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□20 この弱虫!

「メリルは、どうしてお母さまをここに閉じ込めたの?」

「それは……」


 ベルナールの安否に不安を覚えながらも、わずかでもさらなる手がかりを求めて書斎を探している中、リゼはメリルに問いかけた。リゼ自身はサンドリナ夫人に会ったことはないが、父親の方は殺めてしまったのに母親の方は生かしながらも屋敷の異空間に閉じ込めたのはなぜなのか。


「……よく、わからない」

「わからない?」

「気が付いたら、そうなってたの。自分の意志だったのかも偶然そうなったのかもわからない。私が魔人になったはざまで意識が混濁してて……。人間から魔人に堕ちるときは、人間である生を手放す必要がある、一回人として死ななくちゃいけないの。だからあのとき、私は死んだはず。お父様を手にかけたときは、まだギリギリ人間だったのよ、完全に壊れてはいたけど」


 魔人の堕ち方には二通りあるとメリルはリゼに教えた。一つは生きながら、二つ目は死んだあとに。メリルは前者ではあるものの人間としては死んでいて、方法としてはノアに介錯してもらう形らしい。ただメリルの場合ここの記憶があいまいになっており、本当のところはわからないという。死んだ後に復活の形で魔人になった場合、人間としての生前の記憶はなくなるようなのでメリルには当てはまらないのだ。


「私、クイーンとエース、キング、そしてジョーカーがその一つ目の方法で魔人になった。三人ともノアの介錯によるものだと言っていたし、ジョーカーはそもそもノアが贄として女神に犠牲にされ続けることになる彼に死という慈悲を与えようとした結果だったんだけど。それとは逆にジャックは人間のときになんらかの形で死亡し、強い執念を抱いて二番目の方法で魔人として復活した。彼だけは人間だったときの記憶がないうえに、ノアが言うには人間だったときとまったくの別人格だそうよ。それをふまえると、私は一つ目の方法で魔人になったはずなのよね」

「それならノアに聞いてみればいいんじゃないの?」


 メリルは少しだけうつむいてから、ゆっくりと首を振った。


「……怖くて聞けなかった。ノアが怖いわけじゃない、ノアは復讐者で邪神だけど女神なんかより人間を理解してるし、人間が抱く価値観のほとんどを共有してる集合体だから。私は私が怖い。歪んだ感情が爆発したら、大好きな人までたやすく傷つけられる存在だと知ったから。今は精神が安定してるからリゼとも普通に話ができるけど一度感情が触れると自分でもどうしようもなくなる。……それはわかってるでしょ?」


 リゼはうなずいた。メリルとはじめて出会って友達になったとき彼女は穏やかな少女だった。他人からの冷たい視線やそしり中傷に恐怖と痛みを感じてひきこもるリゼに共感し、寄り添い、励ましてくれたのはほかでもないメリルがはじめてだったのだ。

 メリルは痛みを知っている。知りすぎてしまった、受けすぎてしまったからこそ彼女は壊れてしまったのだ。メリルの胸中としては同じような境遇になったリゼと感情を共有することで精神的安定を望んでいたのかもしれないが、リゼは外へと飛び出した。勇気をもって。だからこそクイーンとしての正体を現したとき彼女は激情のままに暴れたのだろう。

 同じになれると思った。クイーンが口にしたセリフはきっとそのままの意味だろう。


「私はあのとき、どんなひどい言葉をお母様に投げかけたのか……。怖い、私は自分がなにをしたのか思い出すのが怖い。自分の罪を見つめるのが怖い。結局全部壊して逃げてしまったから、自業自得。今更お母様の口から、お前を生まなければよかったとそう言われるのがなによりも……」


 恐ろしい。

 メリルの表情がこわばり、体が震えている。感情の揺れに、メリルが魔人クイーンになり果てた事実を物語る。肌を刺す痛みは魔力の圧力だ。リゼは魔人の気配に恐怖を抱きながらも、負けてはいけないと口を開いた。


「きっと、それが理由よ」

「それが、理由?」

「怖いから、おばさまに会うのが怖くて屋敷の異空間に閉じ込めた。手にかけなかった理由はわからないけど動揺してその方法をとったと考えるのが一番ありえそうだと思っただけ」

