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□22 なによりも後悔し苦しんでいる

「それぞれがいつの間にか目を背けていたもの、受け入れがたいものを見つめなおし、今一度その器を確認する。それを越えたとき己の中にある強き力を……真に手に入れたかったものをその手にするでしょう」


 どうやら私が一番最初に試練を終えたらしく、静かな空間に移ったと思ったらそこには巫女が佇んでいた。私の場合、大きくなにかを越えた感じはなかったが、何度目かの大切なことを教えられた。精神は波が凪ぐように落ち着いている。多くの不安や先の恐れが消えたわけじゃないのに精神の安定があるだけで世界の理すら壊しかねない力を制御できそうな前向きな気にさせてくれる。


「シア、あなたには信頼する仲間がいる。幼き頃から望んでいた家族のような形態で。『こういうものが欲しい』その欲求は見事に形となった。けれどそれはあなたの中に一つの不安を生んだ。壊れること、奪われること、思い通りにいかなくなるような不都合なものをあなたは無意識にでも排除してきた。それは人間としては当たり前の感情であり、行動である。そして深い闇でもある。それをずっとあなたは恐れていた。信頼と信愛を寄せてくる仲間たちに己の闇を知られること。自分がどれだけ思いや感情を実感できない空虚な存在であるかを」


 私は巫女の淡々とした言葉になにも言うことができなかった。すべてその通りだから。


「それが欲しいと望みながら、それがどういうものなのか理解ができない。相反する望みは亀裂を生んでいく。そのことが一番重くのしかかり実感させたのは、一つの現実の否定と未来を操作し作り出したあの日。ルークが並行世界を渡る力を持たず、そしてあなたがそこからでなければ世界の軸ごと破壊しかねない事態となっていたことでしょう。アーカーシャはそれを恐れ見守っていたようですが、なによりそれを一番恐ろしく思ったのはあなたでしょうね」


 そう、あのとき私は自分の感情次第ですべてが覆ってしまうことを実感した。あったはずの過去を壊してなかったことにし、己の望むままの世界を作り上げる。それはとても……怖いことだ。なんて恐ろしい力を私は持っているのだろうと震えた。自分以外のすべての人々が日々を生き、懸命に望む未来のために努力し歩んだ時間を私の一時の感情だけで無にする行為。

 誰も覚えていなくて、私は覚えている。誰かの未来を奪ったことを。誰かの過去を改変したことを。

 未熟な私はそれに耐えることはできないだろう。自分のしでかしたことなのに。


「私は賢者や邪神と同じように多くのことを知るものではありますが、すべてを知っているわけではありません。あなたが何者なのか、私は導を授けることしかできないしょう。賢者とは袂を分かち、邪神とは距離を置いている私は、それでも世界のいびつな構造を憂えています。古の時代にあの残酷なシステムはありませんでした、古き神がどこぞかに消え去り、新しき神と女神が降臨した。古の時代を生きた悪魔(アルベナ)は蹂躙され、呪いが大地に染み込んだ。その後始末を新しき世界に生まれた人間たちの一部へ押し付け、数多の悲劇を生みました。そしてそれは今も続いている」

「巫女、アルベナの呪いを解く方法はないんでしょうか?」


 巫女は静かに首を振った。


「アルベナが言っていました。あれは己の感情が強く噴き出しすぎたものなのだと。自分自身でも己の感情を制御できない、消すこともなかったことにすることもできない、と。新世界に呪いを振りまいたことになによりも後悔し苦しんでいるのはアルベナ自身なのですよ」

「アルベナが……後悔を?」

「彼女が恨んだのは新たな神と同胞を惨殺した女神であって、新世界に生まれた新たな生命ではない。彼女は苦しみ嘆きながらも彼らの血の中に潜み続け、呪われた感情と共に世界に残り続けている」

「しかし、時を経てアルベナの力が弱まっていることは事実じゃ」


 私と巫女の会話に割り込んできたのはペルソナおばあさまだった。


「おばあさま? おばあさまも試練を終えたの?」

「いんや、わしはそもそも能力的には限界値を超えてるようなもんじゃし、若人達とも違って己を見つめなおす時間もそう多くは必要ない。年寄りは年寄りらしく、今できることをこなしつつ子供達を導く一つの指針となるだけじゃ。つーことで、いろんな試練の場をのぞき見しとったわ。まぁ、それは置いといての、アルベナの力も永久ではない。わしとて魔王としての力は年々再生を重ねるたびに少しずつ弱まっておる。だからこそこうして自我を持つひとつの要因にもなったし、シリウスも独り歩きした」

