?」


 苦々しい顔でそう言えば、ベルナールはにっこりと「ご名答」と言った。


「目的地はポラ村ではなく、その近くにある森だ。通称――『聖獣の森』」

「聖獣の森……? ああ、そんなとこにあったんだな」


 聖獣の森という単語を知っていたのか、レオルドが呟いた。リーナとルークはよくわからないといった顔をしている。

 聖獣の森、そこには聖なる獣が住むとされている。大昔の文献やファンタジー小説なんかにはよく登場する乙女を守護する幻想生物だ。なんでも清廉な乙女が祈ればその姿を現すとされ、聖なる力を与えて加護するのだそう。

 と、私が二人に説明すると、レオルドが補足として一言付け足した。


「聖女に力を与える女神の遣い、とも言われてるな」

「聖女……」


 皆の視線が突き刺さる。

 胸が痛くなる思いだが、私は正直にあのことを打ち明けることにした。


「期待してるところ悪いんだけど、ダメだったわよ」

「ダメって言うと?」


 知識欲と好奇心が高いのかレオルドが興味津々で聞いてくる。


「いなかったの、出てこなかったのよ。挑戦はしてみたんだけどね」


 勇者一行時代、私は聖獣の森を訪れた。もちろん聖獣と会うためだ。もしかしたら契約して加護してもらえるかもしれないという目論みを持って。だが、結果は惨敗。聖獣の姿は見えず、声すら聞こえなかった。あの一件もあって、勇者は私を本当に聖女なのか疑ったのかもしれない。私も結構ショックを受けて、落ち込んだりもした。


「聖獣なんてのは伝説上のお伽噺でしかないからな、あまり気にすることじゃない。歴代でも聖獣がいた話は時折しか聞かないし、その話も眉唾物だからな。俺が頼みたいのはそういうのじゃなく、森に現れるようになったという『黒い靄』の話だ」

「黒い……靄?」


 私の呟きにベルナールは頷いた。


「なんでも突如森に黒い靄が現れ、それに触れた動物達が狂暴化したり、植物が枯れたりという現象が起こっているという噂が流れている」

「ふむ……なるほど。話を聞く限りだと、その現象に近いことを引き起こすものが一つあるわね」


 魔王が復活して二年、それと同時に起こり始めた現象がある。それは一様に黒っぽい色をしたもので触れると狂暴化したり、生命力を吸われ枯れたり、原因不明の病に陥ったりするらしい。

 その名も――――


「瘴気だ。その黒い靄の正体は瘴気である可能性が高い」


 そう、瘴気。聖獣の森で瘴気が現れたのだとしたら、ベルナールがわざわざ私のギルドに依頼してきた意味が分かる。このギルドには、『聖女』がいるんだから。

 知識人のレオルドが、いち早くそのことに気が付いた。


「なるほど、瘴気なら『聖女』の『浄化』の力が有効ってわけか」


 その通り、聖女には悪しきものを浄化する特別な力がある。私も何回か使ったことがあるので浄化の力が使えることは実証済みだ。瘴気もきちんと浄化できる。


「理解が早くて助かる。君達には『聖獣の森の調査』を依頼したい。噂の真偽を確かめ、黒い靄の正体が瘴気ならこれを浄化、森を正常な状態にすること。これを条件としたい。本来なら地方騎士なんかが調べる案件なんだが……色々こちらにも事情があってな、動けないんだ。できるだけ速やかにポラ村の住人を安心させてやりたい」


 話を聞いていた私達は、視線を合わせ、そして互いに頷き合った。


「わかりました、その依頼――お受けいたします」

「ありがとう。では交渉成立だな」


 用意された書類にペンでサインを書いて行く。

 私とベルナールのサインが終わると、ロランスさんが確認してそれを丁寧に封し、使用人に頼んでギルド銀行まで届けてくれるようだ。あとは連絡を待つだけだが、その前にきちんとこちらも依頼をこなさなくてはいけない。


「君達なら大事にはならないだろうが、気を付けてな」

「ええ、ありがとうございますベルナール様」


 深々とお礼をして、ようやく退室……というところで、ルークが意を決したようにベルナールに向き合った。


「どうした、ルーク?」

「あ、えっと……俺と勝負できませんか?」


 突然のルークの申し出に言われたベルナールの他、私達も目が点になった。


「俺、色々と稽古もつけてもらってて……なんで実力を試したいっていうか」


 言葉を丁寧に、選んで言っている風だがルークの言動はどこか不遜さも滲ませる。黄金の瞳がギラリと強い光を灯してベルナールを見つめていた。それを彼は真正面から受け止めて、しばらく見詰め返していたがややあって頭を振った。


「すまない、俺も忙しくてな。相手をしてやりたいが、この後も仕事だ」

「そう……ですか」


 気合をいれていたのだろう、肩透かしをくらってルークは気の抜けたような顔になった。


「ほら、ルークぼうっとしてないで行くわよ。それでは、ベルナール様お邪魔致しました」


 今度こそ、私達が部屋を出ると最後についてきたルークの背に向かってベルナールが低い声で一言。


「――見極めを誤らないようにな、ルーク」

「え……?」


 ルークが振り返ると、ベルナールはいつものように笑顔で手を振って、さっさと奥へ行ってしまった。ルークは意味が分からなかったのか、しきりに首を傾げていた。


 ……見極めを誤るな、か。


 それは自分にも言われているような気がして、胸の奥に留めておこうと決めた。



 そして三日後、私達は遠出の準備を整えてポラ村へと旅立った。

 仔猫達はギルドの下、一階で雑貨店を営む夫婦に一時預かってもらうことになって、別れ際にリーナとおっさんに泣きついたので、一悶着起こったがなんとか場を収めて出発となったのだった。

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