「……嗚呼」


 メリルは静かに声をもらした。その気配はどちらかというと人間の方で、まるで幼い少女に戻ってしまったかのようだった。


「だから、そうね……だから私の試練はここだったのかも。お母様の気配がするの、遠くて近いところに。いつもそう、遠くて近いところに私とお母様はいる。だけどお互いに出会わないし、出会いたくない。お母様の方もきっとそう、こんな変わり果てた娘を見たくもないんでしょう」


 試練なんて望んでなかったのに、ノアに言われて登山に付き合ったらとんでもないことになったと、メリルは苦く笑いながら愚痴った。

 リゼはノアの目的がよくわからない。魔人の長で女神への復讐者で、異世界人達の魂の集合体である存在、邪神であるということだけが知識にある。女神への対抗のために魔人を生み出しているという理由なら理解できるが、ノアの行動はそれだけではない。ノアは非情な実験命令を出すこともあれば、魔人となった彼らに堕ちるに至った経緯の解消を望むような節もところどころ見られる。リゼとしては女神よりもよほど慈悲の精神があるように感じられた。かなりねじ曲がった感覚はあるけど。


「……私、お母さんをよく知らないし、お父様も……家族の愛情をちゃんと受け取れなかったから想像でしかないけど」


 リゼは塔から連れ出されて今までギルドで過ごした日々を思い出していた。ギルドには同じように両親を知らない人も、両親に温かく育てられた人もそれぞれにいて。たくさんの感情や考えや価値観に触れた。だからこそ。


「一人で悩んでも苦しいだけって思う。だって私達は一人の人間だからちょっとの考えと思想と価値観でしかものを見られない。視野が狭くて、ずっと袋小路になって出口なんてないって思い込んでる。出口がないなら作ればいい……私は、そう言われて暗い壁にひびが入っていることに気が付けた。明かりをつけてくれる人が必要なんだ。もっとたくさんの視点を知らなくちゃ、だから世界には他人がいっぱいいるんだよ」


 その考えや価値観を受け入れてもいいし、受け入れなくてもいい。必要なのは視点の数で、どれが自分に必要なのか見極める思考だ。いきなりは当然難しかった。でもそれがなければリゼはきっと今も塔の中で己の不幸に膝を抱えて世界を呪ったままだったろう。

 他人は自分を傷つけるだけのものだと、それだけを思考にこびりつけたらどこへもいけない。


『リゼ、人付き合いに関して私からアドバイスするとしたらこうよ。へぇ~そういう考え方があるんだ~。でも私はこう考えてるけどね! っていう精神。受け入れと否定を自分の中で回してかみ砕く。全部否定するには面倒で疲れるし、他人の考えを変えるのは自分の考えを変えるより難しいからさ。どーしてもそうは思えなかったり、そうじゃない! ってなったらその人から離れましょう。いつか理解できるかもしれないし永遠に理解できないかもしれないし、それはリゼの人生なので』


 人付き合いってやっぱり難しい。そうつぶやくとお姉様は苦笑してた。お姉様は小さいころから大人の顔色を窺って生きてきたからそういう癖がついちゃってるって。でも心の中ではずっと毒吐いてるんだよ~って。コミュ力が高いと思っていた彼女でさえそうなのだから、多くの人はたくさん抱えながら人と接しているんだとわかった。

 それだけでもリゼにはない視点だったのだ。


「会いに行こう、メリル」

「え」

「おばさまに! メリルの思った通りなのかもしれないし、ぜんぜん違うかもしれない。それはおばさまに聞くまでわからないでしょ」

「い、いやちょっ――無理っ」

「問答無用!」


 はじめてかもしれない、リゼが強引な手に出たのは。腕力はリゼの方が高いらしく、脇に抱えられるようになったメリルは暴れた。


「離しなさいよ、この馬鹿力!」

「いい加減腹を括りなさいよこの弱虫!」


 弱さゆえに逃げ続けて人を傷つけ後戻りができないところまで堕ちた魔人クイーンは、今更なにをしても赦されることはないだろう。それでもリゼは古い友人のために行動を起こした。

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