「それじゃあ、やはり呪いを解く方法は時間の経過のみってことでしょうか……」


 それだとリゼが間に合わないかもしれない。


「いや、時間経過はただのタイムリミットじゃ。アルベナの呪い自体は時を経れば薄れ消えていくが、それですまないのが女神の残酷な面よ。呪いによって穢れた血は、女神が仕掛けた時限爆弾によって一族郎党始末される」


 始末……って。背筋がぞわっとした。


「女神はアルベナが消えても、アルベナが潜んでいた血を赦さぬ。呪いを受け継ぐ器がなくなる、または呪いが定めた基準まで力が落ちたとき、爆弾は発動するじゃろう。それを証明したのが、アンガルス家じゃ。くだんの家は時限爆弾が爆発した最初の事例となった家じゃろうとわしはにらんでおる。ほかの家に比べて呪いが弱まるのが早すぎるとも考えたが、呪いを弱める方法自体はあったのか開発したのかありえんことでもない。しかしそれを実行した結果、最悪の事態となった。それがアンガルス家なのではと思う」

「ええ、私もそう考えています。アンガルス家の当主は化け物に姿を変え、一族どころか家人まで皆殺しにし化け物となったと噂される当主はいまだどうなったか判然としない。当主が怪物と化したと証言したのは、近くの村に住む少年。あまりの彼の狼狽ぶりに嘘をついている様子でもなかったそうです。それに現場もおおよそ人の手で行われたにしてはあまりに悲惨なものだったようで……」


 七家の末路か。想像するだけでもろくなものじゃなさそうだ。リゼのためにも、それにベルナール様の容体についてもそのあたりは関係していそうではっきりとさせていきたいところである。


「……シアよ、お前にクレメンテの若についてわしが感じたことを伝えようと思う」

「え?」


 ペルソナおばあさまはベルナール様に会ったことはないはずだ。話題には出したことはあるが、彼女の口からベルナール様のことについてのことが口にされるとは思わなかった。


「前にいうたじゃろ、わしにはアルベナの気配をどこにいても感じることができると。リゼの気配以外にいくつかの気配を感じるが、帝国の皇都にずっと留まっておるのがクレメンテの若であり、呪いを受け継ぐ器となったベルナールという男じゃろう」

「はい、そうです」

「わしの見立てでは、彼が今どの家の呪いよりも『弱く』なっておる」


 この話の流れで、呪いが弱まっているという話はいい話ではない。


「時限爆弾が起爆するとしたら、おそらく彼であろう。今この時も徐々に呪いは弱まっておる。だからこそわしはタイミングを見てお前たちをここに誘ったし、ノアの方も準備が必要だと考えたのかもしれんの」


 私はなんと言っていいのかわからずに口をつぐんだ。

 言い知れぬ不安がベルナール様に対してあった。まるで死んでしまったかのような顔で、何度も彼の呼吸を確かめた。なにかあると思いながらも、何とかなってほしいと思ってしまっていたが、やはり現実は甘くない。


「現場を見ておらんから爆発の仕方がようわからんのが恐ろしいが、血筋を絶やす怪物になるのは明白じゃ。彼を救う気があるのならば、おのがその力、ただ恐れてばかりではいられんぞ」


 ああ、そうだ。だからこその巫女のあの試練だったのだ。過去のシリウスさんが私に告げたのは、このときのための後押しだったのだろう。

 ぎゅっと手に力をこめた私におばあさまは満足げにうなずいた。


「うむ、覚悟はよさそうじゃの。それでこそわしの孫娘。じゃがもう一つ、クレメンテ家を知る者としてはずせんものがある」

「はずせないもの……?」


 なんかあったけ? と、よくわからずに首をかしげていると。


「巫女、開いてやれ。若干ルール違反かもしれんが」

「……まあ、大丈夫でしょう」


 二人で会話が終わってしまい、私はわけのわからないまま巫女が開いた空間へと放り込まれてしまった。


「せめてどこへ送るのかくらい教えてくださいよーーーー!!」


 そんな叫びも空しく、私の体は空間を舞い、とある場所へ放り出された。地面に転がされたので文句の一つも出そうになったが、そこがどこなのか一見して思い当ってしまったことでぐっと息が詰まった。


 ここは――――クレメンテ家の屋敷だ。

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